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猫被りは誰?
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修道院の前で抱き合っているのも外聞がよろしくないので、全員で修道院の中に移動することにした。
シリウスがテレサをなかなか手離さない為、エドモンがなかば強引にシリウスをテレサから引き剥がすと、食堂へと案内してくれた。
テレサはシリウスが再会を喜んでくれていることに頬を緩ませていたが、後方ではシスターがシリウス相手にプリプリと怒っていた。
「神父様がこんな方だとは!未婚の女性に対して神父がなさることですか!見損ないましたわ」
「ふふふ、今まで会えなかった反動が一気に押し寄せてしまったのです。あ、テレサ限定なのでご安心下さい」
「そういうことを申し上げているのではありません!ご自分のお立場を考えて下さい!!それに、お知り合いなら最初から言っておいて下されば・・・」
なんだか揉めているように感じてテレサが振り返ると、シリウスとシスターは示し合わせたかのように口をつぐみ、にっこりと微笑んだ。
さすが神に仕える者達、慈悲深く全てを包み込むような笑みである。
安心したテレサはまた前を向いて歩きだした。
前方ではエドモンとアディーナがシリウスに対して愚痴っていた。
「シリウスのやつ、テレサちゃんが来るなら教えてくれればいいものを」
「あの子は昔からテレサちゃんへの独占欲が強いですもの。1人で楽しんでいたに違いないわ」
独占欲?
意味がわからないテレサは、聞き流すことにした。
「それで?どうしておじさま達がこちらの修道院に?」
シスターはお茶を淹れると、「積もる話もあるでしょう」と食堂を出ていったので、今は4人で木製のテーブルを囲んでいる。
食堂は清潔で温かみのある内装をしている為、テレサはホッと一息つくと、エドモンにずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「いや、王都を出た後は各地を転々としていたんだよ。だけど覚えているかい?テレサちゃんが見送りに来てくれた時に、シリウスにブックカバーをくれただろう?それでなんとなくここを訪れたら、居心地が良くて住み着いちまったって訳だ」
「え?あのブックカバーでここを思い出して?」
テレサが驚いてシリウスを見ると、シリウスはテーブルにブックカバーが付けられた本を静かに置いた。
インディゴブルーの織物は少し色褪せていたが、それは確かにテレサが渡したブックカバーだった。
中は聖書らしい。
「さすが子爵の治める土地だね。ここに来てみたら、住民の人柄はいいし、空気は澄んでるし。空き家を勧められてそのまま家族で住み始めたんだ。で、神父の資格を取って、今は僕はここの修道院で暮らしてる」
「ああ、さすがマートンだ。これも彼の領地経営の才能だな。ありがたいもんだ」
「家の庭には、狭いけどバラもあるのよ?」
満足そうな一家に、テレサも嬉しくなった。
父さま、エドモンおじさまに誉められてるよ!!
良かったね!やるじゃん、父さま。
しかもお兄ちゃん、私がプレゼントしたカバー使ってくれてたんだ。
あの時、お土産にここのブックカバーを選んで良かったー。
ナイス、過去の私!!
心の中で父に呼びかけ、自分に自画自賛していると、別の疑問が湧いてきた。
「それならなんでここにいるって教えてくれなかったのですか?父さまはずっと皆さんを探していたんですよ?」
探していたエドモン一家がまさか自分の領地にいたなんて、灯台もと暗しで情けないことこの上ないし、信用されていないようで悲しくもある。
「マートンを巻き込みたくなかったんだ。アホ王太子のその後の話は聞いているしな。大変だろう?」
「テレサ、社交界はどう?ちゃんと猫を被れるようになった?」
シリウスがいたずらっぽい視線をテレサに向けた。
テレサは椅子からおもむろに立ち上がり、姿勢を正してスッと息を吸った。
一瞬で猫かぶりスイッチを入れると、3人に向けて美しいカーテシーをしてみせ、持っていた扇子を広げて口許を隠しながら上品に言った。
「お会いできて光栄ですわ」
よそゆきの声と表情で目線を送ると、アディーナとエドモンが大きな拍手をして笑った。
「テレサちゃん、素敵だったわ!完璧よ!!」
「こりゃあ立派な淑女じゃないか。男共が放っておかないだろう?」
エドモンが横目でシリウスを見ながら、意味ありげに言った。
「あははっ、そんなことは全くなくて。私も父さまも、社交に出る時の合言葉があるんです」
「「合言葉?」」
夫妻の疑問が重なり、テレサは勿体ぶると、右手の人差し指を立てて唱えた。
「群れない、話さない、空気になれ!」
あははは!と食堂は笑いに包まれ、すっかり素に戻ったテレサも一緒に笑う。
こんな風に思い切り笑うのは久しぶりだった。
「テレサちゃんの猫はなかなかのものだけど、うちにはもっと年季の入った猫被りがいるわよね?ね、シリウス?」
アディーナがシリウスに囁いたのを、テレサが気付くことはなかった。
シリウスがテレサをなかなか手離さない為、エドモンがなかば強引にシリウスをテレサから引き剥がすと、食堂へと案内してくれた。
テレサはシリウスが再会を喜んでくれていることに頬を緩ませていたが、後方ではシスターがシリウス相手にプリプリと怒っていた。
「神父様がこんな方だとは!未婚の女性に対して神父がなさることですか!見損ないましたわ」
「ふふふ、今まで会えなかった反動が一気に押し寄せてしまったのです。あ、テレサ限定なのでご安心下さい」
「そういうことを申し上げているのではありません!ご自分のお立場を考えて下さい!!それに、お知り合いなら最初から言っておいて下されば・・・」
なんだか揉めているように感じてテレサが振り返ると、シリウスとシスターは示し合わせたかのように口をつぐみ、にっこりと微笑んだ。
さすが神に仕える者達、慈悲深く全てを包み込むような笑みである。
安心したテレサはまた前を向いて歩きだした。
前方ではエドモンとアディーナがシリウスに対して愚痴っていた。
「シリウスのやつ、テレサちゃんが来るなら教えてくれればいいものを」
「あの子は昔からテレサちゃんへの独占欲が強いですもの。1人で楽しんでいたに違いないわ」
独占欲?
意味がわからないテレサは、聞き流すことにした。
「それで?どうしておじさま達がこちらの修道院に?」
シスターはお茶を淹れると、「積もる話もあるでしょう」と食堂を出ていったので、今は4人で木製のテーブルを囲んでいる。
食堂は清潔で温かみのある内装をしている為、テレサはホッと一息つくと、エドモンにずっと気になっていた疑問をぶつけた。
「いや、王都を出た後は各地を転々としていたんだよ。だけど覚えているかい?テレサちゃんが見送りに来てくれた時に、シリウスにブックカバーをくれただろう?それでなんとなくここを訪れたら、居心地が良くて住み着いちまったって訳だ」
「え?あのブックカバーでここを思い出して?」
テレサが驚いてシリウスを見ると、シリウスはテーブルにブックカバーが付けられた本を静かに置いた。
インディゴブルーの織物は少し色褪せていたが、それは確かにテレサが渡したブックカバーだった。
中は聖書らしい。
「さすが子爵の治める土地だね。ここに来てみたら、住民の人柄はいいし、空気は澄んでるし。空き家を勧められてそのまま家族で住み始めたんだ。で、神父の資格を取って、今は僕はここの修道院で暮らしてる」
「ああ、さすがマートンだ。これも彼の領地経営の才能だな。ありがたいもんだ」
「家の庭には、狭いけどバラもあるのよ?」
満足そうな一家に、テレサも嬉しくなった。
父さま、エドモンおじさまに誉められてるよ!!
良かったね!やるじゃん、父さま。
しかもお兄ちゃん、私がプレゼントしたカバー使ってくれてたんだ。
あの時、お土産にここのブックカバーを選んで良かったー。
ナイス、過去の私!!
心の中で父に呼びかけ、自分に自画自賛していると、別の疑問が湧いてきた。
「それならなんでここにいるって教えてくれなかったのですか?父さまはずっと皆さんを探していたんですよ?」
探していたエドモン一家がまさか自分の領地にいたなんて、灯台もと暗しで情けないことこの上ないし、信用されていないようで悲しくもある。
「マートンを巻き込みたくなかったんだ。アホ王太子のその後の話は聞いているしな。大変だろう?」
「テレサ、社交界はどう?ちゃんと猫を被れるようになった?」
シリウスがいたずらっぽい視線をテレサに向けた。
テレサは椅子からおもむろに立ち上がり、姿勢を正してスッと息を吸った。
一瞬で猫かぶりスイッチを入れると、3人に向けて美しいカーテシーをしてみせ、持っていた扇子を広げて口許を隠しながら上品に言った。
「お会いできて光栄ですわ」
よそゆきの声と表情で目線を送ると、アディーナとエドモンが大きな拍手をして笑った。
「テレサちゃん、素敵だったわ!完璧よ!!」
「こりゃあ立派な淑女じゃないか。男共が放っておかないだろう?」
エドモンが横目でシリウスを見ながら、意味ありげに言った。
「あははっ、そんなことは全くなくて。私も父さまも、社交に出る時の合言葉があるんです」
「「合言葉?」」
夫妻の疑問が重なり、テレサは勿体ぶると、右手の人差し指を立てて唱えた。
「群れない、話さない、空気になれ!」
あははは!と食堂は笑いに包まれ、すっかり素に戻ったテレサも一緒に笑う。
こんな風に思い切り笑うのは久しぶりだった。
「テレサちゃんの猫はなかなかのものだけど、うちにはもっと年季の入った猫被りがいるわよね?ね、シリウス?」
アディーナがシリウスに囁いたのを、テレサが気付くことはなかった。
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