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騒動を起こす男爵令嬢。
しおりを挟むラインハルトの乗った馬車が、スペンサー家に近付いてくる。
お忍び用の、見かけだけ質素で、乗り心地は最高の王家特注の馬車である。
「ハルト様!!」
「リリー!!」
屋敷へとリリーを迎えに来たラインハルトは、一度馬車から降りると、まるで数ヵ月ぶりに会ったかのような勢いでリリーを抱き締めた。
ちなみに、先週も突然プレゼントを届けに現れたので、それほど顔を会わせていない訳では断じてない。
少し身体を離すと、リリーの庶民風の格好を眺め、ラインハルトは嬉しそうに言った。
「さすがリリー!!どうみても町娘にしか見えないよ!!リリーは何を着ても似合うね。」
「ありがとうございます、ハルト様。私も今回は結構自信があるんです!」
楽しそうに微笑み会う二人だが、見送りに並んでいたスペンサー家の使用人達は、
『それって、どうなんだ!?』
と、心の中で突っ込んでいた。
馬車は街の近くで止め、歩いて向かうことになっている。
今回は、お忍びにいつもの馬車は目立ちすぎる為、わざわざ目立たない特注の馬車を用意した。
だからこの馬車で直接街へ乗り入れても構わないのだが、街まで手を繋いで歩きたいというラインハルトたっての希望である。
どうせ街でも手は繋ぎ続けるのだし、皆がお忍びを知っている時点で、全てにおいてあまり意味はない。
ただの雰囲気作りであった。
予定通り、街まであと少しというところで二人は馬車から降りた。
人通りはまだ少ないが、先の方に賑やかな様子が伺え、リリーは興奮していた。
「ハルト様、向こうの方が賑わっていますね!何があるのでしょう?楽しみですね。」
王都へ戻ってからしばらく経つが、リリーは数度本屋などに立ち寄っただけで、街歩きをしたことがなかったのである。
ラインハルトがリリーの指を指す方向に顔を向け、一瞬眉を寄せた。
「リリー、とりあえずこの右の道から廻ろうか。後であそこも通るし。美味しい屋台がこっちにあるんだ。」
ラインハルトはリリーを喧騒とは反対の道へ誘導した。
「あら?あっちへ行ったわ。予想が外れたわね。というか、あの騒動は何かしら?」
「何だろう。明らかに揉めてる気が・・・」
ラインハルトとリリーの後をつけるように、アーサーとジェシーも街にやって来た。
リリーは賑わっていると喜んでいたが、それは賑やかというより、明らかに騒動が起きているとしか思えなかった。
ラインハルトはあえて騒動を避け、違う道を選んだらしい。
「アーサーお兄様、あの騒ぎちょっと気にならない?見に行きましょうよ。」
「うーん、確かに気にはなるかな。巻き込まれないように遠くからだよ?」
二人は騒動に近付いた。
「だーかーらー、私には売れないってどういうことよ?私を誰だと思っているの?」
騒ぎの中心には、若い女性がいた。
「あら?あの娘って確か男爵令嬢の・・・」
ジェシーは彼女を見ると、嫌な顔をした。
昔、ジェシーを虐めた令嬢の取り巻きの一人だったのである。
「さっさとよこしなさいよ。お金なら払うわよ。珍しくセンスのいいお菓子を売っているかと思えば・・・。だから庶民は嫌なのよ。」
どうやら、お菓子を売っている屋台らしい。
確かにあまり見かけない、カラフルで可愛らしい鳥の形をしたキャンディが、小瓶に入って売られている。
「当然あれって・・・」
「王子が仕込んだ偽の屋台だろうな。」
高位の貴族なら、今日の王子のお忍びデートは事前に知らされていたり、街の状況から薄々察知するのだが、どうやらこの男爵令嬢は知らないらしい。
元々貴族としては爵位が低い分、普段から庶民に対してだけ威張っているのだろう。
「ちょっと、そこのあなた。ここの店主の態度、庶民のくせに生意気だとは思いませんこと?」
男爵令嬢は近くの男性に絡み出した。
「あなたも同じ庶民として、おかしいと思いますわよね?」
男性は微笑みながら話を聞いている。
「あ、まずいな。あの男性、変装した秘書官だ。」
「確かに全然貴族らしさが消えてないわね。それでも彼女にバレてないのがすごいわ。」
話を聞いてくれることに気を良くしたのか、男爵令嬢は更に話を続けた。
「さっきそこの花屋にも行きましたの。そうしたら、安っぽい野の花と、百合しか置いていなかったの。信じられる?そんな雑草と、よりにもよって百合って!私、百合って大嫌いなのよね。」
ラインハルトがリリーの為に準備したお菓子、リリーが好きな野の花、リリーの名の元の百合・・・
彼女は短時間に、ことごとくラインハルトの想いを踏みにじった。
話すだけ話すと満足したのか、キャンディを一瓶奪い、お金を投げつけて男爵令嬢は去っていった。
笑顔で聞いていた秘書官は、一気に冷めた表情をすると、路地裏に消えた。
「あらら、彼女、終わったわね。」
「そうだね。僕も腹が立ったけど、ラインハルト様が許すとは思えないな。」
かくして二人の読み通り、王都でその男爵令嬢を見ることは二度となかったのである。
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