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ヒロインは被害者ムーブがお得意でした

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どうやら第一王子と男爵令嬢はまだ例の場所で騒いでいるらしい。
何事かと声を聞きつけた学生も大勢集まっているようで、騒然としている。

「あれはジャルダン殿下では? 何かあったのでしょうか」
「わたくしの名前を呼んでいらっしゃるみたいですわ。確認してまいります」
「では僕も一緒に。ただごとではなさそうですし、あなたの身が心配ですから」
「まあ、ありがとうございます」

マリアンヌのロザリーへの悪口で激昂している二人の前に、ベリックを連れたマリアンヌが戸惑いがちに現れた――もちろん演技なのだが。

「あの、殿下? 何かございま」
「マリアンヌ! お前よくもロザリーを傷付けたな! 恥を知れ!!」
「マリアンヌ様ひどいです~。私のこと恥知らずとか、頭が悪いとか……。私、私、エ~~~ン」
「ロザリー、可哀想に。私がこの性悪女を成敗するから待っているがいい」
「グスッ。はい、ジャル様」

マリアンヌの問いかけは二人に思いっきりかき消された。

廊下に座り込んで明らかに泣き真似をしているロザリーと、正義のヒーローぶっているジャルダン。
やたら芝居がかっている二人は、まるでこの展開を待っていましたとばかりに生き生きとしている気がする。
それに、マリアンヌは頭が悪いとまでは言わなかった……はずだ。

「恥知らずも頭が悪いのも事実ではなくて?」
「こんな場所で殿下を愛称で呼ぶなんて」
「事実を指摘されて腹を立てているようにしか見えないな」

集まっている学生は冷ややかにジャルダンたちを見ている。
二人に同情するものなどいないようだ。

あら?
これだったら直接悪口を言っても同じだったかもしれないわね。
……いやいや、私は冤罪をかけられなきゃいけないのだったわ。

「わたくし、ロザリー様にひどいことなど言っておりませんが」
「何をしらじらしい。少し前にお前はこの教室の中で取り巻き共とロザリーの悪口を言っていたではないか!」
「そうです。マリアンヌ様はそうやっていつも私のことを虐めてばかりで……」
「何!? マリアンヌに辛く当たられているとは聞いていたが、いつもあのような言葉を? 許さないぞ、マリアンヌ!」

マリアンヌは今日初めて悪口を言ったはずなのに、日常的に虐めていることにされてしまった。
恐るべし、ロザリー。
これは相手にとって不足はないだろう。
マリアンヌは悪役令嬢としてのやりがいを感じ始めていた。

「お待ちください」

その時、ベリックが真剣な表情で間に入った。

「恐れながら申し上げます。マリアンヌ嬢は音楽室へ忘れ物を取りに行き、出てきたところで僕と偶然出会い、ここまで共に歩いてきました。『少し前』にこの教室内にいることなど不可能です」
「勝手なことを言うな! 私は確かにマリアンヌの声を聞いたんだ。ロザリー、そうだよな?」
「あれは絶対マリアンヌ様の声でした。数人で私のことをあざ笑って」

マリアンヌは元は可愛らしい顔を盛大に引き攣らせているが、ベリックは遠慮がちに、しかし冷静に核心をついていく。

「お二人はこの教室でマリアンヌ嬢の姿をご覧になったのですか?」
「それは……。扉を開けたら誰もいなかったが、あれは確かにマリアンヌの声だった!」
「聞き間違えるはずがないじゃない!」
「そう言われましても、彼女が僕と一緒だったのも事実です。何かの間違いでは?」

二人はひどい剣幕だが、マリアンヌとベリックは困ったような表情を浮かべることしかできない。
この特別教室から音楽室は同じ階とはいってもかなりの距離があり、すぐに移動できるはずがないからだ。
――マリアンヌの人間離れした脚力がない限り。

気付けば、ロザリーがマリアンヌを陥れる為に嘘をでっちあげたと考えた学生らは、自然とその場から立ち去っていた。
予鈴が鳴ったことでうやむやなまま解散すると、実習室へと小走りをするマリアンヌにいつになく厳しい顔のベリックが力強く言った。

「マリアンヌ嬢、気にしないことです。何かあればあなたの無実は僕が証明してみせますから。安心してください」
「ベリック様……心強いお言葉をありがとうございます。頼りにしていますわ」

嬉しそうにマリアンヌが微笑めば、頬をかきながら笑い返すベリック。
こうして最初の嫌がらせは大成功に終わったのだった。
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