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悪役令嬢現る!
しおりを挟むまずい……編入初日から明らかに悪目立ちをしている……。
断り切れなかったアリスは仕方なく王太子の手を取り、エスコートをされながら職員室へと歩みを進めているわけだが――尋常ではないほどの視線に晒されていることは否応なしにも理解できた。
そして案の定、チェルシーは柱の影から瞬きもせずにこちらを凝視している。
チェルシーめ、この出会いイベントを発生させる為にわざと席をはずしたな。
宰相の息子推しって言っていたくせに、裏切り者ーっ!!
チェルシーを恨みがましく横目で睨んでいると、王太子が朗らかに話しかけてきた。
「僕はユリウス。三年だよ。君は?」
「私はアリスです。オーギュスト男爵家に引き取られたばかりで、今日から一年に編入します」
「そうか。慣れないことも多いだろう。僕はこう見えて生徒会長なんだ。何か困ったら相談しにおいで」
冗談めかした顔でウィンクをされてしまった。
す、すごい……こんなにウィンクが様になる人を初めてみた……。
一瞬眩し過ぎて目がくらみそうになったもの。
さすがは乙女ゲームの王子様、侮りがたし!
イケメンのウィンク攻撃にたじたじになりながらも、アリスはなんとか踏ん張った。
攻略対象者に簡単に靡いては、皆の思う壺である。
しかし、出会った一人目からこの調子では、先が思いやられるのも事実で。
私、無事に卒業出来るのかしら……。
アリスは一瞬遠い目になってしまったのだが。
「あの、私は数日前まで平民でしたので、こんなに気にかけていただける存在ではないと申しますか……。ええと、王太子殿下でいらっしゃるんですよね? 私は辺鄙な村で育った田舎者ですし、マナーや貴族の常識すらよく知らないので、関わる価値はないと思います」
ここは先手を打っておくことにした。
身分違いをアピールし、自分を必要以上に卑下する面倒な女を演じてみせるのだ。
大抵の場合、乙女ゲームのヒロインって前向きで逆境に強い、生命力に溢れる魅力的な女の子が多いと思うのよ。
だからあえて逆の陰気なキャラで嫌われるように仕向ければ――よし、完璧な計画だわ!
……乙ゲーで遊んだことがないから、実際はよく知らないけれど。
アリスの自信のない、ネガティブな言葉にユリウスが立ち止まる。
すると、王子は何を思ったのかアリスと向かい合うと、彼女の華奢な手を両手でフワリと包み込んだ。
うわぁぁ、この王子様ってば突然何をしてやがりますこと?
滝のような手汗がヤバいのと、周りのどよめきが心臓に悪いので、今すぐにやめて欲しいのですが!
周囲から「出たー、最初のスチル!!」などと喜ぶ声が聞こえてきた。
まずい、何故か好感度が高まるほうに進んでしまったらしい。
「何を言うんだ。僕は確かにここ、アルヴェール国の王太子だが、爵位や身分で人を判断するつもりなどない。君は訳あって、慣れ親しんだ場所から王都へやって来て、これから学園で学ぼうとしている。環境の変化を怖れず、与えられた場で頑張る君は素晴らしいと僕は思う」
緑色の瞳で見つめられると、うっかり雰囲気に呑まれてその気になりかけた。
……いやいや、そんな立派なものじゃないから!
危ない危ない、瞳に魅せられてつい頷くところだったわ。
私はゲームのストーリーに抗えないままここに来てしまっただけで、素晴らしくなんてないんだから。
ユリウス、あなたは顔だけじゃなく、性格もいいんだね。
ヒロインの私よりずっと前向きで愛されキャラじゃないの……。
さすが王子様だと感心していたら、隣に人影が立った。
「あら、ユリウス殿下ではございませんの、ごきげんよう。こんな廊下で何をしていらして? 殿下がどんな方にでもお優しいのはわかっておりますけれど、こんな田舎娘にまで構う必要はございませんわよ。さあ、田舎臭くなる前にその手をお離しになって」
高飛車で失礼な物言いに驚いて顔を見れば、濃い金髪を見事に縦ロールにしたゴージャス美人が腕を組んでいた。
憎々しげにアリスを睨み、顎を上げて見下す角度が完璧である。
こ、これは!!
――えーと、なんだっけ?
こういう典型的なイヤミなお嬢様……。
と思ったら、すぐに答えは出た。
「悪役令嬢様のご降臨~!」と誰かが茶化したからである。
そう、それそれ、『悪役令嬢』だよ!
乙女ゲームに疎くてもその存在くらいは私でも知っている。
ヒロインをいじめる恋のライバルでしょ?
……ん?
『ときラビ』にも悪役令嬢って出てくるんだ!!
別の意味で驚いているアリスに、注目されて気分を良くしたのか彼女がフフンと笑った。
うん、悪役令嬢姿が板に付いている。
「オフィーリア、そんな言い方はやめたまえ。学生同士、助け合うのは当然のことだろう」
「殿下の高い志は重々承知しておりますわ。でも女生徒が殿下の優しさに勘違いをしたら可哀想でしょう? 私は田舎者が余計な夢を抱かないように配慮しているのです」
そこでオフィーリアはアリスの方へ向き直ると、人差し指をビシッと指しながら堂々と言った。
「あなた、いい気にならないことね。この方は誰にでも優しいのです。自分だけだなんて烏滸がましいことを考えるのはおよしなさい!」
言い終わると、クルンと踵を返して消えていった。
な、なんだったんだろう。
全く! これっぽっちも!! いい気になんてなっていないのに、言いがかりも甚だしい。
でも彼女も悪役令嬢役を頑張っているのだと思うと、怒る気も失せてしまう。
むしろ、「お疲れ様、今の台詞良かったよ!」と言ってあげたいくらいだ。
「悪かったね。彼女、オフィーリアは僕の婚約者なんだ。何か勘違いをしたみたいで、君には嫌な思いをさせてしまったね」
眉を下げてユリウスが謝ってくるが、特に傷付いてもいなければ、冷静に考えて彼女の言い分は正しいと思う。
「ユリウス殿下が謝る必要などございませんし、オフィーリア様も当然のことを仰ったまでです。あの、誤解を招くのでこの手を離して……」
「アリスは強い上に優しい人間だな。ああ、遅くなってしまうから急がないと」
暗に手を離せと言ったはずなのに、ユリウスは途中で台詞を被せると、にこやかに微笑み、更に手を強く握り直して歩き出してしまった。
「イベント成功ー!!」とハイタッチする学生を横目に見ながら、アリスは解せなかった。
なんでこうなった!?
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