上 下
6 / 8

茶番の終わり

しおりを挟む
弟のショーンの登場に驚いたのはエミリーである。

「ショーン?なぜお留守番のあなたがここに?」

疑問を投げかけると、ショーンは当然のようにあっけらかんと言った。

「お姉様に何かあったら駆け付けるって言いましたよね?」

確かに言ってはいたけれど……冗談だと思っていたわ。
どうやって入れたのかしら?

規格外のショーンにエミリーが曖昧な笑みを浮かべていると、笑い終わったステファンが話を進めていた。

「なるほど。貴殿の言い分は……理解しがたいが、まあ今はいいだろう。それでは、こちら側にはおあつらえ向きにも当主代理がいるんだったね。エヴァン・マリナード侯爵代理、何か反論は?」

いよいよこちらのターンが来たようだ。
兄がいてくれたおかげで、エミリーは矢面に立たずに済んでホッとしていた。

エヴァンはまず、エリオットが連れている令嬢について尋ねた。

「確認ですが、エリオット殿の隣にいるシシリーヌという女性はあなたの恋人で間違いないですか?」
「そうだ。シシリーヌは男爵令嬢だが、見た目も美しく、俺と気が合う。俺はこのシシリーヌと結婚する!!」

エミリーという婚約者が目の前にいながら、躊躇なく堂々と恋人宣言をかまし、満足げなエリオット。
そんな彼の肩に嬉しそうに寄りかかるシシリーヌは、確かに綺麗な顔をしているが、頭の中身はエリオットといい勝負のようだ。
夜会の参加者は『何を見せられているのだろう』と思いつつ、静かに見守るしかなかった。

「こんな基本的なことを説明するのも馬鹿馬鹿しいが、仕方がないのでお話ししましょうか。エリオット殿と、我が家が誇る愛らしくも聡明で自慢の妹エミリーとの婚約は、当主同士の交流の中で決められたことであり、あくまで家と家の契約です。婚約に不満があるのならまずはタウラー侯爵に話をつけ、しかるべき手順を踏むべきでしょう。このような王家や貴族の集う場で闇討ち的に私の可愛いエミィを傷付けようなど、浅はか過ぎるのでは?」

途中、シスコンらしいおかしな表現は気になったものの、エヴァンの指摘は至極当然のものだった。
エリオットに婚約破棄を決定出来る権利があるはずもなく、いたずらに夜会を邪魔し、混乱させた罪は非常に重いといえる。

しかし、エリオットは少しもへこたれなかった。
さすがメンタルお化け、むしろここからが本番とばかりに声のボリュームを上げた。

「エミリーは学院でシシリーヌを虐めていました。男爵令嬢だと見下し、私物を壊し、時には突き飛ばし、なんと誘拐まで目論んだのです!!」

………………ええっ!?

エミリーだけが驚いていた。
「まあ!」「なんてひどい」「許されることではないな」という声が上がる――はずもなく、聴衆はただ静まり返っている。

「あ、あの、私はシシリーヌ様にそんなことをしておりません。多分学年も違いますし、お見かけしたことがあるくらいで……」
「はっ、そんなはずがないだろう。証拠もある」

エミリーが勇気を出して否定を試みたが、簡単にあしらわれてしまった。

「ちょっと!なんでエミリーが好きでもないあんたの恋人を虐めなきゃいけないのよ?」
「そうよ!エミリーとシシリーヌ様が面識すらないのは、いつも学院で一緒にいる私たちが良く知っているもの」

セレスとアリアーナがすかさず援護射撃をしてくれたが、エリオットは全て無視し、証拠品とやらを取り出している。

「これをご覧ください!!エミリーが壊したシシリーヌの手鏡と、シシリーヌが突き飛ばされた場所に落ちていたエミリーのハンカチです!!」

自信満々の割には証拠品がショボい。ショボ過ぎる。
誰かが鼻で笑ったのが聞こえた。

その時、ずっと成り行きを見守っていた令嬢の一人がおもむろに発言した。

「あのぅ、エミリー様は平民の方とも分け隔てなく話されるお方なので、身分で見下すことはありえないかと……」

更に他の令嬢も続いた。

「その手鏡は当家の所領の名産なのですが、元々はエミリー様が誉めてくださり、改良を手伝っていただいて人気商品となったものです。ヒットしたことを一番喜んでいたエミリー様がそんなことをするはずがありません」

しまいにはハンカチを眺めていたステファンがエヴァンに尋ねた。

「エヴァン、このハンカチはエミィのものではないよね?」
「殿下、勝手に妹の愛称を呼ばないでいただきたい。――ああ、これはエミィのハンカチではありません。エミィのハンカチは、私が王妃様専属の刺繍家にお願いして、イニシャルを入れてもらっている特注品ですから」

え?そんな凄いハンカチだったの?

急に明かされた事実に、エミリーが衝撃を受けた。
そして周囲は愛が重いエヴァンに若干引いている。

「違う!そんなのは、エミリーがシシリーヌを虐めていない証拠にはならないじゃないか!!」

エリオットが騒いでいるが、それを言ったら『エミリーがシシリーヌを虐めた証拠にもならない』のだが、そこは見て見ぬふりらしい。

「さて、そろそろこの茶番を終わりにしましょうか。いい加減愛するエミィをコケにされて、私も限界なのですよ。あ、これ、エリオット殿の脱税と横領の証拠です。私の立場を最大限利用して収集しました。父上である侯爵の代理と偽って、色々やらかしていたみたいですね」

「ちょっ、ちょっと待て!俺にはまだ切り札がある。エミリーがシシリーヌを拐うために雇った悪党どもだ!」
「あ、そいつらなら俺がさっき見かけて、少々痛め付けたら『タウラー家の長男に金で雇われた』って吐いたぞ?あんな見るからに怪しいヤツら、エミィの視界に入れたくなかったからな」

エリオットの頼みの綱は、ジェスによって呆気なく切られていた。

「そんなの嘘だ!あの地味女が全てやったんだ!!」

理性を失ったかのように頭を振りながら叫ぶエリオットを、寄り添うシシリーヌが不安そうに見つめている。

「いよいよ僕の出番かな?」

今までエミリーに引っ付いていたショーンがエヴァンのそばまでやって来ると、国王に向かって言った。

「陛下ぁー、自白魔法使っちゃってもいいですよね?」

さらっと飛び出た爆弾発言に、夜会の参加者は目を剥いた。
エミリーだけが「だから魔術師のローブを着てるのね……」と、呑気なことを言っている。
『こんなところでフラグを回収するな』と思いつつ、エヴァンは苦笑するしかない。
まさかこんな絶好の機会がやって来るとは思っていなかったのである。

「それは興味深いな。好きにやってくれ」

これは愉快だと国王がゴーサインを出したので、ショーンは禁忌である自白魔法を発動させると、持っていた杖をエリオットへと向けた。
白い閃光がエリオットを包み、表情が失われたエリオットが事務的な口調で話し出す。

「エミリーはシシリーヌを虐めていません。証拠はすべて俺が用意した偽物です。脱税と横領も俺がやりました……」

――茶番が終了を迎えた瞬間であった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛する人とは結ばれましたが。

ララ
恋愛
心から愛する人との婚約。 しかしそれは残酷に終わりを告げる……

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます

黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。 ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。 目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが…… つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも? 短いお話を三話に分割してお届けします。 この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした

珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……? 基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

【完結】婚約者なんて眼中にありません

らんか
恋愛
 あー、気が抜ける。  婚約者とのお茶会なのにときめかない……  私は若いお子様には興味ないんだってば。  やだ、あの騎士団長様、素敵! 確か、お子さんはもう成人してるし、奥様が亡くなってからずっと、独り身だったような?    大人の哀愁が滲み出ているわぁ。  それに強くて守ってもらえそう。  男はやっぱり包容力よね!  私も守ってもらいたいわぁ!    これは、そんな事を考えているおじ様好きの婚約者と、その婚約者を何とか振り向かせたい王子が奮闘する物語…… 短めのお話です。 サクッと、読み終えてしまえます。

変装して本を読んでいたら、婚約者さまにナンパされました。髪を染めただけなのに気がつかない浮気男からは、がっつり慰謝料をせしめてやりますわ!

石河 翠
恋愛
完璧な婚約者となかなか仲良くなれないパメラ。機嫌が悪い、怒っていると誤解されがちだが、それもすべて慣れない淑女教育のせい。 ストレス解消のために下町に出かけた彼女は、そこでなぜかいないはずの婚約者に出会い、あまつさえナンパされてしまう。まさか、相手が自分の婚約者だと気づいていない? それならばと、パメラは定期的に婚約者と下町でデートをしてやろうと企む。相手の浮気による有責で婚約を破棄し、がっぽり違約金をもらって独身生活を謳歌するために。 パメラの婚約者はパメラのことを疑うどころか、会うたびに愛をささやいてきて……。 堅苦しいことは苦手な元気いっぱいのヒロインと、ヒロインのことが大好きなちょっと腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(作品ID261939)をお借りしています。

【完結】地味と連呼された侯爵令嬢は、華麗に王太子をざまぁする。

佐倉穂波
恋愛
 夜会の最中、フレアは婚約者の王太子ダニエルに婚約破棄を言い渡された。さらに「地味」と連呼された上に、殺人未遂を犯したと断罪されてしまう。  しかし彼女は動じない。  何故なら彼女は── *どうしようもない愚かな男を書きたい欲求に駆られて書いたお話です。

死んで巻き戻りましたが、婚約者の王太子が追いかけて来ます。

拓海のり
恋愛
侯爵令嬢のアリゼは夜会の時に血を吐いて死んだ。しかし、朝起きると時間が巻き戻っていた。二度目は自分に冷たかった婚約者の王太子フランソワや、王太子にべったりだった侯爵令嬢ジャニーヌのいない隣国に留学したが──。 一万字ちょいの短編です。他サイトにも投稿しています。 残酷表現がありますのでR15にいたしました。タイトル変更しました。

処理中です...