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男爵家へようこそ
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事故の翌日、アリスの両親の葬儀が村で執り行われた。
アリスが二人の遺体を一度も確認することもなく――まあ、遺体なんて最初から無いのだから当然なのだが――葬儀は粛々と進んだ。
相変わらず嘆き悲しむ村人たちの演技には、素直に感心してしまう。
こっちは一滴の涙すら出てこないというのに。
形ばかりの葬儀が終わると、アリスは家へと戻ってきた。
黒いワンピース姿のまま、いつものダイニングの椅子でコーヒーを飲みながらしばしの休憩を取っていると、近付いてくる馬車の音に嫌でも気付いてしまった。
来たか……。
あの音は男爵家の馬車に違いない。
アリスが緊張しながら耳をそばだてていると――
「な、なんでこんな田舎に貴族のびゃしゃが!?」
思いっきり噛んでいる、残念なモニカの台詞が聞こえてきた。
あーあ。
モニカってば、あんなに練習していたのに。
でもある意味、動揺しているリアルさはうまく表現出来ていたと思うよ!
ナイスファイト!
落ち込んでいる彼女の様子が脳裏に浮かび、心の中で励ましていたら、玄関の扉をノックする音がダイニングまで届いた。
なんだかモニカがトチってくれたおかげで、平常心を取り戻せた気がする。
アリスはゆっくり扉に近付くと、落ち着いた動作で扉を開けた。
「おおっ! あなたがアリス様でいらっしゃいますね? 私はオーギュスト男爵家の執事、ジェンキンスと申します。主人に代わり、あなた様をお迎えに参りました」
恭しく頭を下げながら、立て板に水のごとくスラスラと述べる長身細身の男。
モニカより長い台詞なのにさすがである。
アリスも返事をしようとして……ふと言葉に詰まった。
待てよ?
これって、「あ、そうなんですか。じゃあ行きましょう」じゃ、やっぱりまずいよね?
初耳っぽく驚いてみせるのが正解なんだろうけど……面倒臭いな。
「ええと、どういうことですか?」
とりあえず何も知らないフリをしてみたら、正解だったらしい。
ジェンキンスが待ってましたとばかりに熱く語り始めた。
内容は母から聞いたものと同じで、祖母が使用人と駆け落ちしたというやつである。
「……という訳で、アリス様のお祖母様の兄、前オーギュスト家当主が、亡くなる前に一目会いたいと探しておられたのです!」
「はぁ、そうですか」
反応の鈍い私に、ジェンキンスの眉が下がる。
うん、ごめんね、ノリが悪くて。
でもそこは諦めてください。
私にはこれが精いっぱいなんです。
「ところで、アリス様のご両親はどちらですか?」
気を取り直した執事が尋ねてくるが、事故に遭ったことはゲームのストーリー上絶対に知っているはずなのに、白々しい。
この黒いワンピースが目に入らないのだろうか。
「両親は昨日事故に遭い、亡くなりました。さきほど葬儀が終わったばかりで……」
仕方なく説明をしていたら、ジェンキンスの肩越しに見える木の影で、その死んだはずの両親がおどけているのが目に入った。
ちょっと、何やってんの!?
あれは絶対面白がって見に来たな。
ああっ、もっとちゃんと隠れて!!
手で引っ込むように合図を送っていると、執事が不思議そうな顔をした後で、何かを察したようにフッと笑った。
「それは残念です。主人もさぞ悲しむことでしょう。しかしそれなら話は早い。アリス様、今日からオーギュスト家でお暮しください。皆、アリス様をお待ちしております」
正直、断りたい。
断りたいけれども、どうせ無理に違いないのだから、ここは余計な労力を使わないのが賢い選択といえるだろう。
アリスは大人しく申し出を受け入れた。
「よろしくお願いします」
『ときラビ』のストーリー通り、アリスは男爵家へ引き取られることになったのだった。
大切な物だけ簡単にまとめると、今まで見たことのないような豪華な馬車に静かに乗り込んだ。
馬車の窓からは親切にしてくれた村人やモニカ、木の影から両親が手を振っているのが見える。
「アリスちゃん、元気でね!!」
「アリス、頑張って!!」
たくさんの声援に、村で過ごした幸せな日々が思い出されて涙がこみ上げたが、それをなんとか押し留めて、精一杯の笑顔で感謝の気持ちを込めて叫んだ。
「行ってきます!!」
こうして、アリスは生まれ育った村を離れた。
◆◆◆
馬車で走ること三時間。
思っていたよりずっと早く、王都にあるオーギュスト男爵家へと辿り着いた。
――あれ?
こんなに近いものなの?
『ヒロインは辺鄙な村育ち』っていう設定の割には、案外都会に近かったんだな……。
当たり前だが、今まで住んでいた家より遥かに大きく、立派な屋敷である。
玄関の扉の前には、様々な制服の人々が並んでいた。
え、もしかして私を待っていたの?
なんだかみんなの目がキラキラしてる……。
「アリス様、いえ、アリスお嬢様。使用人一同、お嬢様にお仕え出来る日を心待ちにしておりました!」
ジェンキンスがやたら熱の籠った口調でアリスにお辞儀をすると、使用人たちも歓迎の笑みを浮かべながら声を揃えて言った。
「「「ようこそオーギュスト男爵家へ、アリスお嬢様!!」」」
「アリスです。よ、よろしくお願いします……」
歓迎され過ぎてて怖い。
この笑顔……これは絶対『モブの使用人だけど、ヒロインを支えるぞ!』的なことを考えちゃってるよね!?
いよいよ『ときラビ』のゲームが始まったことに、アリスは戦々恐々としていた。
アリスが二人の遺体を一度も確認することもなく――まあ、遺体なんて最初から無いのだから当然なのだが――葬儀は粛々と進んだ。
相変わらず嘆き悲しむ村人たちの演技には、素直に感心してしまう。
こっちは一滴の涙すら出てこないというのに。
形ばかりの葬儀が終わると、アリスは家へと戻ってきた。
黒いワンピース姿のまま、いつものダイニングの椅子でコーヒーを飲みながらしばしの休憩を取っていると、近付いてくる馬車の音に嫌でも気付いてしまった。
来たか……。
あの音は男爵家の馬車に違いない。
アリスが緊張しながら耳をそばだてていると――
「な、なんでこんな田舎に貴族のびゃしゃが!?」
思いっきり噛んでいる、残念なモニカの台詞が聞こえてきた。
あーあ。
モニカってば、あんなに練習していたのに。
でもある意味、動揺しているリアルさはうまく表現出来ていたと思うよ!
ナイスファイト!
落ち込んでいる彼女の様子が脳裏に浮かび、心の中で励ましていたら、玄関の扉をノックする音がダイニングまで届いた。
なんだかモニカがトチってくれたおかげで、平常心を取り戻せた気がする。
アリスはゆっくり扉に近付くと、落ち着いた動作で扉を開けた。
「おおっ! あなたがアリス様でいらっしゃいますね? 私はオーギュスト男爵家の執事、ジェンキンスと申します。主人に代わり、あなた様をお迎えに参りました」
恭しく頭を下げながら、立て板に水のごとくスラスラと述べる長身細身の男。
モニカより長い台詞なのにさすがである。
アリスも返事をしようとして……ふと言葉に詰まった。
待てよ?
これって、「あ、そうなんですか。じゃあ行きましょう」じゃ、やっぱりまずいよね?
初耳っぽく驚いてみせるのが正解なんだろうけど……面倒臭いな。
「ええと、どういうことですか?」
とりあえず何も知らないフリをしてみたら、正解だったらしい。
ジェンキンスが待ってましたとばかりに熱く語り始めた。
内容は母から聞いたものと同じで、祖母が使用人と駆け落ちしたというやつである。
「……という訳で、アリス様のお祖母様の兄、前オーギュスト家当主が、亡くなる前に一目会いたいと探しておられたのです!」
「はぁ、そうですか」
反応の鈍い私に、ジェンキンスの眉が下がる。
うん、ごめんね、ノリが悪くて。
でもそこは諦めてください。
私にはこれが精いっぱいなんです。
「ところで、アリス様のご両親はどちらですか?」
気を取り直した執事が尋ねてくるが、事故に遭ったことはゲームのストーリー上絶対に知っているはずなのに、白々しい。
この黒いワンピースが目に入らないのだろうか。
「両親は昨日事故に遭い、亡くなりました。さきほど葬儀が終わったばかりで……」
仕方なく説明をしていたら、ジェンキンスの肩越しに見える木の影で、その死んだはずの両親がおどけているのが目に入った。
ちょっと、何やってんの!?
あれは絶対面白がって見に来たな。
ああっ、もっとちゃんと隠れて!!
手で引っ込むように合図を送っていると、執事が不思議そうな顔をした後で、何かを察したようにフッと笑った。
「それは残念です。主人もさぞ悲しむことでしょう。しかしそれなら話は早い。アリス様、今日からオーギュスト家でお暮しください。皆、アリス様をお待ちしております」
正直、断りたい。
断りたいけれども、どうせ無理に違いないのだから、ここは余計な労力を使わないのが賢い選択といえるだろう。
アリスは大人しく申し出を受け入れた。
「よろしくお願いします」
『ときラビ』のストーリー通り、アリスは男爵家へ引き取られることになったのだった。
大切な物だけ簡単にまとめると、今まで見たことのないような豪華な馬車に静かに乗り込んだ。
馬車の窓からは親切にしてくれた村人やモニカ、木の影から両親が手を振っているのが見える。
「アリスちゃん、元気でね!!」
「アリス、頑張って!!」
たくさんの声援に、村で過ごした幸せな日々が思い出されて涙がこみ上げたが、それをなんとか押し留めて、精一杯の笑顔で感謝の気持ちを込めて叫んだ。
「行ってきます!!」
こうして、アリスは生まれ育った村を離れた。
◆◆◆
馬車で走ること三時間。
思っていたよりずっと早く、王都にあるオーギュスト男爵家へと辿り着いた。
――あれ?
こんなに近いものなの?
『ヒロインは辺鄙な村育ち』っていう設定の割には、案外都会に近かったんだな……。
当たり前だが、今まで住んでいた家より遥かに大きく、立派な屋敷である。
玄関の扉の前には、様々な制服の人々が並んでいた。
え、もしかして私を待っていたの?
なんだかみんなの目がキラキラしてる……。
「アリス様、いえ、アリスお嬢様。使用人一同、お嬢様にお仕え出来る日を心待ちにしておりました!」
ジェンキンスがやたら熱の籠った口調でアリスにお辞儀をすると、使用人たちも歓迎の笑みを浮かべながら声を揃えて言った。
「「「ようこそオーギュスト男爵家へ、アリスお嬢様!!」」」
「アリスです。よ、よろしくお願いします……」
歓迎され過ぎてて怖い。
この笑顔……これは絶対『モブの使用人だけど、ヒロインを支えるぞ!』的なことを考えちゃってるよね!?
いよいよ『ときラビ』のゲームが始まったことに、アリスは戦々恐々としていた。
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