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近付く距離

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一方、王家の思惑なんて気付きもしないナタリアは、全く怖くない王太子にすっかり心を開いていた。

「殿下、早速お菓子コーナーへ参りましょう!」

「ちょっと待ってもらえるかな」

色気より食い気のナタリアを悠然とした微笑みで制すると、フェルゼンはボーイからグラスを受け取り、鮮やかなグリーンの飲み物をナタリアに手渡してくれる。

「はい、ちゃんと水分も摂らないとね」

「ありがとうございます。わぁ、このドリンク、殿下の瞳と同じ美しい緑色ですね!」

目を輝かせながら、ドリンクとフェルゼンの瞳を見比べながらはしゃぐナタリアに、フェルゼンの頬は再び赤く染まった。
彼の瞳を平気で見られる人間は稀な為、そんな誉められ方をしたことが今までの人生で無かったのである。

「ありがとう。貴方の茶色い髪と茶色い瞳の方が美しいし、私はとても好きだよ」

ナタリアの髪も瞳も、在り来たりで平凡過ぎる地味な色合いだったが、フェルゼンには特別綺麗な色に見えているらしい。
本気で心からそう思っているし、ちゃっかり告白染みた台詞まで口にしている。

「え?そうですか?それはありがとうございます、殿下」

気遣いに決まっていると思いつつも、ナタリアはとりあえずお礼を言った。
自分の垢抜け無さは、自分が一番よくわかっている。

「私は本心から言っているんだけれどな。あと私のことはフェルゼンと名前で呼んで欲しい。貴方のこともナタリアと呼んでいいかな?」

ダンスの前より幾分砕けた口調で訊いてくるが、ただの子爵令嬢のナタリアに拒否という選択肢はない。

「それは構いませんが。あの、私ったらフェルゼン様を独占してしまって。他の方と踊らなくてよろしかったのですか?」

王太子を独占していることに気付いてしまい、ナタリアは急激に不安に襲われた。
令嬢達の反感を買っているのではないかと、心臓がバクバク鳴っているが、実際そんな令嬢などいやしない。
むしろ王太子に普通に接することが出来るナタリアを尊敬に似た目で見ているのだが、本人はわかっていなかった。

「私は誰よりもナタリアと共に過ごしたい。駄目だろうか?」

子犬のような瞳でフェルゼンに見つめられ、ナタリアは言葉に詰まってしまう。

「駄目・・・ではないですよ?」

「そうか!ではお菓子を食べよう!!」

急に元気になったフェルゼンに手を引かれて、並んだお菓子の前まで連れていかれてしまう。
そしてフェルゼンは少し悩んだ様子を見せながらも、マドレーヌを選ぶとナタリアの口元にマドレーヌを押し付けた。

「ナタリア、あーん」

「殿下、それはちょっと・・・」

「フェルゼンだよ?」

「フェ、フェルゼン様、自分で食べ・・・モゴッ・・・おいひいでふ・・・」

マドレーヌを強引に口に放り込まれ、膨らんだ頬をつつかれる。

「ナタリアはリスみたいで可愛いなぁ。ずっと見ていられる。ふふ、次のお菓子は何がいいかな?」

甘々な態度でナタリアを構い倒しているフェルゼンに、周囲は呆気にとられるしかない。
そんな妙な空気が流れる中、みんなの心を代弁する声が響いた。

「ちょっとフェルゼン!あなたそんな性格だったかしら!?」

ナタリアが声の方角を向くと、フェルゼンと同じ美しい金髪を綺麗に巻き、真っ赤なドレスを上品に着こなした令嬢が立っていた。
目鼻立ちがハッキリとしていて、メリハリのある体型に、ナタリアは目を奪われた。

なんて綺麗な方!
私は顔も体もぼやけているから、同性なのに見惚れちゃうわ。
私もこの方みたいな容姿だったら人生全然違っただろうけれど、私は地味に生きたいから適材適所なのかもね。

ナタリアが変な納得をしていると、フェルゼンが親しげに令嬢と話し出す。

「ああ、アメリ。具合は良くなったのかい?」

「そんなことはどうでもいいのよ!フェルゼン、一体どういうことなの!?私がダンスの為に駆け付けてみれば、その子とイチャイチャして!!」

取り乱すアメリを目にし、鈍感なナタリアでも理解してしまった。

なるほど、このアメリ様がフェルゼン様の本当のエスコート相手だったのね。
でも体調不良で今まで休んでいらっしゃったと。
回復して来てみたら、私とフェルゼン様が一緒にいたので気分を害された・・・

・・・まずくない?
これって絶対勘違いされてるわよね?

今度こそ夜会の定番、令嬢虐めが起きてしまうと慌てたナタリアは、なんとか弁解を試みることにした。

「あ、違うんで」

「アメリ、彼女はレンダー子爵令嬢のナタリア。さっき一緒に踊って、今はお菓子を楽しんでいるところなんだ」

ナタリアの腰を抱き寄せると、フェルゼンが弾む声でアメリにナタリアの紹介をした。
ナタリアの弁解を思いっきりかき消しながら。

ほええ!?
その言い方は余計に誤解されるヤツですよね!?
私に弁解のチャンスを!!

動揺を隠せないナタリアに、フェルゼンは更に追い討ちをかけた。

「ナタリア、彼女は侯爵令嬢のアメリだよ。僕の従姉で・・・」

侯爵令嬢!!
出たーー、小説通り!!

焦っているナタリアには、フェルゼンの紹介など頭に入ってこない。
アタフタしているナタリアに、アメリが真顔で近付いてきた。

ひぃー、殴られる?
泥棒猫とか言われちゃう!?

思わず目を閉じたナタリアを、温かく、いい香りのする柔らかい身体が包んだ。

「ありがとう!!ああ、もう、大好きよ!!」

目を開けば、ナタリアはアメリに抱き締められ、頬をスリスリされている。

は?
なにこれ?
意味がわからないんですけど・・・

ナタリアは困惑するしかなかった。





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