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[1] 報告

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「王子様、浮気してますよ」
 春の終わりの昼下がり、私室で庭園を眺めながら優雅なティータイムとしゃれこんでいたところ、メイドにして私専属の情報収集組織の統括者ジーナがそんなことを言った。

 思わず吹き出しそうになったのを無理矢理止めて「詳細は?」と聞き返したら、ジーナはわかりやすく口をへの字に曲げた。コノヤロウ。
 彼女にはキャプションを大げさにつける癖がある。ろくでもないが優秀だし、何より青髪セミロング褐色肌鋭い目つきの容姿が気に入ってるのでなんだかんだ長年傍に置いている。
「級友の少女に淡い恋心を抱きつつある可能性があります」
 実際はそんなところか。まあそれでも十分に一大事なんだけど。

 王子にして私の婚約者、名前はティベリオ、年は1つ下で今年学園に入学してきた。彼とも長い付き合いになる、10年来。出会ってすぐ婚約が決まった、それとも婚約するから出会ったんだったか。
 金髪碧眼、ひと目で王家の血筋とわかる。ちょっと気弱なところがあって、将来人の上に立つものとしてどうかな? と思わなくもないけど、まあ許容範囲だと思う。
 それが浮気(まだまだ未遂も未遂の状態だが)とは正直驚いた。めっちゃかわいい娘だったりするんだろうか、見てみたい。完全に興味本位で。
 ああでも『真実の愛』とか言われちゃったらどうしよう。そういうの真剣に言われたら笑っちゃうかもしれない。私に耐えられるだろうか。

 いやいやそんな呑気なこと考えてる場合じゃなかった。よく庶民が浮気の基準は何? みたいなこと話してるけどそんな線引きは王族貴族には関係がない。
 噂になったらもう終わりだ。次期国王が婚約者とは別の女に恋してる、なんて話が流れようもんなら、その時すでに王家のイメージには傷がついている。
 国家運営は実利で成り立つ部分はもちろんあるが、虚像をうまく使ってくのが非常に大事。集団を動かすにはむしろそっちの方が効率的だったりする。

 状況はわりとぎりぎりのところに来ていて先手先手で動いてく必要がありそうだった。ため息ついたらジーナがお茶入れ直してくれた。ありがとう、がんばる。

 決意をかためてさあ考えてみようとしたところで気づく、これどこ情報なんだろう?
 あんまりにも王子の内面に立ち入りすぎている。余程近くで見てる人じゃないとわかんないことだ。
 いや自白剤を使うとかあるいは不思議能力で王子の精神世界に潜るとかすればわかるのかもしれない。だとしたらそっちの方が大事件だ。
 わからないことは素直に聞くに限る。横に立ってるジーナに尋ねる。
「これ情報提供者だれ?」
「そう聞かれると思ってました。情報提供者の方には待ってもらっています。それでは出番ですのでお入りくださーい」

 ジーナは外に向かって呼びかける。このメイド、手際はいいんだけどどうしてこうも妙な演出をしたがるのか。まあ楽しいからいいっちゃいいんだけども。
 扉を開けて入ってきたのは短い赤髪で制服を柄悪く気崩した少年、王子の学友筆頭にして、公爵家長男の次期当主、平たく言えば私の弟のバルナバくんだった。
「よお」
「よお」
 お互い気安い挨拶を交わす。うちのメイドは雇い主の弟を廊下で待たせるとかまじどうかしてるけど、身内相手ならいいだろう、私が許す。
 それにしてもこれ情報提供っていうよりなんとも微妙な話だからバルナバ1人じゃ抱えきれなくなってジーナ介して私に相談してきたってところじゃないだろうか。
 やることかわんないからそのあたりの事情は気にしないでおこう。

「それで実際どうなんよ」
 私の問いかけ、めっちゃざっくりしてるけど弟だし通じるからよし。
「気持ちを自覚したらそのまま突っ走っちまいそうだな」
「相手の方は?」
「まったく脈なしってことはない、と思う」
 私同様、バルナバとティベリオの付き合いも長い、その予測はそんなに外れてはいないだろう。

 それにしても困った。どうやってまとめたらいいものか見当がつかない。政治的な問題と感情的な問題が入り組んで手をつけるのが難しい。
 みんなが得して終わるのが理想ではある。でもそんな答えがいつだって用意されてるわけがないのだ。
 ちなみに私は高尚な精神の持ち主でないので自分が差引プラスになんなきゃやだ。最低ラインで現状維持。私が損する展開は絶対許せない。

「姉貴はいいのかよ」
 バルナバがぶっきらぼうに言った。私から視線を外したまま。
「なんのこと?」いやまじで何を言い出したのかよくわかんなかった。
「場合によっては婚約破棄されるかも知んねーんだぞ」
 ああなんだ、そういうことか。つまりはどうやら私のことを心配してくれているらしい。
 どう説明するか、これもまたなかなか込み入っている。正直にすべてを語るわけにもいかない。今後の話の進め方によっては隠しておいたほうが有利なこともある。

「私はティベリオと結婚することに強いこだわりはないの。あの子は私にとって出来のいい方の弟のようなものだから」
 ふっと私は口の端をあげて笑って見せた。
「……出来の悪い方の弟で悪かったな」
 バルナバもまた私に同じような笑みを返した。
「どちらも私には大事な弟分よ」
 冗談を交えたおかげで深く追及されずにすんだ。あるいはバルナバの方でもここはあまり突っ込んではまずいと感じたのかもしれないが。
 嘘は言っていない。ただ少し不正確であるだけだ。

 一気に盤面を有利に導くような手はない。ここはじりじりとせまって模様をよくしてくのがいいだろう。
 バルナバが去ったのち、私はジーナに招待状を1通送るよう命じた。
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