最強の魔法使いに転生したけど

緑窓六角祭

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 りっちゃんとヘンリエッタは右手を握り合った姿勢で静止する。彼女らの脳内では今まさにめくるめく概念決闘が繰り広げられていることだろう。
 いっしょに手を組んでいれば決闘者以外でもその光景を共有することはできるが、私も翠蘭もそれをしなかった。別段互いを信頼していなかったとかそういうことではない。
 のびをする。軽くストレッチ。足の先から順々に関節をほぐしていく。それなりに疲労がたまっている、想定の範囲内。帰りは鉱石の分、荷物は増えるが問題ないだろう。
 りっちゃんの方はどうか? 私より元気なぐらいだし大丈夫なはず。まあ疲れてるようなら急ぎの用事もないことだしのんびり帰ればいいか。

 静かになった大空間の中で私は翠蘭に問いかけた。
「よかったんですか?」
「お嬢様のなさることです。私には止められません」
「でも――彼女に勝ち目はないでしょう」
 私の言葉に翠蘭は紺色の双眸をこちらに向ける。そして微笑した。
「まさか気づいているとは思いませんでした。どうして?」
「ただのカンですね。いくつか違和感がありました」

 軽い調子で言葉を交わす。ただの世間話。彼らの方ではわりと重大なことなのかもしれないけど。
 どの程度重大なことなのか、私にはそれを計量する気がなかった。
 ヘンリエッタは魔力を外部に放出することができない。おそらく先天的なものだ。極稀にそうした性質を持ったものが生まれてくることがあると話に聞いた。
 体内に大量の魔力があってそれを操ることができたとしても、それを外部に放出できなければほとんどの魔法を使うことができない。けれども彼女は地質を解析したり、滑り台を形成したりしていた。
「いくつかの魔法は彼女ではなくあなたがやっていた。あたかも彼女が動かしているみたいに。恐ろしいほどに精密な魔力操作です。私にはとても真似できません」
「ありがとうございます」
 別段うれしくなさそうに翠蘭は礼の言葉を述べた。
 概念決闘は閉ざされている。外側から干渉することは許されていない。ヘンリエッタは自分の力だけで戦わなければならない。彼女の徒手空拳はそれだけで十分な力量には達してはいる。
 だが――りっちゃんには届かない。

 決着。
 ヘンリエッタの手がりっちゃんから離れる。2人は目を開いて互いに深々と頭を下げた。
 りっちゃんが拳を高く掲げ勝利のポーズを見せた。ヘンリエッタは深く息を吐きだす、疲労困憊。
 私それから翠蘭の予想通りの結果だったようだ。若干気まずい。ヘンリエッタのことは翠蘭にまかせて、こっちは目的のブツ拾ったらさくさくっと帰ろう。
 彼女たちには彼女たちの物語がある。私はそれに深入りすることはできない。
「お前は弱い!」
 りっちゃんはいきなりそんなことを言い出して場がぴりりと緊張する。特に翠蘭、ほんのり殺気が漏れ出してる気がする。
 余計なことを言っているなとは思う。思うが私はそれを止めることはしない。りっちゃんはりっちゃんだからだ。理解できないことはあるけど、りっちゃんはりっちゃんなりに考えを持っている。

「――技が綺麗すぎるせいだ。実戦経験が少ない。つまりは経験が積めばまだまだお前は強くなれるということだ。上がってこい、この私のところまで。いつでも再挑戦するがいい。何度だって返り討ちにしてやる。絶対絶命ならスタミナ勝ち狙え。どんなに悪くてもしつこくしつこく食いつけ。相手が先にへばったらこっちのものだ。スーはいつもそうやってくらいついてくる、かなりしつこくてうんざりするぞ」
 流れ弾が当たる。最後の方は私に対する批判じみたものが混じってたようだが聞いていないことにする。だいたいそれに関してはりっちゃんが状況が見えすぎるせいだと思う。投げるのが早い。私から見たらまだまだいけそうなんだけど。
 りっちゃんは無言で聞いていたヘンリエッタに手を伸ばした。もう一度、決闘をしようというのではない。言葉にしてしまうとだいぶ取りこぼしてしまうけれど、友情の証というやつだろう。

 ヘンリエッタは伸ばされた手をしばらくながめてから、薄く微笑むと同じように手を伸ばす。握手。今度こそ本当に終わりの合図。
 紆余曲折あったが個人的にはいい感じにまとまった、と思う。思いたい。
 2人は別の場所に掘りに行くため、私たちとはその場で別れた。ここの鉱山跡なら他にもスポットはあるだろうし、解析を使えば見つけるのは難しくないだろう。まあ私の心配するところではないが。
 奇妙な2人組だった。同じ街で同じ冒険者をやっている。いずれまた出会うことがあるはず。
 というかりっちゃんが再戦をうながしてたし、ヘンリエッタにその気概があるなら再会は必然か。今回は味方同士だったが次はどうだろう。真っ向から対立することもありえるかもしれないが、案外また同じ側で協力することもあるかもしれない。
 どっちだっていい。その時のことはその時考えよう。
 外に出れば陽が沈むところだった。夕日の赤が目に刺さる。1日の疲れがどっとを体に染み渡った、ような気がした。
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