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[1] 異世界

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 篠崎陽平は気づけばその場所に立っていた。
 ひとまず状況を確認するべくあたりをみまわせば石造りの空間で西洋の城にある広間を思わせる。見慣れない場所でありながらそこかしこにいたのは見慣れた面子で同じクラスのやつらが全員そろっているようだった。

 これはいわゆる異世界転移ものといわれる種類の話でそれもクラス単位で行われているからクラス転移ということになる。
 そうした異常事態において極端な変化をする人間もあるかもしれないし、ないかもしれない、どちらが現実的かというようなことはここでは問題にしていない。ただこの話においてはクラス丸ごと転移したのだからそれまでの社会性はいくらか保持されるという形で進めていきたい。

 篠崎が手近にいた佐原と栗木に声をかけてみたところ「なにがなんだか」「わかんね」という答えが返ってくる。はじめから期待していなかったとは言え無駄な手順を踏まされたような気がした。
 どうやらほかの連中にいちいちきいて回るでもなしに皆が皆、今の状況に戸惑っているらしかった。

「静粛に!」
 そう言って広間を見下ろす階段の踊り場に現れたのは三人の男だった。
 年のころはいずれも四十から五十といったところだろうか。

 まず一人は立派な髭をたくわえ頭に王冠をのせる。
 もう一人はそれに付き従うように立ち眼鏡をかけ厳しい目つきをしている。
 最後の一人は体をがっしり鍛えなにより目立つのは腰に剣をはいている大男。

 知らない大人三人の登場に生徒たちは一度は静まり返るがまたすぐにさわがしくなる。
 篠崎は黙って踊り場に立つ三人の大人を眺めていた。
 王は目を閉じ何を考えているかしれない。騎士は生徒たちを見定めるよう階下に視線を向けている。大臣だけが苦々しく顔をゆがめ、わなわなと唇の先を震わせている。

 いったいこの状況をどう理解すればいいのか? 彼らが何か教えてくれるのだろうか?

 王が口を開く。その声はざわめきの中でもよく通った。
「お前たちは別世界からこの世界へと召喚された。勇者たちよ、魔王を倒せ。そうすれば元の世界へと帰ることができる」
 こちらの動揺を無視して一方的にそれだけ言い放つと王は背を向け階段を登っていく。
 もしかすると彼は生徒たちにあまり関心がないのではないかと篠崎は思った。

 二度目の静寂、混乱した状況ではじめに動き出したのは大山田だった。
「ふざけんな」と一声吐き出して階段を駆け上がる。石畳の階段に軽快な足音が響いた。
 拳を大仰に振り上げる。背を向けた王に殴りかかろうとしているのだとよくわかった。
 王は振り返らない。不吉な予感がした。

 すっと視界の中で何かが静かに動く。銀色の線が中空に弧を描いていた。
 腕が落ちる。
 遅れて野太い絶叫がこだまする。バランスを失い大山田の巨体が階下へ落ちていく。
 騎士はゆっくりと剣を収めた。しわがれた声が階上から降ってくる。
「こちらの都合で呼び出したのだ。君たちの生活については最低限の保証はしよう」
 大臣と騎士もまた王に従い広間から消えた。

 甲高い悲鳴が上がった。大山田の切り飛ばされた左肩からだくだくと赤黒い液体があふれる。
 広間の扉が開いて四五人の兵士が現れると慣れた手つきで大山田を担架にのせて再び扉の向こうに去った。
 血だまりだけを残して。
 これらの出来事はすべて非常に短い時間にあざやかに進行して何か考える隙間もなかった。
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