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[25] 本番
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理論上、呪文は必要なものではない。ただ呪文を唱えると魔力を構成しやすい。魔力は意識によって操作される、その意識を動かすのに言葉というのは便利なものだ。
呪文なしだと効果が弱くなることがあるし、場合によっては発動しないことすらありえる。そのあたりの依存度は人によって異なる。
私は割と無詠唱ですませる方で、りっちゃんは割と詠唱するのが好きな方だ。といってもりっちゃんも緊急時は呪文なしで魔法を発動させている。絶対に必要としているわけではない。
ただ横で見てる限りではやっぱり呪文を唱えてる方が威力は高まってるようで、そのあたりは結局当人の気質次第としか言えない。
そういうわけだから呪文を気の抜けた風にとなえることで出力を調整する、というのは案外理にかなった方法ではある。あんまり一般的なやり方ではないが。
ともかく2人とも院長から、まあこのぐらいで十分だろうと合格点をもらう。作戦をたてたら普段は行かない森の深い所へと本格的に足を踏み入れることにした。
まあ作戦といっても非常に単純なもので、私が獲物を誘い出してりっちゃんがそれを仕留める、それだけだ。
いやこういう基本的な体制というのはむしろシンプルすぎるほどシンプルな方がいいかもしれない。あんまりかっちり決まりすぎていると急場でアレンジをきかしにくい。
というかそれならやっぱり私が石投げる練習した意味はなかったのでは? と思われるかもしれないがそんなことはない。もし万一仮にりっちゃんが外したら私の出番になる。
相手を確実に倒そうと思ったら失敗した時の備えは常に考えておくべきだ。
院長は後ろに下がって私たちを見ている。
教えることはだいたい教えたから、あとはお前らの好きにやってみろといった態度。いつまでもつきっきりで教えてもらえるわけではないのだから、そのぐらいの距離感で適切だ。
立ち止まる。りっちゃんと視線をかわす。
このあたりでいいだろう。あんまり深く入りすぎるのは危険だ。日常的に人が立ち入らない領域には何が潜んでいるかわからないから。
いつも歩いているあたりより木々が込み合っているような気がする。空気の中に色濃く植物の匂いが漂う。
目を閉じた。自分の感覚を薄く薄くひろげていく。私は森だ、森にただよう風だ。そこにあるすべてに触れてひとつひとつその形を確かめる。だんだんとその範囲を大きくしていく。
見つけた! 森の中で動くもの。やわからな毛並、ぴょこぴょこと木の根を飛び越える。手ごろな獲物。
私は無言でりっちゃんに1本指をたててみせた。1体発見した、これから誘導するの合図。りっちゃんはそれを見て頷きを返した。
あえて木の葉を揺らす。大きく音をたてるように。
獲物は動きを止めた。
つづけてもう一度、君の警戒は勘違いじゃないよ、脅威はすぐそこにせまっている。
神経を使う作業。頭の中に配置された色のない世界。まるで夢みたいな。あるいはゲームをやっている気分。話だけ聞いたことのあるVRとはこんな感じだったのかもしれない。
前の世界のことだ、今さら確かめようもないが。
狙い通り。獲物は物音とは反対方向に動き出した。
より激しく空気を攪拌させる。そのざわめきに押し出されるようにして獲物は速度をあげる。
私は正面からやや右手の方角を指し示した。そっちの方角からやってくる。
りっちゃんは青い短剣を取り出すと切っ先をそちらに向けた。
――息を止める。私もスリングショットに手を伸ばした。
風ではない何かが大きく茂みを揺らす。3……2……1……ここだ!
草むらから茶色い動物が飛び出してくるのと、りっちゃんが呪文を唱えたのはほとんど同時だった。
人間を見つけた焦茶兎がほんの一瞬だけ硬直する。すぐさま体を反転させ茂みに戻ろうとする。が、遅い。
すでに放たれた水の矢は彼に向かって直線で飛来している。その長い耳と耳の間、後頭部のどまんなかを貫いたのが見えた。
兎の体が跳ねる。彼自身の意志によらない自動的な運動。受け身の姿勢もとれずに地面にその身をたたきつけるともう動くことはなかった。
息を深く吐き出した。どっと体の緊張が抜けていく。より正確に言えばその時になって初めて私は私が緊張していたことに気づけた。
成功の2文字が頭の中でうかびあがってくる。おめでとう。
りっちゃんと顔をあわせる。青色の瞳はきらきら輝いていた。きれい。
どちらから言うでもなくハイタッチ! 乾いた音が森の中に鳴り響いた。
その後もそこそこ順調に兎を狩りつづけた。2回ほど誘導をミスすることもあったが許容範囲内である。その2回も前半の方で後半の方は誘導もスムーズになっていった。
1匹については私がスリングショットで仕留めた。りっちゃんが外したわけではなくて院長に「スーもやってみろ」と言われたので。あたりどころがよかったのか一発で昏倒させることができた。運がよかった。
合計4匹、1日の狩りの成果としては上々といったところ。取りすぎては自然のバランスを崩しかねないのでちょうどいいとも言える。
呪文なしだと効果が弱くなることがあるし、場合によっては発動しないことすらありえる。そのあたりの依存度は人によって異なる。
私は割と無詠唱ですませる方で、りっちゃんは割と詠唱するのが好きな方だ。といってもりっちゃんも緊急時は呪文なしで魔法を発動させている。絶対に必要としているわけではない。
ただ横で見てる限りではやっぱり呪文を唱えてる方が威力は高まってるようで、そのあたりは結局当人の気質次第としか言えない。
そういうわけだから呪文を気の抜けた風にとなえることで出力を調整する、というのは案外理にかなった方法ではある。あんまり一般的なやり方ではないが。
ともかく2人とも院長から、まあこのぐらいで十分だろうと合格点をもらう。作戦をたてたら普段は行かない森の深い所へと本格的に足を踏み入れることにした。
まあ作戦といっても非常に単純なもので、私が獲物を誘い出してりっちゃんがそれを仕留める、それだけだ。
いやこういう基本的な体制というのはむしろシンプルすぎるほどシンプルな方がいいかもしれない。あんまりかっちり決まりすぎていると急場でアレンジをきかしにくい。
というかそれならやっぱり私が石投げる練習した意味はなかったのでは? と思われるかもしれないがそんなことはない。もし万一仮にりっちゃんが外したら私の出番になる。
相手を確実に倒そうと思ったら失敗した時の備えは常に考えておくべきだ。
院長は後ろに下がって私たちを見ている。
教えることはだいたい教えたから、あとはお前らの好きにやってみろといった態度。いつまでもつきっきりで教えてもらえるわけではないのだから、そのぐらいの距離感で適切だ。
立ち止まる。りっちゃんと視線をかわす。
このあたりでいいだろう。あんまり深く入りすぎるのは危険だ。日常的に人が立ち入らない領域には何が潜んでいるかわからないから。
いつも歩いているあたりより木々が込み合っているような気がする。空気の中に色濃く植物の匂いが漂う。
目を閉じた。自分の感覚を薄く薄くひろげていく。私は森だ、森にただよう風だ。そこにあるすべてに触れてひとつひとつその形を確かめる。だんだんとその範囲を大きくしていく。
見つけた! 森の中で動くもの。やわからな毛並、ぴょこぴょこと木の根を飛び越える。手ごろな獲物。
私は無言でりっちゃんに1本指をたててみせた。1体発見した、これから誘導するの合図。りっちゃんはそれを見て頷きを返した。
あえて木の葉を揺らす。大きく音をたてるように。
獲物は動きを止めた。
つづけてもう一度、君の警戒は勘違いじゃないよ、脅威はすぐそこにせまっている。
神経を使う作業。頭の中に配置された色のない世界。まるで夢みたいな。あるいはゲームをやっている気分。話だけ聞いたことのあるVRとはこんな感じだったのかもしれない。
前の世界のことだ、今さら確かめようもないが。
狙い通り。獲物は物音とは反対方向に動き出した。
より激しく空気を攪拌させる。そのざわめきに押し出されるようにして獲物は速度をあげる。
私は正面からやや右手の方角を指し示した。そっちの方角からやってくる。
りっちゃんは青い短剣を取り出すと切っ先をそちらに向けた。
――息を止める。私もスリングショットに手を伸ばした。
風ではない何かが大きく茂みを揺らす。3……2……1……ここだ!
草むらから茶色い動物が飛び出してくるのと、りっちゃんが呪文を唱えたのはほとんど同時だった。
人間を見つけた焦茶兎がほんの一瞬だけ硬直する。すぐさま体を反転させ茂みに戻ろうとする。が、遅い。
すでに放たれた水の矢は彼に向かって直線で飛来している。その長い耳と耳の間、後頭部のどまんなかを貫いたのが見えた。
兎の体が跳ねる。彼自身の意志によらない自動的な運動。受け身の姿勢もとれずに地面にその身をたたきつけるともう動くことはなかった。
息を深く吐き出した。どっと体の緊張が抜けていく。より正確に言えばその時になって初めて私は私が緊張していたことに気づけた。
成功の2文字が頭の中でうかびあがってくる。おめでとう。
りっちゃんと顔をあわせる。青色の瞳はきらきら輝いていた。きれい。
どちらから言うでもなくハイタッチ! 乾いた音が森の中に鳴り響いた。
その後もそこそこ順調に兎を狩りつづけた。2回ほど誘導をミスすることもあったが許容範囲内である。その2回も前半の方で後半の方は誘導もスムーズになっていった。
1匹については私がスリングショットで仕留めた。りっちゃんが外したわけではなくて院長に「スーもやってみろ」と言われたので。あたりどころがよかったのか一発で昏倒させることができた。運がよかった。
合計4匹、1日の狩りの成果としては上々といったところ。取りすぎては自然のバランスを崩しかねないのでちょうどいいとも言える。
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