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[26] 鹿
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もう1匹とるかそろそろ帰ろうか、そんなことを考えつつ索敵していたら、これまでにないものがひっかかった。焦茶兎より大型の動物、それも誘導するまでもなく、急速にこちらに接近している。
おそらく――向こうも私たちの存在に気づいている。気づいた上で近づいてきている。
「何か大型動物が1体、こっちに向かって移動してる」
その方向を指示しながら2人に通達。りっちゃんは即座に短剣を斜めに構えた。
がさがさと茂みを揺らす、なんてものではなくて、草木を押し倒しながらその巨体は現れる。体長3Mを超える巨大な鹿、灰色の瞳が一段高いところから私たちを見下ろしていた。直感する、強い!
体毛には緑と茶が入り混じる、迷彩柄。角はない。距離をとって静止する。彼もまたこちらを観察しているのかもしれない。
星角鹿、このあたりの森に生息する大型の鹿、性別にかかわらず角はない。知識として知っているだけだ、遭遇するのはこれが初めて。
彼らは人を襲わない、あくまで基本的には。草食よりの雑食、空腹であれば肉も食う。縄張りへの警戒意識も持っている、とりわけ繁殖期には強くあらわれる。
あとは単純に混乱している可能性というのもある。例えば常にうろつている場所から外れてさ迷い歩いているといったような……そんな時、ある種の敵に出くわしたとしたら徹底的にやりあうこともありえる。
にらみあう。どれだけの時間そうしていたのかわからない。
「俺は手を出さない」
最初に動いたのは院長で鹿に背を向けるとざっざと足音を鳴らして離れた。
「ほんとのほんとにヤバい時以外は」
言葉を付け加える。厳しい人かと思ったら全然そんなことはなかった。
りっちゃんと視線を合わせる。言葉はいらない、当たって砕けろ。
難敵と対峙、ただしいざとなれば助けがあるとわかっている。冒険者として経験を積むには絶好の機会。
木々の向こうで日がゆっくりと落ちていく。だんだんと明るさが失われていく。
鹿は動かない。けれどもこちらが動けば追ってくる気配。覚悟を決める。
このまま膠着がつづけば不利。人間は視覚情報に頼っている部分が大きい。向こうだってそれによっているところはあるが、常に野生に身を置いている、聴覚、嗅覚、触覚、他の感覚も十分に使いこなしている。
いくらこちらが森で遊んで育ったといっても生活の場が違う、その差を埋めることはできない。
鹿の鼻がほんのわずかに膨らんだ。その隙とも言えないような隙をりっちゃんは逃さない。魔力を瞬時に練り上げ、起動する。
先の先。相手に何もさせずに叩き潰す目論見。
目の奥で何かが光った感覚。勘違いか? ついでざわりと背筋がざわめく。
疑うな、信じろ、直感に身をゆだねろ。
「りっちゃん!」
叫ぶ、それが何を意味しているのか明瞭にはわかっていない、警告、具体的にどうしろという指示は出せない、とにかく逃げろ。
透明な光が空中を走る。小さな稲妻、あるいはそれは幾重にも枝分かれした角のようにも見えた。
咄嗟の判断で右後ろに跳ぶ。方向を考えている時間はなかった。
とにかく距離をとりつつ、自分の体の赴く方へ、逃げた。体勢を崩しながらそれを眺める。なんだあれは?
目に見えない何かが空中を切り裂き、刺し貫いた。ついさっきまで私の立っていた空間を通り過ぎて、その背後にあった背の低い木々を、強引に力づくで破壊しつくした。
粉々に打ち砕かれた残骸が後には残るばかりだ。
「星角鹿は角を持たない。森の中で動き回るには不便でしかないからだ。かわりにたったひとつだけ魔法を覚えた。不可視の角を展開する魔法だ」
解説ありがとう。でもそれもっと早く言ってほしかった、院長!
りっちゃんの方に視線を移す。発動寸前の魔法を止めて反射的に回避したようで地面に手をついているがなんとか無傷の模様。
まずい。状況は非常にまずい。せかされているのに相手の手の内がわからない。情報不明。
巨大な鹿は一歩ずしんと足音を響かせながら間合いを詰めてくる。こちらは立ち上がりながらなんとか距離をとろうとする。
鹿は追撃を――仕掛けてこない。冷たく私たちを見下ろしている。
相手も理解しているのかもしれない。このまま戦いが長期化すれば自分に有利になると。
「ていや!」
りっちゃんが叫んで水を放出する。
恐らく鹿の角はカウンタータイプ。こちらの魔力に反応して動き出す。用途が限定されているがために素早い。りっちゃんの構築速度をも上回る。
魔力を集中させる時間がない。故に先のように充填された水の矢を構築できない。おおざっぱな攻撃は見えない角に容易に迎撃される。せいぜいその巨体を濡らす程度に終わる。
2度3度、りっちゃんは緩い軌道を描いた水球を放つ。反撃に対する回避を考慮に入れるとその攻撃は必然的に威力のないものにならざるを得ない。
どうすればいいのか? 動きながら観察する。観察しながら考える。
星角鹿自体、ほとんど動かない。分厚い肉の鎧をまとう。半端な攻撃では届かない。
角の形、おそらく一定ではない。ある程度の方向は決まっているようだが、部分的な形についてはランダムな要素が含まれる。
詳細に時間をかけて分析すればなんらかの規則性を見いだせるかもしれない。けれども今はそんなことをやっていられる時間がない。
りっちゃん、すでに角は避けられるようだが魔力を収束させるだけの時間が足りない、決め手がない。
私が石を投げて攻撃する? それだけの時間を相手は与えてくれないだろう。急いで投げれば威力も精度もどうしても落ちる。
おそらく――向こうも私たちの存在に気づいている。気づいた上で近づいてきている。
「何か大型動物が1体、こっちに向かって移動してる」
その方向を指示しながら2人に通達。りっちゃんは即座に短剣を斜めに構えた。
がさがさと茂みを揺らす、なんてものではなくて、草木を押し倒しながらその巨体は現れる。体長3Mを超える巨大な鹿、灰色の瞳が一段高いところから私たちを見下ろしていた。直感する、強い!
体毛には緑と茶が入り混じる、迷彩柄。角はない。距離をとって静止する。彼もまたこちらを観察しているのかもしれない。
星角鹿、このあたりの森に生息する大型の鹿、性別にかかわらず角はない。知識として知っているだけだ、遭遇するのはこれが初めて。
彼らは人を襲わない、あくまで基本的には。草食よりの雑食、空腹であれば肉も食う。縄張りへの警戒意識も持っている、とりわけ繁殖期には強くあらわれる。
あとは単純に混乱している可能性というのもある。例えば常にうろつている場所から外れてさ迷い歩いているといったような……そんな時、ある種の敵に出くわしたとしたら徹底的にやりあうこともありえる。
にらみあう。どれだけの時間そうしていたのかわからない。
「俺は手を出さない」
最初に動いたのは院長で鹿に背を向けるとざっざと足音を鳴らして離れた。
「ほんとのほんとにヤバい時以外は」
言葉を付け加える。厳しい人かと思ったら全然そんなことはなかった。
りっちゃんと視線を合わせる。言葉はいらない、当たって砕けろ。
難敵と対峙、ただしいざとなれば助けがあるとわかっている。冒険者として経験を積むには絶好の機会。
木々の向こうで日がゆっくりと落ちていく。だんだんと明るさが失われていく。
鹿は動かない。けれどもこちらが動けば追ってくる気配。覚悟を決める。
このまま膠着がつづけば不利。人間は視覚情報に頼っている部分が大きい。向こうだってそれによっているところはあるが、常に野生に身を置いている、聴覚、嗅覚、触覚、他の感覚も十分に使いこなしている。
いくらこちらが森で遊んで育ったといっても生活の場が違う、その差を埋めることはできない。
鹿の鼻がほんのわずかに膨らんだ。その隙とも言えないような隙をりっちゃんは逃さない。魔力を瞬時に練り上げ、起動する。
先の先。相手に何もさせずに叩き潰す目論見。
目の奥で何かが光った感覚。勘違いか? ついでざわりと背筋がざわめく。
疑うな、信じろ、直感に身をゆだねろ。
「りっちゃん!」
叫ぶ、それが何を意味しているのか明瞭にはわかっていない、警告、具体的にどうしろという指示は出せない、とにかく逃げろ。
透明な光が空中を走る。小さな稲妻、あるいはそれは幾重にも枝分かれした角のようにも見えた。
咄嗟の判断で右後ろに跳ぶ。方向を考えている時間はなかった。
とにかく距離をとりつつ、自分の体の赴く方へ、逃げた。体勢を崩しながらそれを眺める。なんだあれは?
目に見えない何かが空中を切り裂き、刺し貫いた。ついさっきまで私の立っていた空間を通り過ぎて、その背後にあった背の低い木々を、強引に力づくで破壊しつくした。
粉々に打ち砕かれた残骸が後には残るばかりだ。
「星角鹿は角を持たない。森の中で動き回るには不便でしかないからだ。かわりにたったひとつだけ魔法を覚えた。不可視の角を展開する魔法だ」
解説ありがとう。でもそれもっと早く言ってほしかった、院長!
りっちゃんの方に視線を移す。発動寸前の魔法を止めて反射的に回避したようで地面に手をついているがなんとか無傷の模様。
まずい。状況は非常にまずい。せかされているのに相手の手の内がわからない。情報不明。
巨大な鹿は一歩ずしんと足音を響かせながら間合いを詰めてくる。こちらは立ち上がりながらなんとか距離をとろうとする。
鹿は追撃を――仕掛けてこない。冷たく私たちを見下ろしている。
相手も理解しているのかもしれない。このまま戦いが長期化すれば自分に有利になると。
「ていや!」
りっちゃんが叫んで水を放出する。
恐らく鹿の角はカウンタータイプ。こちらの魔力に反応して動き出す。用途が限定されているがために素早い。りっちゃんの構築速度をも上回る。
魔力を集中させる時間がない。故に先のように充填された水の矢を構築できない。おおざっぱな攻撃は見えない角に容易に迎撃される。せいぜいその巨体を濡らす程度に終わる。
2度3度、りっちゃんは緩い軌道を描いた水球を放つ。反撃に対する回避を考慮に入れるとその攻撃は必然的に威力のないものにならざるを得ない。
どうすればいいのか? 動きながら観察する。観察しながら考える。
星角鹿自体、ほとんど動かない。分厚い肉の鎧をまとう。半端な攻撃では届かない。
角の形、おそらく一定ではない。ある程度の方向は決まっているようだが、部分的な形についてはランダムな要素が含まれる。
詳細に時間をかけて分析すればなんらかの規則性を見いだせるかもしれない。けれども今はそんなことをやっていられる時間がない。
りっちゃん、すでに角は避けられるようだが魔力を収束させるだけの時間が足りない、決め手がない。
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