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[6] 跳躍
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魔法生物とはその名の通りに魔法を行使する生物である。
それに人間が含まれるかは人によって意見が異なる。
人間はそれに含めない派の大部分は、魔法とは神から直に人間に与えられた技であって、他の生物はみな人間から魔法を盗み取った連中であるという神話を信じているから、その線引きははっきりしなければならないと考えているようだ。
ちなみに私は人間もそれに含むと考える派である。というか別にその言葉の定義にこだわらない。
また魔法によって稼働する、一定以上の複雑さを持ち合わせた機械について、それを魔法生物と呼んでいいのかという議論もあるが、今回の話にあまり関係がないので語らない。
話に聞いたり本で読んだりしたことはあった。この場所にいるはずがないもの。
暗く湿った洞窟を好む。ここは確かにその性質の通りの場所だ。
けれどもこんな街の近くに生息しているなんて情報はなかった。
その名を岩蜥蜴。最大の特徴は擬態。
正確にはそれは擬態ではない。すなわち岩蜥蜴は岩に成りすましているわけではないのである。
彼らはその肉体の組成を魔法によって岩に変換している。待機している状態にあって彼らは岩そのものでしかない。
なんらかの時限魔法かあるいは例えば熱源が接近したという条件によって魔法が解除されるのかその正確な仕組みは不明である。単純にほんの少しだけ意識の核を生物状態のまま残しているのだろうか。
謎。
そうした情報が高速で私の頭の中にあふれた。迷いが体を硬直させていた。
長い舌がりっちゃんへと迫る。りっちゃんは反射的に魔法を発動させるが間に合わない。
とっさに左腕でガードするもあっさり弾き飛ばされた。それでも戦闘態勢は崩さない。岩蜥蜴に視線を合わせる。しかしその左腕はだらんと下がっている。おかしな方向に折れ曲がって。
りっちゃんは自身のダメージを気にせず、右腕一本で器用に短剣をとり出すと、それを斜めに構えた。
赤い瞳は暗闇の中で輝く。どうやら逃がしてくれる気はないようだった。
岩蜥蜴は魔法生物の中では危険度は低い方だ。
それでもりっちゃんが万全の状態で挑んで五分と五分、いやいくらかこちらが分が悪いくらいだろう。
対人戦はさんざん私と概念決闘を繰り返してきた、けれども対魔法生物戦の経験は皆無、それがどう響くかわからない。
その鈍重な見た目に岩蜥蜴は似合わず壁、天井をはい回り高速で機動する。三次元方向から飛び出してくる爪、舌、尻尾で変幻自在に攻撃を繰り出してくる。
りっちゃんはその動きをとらえきれていない。最大の反応速度で魔法を展開してもなんとかそれを捌くのに精一杯だ。
私なら、楽に勝てる。
状況が私に味方している。閉鎖空間全体に魔法を展開してしまえば、相手がどう動いたところで関係ない。空間ごと拘束してそのまま押しつぶしてしまえばいいだけだ。
今は緊急事態だ、この状況は試験に織り込まれていない、私が手をだしたところで――
「スーは黙って見てて! これは私の戦いなんだ!」
りっちゃんは私の方を見てすらいない。けれども微量にあふれた魔力を感知したのだろう。たったそれだけのことで私の意図を察してそう叫んだ。
私はまた動けなくなった。
大きく振るわれた短剣が岩蜥蜴の背中に触れた。けれどもそれに傷をつけるにはいたらない。あまりにも硬すぎる。
戦況は明らかに劣勢。
渾身の一撃でダメージを与えられなかったことによる動揺。りっちゃんに大きな隙が生じる。岩蜥蜴はそれを見逃さない。
天井へと回る。安全策。彼はすでにりっちゃんの間合いを知っている。遠距離からゆっくり仕留める腹積もりなのだろう。大きく口を開けた。
りっちゃんは跳躍する。天井へと向かって飛翔する。けれども届かない。到底足りない――足元に魔法を展開、水流を地面に向かって射出した。
水の勢いを借りて高く高く飛び上がる。
そこではじめて私はりっちゃんの思惑に気づいた。
私もまた岩蜥蜴で同じく踊らされていた。間合いを知っていたのではない、知らされていた。
その範囲内にしか攻撃は届かないと印象づけられていた。相手の心理を操作し自らのフィールドに引きずり込む。すべてりっちゃんに誘導されていた。
予想外。岩蜥蜴はまっすぐ自分に飛んでくる敵への迅速な迎撃手段がない。
その大きく開いた口へとりっちゃんは短剣を思いっきり突き立てた。
いかに強靭な皮膚を持とうと通常外部にさらされていない内部組織はもろい。
深々と短剣は突き刺さる、その時点ですでに勝負は決していた。使い慣れた刃を通じてりっちゃんは魔法を発動させる。
無数の氷の刃が内部から敵を食い破り、岩にも匹敵する頑強な肉体は爆散した。
こなごなに砕け散った岩の欠片がさらさらと砂となって降り注ぐ。
私はようやく理解することができた。
あまりにも単純なことなのに見過ごしていた。
所詮まだまだ私は子供だったということか。自分のことしか見えていなかった。
ゆっくりとりっちゃんの体が天井から落ちてくる。
おそらく魔力を使い果たしたのだろう。そうしなければ勝ちきれなかったのかもしれない、すべてが計算のうちとはいえぎりぎりの戦いだった。
暗闇の中にやわらかな風を呼び起こす。私はりっちゃんの体をふんわりと抱きとめた。
それに人間が含まれるかは人によって意見が異なる。
人間はそれに含めない派の大部分は、魔法とは神から直に人間に与えられた技であって、他の生物はみな人間から魔法を盗み取った連中であるという神話を信じているから、その線引きははっきりしなければならないと考えているようだ。
ちなみに私は人間もそれに含むと考える派である。というか別にその言葉の定義にこだわらない。
また魔法によって稼働する、一定以上の複雑さを持ち合わせた機械について、それを魔法生物と呼んでいいのかという議論もあるが、今回の話にあまり関係がないので語らない。
話に聞いたり本で読んだりしたことはあった。この場所にいるはずがないもの。
暗く湿った洞窟を好む。ここは確かにその性質の通りの場所だ。
けれどもこんな街の近くに生息しているなんて情報はなかった。
その名を岩蜥蜴。最大の特徴は擬態。
正確にはそれは擬態ではない。すなわち岩蜥蜴は岩に成りすましているわけではないのである。
彼らはその肉体の組成を魔法によって岩に変換している。待機している状態にあって彼らは岩そのものでしかない。
なんらかの時限魔法かあるいは例えば熱源が接近したという条件によって魔法が解除されるのかその正確な仕組みは不明である。単純にほんの少しだけ意識の核を生物状態のまま残しているのだろうか。
謎。
そうした情報が高速で私の頭の中にあふれた。迷いが体を硬直させていた。
長い舌がりっちゃんへと迫る。りっちゃんは反射的に魔法を発動させるが間に合わない。
とっさに左腕でガードするもあっさり弾き飛ばされた。それでも戦闘態勢は崩さない。岩蜥蜴に視線を合わせる。しかしその左腕はだらんと下がっている。おかしな方向に折れ曲がって。
りっちゃんは自身のダメージを気にせず、右腕一本で器用に短剣をとり出すと、それを斜めに構えた。
赤い瞳は暗闇の中で輝く。どうやら逃がしてくれる気はないようだった。
岩蜥蜴は魔法生物の中では危険度は低い方だ。
それでもりっちゃんが万全の状態で挑んで五分と五分、いやいくらかこちらが分が悪いくらいだろう。
対人戦はさんざん私と概念決闘を繰り返してきた、けれども対魔法生物戦の経験は皆無、それがどう響くかわからない。
その鈍重な見た目に岩蜥蜴は似合わず壁、天井をはい回り高速で機動する。三次元方向から飛び出してくる爪、舌、尻尾で変幻自在に攻撃を繰り出してくる。
りっちゃんはその動きをとらえきれていない。最大の反応速度で魔法を展開してもなんとかそれを捌くのに精一杯だ。
私なら、楽に勝てる。
状況が私に味方している。閉鎖空間全体に魔法を展開してしまえば、相手がどう動いたところで関係ない。空間ごと拘束してそのまま押しつぶしてしまえばいいだけだ。
今は緊急事態だ、この状況は試験に織り込まれていない、私が手をだしたところで――
「スーは黙って見てて! これは私の戦いなんだ!」
りっちゃんは私の方を見てすらいない。けれども微量にあふれた魔力を感知したのだろう。たったそれだけのことで私の意図を察してそう叫んだ。
私はまた動けなくなった。
大きく振るわれた短剣が岩蜥蜴の背中に触れた。けれどもそれに傷をつけるにはいたらない。あまりにも硬すぎる。
戦況は明らかに劣勢。
渾身の一撃でダメージを与えられなかったことによる動揺。りっちゃんに大きな隙が生じる。岩蜥蜴はそれを見逃さない。
天井へと回る。安全策。彼はすでにりっちゃんの間合いを知っている。遠距離からゆっくり仕留める腹積もりなのだろう。大きく口を開けた。
りっちゃんは跳躍する。天井へと向かって飛翔する。けれども届かない。到底足りない――足元に魔法を展開、水流を地面に向かって射出した。
水の勢いを借りて高く高く飛び上がる。
そこではじめて私はりっちゃんの思惑に気づいた。
私もまた岩蜥蜴で同じく踊らされていた。間合いを知っていたのではない、知らされていた。
その範囲内にしか攻撃は届かないと印象づけられていた。相手の心理を操作し自らのフィールドに引きずり込む。すべてりっちゃんに誘導されていた。
予想外。岩蜥蜴はまっすぐ自分に飛んでくる敵への迅速な迎撃手段がない。
その大きく開いた口へとりっちゃんは短剣を思いっきり突き立てた。
いかに強靭な皮膚を持とうと通常外部にさらされていない内部組織はもろい。
深々と短剣は突き刺さる、その時点ですでに勝負は決していた。使い慣れた刃を通じてりっちゃんは魔法を発動させる。
無数の氷の刃が内部から敵を食い破り、岩にも匹敵する頑強な肉体は爆散した。
こなごなに砕け散った岩の欠片がさらさらと砂となって降り注ぐ。
私はようやく理解することができた。
あまりにも単純なことなのに見過ごしていた。
所詮まだまだ私は子供だったということか。自分のことしか見えていなかった。
ゆっくりとりっちゃんの体が天井から落ちてくる。
おそらく魔力を使い果たしたのだろう。そうしなければ勝ちきれなかったのかもしれない、すべてが計算のうちとはいえぎりぎりの戦いだった。
暗闇の中にやわらかな風を呼び起こす。私はりっちゃんの体をふんわりと抱きとめた。
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