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近付く距離。

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無事にライアンの服を仕立てる権利を手に入れたソフィーは、早速服作りにとりかかることにした。

お父様ったら、心配しなくてもまだ第二関門が残っているのに・・・
まぁ、ライアン様の妻の座は、絶対勝ち取ってみせますけどね!

ソフィーは、もう娘が嫁に行くのが決まったかのように落ち込む父を、笑って見ていた。
お嫁に行くかどうかはソフィーの服の出来次第なのだが、ソフィーの腕を誰よりも理解している父は、可愛い娘を近い将来手放すことを察していたのである。

ライアンの父の伯爵は、お見合いが継続したことで既に結婚が決まったかのように喜び、屋敷内の部屋を服を仕立てるのに使って欲しいと申し出てくれた。
伯爵の失くなった妻が以前裁縫を嗜んでいて、旧型のミシンがあるからぜひ活用して欲しいというのである。
まさかの提案にソフィーは歓喜したが、同時に悩みもした。
果たして年頃の娘が、同じく未婚の男性が住む屋敷へ入り浸ってもいいものか・・・
すると伯爵が、自分の服や、使用人達の制服も一新しようと言い出し、大がかりな仕事になる為、自分が部屋を提供したことにすればいいと言ってくれた。

まさに願ったり叶ったりのソフィーだったが、これは、使用人とも結び付きを強くし、なんとか結婚に持ち込もうという伯爵の思惑だったのである。


作業初日、ソフィーは使い慣れた道具を持って、伯爵家に向かった。
外出している伯爵とライアンの代わりに、ジェーンがすべてを頼まれているらしく、スムーズに部屋へと案内された。

「どうぞこちらのお部屋をお使い下さい。足りないものはおっしゃっていただければ、なるべくご用意致しますので。」

ニコニコとジェーンが部屋の中の説明をしてくれるが、想像以上に、いや、あまりの豪華な部屋にソフィーは戸惑った。

「あの、作業部屋なのに、こんな素敵な部屋をお借りしていいのでしょうか?ミシンも旧型と聞いていましたが、こんな多機能で高価なものを・・・」

日の当たらない使用人部屋で良かったのに、なんて広くて明るい部屋なのかしら。
ミシンもすごいけれど、道具も全部揃ってるじゃない。

「もちろんよろしいのですよ。旦那様は、奥様の使ってらした道具がまた日の目を見ることになって喜んでいらっしゃいます。ライアン様の試着など行うのでしたら、広い部屋の方がいいですよ。」

それもそうかもしれないわね。
使用人の方々も行き来するだろうし。

「では、ありがたく使わせていただきますね。今日は伯爵様とライアン様のお帰りは何時頃でしょうか?とりあえずは採寸をしないと・・・」

「それが、もしかして遅くなるかもと・・・」

申し訳なさそうにジェーンが答えるが、ジェーンのせいではないし、だったら他のことから始めるだけである。

「じゃあ新しい、使用人さん達の制服のデザインから進めましょう!皆さん、要望などありますよね?あ!手の空いている方々と一緒にお茶とかしたらまずいですか?」

さすがに他家の使用人とお茶会を開くのは行き過ぎかと思ったソフィーだったが、呆気なく案は通った。
『ソフィーを使用人と仲良くさせて、お嫁に来させる計画』を伯爵が立てているのだから、当然である。

こうして珍しいお茶の時間が始まり、最初は緊張をして黙りがちだった者も、ソフィーの話しやすさにつられ、徐々に意見を出してくれるようになった。

「我が儘だとは思うんですけど、脱ぎ着が大変で。」
「もう少ししゃがみやすい方がいいのですが。」
「今のが古いデザインなので、お洒落になったら嬉しいです。」

男女それぞれ、様々な意見が出たのをメモにとっていく。
生の声を聞くと、思っていたより改善点があるものだなとソフィーは勉強になった。



◆◆◆



ライアンは予定より帰宅が遅くなり、疲れていた。
今日からソフィーが来ることはわかっていたが、予想外のトラブルが起こり、切り上げて帰ることが出来なかったのである。

屋敷に帰ると、ジェーンが待っていた。

「今、戻った。ソフィー嬢はどうした?」

「ソフィー様でしたら、夕方には帰られました。ライアン様のお時間が取れる時に、採寸だけしたいとのことです。今日は私達とお茶をしながら、新しい制服についてお話を致しました。」

嬉しそうに報告をするジェーンに、ライアンは驚いた。

「は?うちの使用人とお茶?」

視線をジェーンから他の使用人に移すと、皆笑顔で頷いている。

正気か?
普通は雇用元の意見だけあれば作れるだろう。
現場の声を聞いて作る気だということか?

ライアンはソフィーのやり方に驚き、しかしそれでは労力をかけ過ぎだと非難めいた気持ちが芽生えた。
気持ちに寄り添い過ぎれば、ビジネスは立ち行かなくなることも多い。
自分も事業を行う者として、ライアンはソフィーの今後に、不安と興味を感じた。


翌日は早めに帰宅し、採寸の時間を作った。
ソフィーはメジャーを手に満面の笑顔だが、うってかわってライアンは怪訝そうな表情を浮かべる。

「ソフィー嬢?以前と随分印象が変わったな。なんというか、地味というか・・・」

ソフィーは髪をお団子にひっつめ、黒い飾り気のないワンピース姿であった。
まるでメイドである。

「あ、これは作業スタイルなんです。今日からはずっとこんな格好ですけど、よろしくお願い致します。」

貴族の令嬢が好んで着る服には思えず、最初違和感を感じたライアンだったが、すぐに意見は変わった。

随分と身軽に動くんだな。
このスタイルが一番動きやすいというのは事実なのだろう。
何より驚いたのは、使用人との連携だな。
もうこんなに親しくなったのか?

クルクルと楽しそうに、使用人と笑い合いながら働くソフィーは、今まで見た令嬢の中で一番輝いて見えた。

地味な格好の彼女が、着飾っている時より魅力的に見えるとはどういうことだ?

ライアンが自分の気持ちの変化に狼狽え、一生懸命平常を装っているのを、ジェーンだけが見抜き、内心笑っていたのだった。

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