上 下
3 / 5

[3] 立会

しおりを挟む
 季節は夏の盛りをすぎて秋に近づく。草木はなお青々と茂るがその最盛期と比べればどこか寂しい。
 私室には私とその後ろに控えるジーナ、それからティベリオ、最後に極めつけにクラリッサ嬢。

 前々から調査はさせてたけど実際に会うのは今日が初めて。
 小柄な体に赤混じりの茶の癖っ毛、黒みの強い目はくりっとしてて、全体的にかわいらしいタイプ。
 そうか、ティベリオはこういう娘が好みだったのか。いや外見だけに惹かれたことはないだろうけど、それにしてもその部分にいい印象を抱いたことは確か。
 私も自分の目で見てかわいいなって思ったし。

 下級貴族の娘という話。正直社交界ではほとんど耳にしたことない影の薄い存在。
 一応貴族の列に名は連ねるもののあまり貴族擦れはしてない、庶民的な感覚を持ち合わせている。
 都合がいい。
 未来のために天が遣わした最後の鍵なのかもしれないし、あるいはそれだけ時勢の波が押し寄せてきているのかもしれない。なんにしろただの妄想だけど。

 運命の分岐点。

 クラリッサ嬢は今日の話の中心人物ではあるものの、何も理解していない。まあ何も教えられてないんだから当然か。私の権力でこの場に強引に呼び出されただけ。そこになぜか王子もいる状況。
 まあ一番緊張しているのはそのティベリオに違いない。前に話したときよりさらに落ち着かない様子。長い付き合いだけど見たことない。心の中でだけ応援する、せいぜいがんばれ。

 私にとっても大きく人生が変化するところだけど、すでにそれは私の手から離れてしまっている。今さら手を加えて流れをコントロールすることはできない。するつもりもない。
 ただの立会人。積極的に発言する予定もない。ただ私がここにいればティベリオの発言の保証になる。つまりはぼーっとお茶を飲んでるだけの仕事。すばらしい。
 今日の私はなんだろう? お茶飲みながらのんびり劇見てる気分に近い、しかも特等席も特等席で。ちょっといやだいぶ楽しいかもしれない、わくわくしてる。

 ティベリオが口を開く。舞台の幕が上がった――

 ☆

 まずこんな形になってしまったことを謝罪したい。君を害するつもりは一切ない。
 話がどうしても大げさになってしまう。僕が王族だからで仕方のないことだ。
 面倒だとは思うけどそれは僕の大事な一部分であるから放棄することはなけどね。

 余計なことを言ってしまった。いやそんなに余計でもないのかな。関係あるようでないような。
 どうも話がうまくまとめられない。頭の中がぐちゃぐちゃに混乱している。
 今日のために時間をかけて考えてきたのにな。ずいぶんと情けないことだと我ながら思うよ。

 僕は君が好きだ。

 単刀直入に言ってしまった。これが一番大事なことだからね。
 他はすべてその最も重要なところにまとわりついた事情にすぎないから。
 そうだ。思ったよりずっと話なんてシンプルだったんだ。これだけわかってくれればいい。
 あとは単なる補足説明がだらだらとつづいていく。

 僕は君と出会って君と過ごすうちに君に好意を抱いた。
 そしてその感情は次第に大きくなって恋情へと変化していった。
 自覚し無視できない巨大さになった以上、僕はそれに正面から向き合わなくてはならなくなった。

 けれども周知のとおりに僕はそこに座っている、そこに座って優雅にお茶を飲んでいる、余裕綽々で僕らを眺めている、オリヴィエラ公爵令嬢と婚約状態にある。
 僕が君と出会うずっとずっと昔からね。

 それでいいと思っていた。彼女はすばらしい女性だ僕はよく知っている、僕にとって姉みたいな人だよ。
 彼女といっしょにそれからバルナバとも協力して僕らはこの国をよりよい方向へと導いていけると考えていた。僕の人生はそれで十分すぎるほどだと考えていたんだ。

 順番がぐちゃぐちゃだ。でもだいじょうぶ、すべてを理解してもらおうとは思っていないから。
 伝わって欲しいことだけ伝わってくれればそれでいい。
 僕は婚約を破棄することにした。だが僕は王族だ、そう簡単にはいかない。

 本当はそれを大々的に発表したかった。
 すべての手続をきちんと終了させてから君に告白したかったんだ。

 もし僕が婚約破棄を発表した上で君に告白してそれを拒絶した場合はどうなるか?
 ものすごく面倒なことになる。それはもうどのくらい面倒かというと説明するのがいやになるくらいに。
 そんなわけで父と公爵に全力で止められた。さすがにそこまで無理を通せなかった。

 いやほんとはそれで助かったと思ったのかな、弱い人間だね僕は。
 ともかく妥協案が今の状況だ。うちうちに婚約が破棄されたい状態で僕が君に告白する。
 その秘密裏の破棄状態を保証してくれるのがオリヴィエラなわけだ。
 彼女には感謝してもしきれない。

 クラリッサ、僕は君が好きだ。僕と結婚して欲しい。
 君にとって人生の大きな変化を意味するだろう、それはそのまま王族に入るということだから。
 これから覚えなくてはいけないことは膨大だし、貴族社会からの抵抗も激しいことは予測される。
 はっきりと困難な道だ。拒絶されて当然だろう。それで僕が君を恨むことはありえない。

 けれども承諾してくれるなら、僕の手を取ってくれ。

 ☆

 ――結構長かった。しかもまとまってない。
 事情知ってる私にはわかったけど、知らないクラリッサ嬢にはどうなのか。
 でもよかった。演劇ならもっとちゃんと脚本見直してから来いって言いたいところだが、現実ならではの迫力があった。それはある種の支離滅裂のおかげかもしれない。
 ティベリオ頑張ってた、立ち上がって拍手してあげたいところ、雰囲気がぶち壊しだからしないけどね。

 さてさて結末はどうなることやら?
 ハッピーエンド希望。もちろん私にとっての幸せが最優先だけど、他の身近な人にも幸福がもたらされるなら私もうれしいから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【R18】通学路ですれ違うお姉さんに僕は食べられてしまった

ねんごろ
恋愛
小学4年生の頃。 僕は通学路で毎朝すれ違うお姉さんに… 食べられてしまったんだ……

その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?

荒瀬ヤヒロ
恋愛
ダメですか。 突然覚えのない罪をなすりつけられたアレクサンドルは兄と弟ともに深い溜め息を吐く。 「あと、三ヶ月だったのに…」 *「小説家になろう」にも掲載しています。

私には弱小貴族くらいが丁度いい。

木山楽斗
恋愛
田舎の男爵令嬢であるルルーナは、特別裕福という訳でもないが平穏な生活を送っていた。 前世の記憶を持っている彼女は、二度目の人生に幸福を感じていた。妙なしがらみもない田舎の弱小貴族は、彼女の気質にあっていたのだ。 しかしそんな彼女に災難が降りかかってきた。領地に悪辣な伯爵令息ドルナスが現れたのである。 権力さえあればなんでもできるという考えを持つ彼は、ルルーナに対しても横暴に振る舞った。それによって、ルルーナは窮地に立たされる。 そんな彼女を救ったのは、偶然お忍びでやって来ていた第二王子のゼナートであった。 こうしてドルナスは、より権力を持つ者によって捻じ伏せられたのだった。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

婚約破棄されたおっとり令嬢は「実験成功」とほくそ笑む

柴野
恋愛
 おっとりしている――つまり気の利かない頭の鈍い奴と有名な令嬢イダイア。  周囲からどれだけ罵られようとも笑顔でいる様を皆が怖がり、誰も寄り付かなくなっていたところ、彼女は婚約者であった王太子に「真実の愛を見つけたから気味の悪いお前のような女はもういらん!」と言われて婚約破棄されてしまう。  しかしそれを受けた彼女は悲しむでも困惑するでもなく、一人ほくそ笑んだ。 「実験成功、ですわねぇ」  イダイアは静かに呟き、そして哀れなる王太子に真実を教え始めるのだった。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...