最強の魔法使いに転生したけど

緑窓六角祭

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[3] 説得

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 森から戻って院長先生を探したら思った通りに裏庭で芋畑に水やりしていた。
 りっちゃんはその後ろ姿を見つけるなり駆け出すと院長の右足に向かって思いっきりローキックを放った。
 ただしあっさりと受け止められる。この結果になんの不思議もない。
 りっちゃんは大きな足音を立てて近づいたことだし、それから蹴りを繰り出す際に「てやー」と掛け声を上げていた、何よりこのやりとりはいつものことで向こうは対応に手慣れている。
 院長先生はひょいとりっちゃんを土の柔らかいところに投げ捨てると、立ち上がって大きくぐっと腰を伸ばしてやる。首をこきこきと二三度鳴らしてから私を見下ろしながら「何の用だ」と言った。

 筋骨隆々の大男、あごひげ、ほおひげ、はなひげをわしゃわしゃ生やした、2桁ほど人を殺してると言われても納得できる、眼光鋭い悪人面。
 なんでこんな人が孤児院の院長をしているのかわからない。
 裏で子供を売りさばいているんじゃないかと当初は警戒したものだけれどそんなことはなかった(それをうまく隠していたと言われてもそれはそれで私はなんだやっぱりと思うだろう)。
 昔はそれこそ海賊でもやってたところ神の奇跡を目の当たりにして改心したとか、あるいは山賊が誘拐してきた子供たちをみてるうちに情がわいたとか、そんな前歴なんじゃなかろうか。
 もしくは無難なところで退役軍人。

 なんにしろよくわからない人だ。彼には彼の物語がある。私には私の物語があるように。
 そして私の物語に何が描かれているのか誰も知らないように私も彼の物語に何が書いてあるのか知る由もない(まあ言うほどそれに興味があるわけでもない)。
 ともかく院長先生はそんな人で、もっとやさしいお母さんみたいな人がよかったと私は定期的に思うこともあるけれど、近くにいる大人の中で一番頼りになる人だというのは確かな事実だった。

 りっちゃんはまだまだ体力が有り余っていて院長先生に殴りかかっていきそうだったけれどもそれでは話がいっこうに進まないから私ががっしり抑えつけておく。
 これもいつものことだから私もわりと手慣れてしまっている。
「院長先生に話があったんでしょ」
 前に抱いたまま私はりっちゃんをうながす。
「そうだったそうだった。いんちょー、私ね、冒険者になるから」
 りっちゃんは思い出すとすぐに本題へと切り込んだ。まあ今までどんな重要な話でも込み入った前置きをしてたのを聞いたことないけど。
「おう、冒険者か、いいんじゃねえか、がんばれよ」
 先生は少しだけ考えてからふっと笑うとあっさり了承した。

 簡単に許すな、ちゃんと止めろ。
 いや先生が私たちに冷たいだとか無関心だとかそういうのではないとはわかっている。読み書き教えてくれたりいろいろ考えてくれているのは知っている。
 ただ究極的に放任主義なだけだ。ある程度までは育ててやるがそれ以降は知らん、好き勝手にやってくれというのが先生の方針だ。
 いやまあ孤児院だしそれで十分なんだけど、それで私も納得しているし、どころかわりと賛同してるところもあるんだけど、今日に限っては強めに止めて欲しかった。

 しょうがない、この人は頼りにならないと私は結論づける。
 というかもっと早い段階でそれに気づくべきだった。私にできること、それはふんわりと話を誘導して私にとっていい感じのところに落ち着かせることだ。
「冒険者ってすっごい危険て聞くけど大丈夫なんでしょうか。なるのは簡単だけどつづけるのは超絶難しい、引退者が毎日ざくざく出てくるような職業だって聞いてます。私、心配です」
 あくまで強調すべきは私が心配で心配でたまらなくてそれを言っているということだ、決してりっちゃんの邪魔をしようとしているわけではない。

「そうだな、スーの言うとおりだ。冒険者はめちゃくちゃ危ない職業だ。離職率はものすごく高いし、死んで引退も全然珍しい話じゃない。一山当てれりゃ楽な暮らしができるかもしれんがそんやつはほんの一握りだしな」
 先生はあごひげをなでながら言う。いい流れだ。
「でも私めっちゃ強いし大丈夫だよ、問題ないない」
 私の話を聞いてもりっちゃんは全然気にしてもいない。あっけらかんとしている。まあそれは予想通りなんだけどマジで心配になってくる。
「そうだな、リッカは強いからな。案外冒険者としてもやってけるかもな」
 先生は言いながら乱暴にりっちゃんの頭を叩いた。ちょっと意見変わりすぎじゃない? もっと自分の意見を持って!

 やばいな、打つ手がなくなってきた。こうなったらしかたがないけど、最終手段に訴えるしかない。私は強くりっちゃんを抱きしめると本気で涙を流しながら訴えた。
「でも私はりっちゃんが死ぬのはやだ!」
 あとはもう自分の望む結論に行きつくまでひたすら泣いてごねるしかない!
 我ながら子供っぽいと思うが実際子供なんだから何の問題もない。使えるものは全部使う。全部使って自分の欲しいものを勝ち取る。
 院長先生は再び首をひねってしばらく考えると、いいことを考えついたのかニヤリと笑って言った。

「2年だ。お前が10歳になったときに試験を行う。それに合格したら冒険者でもなんでも好きにしろ」
 いつのまにか私の拘束から抜け出してりっちゃんはずびしと先生を指さした。
「そんなもん楽勝だ! 楽々クリアして私が超強くてかっこいい冒険者になるってことを証明してやる!」
「俺に簡単にひねられるようじゃすぐ死んじまうからな。せいぜいそれまで鍛えとけよ」
 先生は豪快に笑うと話はこれで終わりだと畑作業に戻っていった。りっちゃんもどこへやらと走り去っていく。

 すぐ泣き止むのは変なのでもう少しだけ涙を流しながら私は考えていた。
 最善の答えにはいきつかなかったけど十分な猶予はできた。りっちゃんのことだから2年たたずに冒険者のことを忘れる可能性はある。そうなってしまえば話はすこぶる簡単だ。
 けれどももし万が一その試験を行うことになったとしたら――私がこっそり隠れてりっちゃんを妨害しよう。きっとそれでいいはずだ。
 私がりっちゃんを守らなくちゃいけないから。
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