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17:皇太子の来訪5

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 レオノーラは、滞在を終えて次の領地へ向かう皇太子の馬車を城壁塔から見送った。

 アビエルは、レオノーラが日勤で夜に部屋に帰ると、たいてい部屋で待ち構えていた。いったい帝都から付いてきた侍従や護衛はどんな仕事ぶりなんだと疑いたくなる。領内巡回中も常に出くわす。どうやっているのかはよくわからないが、完璧に仕事をこなしつつ、やりたい放題している策士ぶりがうかがえた。

 会談そのものもかなり良い形で進んだようで、ベリテア伯爵は、ゴルネアからの侵入者への対応について、いろいろなことが次の夏までには目途が立つだろうと領民に明言をした。この後、他の辺境伯領と足並みをそろえることで、かなり有効な対策ができると期待された。

 この皇太子の北方への会談は、今までの、中央が北方領をないがしろにしているのでは、という不満を随分と払拭ふっしょくした。後は具体的にどのようにゴルネアへの交渉を行うか、その有効な手段を確立することが、この会談行脚かいだんあんぎゃを終えて帝都に戻ったアビエルが評価を受けるところだ。

 彼は、自分の目的に向けて着実に歩んでいる。今、私にできることはこの辺境伯で、彼の邪魔をしないように粛々と与えられた仕事をすること。それが彼のためになるのだから、傍にいられなくても構わない。また、手紙を書こう。そして夜は星を見上げよう。遠くなる馬車を見つめながら、レオノーラは心の中でそうつぶやいた。

 ・・・・・・

 北の夏はあっという間に過ぎていく。秋風が吹き始めると、次の週には雪が舞い始め、暖炉に火を入れないと過ごせなくなってくる。

 レオノーラの寝台に白いクマが広がっている。本当にこのベッドカバーの威力はすごい。先日、アドルフさんから、冬場に履けるふかふかのスリッパが届いていたのだが、昨年の冬にふかふかのラグマットが届いているので、部屋の中は素足で歩いても全然寒くないのだった。

「もう、絶対に、この部屋に誰も入れられないわね‥‥」

 部屋に遊びに来たルグレンがそう呟く。レオノーラ自身もそう思う。部屋の大きさに対して物が多いうえに、調度品が豪華すぎるのだ。

「そういえば、アビエル様がルグレン達に贈ってくれた結婚祝いもすごかったね 」

 ルグレンとローレンスの結婚祝いとしてアビエルが贈ったのは、大量のリネンとワインと夫婦二人でお揃いになっている、大きなサファイアのついたネックレスとブレスレットとタイピンとカフスのセットだった。

「ロウがびっくりしてたわ。あんなに私の態度を気にして、不敬罪がとか言ってたクセに、プレゼントを見て、君は皇太子と本当に仲がいいんだね、とか言い始めちゃって。真面目な人だから、アビエルの滞在中は案内役を任されて毎日緊張して、大変だったからね 」

「ところでルグレン、話ってなに?」

 そうだ、今日はルグレンが、話したいことがあると言って、部屋まで来たのだ。

「あ、あのね‥‥私、多分、妊娠してると思うの 」

 豪快なルグレンが歯切れの悪い感じで照れている。

「え! すごい、そうなの?」

「うん、多分。まだ、お医者さんには診てもらってないし、ロウにも話してないんだけど‥‥もう月のものが2ヶ月くらいないから、そうかなって 」

「おめでとう! 嬉しいことじゃない。どうしたの? 何か心配?」

 嬉しそうではあるが、手放しで喜んでいる感じでもない。

「あ‥‥私ね、父と二人家族で母親がいないのよね。母は私を産んで死んでしまったから 」

 そうか、ルグレンは不安なのだ。いつの強気の彼女が不安で弱気になっている。

「ちゃんと母親になれるのかな、とか、もし、私が自分の母親と同じように出産で死んじゃったら、ロウは大丈夫かな、とか、そういうの考えちゃったら、すごく気持ちが不安定になってしまって 」

 レオノーラはルグレンの手の上に手を重ねた。

「私も母親がいないし、なんとも言えなくてごめんね。絶対に大丈夫よ、なんて約束もできないし。でも、今のルグレンを見ていたら、どう考えても幸せな未来しか見えないから。出産は絶対に安全ってことないし、何が起こるかわからないけど、でも、ルグレンもお父さんと幸せに生きてきたんでしょ?だったらきっとお腹の赤ちゃんも幸せに生きていくに決まってるわよ。何があってもね 」

 そう言って手を握りしめた。

「そう?そうかな‥‥」

「そうよ。あなたにはローレンスもお父さんも私や村の人たちもいるでしょう。ねぇ、ルグレン。そうやって不安になるってことがもうお母さんになってるってことだと思うわよ?」

 いつも強気で豪快なルグレンがこんなに可愛い姿を見せるとは。なんだか、可愛らしくて思わずその体をギュッと抱きしめてしまった。するとルグレンも腕に力を入れて抱きしめ返してきた。

「レオが、ここに居てくれて本当に良かった。私、男に囲まれて育ったからこういう話をする相手がいないの。だからすごく不安になっちゃって‥‥」

「私もルグレンのこんな可愛い姿が見れて良かったわ。処分を受けた甲斐があったわね 」

 冗談めかしてそういうと、ホントだね と言ってルグレンがいつものようにケラケラと笑った。

 その日の夜、ルグレンから嬉しい報告を聞いたローレンスは、喜び過ぎてダイニングの椅子を壊し、翌日、十数年ぶりに巡回中に馬から落ちた。

・・・・・・

 厳しい冬が過ぎて、辺境領が雪解けを迎える頃、ルグレンは元気な男の子を産んだ。

「ねぇ、ルグレン。どうしてこの子はこんなに可愛いのかしらね」

「そうね、レオ。我が子ながら世界一可愛いと思うわ」

 ここ最近、巡回の度にルグレンの家を訪れ、可愛いアーロンを眺めている。入り口の扉が開いて、ローレンスが入ってきた。

「ヘバンテス! クロイエム一人に巡回をさせて何をやっているんだ。サボらずにさっさと行け」

 そう言いながら、アーロンを抱き上げ、ルグレンにキスをする。毎日、昼には一度家に帰るようになったローレンスは、とにかく息子にメロメロなのだ。

「クロイエムが、森を見にいくまではここに居てもいいと言ってくれたので、甘えてしまいました。ご子息があまりに可愛くて、すみません」

「それは仕方ないが、とはいえ、仕事をサボるのは良くない。巡回は二人一組と決まっているのだからな。早く合流しなさい」

 言い方は厳しいが、その目は息子を見ながら目尻が下がりまくっている。

「は、申し訳ございません。では、失礼いたします。じゃあね、ルグレン、また明日ね」

 子どもを見つめて微笑み合う二人を見て、素敵な家族になったなぁ、と思う。この幸せを護るために、この国はずっと平和でなくてはならない。改めてそう思った。
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