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 皇宮騎士として帰還して2年。騎士団に所属してはいるものの、今のレオノーラの役割はアビエルの秘書官だった。

 休戦協定後のルーテシアとゴルネアとの仲立ちはもちろんのこと、国内の公共事業の進捗、交易に関する新事業の立ち上げなど、精力的に内外に働きかけを続けるアビエルの政治活動は多忙を極めた。通訳だけでなく、対外的な書簡の作成、事業案の確認、会議にかける議題の整理など、レオノーラに降りかかる仕事もそれにともない多岐にわたった。

「レオさん、明日の御前会議で配る提案書ですが、確認をお願いしてもよろしいですか?」

 皇宮の文官主査のヨーナスが書類を持って、レオノーラの執務室にやってくる。

「はい、確認しますね。確認している間、少し休憩していかれますか?」

 ヨーナスはちらりと近くの続き扉を見る。レオノーラはその視線に笑って応じる。

「大丈夫ですよ。殿下は今、アーノルド宰相と会議室でお話し中です 」

 ヨーナスがため息をつき、「では、お言葉に甘えて」とソファに座る。

「お茶を入れましょうか?さっき持ってきてもらったばかりなので、まだ温かいですよ 」

 すぐ横のティーテーブルのポットに手を伸ばそうとすると、ヨーナスが「あ、自分でやります、ありがとうございます」と言ってカップにお茶を注ぎ、ソファでくつろぎ始めた。

「レオさん、忙しすぎませんか? 休んでます? お休みってありますか? 僕はもう3週間休みなく出仕してますよ。レオさんなんて、この半年、皇宮に来ないことがありましたか?」

 ヨーナスの愚痴を聞きながら、困った顔で微笑む。

「そうですね。確かに今は新しく開始される鉄道事業についての会議がとにかく多いですし、幹線道路沿いの土地開発についての領主とのやり取りもかなり頻繁で、大臣方はものすごくお忙しいですからね。文官の皆さんも書類の作成が大変だと思います。」

 ヨーナスはお茶をすすりながら、上目遣いでレオノーラの方を見る。

「レオさんは、常に殿下の関わる会議や外交に帯同されていますよね? いったい、いつ家に帰っているんですか?」

 その質問に、レオノーラは苦笑いする。実際、あまり帰っていないからだ。

「まぁ、殿下がお休みにならないのに、私が休みをいただくわけにもいきませんし、こんなに身を削って国民のために働いておられる殿下を支えたいですから 」

「まぁまぁ、そう言わずに」といった感じでヨーナスの話を受け流す。

「なんで殿下はこんなに働くのでしょうかね。休みもなく、しかも夜もほとんど宮殿でお休みにならないというじゃないですか。僕が皇太子だったら、毎日宮殿で昼まで寝てますよ 」

 はぁー、とソファでくつろぐヨーナスを見ながら、アビエルがいかに努力家であるかを力説したくなったが、とりあえず今はやめておいた。

「ヨーナスさん、この書類、申し訳ないですが、少し訂正をお願いしないといけないところがありますよ 」

 申し訳なさそうに声をかけると、ヨーナスは眉間に皺を寄せて「えぇ~」と不満の声を漏らした。

「一応、訂正箇所と訂正内容を赤字で記しておきました。ここは事業案にある数字と文章内の数字が一致していませんし、こちらはまだこれからの懸案事項なので、きちんと(案)と記載しなくてはなりません 」

 先ほどもらった書類をヨーナスに返すと、思いのほかたくさんあった訂正に嫌な顔をされた。

「そんなに嫌な顔をなさらないで。会議で殿下に指摘されるよりも、今訂正しておく方が絶対にいいじゃないですか 」

 ね?というように微笑んで返すと、ヨーナスは少し頬を赤らめて、「そうですよね。後で訂正して、もう一度持ってきます 」と言って部屋を出て行った。


 ヨーナスの訪問で中断されていた、鉄道事業の融資案の書類作成を再開する。明日の御前会議は、アビエルと大臣たちがそれぞれ進めている事案について陛下に報告をし、その進捗についての是非を伺う大事なものだ。先ほどヨーナスが持ってきた書類は、外務大臣が会議で提出する予定のものだった。

 程なくしてアビエルが帰ってきた気配がした。間をおかず続き扉が開き、レオノーラの部屋に入ってくる。

「レオニー、明日の御前会議の前に鉄道事業の件で、ビシック商会の事業責任者に会いたい。なるべく朝早い時間に、前回の計画案を持って来られるか聞いてもらえるだろうか 」

「わかりました。すぐに知らせを出しますね 」

 アビエルの話を聞きながら、すでに案内を書き終わっている。ベルを鳴らし、配達係を呼んで『これをビシック商会のオルセンさんという方に直接お渡しください』と告げる。

「アーノルド宰相とのお話はどうでしたか? ゴルネアの鉱山からの鉱石の輸入は進められそうですか?」

 アビエルが首元のタイを緩めながらソファに座る。先ほどのヨーナスのカップを下げ、もう一度ベルを鳴らして使用人に新しいお茶を持ってきてもらうよう告げる。

「前例がないので、まだわからんな。一応、ゴドリックにもう一度書簡を送ってみよう。以前に見せてもらった鉱石と同じ質のものが継続して取引できるか、確証が得られないとなんとも言えない 」

 レオノーラは、使用人の持ってきたお茶をアビエルに出し、向かいのソファに腰かけた。

「国内の鉄鉱量だけでは、予定している鉄道の敷設には追いつかないのですよね。西の鉱山の再開発も多分、量は見込めませんし、ゴルネアの鉱山が期待できるものであれば良いのですが 」

「どこかで時間が取れれば直接見に行きたいのだが、今はとにかく時間がない。とりあえず、クレイン辺境伯領にその辺りの調査を依頼して、その返事を待とう 」

 ソファの背もたれに深く腰掛け、アビエルが大きなため息をつく。

「お疲れですね。ずっと会議が続いていますから 」

 背もたれにそらしていた首をコキコキと動かし、アビエルが目をつむる。

「忙しいが、こんな風に毎日一緒にいられるなら、このくらいの忙しさは何でもない 」

 目を開けてこちらに微笑みかける。そして、手招きをしてレオノーラを呼び寄せる。アビエルの隣に座り直すと、そのまま肩を引き寄せられる。

「こうしていると、疲れていることなどすぐに忘れてしまう 」

 レオノーラの胸元に顔を埋めて、腰に回した腕でレオノーラの細い腰を抱きしめる。レオノーラは、金色の髪を撫で、首筋を軽くマッサージした。

「でも、あまり無理しすぎてはいけないわ。たまにはお休みも作らないと。部下だって休めないでしょう?」

 アビエルは、レオノーラのマッサージに気持ちよさそうに目を瞑る。

「レオニーは休みが欲しいのか? どこか行きたいところがある?」

 マッサージを続けながら、アビエルのこめかみに軽くキスを落とす。

「あなたの行くところなら、どこへでも。」

 微笑んでそう呟くと、アビエルがレオノーラを引き寄せて深く口づけをした。
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