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[23] 朝食
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すっきりしない。
院長がわざわざ街に出てきて孤児院から持ち出した短剣について尋ねてきた。なにやらいくつか確認して本人はすでに納得したようで店主と談笑している。
りっちゃんは何も気にしていないようだが、私はそうはいかない。その短剣に何かあるのか? 何かあるのならできれば知っておきたいところなのだけれど――
「あのう、その短剣がどうかしたのですか?」
しょうがないので私が直接問いかければ、
「うんまあ、時が来ればわかる。お前たちならなんとかなるだろう」
となんとも歯切れの悪い返事。これ、食い下がっても教えてくれないやつだ。
何かが起きるかもしれないがその何かは必ず起きるとは限らなくて、起きないとしたらそれについても知らない方がよくて、場合によっては知ってること自体が問題に巻き込まれる要因になりうるということ、らしい。
悩んだ末に私はそれについて考えないことにした。
忘れてしまうわけではなくて頭の隅っこに置きっぱなしにして毎日いちいちそれを取り扱ったりはしない、年に1回ぐらい思い出せばいい、いざとなれば店主も知っている、彼が教えてくれるだろう。
その決定があってたのか間違ってたのかわかるのはずっとずっと後のことになる。
話の流れでそのまま3人で朝食をとる。干し肉と野草のスープとパン。
なんだか懐かしい気持ち。
孤児院には子供たちが入ってきたり出ていったりで人の入れ替わりが激しかった。記憶に残っている子もいるがその一方でまるで覚えていない子もいる。
基本的にそれは期間の長短によるのかもしれない。短い時間で鮮烈な記憶を残して去っていった子もいたが。
私だってそれなりに長くあそこにいた。誰かの記憶に残っているかもしれない。まあどっちでもいいことだけれど。
私は今ここにいる。そうしてその存在をりっちゃんに認められているならそれで十分だ。
「今日の仕事は?」
食事が終わるころ、院長が尋ねてきた。
質問の意図がいまいちつかめなかったけど、嘘をつくほどではないので正直に答えることにした。
近くの森で薬草採取。
まだやってんのかと思われるかもしれないが、まだまだ学ぶことがあるのだ。
最近になってようやく街周辺のごく近い所の森の様子がわかってきた気がする。
以前住んでた町の周りの、毎日遊びまわってた森と比べれば、理解度は依然として低いが。
「俺の教えを守っててえらい。えらいがそろそろ次の段階に進んでもいいだろ」
予定を聞いて院長は慎重に言葉を選びながらそう言った。
わりとその通りだとは思う。
薬草採取に飽きたわけではないが、別の仕事に手を広げてもいい時期なんじゃないかとは近頃私もぼんやりそんな風に考えていた。
りっちゃんには相談していない。相談したら絶対にりっちゃんはその別の仕事の方に飛びつくとわかっているから。
別の仕事か。具体的には何があるんだろう。そこまで明確に考えてなかった。
「狩りに行こう!」
りっちゃんが立ち上がるなり宣言した。珍しく話をちゃんと聞いてたようだ。
狩り、今の季節なら――
「ウサギかな。ちょうどいい相手だ」
私の思考を読んだみたいに院長がつぶやく。そのまま立ち上がると店主の方に話をつけにいった。
ん? あれ? ちょっと待って? もしかして院長もついてくるつもりなんだろうか?
実力的にはおそらく、冒険者をすでに引退してるとは言え、私たちより上だ。
足手まといになるとかそういう心配はいらない。むしろ経験で優れる分いろいろ教えてくれそうではある。
そのあたりは心配どころかむしろプラスでよろこばしいことなんだけど――なんか授業参観みたいでやりづらいかもしれん。
店主の了解を得て3人そろって森に狩りに出かける。
私はなんとなくやりづらさを感じているがりっちゃんはまったく気にしてないっぽい。
おおらか。器が大きい。
装備はいつもと同じで。これまでも森に入るにあたってなんらかの動物に遭遇する可能性は常に想定してた。実際に使う機会はなかったが準備は怠ってはいなかったわけだ。
東の門から出る。
毎日毎日薬草採取と目的を言ってるのに今日は狩猟とはっきり宣言する。
なじみの門番の人が少し驚いたように眉を動かす。会釈を返しておいた。
他者に向かって言葉にしたことでもう戻れなくなったのだなと感じた。絶対に何か狩って帰らなくてはならないというプレッシャー。
いやそんなものは不要か。余計な心理的重圧は失敗につながりかねない。
焦燥は硬直を生み、硬直は遅延を招く、そして遅延は損傷の原因のひとつだ。
まあ今日は何もとれなくてもいいやぐらいの気分の方がいいだろう。
振り返って城壁を見上げた。
簡単に言えば石を高く積み上げたもの。時間をかければ壊せなくもない。壊したら犯罪だからやんないけど。
いつのまにか先頭を院長が歩いていた。広い背中を眺める。以前はよく見ていたもの。
まっすぐ森には向かわない。その手前の空き地で立ち止まった。
あたりを見渡す。30Mぐらい離れたところにある寝そべった大型犬ぐらいの大きさの岩に目を止めた。
院長はそれを指さして言った。
「試し撃ちだ。なんでもいい、こっからあの岩にぶつけてみろ」
院長がわざわざ街に出てきて孤児院から持ち出した短剣について尋ねてきた。なにやらいくつか確認して本人はすでに納得したようで店主と談笑している。
りっちゃんは何も気にしていないようだが、私はそうはいかない。その短剣に何かあるのか? 何かあるのならできれば知っておきたいところなのだけれど――
「あのう、その短剣がどうかしたのですか?」
しょうがないので私が直接問いかければ、
「うんまあ、時が来ればわかる。お前たちならなんとかなるだろう」
となんとも歯切れの悪い返事。これ、食い下がっても教えてくれないやつだ。
何かが起きるかもしれないがその何かは必ず起きるとは限らなくて、起きないとしたらそれについても知らない方がよくて、場合によっては知ってること自体が問題に巻き込まれる要因になりうるということ、らしい。
悩んだ末に私はそれについて考えないことにした。
忘れてしまうわけではなくて頭の隅っこに置きっぱなしにして毎日いちいちそれを取り扱ったりはしない、年に1回ぐらい思い出せばいい、いざとなれば店主も知っている、彼が教えてくれるだろう。
その決定があってたのか間違ってたのかわかるのはずっとずっと後のことになる。
話の流れでそのまま3人で朝食をとる。干し肉と野草のスープとパン。
なんだか懐かしい気持ち。
孤児院には子供たちが入ってきたり出ていったりで人の入れ替わりが激しかった。記憶に残っている子もいるがその一方でまるで覚えていない子もいる。
基本的にそれは期間の長短によるのかもしれない。短い時間で鮮烈な記憶を残して去っていった子もいたが。
私だってそれなりに長くあそこにいた。誰かの記憶に残っているかもしれない。まあどっちでもいいことだけれど。
私は今ここにいる。そうしてその存在をりっちゃんに認められているならそれで十分だ。
「今日の仕事は?」
食事が終わるころ、院長が尋ねてきた。
質問の意図がいまいちつかめなかったけど、嘘をつくほどではないので正直に答えることにした。
近くの森で薬草採取。
まだやってんのかと思われるかもしれないが、まだまだ学ぶことがあるのだ。
最近になってようやく街周辺のごく近い所の森の様子がわかってきた気がする。
以前住んでた町の周りの、毎日遊びまわってた森と比べれば、理解度は依然として低いが。
「俺の教えを守っててえらい。えらいがそろそろ次の段階に進んでもいいだろ」
予定を聞いて院長は慎重に言葉を選びながらそう言った。
わりとその通りだとは思う。
薬草採取に飽きたわけではないが、別の仕事に手を広げてもいい時期なんじゃないかとは近頃私もぼんやりそんな風に考えていた。
りっちゃんには相談していない。相談したら絶対にりっちゃんはその別の仕事の方に飛びつくとわかっているから。
別の仕事か。具体的には何があるんだろう。そこまで明確に考えてなかった。
「狩りに行こう!」
りっちゃんが立ち上がるなり宣言した。珍しく話をちゃんと聞いてたようだ。
狩り、今の季節なら――
「ウサギかな。ちょうどいい相手だ」
私の思考を読んだみたいに院長がつぶやく。そのまま立ち上がると店主の方に話をつけにいった。
ん? あれ? ちょっと待って? もしかして院長もついてくるつもりなんだろうか?
実力的にはおそらく、冒険者をすでに引退してるとは言え、私たちより上だ。
足手まといになるとかそういう心配はいらない。むしろ経験で優れる分いろいろ教えてくれそうではある。
そのあたりは心配どころかむしろプラスでよろこばしいことなんだけど――なんか授業参観みたいでやりづらいかもしれん。
店主の了解を得て3人そろって森に狩りに出かける。
私はなんとなくやりづらさを感じているがりっちゃんはまったく気にしてないっぽい。
おおらか。器が大きい。
装備はいつもと同じで。これまでも森に入るにあたってなんらかの動物に遭遇する可能性は常に想定してた。実際に使う機会はなかったが準備は怠ってはいなかったわけだ。
東の門から出る。
毎日毎日薬草採取と目的を言ってるのに今日は狩猟とはっきり宣言する。
なじみの門番の人が少し驚いたように眉を動かす。会釈を返しておいた。
他者に向かって言葉にしたことでもう戻れなくなったのだなと感じた。絶対に何か狩って帰らなくてはならないというプレッシャー。
いやそんなものは不要か。余計な心理的重圧は失敗につながりかねない。
焦燥は硬直を生み、硬直は遅延を招く、そして遅延は損傷の原因のひとつだ。
まあ今日は何もとれなくてもいいやぐらいの気分の方がいいだろう。
振り返って城壁を見上げた。
簡単に言えば石を高く積み上げたもの。時間をかければ壊せなくもない。壊したら犯罪だからやんないけど。
いつのまにか先頭を院長が歩いていた。広い背中を眺める。以前はよく見ていたもの。
まっすぐ森には向かわない。その手前の空き地で立ち止まった。
あたりを見渡す。30Mぐらい離れたところにある寝そべった大型犬ぐらいの大きさの岩に目を止めた。
院長はそれを指さして言った。
「試し撃ちだ。なんでもいい、こっからあの岩にぶつけてみろ」
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