最強の魔法使いに転生したけど

緑窓六角祭

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[1] 転生

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 確かあれは私が5歳の時でりっちゃんといっしょに布団に入って寝る前におしゃべりしてたら、ふと自分は他人とは異なる存在なのだということに思い至った。

 何かその時それにまつわる重大な話をしていたとかそういうわけでもなくて、単にちょうどその答えに至ったのがその時だったというだけで話の内容はどうだっていい。
 どういうことかと言えばつまり私には私でない人間の記憶があって、しかもその記憶というのは私が今いる世界とはまったく別の世界での生活の記憶だった。
 いきなり黙った私にりっちゃんは「どしたの、スー?」と問いかけてきたのだけれど、私は混乱してそれにどう答えればいいのかわからなかったので寝たふりをしてやりすごした。

 その日から私は自分のものでない記憶について他人に語るのをやめて、いったいこれはどういうことなのかと1人で考えることにした。
 私の持っていた私のものではない記憶に何か特別なものというのはなかった。
 人類全体を救うほどの素晴らしい善行をしたとか、逆に世界そのものを滅ぼすほどの恐ろしい悪行をしたとか、あるいは血を吐き肉をかきむしるほどのしつこい未練が残っていただとかそういうの。
 私でない私は普通に生きて普通に死んだ。
 死の間際に近づくにつれその像はあいまいになっていったけれどもそれすらも自分=彼女が特別ではない、特別ではなかったことの証左に思えた。
 私が私でない記憶を持っている手がかりは記憶の中をいくら探したところでみつからなかった。

 1週間ほど考えに考えぬいた最終的な結論として、私は自分がいわゆる異世界に転生した存在なのだとそういう解釈をすることにした。
 その解釈があっているのか間違っているのか検証する方法がない以上、真実がどうであるかは重要ではなく、ともかく私はその解釈にのっとって生きていくことになった。
 といってもそれによって何か私の生活が劇的に変転することもなく3年ほど時がすぎた。まあそんなものだ。
 私の人格のベースはあくまで地方都市の小さな孤児院に暮らす孤児の1人としてのそれであって、前世の記憶というのは曖昧にしか内容を覚えていない本のようなものだった。
 りっちゃんに手を引っ張られて遊びまわるのは楽しかったし、多少大人びたところがあったとしてもそれは子供らしさの範囲内にとどまるものでしかなかった。

 森を歩けば空気は冷たく澄んでいる。
 フィチントッド? フィトンチッド? ぼんやりした記憶が浮かび上がってきた。
 そんな理屈はさておき森は気持ちが落ち着く。
 前を行くりっちゃんはいい感じの棒を拾ってぶんぶん振り回していた。木々の隙間から差し込む日にセミロングの金色の髪が光ってすごくきれいに見える。
 私の髪はそれとは対照的に真っ黒でひどく地味だ。りっちゃんが「スーの髪は黒くてかっこいい」と言ってくれるから少しだけぐらいなら気に入っているけれど。

 時々立ち止まっては「ちょいやー」だの「ていっ」だの言いながらりっちゃんは斜めに棒を構える。別段それで藪の中から魔物が現れることもない安全な場所。
 その行動に何の意味があるのかはわからないけれど、りっちゃんはよくそういうことをやっている。多分それが楽しいのだろう。鼻歌までうたって今日はとくに上機嫌だ。
 成長するにつれ私の中の異質な部分は徐々にまわりになじんでいって、多分そのうち私はいわゆる普通に生活することができるだろうと考えるようになった。
 簡単な読み書き計算は教えてもらってるから働き口がまるで見つからないということはない。魔法の才能もそこそこあるから身分不相応な願いを抱くことがなければ静かに暮らせそうだ。

 もしくは私は何事もなく平穏に暮らせたらいいなとそういう風に願っていただけなのかもしれない。
 思考と願望は互いに影響を及ぼし合って線引きするのはいつだって難しい。

 りっちゃんはくるり振り返るとびしっと棒の先端を私の方に向けてきた。
「ねえねえ、スー、聞いて聞いて」
「聞くのはいいけど棒をこっちに向けるのはやめてね。危ないよ」
 私の方が少しだけお姉さんなので注意すべきことは一応注意しておく。
「そっか。ごめんごめん。うっかりしてた」
 りっちゃんはところどころ抜けているけれど基本はいい子なのでちゃんと言うことを聞いてくれる。
「それで聞いてほしい話ってなあに?」
 新しい遊びでも思いついたのだろう、私は特に深い考えもなく何気なくそう尋ねていた。
 私の問いかけにりっちゃんは得意そうに笑ってそれから青い目をきらきら輝かせて言った。
「私、冒険者になる!」
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