上 下
25 / 58

25:レオノーラの嫉妬

しおりを挟む
 ルーテシアとの関所を抜けると、それまでの石畳は整地されたただの道路に変わった。山間ということもあり、ぬかるみが多く、馬車の進みが悪い。

 馬車が嫌いなアビエルは護衛と同じマントを羽織り、レオノーラの隣で馬に乗っている。皇族がどこかへ公式訪問するには紋章入りの馬車に乗らなければならない。実に面倒なことだとレオノーラは思う。荷物も何もかも馬に括り付けて走れば、移動は半分の日数で済むし、道の悪さに悩まされることも少ないだろう。

 ちなみに、レオノーラは荷馬車を含めても、これまで数えるほどしか馬車に乗ったことがない。遥か昔、教会に行くため、メイベルさんと馬車に乗ったことがある。皇室のような豪華なものではなかったが、一応屋根は付いていた。中に入ると、予想以上に狭くて暗く、結局帰りは御者台に乗って帰った記憶がある。

「山を越えるのに、かなり時間がかかりそうですね。今日の宿に日が暮れるまでに着けるといいのですが」

 そう話しかけると、アビエルも先の道路の様子を見て、思案顔で答える。

「そうだな、予想よりもずっと道路状況が悪い。ルーテシア側からも交易の為に商人が訪れると聞いていたので、もう少し人の往来がしやすいかと思っていたのだが、こうした場所までは手が回らないのだろうな」

 戦時下のルーテシアでは、新たな公共事業を起こすのは難しいのだろう。うっそうとした森をようやく抜けると、少し開けた場所が見えてきた。日が随分と傾いており、もう少しペースを上げないと宿に着くころには真っ暗になりそうだ。北の夕暮れは日が落ちるのが早い。

 御者に、もう少しだけペースを上げられるかどうかを聞いた後、最後尾の護衛の所まで行き、まだ森が近いので、後ろからの野生動物や野盗の襲撃に注意するよう伝える。夕暮れ時は獣の夕食時だ。

「アビエル様、こちらの護衛の責任者はどなたですか?さきほど、私が勝手に御者にお願いをしましたが、本来はその方にお話を通すべきかと思いまして 」

「ああ、護衛のリーダーはガスパルだ。まあ、実質的には私だな。気になることがあれば、私が皆に注意を促している。だから、レオニーが今気を配ってくれていることはそのままでいい 」

 またもガスパル・・・・

「アビエル様は随分とガスパルさんのことをお気に入りのようですね。いつからそんなに彼を重用ちょうようされているのですか?私が帝都にいたころには、お見かけしたことがない方かと思いますが 」

 ガスパルの何がそんなに気に入っているのかが腑に落ちず、眉間に皺を寄せながら尋ねてみる。その言葉に、アビエルがレオノーラの方を向き直り、しばらく表情を探るように眺めたあと、ニヤニヤし始めた。

「なんだ、レオニー、妬いているのか?私がガスパルをよく使うから 」

 妬いて・・・・そんなのではない、と思ったが、なぜか、顔が真っ赤になってしまった。

「そういうことではありません。彼が、その、あまりに頼りないので心配しているのです 」

 速度を上げて少しアビエルから離れる。しかし、すぐに追いつかれ並走される。

「大丈夫だ。レオニーとするようなことはガスパルとはしないから 」

 さらにニヤニヤしてそんなことを言う。この人は時々本当にこうやって、さりげなくイヤらしいのだ。

「何をおっしゃっているのか、わかりかねます 」

 ムッとした顔をして、さらに馬の速度を上げる。アビエルは並走しながら、なぜか嬉しそうだ。

「そうか、レオニーもやきもちを焼いてくれるのだな。まあ、相手がガスパルというところが、お前らしいが 」

 妬いているわけではない、純粋に心配しているだけだと思いながら、余計に顔が火照る。まったく・・・・

「よろしければ、宿に先ぶれに参りますが 」

 憮然とした表情でそう告げた。ふ、と笑みを浮かべたアビエルが手綱を握りなおし駆け出した。

「ああ、そうだな。一緒に行こうか 」

 皇太子が自分の先ぶれを自分でするなど、聞いたことがない。自分たちのスピードに馬車がついて来れず、後ろの一行が慌てている様子がわかる。御者の所まで戻り、先ぶれに宿まで走ると告げて、アビエルを追いかけた。困った王子様だ。そう思うと、つい唇に笑みが浮かんでしまった。

 宿についたときには、薄闇に人の姿がかろうじて見えるほどだった。後程、皇太子の馬車が到着すると告げて馬車を待つことにする。王都から世話人が来ていて、すでに部屋の準備などはできていた。

「皇太子と従者の部屋を続き部屋にしておいてくれ。」

 アビエルがルーテシア語で世話人に頼んでいる。そしてまたニヤニヤした顔をこちらに向ける。まったく・・。

 食堂でワインを少しもらい喉を潤していると、ほどなくして馬車が到着した。皇太子の馬が先に行ってしまい、多少は焦ったのか思うより早く着いたようだ。馬の世話を手伝ってから宿に戻ると、食堂で夕食の準備ができていた。朝と同じように皆で食事を取り、おのおの割り当てられた部屋に散って行った。ガスパルは今日は宿の入り口の護衛の方に入るようだ。

「部屋で湯を使いたいので持ってきてくれるだろうか?」

 アビエルが世話人にそう頼み、一緒に行こうとレオノーラを促す。

「おまえは私の護衛だ 」

 部屋に入り、隣の部屋との続き扉を開けて自分の荷物を置く。策士アビエルの術中にまんまとはまってやりたい放題されている感がぬぐえない。

「では、部屋の前で護衛の任務についておりましょうか 」

 なんだか癪に障るので、扉を出て部屋の前で護衛に付こうとすると、壁とアビエルの体に挟まれてしまった。

「ここで一晩中立っていると言うなら、私も付き合うが、あられもない姿を誰かに見られないか少し心配だな 」

 そう言って顔の横で肘をついて全身で囲まれてしまった。最上階は皇太子の泊まる貴賓室しかないフロアだ。

「アビエル・・」

 名前をつぶやいた瞬間、唇が下りてきてふさがれる。ゆっくりと舌で口の中を確かめるように探られ、舌と舌を絡めあう。分厚い胸でレオノーラの薄い胸がつぶされる。うっとりと口づけに酔いしれていると、階段のある方から使用人が二人がかりで湯桶を持って上がって来る声が聞こえた。慌ててアビエルの胸をペシペシと叩いて抜け出し、隣の部屋へ逃げ込む。

 しばらくして、続き扉が開いてアビエルが入ってきた。

「もう大丈夫だよ。だれももう来ない 」

 そっと腰を抱いて自分の部屋に促す。促されるままに部屋に行き、向き合ってキスをする。

「こんなんじゃ、護衛になってないわ 」

 掠れた声で言うと、

「一瞬の隙も無くずっと一緒にいるのが一番の護衛だろう?」

 そう唇を寄せたまま返された。そしてまた深く口づけをされる。レオノーラも、もう流されてしまおう、と自分の理性は手放した。気づくとシャツもズボンも下着も脱がされ生まれたままの姿でアビエルに抱きしめられている。

 抱きかかえられて寝台へ向かうかと思ったら、湯桶に下ろされた。そして、アビエルもレオノーラを見下ろしながら自分の服を脱いで、レオノーラを膝に挟むようにして抱き込んで座った。

「髪を洗ってやろう  」

 そばにあった石鹸を泡立ててレオノーラの長い髪を少しずつ濡らしながら洗う。最後に全体を流してバラの香りのする香油を塗ってくれた。

「じゃぁ、私にもアビエルの髪を洗わせて 」

 そう言って向き直ってアビエルの髪を濡らす。石鹸をつけて髪を泡立てていると、アビエルが目の前にある胸にいたずらをし始める。

「ねぇ・・ダメよ。ちゃんと洗えなくなるから 」

 泡だらけの手でそれを制止するが、しばらくするとまたふよふよと手で触り始める。まったくしかたがない。少し乱暴にザバーと髪を流す。アビエルが顔を拭いながら髪を後ろへなでつける。こうして見るとなんと美しい顔をしているのだろう、と惚れ惚れしてしまう。

 向き合って座りまだ手についている泡でアビエルの肩から胸を擦る。そうしながら自然と唇を寄せ合ってしまう。優しく軽く口を合わせながら互いの体を撫でる。腰を撫でていたアビエルの手が止まり、すでにトロンとした顔になっているレオノーラを見つめて呟いた。

「レオニー、ここでこのまま夢中になってしまったら湯桶を壊して大変なことになりそうだ 」

 湯から出てアビエルがレオノーラの長い髪を丁寧に拭いてくれる。互いに体を拭きあって寝台へ向かい、そしてシーツの隙間に潜り込んで思う存分愛し合うことに夢中になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

消えた隣人

うらら
ホラー
「消えた隣人」は、田舎町に引っ越してきた中村幸子が、隣人夫婦の不可解な失踪をきっかけに、町の闇へと引きずり込まれていくホラー物語です。

奴隷の私が複数のご主人様に飼われる話

雫@更新再開
恋愛
複数のご主人様に飼われる話です。SM、玩具、3p、アナル開発など。

追放された聖女は半妖精に拾われて優しさに触れる

香木あかり
恋愛
「第一王子殺害未遂でリディア・クローバーを死刑に処する!」 ゴーシュラン王国の聖女であったリディア・クローバーは、謂われなき罪で死刑判決を下された。 (嫌よ、死にたくないわ……こんな無実の罪で処刑されるなんて!) 死んでしまうのだと絶望していた時、とある二人の人物の尽力で死刑から追放処分となる。 「いいかい?君は表向きは死刑となる。だが、実際は国外追放処分だ」 何とか王国を抜け出した彼女の前に半妖精だという一家が現れ、彼女の人生は一変する。 「ここで暮らすと良い。聖女だった頃のことは忘れて、ゆっくりしなさい」 慈愛に満ちた人々の優しさに触れ、リディアは明るさを取り戻していく。 しかし、リディアを謂われなき罪に陥れた者たちの陰謀に再び巻き込まれ、翻弄されていく。 (もう誰かに利用されるなんて御免よ。私は王国のおもちゃじゃないわ!) 半妖精や妖精の力を借りて、彼女は王国の陰謀に立ち向かう。 「さあリディア、行こうか。君を苦しめた奴を地獄に落としてやろう」 ※他サイトにも掲載中です。

キミがいないナツ

倉木元貴
ミステリー
大学1年の花火大会から半年後、付き合っている彼女の沙也加が突然音信不通に。彼女の家に向かうが、もう既に引っ越しをしていていなかった。1度は自分の家へ帰るが、大学で沙也加の友達である沙也加と接触する。津川と共に沙也加を見つけるためにあらゆる手を使い、沙也加を追い詰める。果たして沙也加と会うことはできるのか。 そんなサスペンスミステリー作品です。

愛が重いなんて聞いてない

音羽 藍
恋愛
レベルカンストする程大好きだった乙女ゲーム『誰が為のセレナーデ』の二人いる主人公の一人姉のシアに転生した主人公。 ひたすらマウントしてくるもう一人の主人公の妹とは最速で離れたいと考えていた。 妹と争う学園の運命(ストーリー)から最速で逃げ出す事にして、昔一度出会った少年に一目会いたいなとシンフォニア竜王国への道を旅する事にした。 その先で待つ運命とは。 執着ヤンデレ(変態)竜人族の男×竜人族の女。 ゆるい西洋ふんわりファンタジー風味、そんな世界観なのでリアルとは違う事多数あります。ファンタジーだから♪って思ってください。 地雷要素多め、文章力低く下手です。なんでも許せる方向け。 苦手な方は回避推奨。これ無理ってなったらそっ閉じして見なかった事にしてね。終局はハピエン。 うふふなシーンは前半は少なめで、ストーリー優先で進むと思います。 ある程度ストーリーが進むと多くなるかも? ※予告なくセンシティブが入る為に読む時は、背後にお気をつけてお読み下さい。 毎日投稿(17〜23時の頃に投稿)です。  【療養期間中に付き、停止中→9月から毎日投稿に戻ります】 作者のリアル状況によっては投稿時間がずれて翌日になる事があるかもしれません。 純愛だよ☆ なろうでも掲載しています。 ※現在色々な状況変化でこちら(当アルファポリスさん)の方が先に順次公開となりました。

【完結】二番手聖女の私は失恋して片思い中の王子を慰めていたら、契約婚をすることになり、幸せな花嫁になりました

西野歌夏
恋愛
私は二番手聖女のフランソワーズ・ポーズ・ラヴォイア。地味で冴えない方の聖女だ。平民だ。貴族令嬢たちはこぞってスティーブン王子をモノにしようと虎視眈々と狙っている。 時計台の鐘が鳴った。ロバート・クリフトン卿との待ち合わせ場所に向かおうとしたその時、私の運命は思わぬ方向に舵を切ったのだ。最悪な出会いと言うべき、間の悪いタイミングで私たちはそばにいたことになる。 舞台は全て中世ヨーロッパ風です。 ※がついたタイトルは性的表現を含みます。

【完結・R18】結婚の約束なんてどうかなかったことにして

堀川ぼり
恋愛
「なに、今更。もう何回も俺に抱かれてるのに」 「今は俺と婚約してるんだから、そんな約束は無効でしょ」 幼い頃からクラウディア商会の長である父に連れられ大陸中の国を渡りあるくリーシャ。いつものように父の手伝いで訪れた大国ルビリアで、第一王子であるダニスに突然結婚を申し込まれる。 幼い頃に交わしたという結婚の約束にも、互いの手元にあるはずの契約書にも覚えがないことを言い出せず、流されるまま暫く城に滞在することに。 王族との約束を一方的に破棄することもできず悩むリーシャだったが、ダニスのことを知るたびに少しずつ惹かれていく。 しかし同時に、「約束」について違和感を覚えることも増え、ある日ついに、「昔からずっと好きだった」というダニスの言葉が嘘だと気づいてしまい──…? 恋を知らない商人の娘が初恋を拗らせた執着王子に捕まるまでのお話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

陥落した淫獣達は幸せな乱交で仲間達を誘惑する

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...