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恐怖の夜会

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それは満月が輝き、爽やかな風が吹き抜ける静かな夜だった。
まもなく王城の門が見えてくる頃、夜道を走る馬車の中には最終確認に余念のない貴族の親子がいた。

「テレサ、今夜もわかっているな?」

「モチのロンってなもんよ!父さま、もう耳タコだわ」

いまいちノリの軽い娘に一抹の不安を感じ、父は念のため言っておくことにする。

「城に着いたらちゃんと猫を被るんだぞ?」

「大丈夫。私の猫は飼い慣らされてるから心配いらないわ」

「それならいいが・・・。ではいつもの合言葉だ。せーの」

同時に息を吸った父子は、見つめ合いながら声を揃えてハッキリと唱える。

「「群れない、話さない、空気になれ!!」」

もはや家訓となったお馴染みの台詞だったが、唱えたことで気合いが入った様子の娘に、父親はとりあえず安堵の息を吐いた。


テレサは子爵家の長女で、先月16才になった。
田舎の領地で暮らしていた期間が長いからか、振る舞いはおろか、普段の話し方や思考も令嬢からはかけ離れて成長してしまったが、公の場で猫を被ることだけは学んでいた。

今日は王太子主催の夜会が城でひらかれる為、テレサは父である子爵のマートンと共に出席をする予定になっていた。
弟がまだ幼いことから、ここ数年専ら母は屋敷で留守番をしており、まだ婚約者のいないテレサが父のパートナー役をつとめているのである。

テレサ達の乗った馬車が城の門を通過した直後、馬車は音もなく止まり、2人は並んで降り立った。
城まではまだ距離があるが、爵位が低い彼らはここからは歩いて向かわねばならないのだ。

あー、歩くのは全然構わないんだけど、空気がすでに重いわ・・・。
みんな顔色が冴えないし、いかにも嫌々来ましたって感じ。
ま、それはそうだよね。

テレサは見知った顔に目礼をしつつ、マートンと腕を組みながら歩を進める。

周囲にはテレサ父子と同じく城に向かう貴族で溢れていたが、その表情は一様に暗く、言葉を発する勇気のある者はいなかった。
なぜならこの国は今、絶賛恐怖政治真っ只中なのである。
国王が病に臥し、唯一の子供である王太子が国王代理として政治の指揮をとっているのだが、この王太子がとんでもなくワガママで常識が無い、ロクデナシ男だったのだ。

はぁ~、あのバカ王子、絶対今日もなんかやらかすに決まってる!
わざわざ自ら夜会を催すなんて、一体何のワナ?
目立たず巻き込まれないようにして、何がなんでも生きて家に帰ってやるわ!!

優雅に歩きつつ、テレサは心の中で王子の悪口を並び立てていた。

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