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『悪役令嬢』と『断罪返し』
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「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま、アレン。ね、あなた『悪役令嬢』って詳しい?」
屋敷に戻ったマリアンヌは、いつものように出迎えてくれた執事見習いのアレンに、早速『悪役令嬢』について尋ねてみた。
普段、王子妃教育で忙しい彼女は小説を読む時間をあまりとれず、『悪役令嬢』についての知識が乏しかったからである。
「は? 藪から棒に何を。あ、また妙な噂に影響されたんじゃないでしょうね?」
アレンはマリアンヌ付きの執事見習いなのだが、察しが良い上に物知りだった。
もさっと長い前髪のせいで表情がわかりにくく、態度や言葉も褒められたものではないものの、マリアンヌはアレンの前だけでは唯一素の自分でいられる。
とっくに正式な執事になってもいい年齢なのに、いつまでも見習いのままでいる謎多き青年は、なんだかんだでマリアンヌの一番の理解者でもあった。
「失礼ね。まあ、その通りなんだけど。で、どうなの? 私、『悪役令嬢』になって、『断罪返し』をする必要があるのよ」
しょっちゅう噂話に振り回される主に振り回される執事見習いの、またかという呆れた視線をかわしながらマリアンヌが問いかけると。
「『悪役令嬢』とは、巷で流行している恋愛小説に出てくる女性のことですね。ヒロインの恋敵で、大抵は身分とプライドが高く、自分の婚約者に近付くヒロインを排除しようと行き過ぎた嫌がらせを行いがちです」
「……それって、悪いのは悪役令嬢じゃなくて婚約者持ちの男性にちょっかいを出すヒロインのほうじゃない?」
「ごもっとも。でもヒロインこそが運命の人と信じている婚約者は、自分の婚約者である悪役令嬢を疎ましく思い、虐めの証拠を突き付けて罪を裁こうとするのです。人目の多い場所をわざと選び、エグイ罪を着せることが一般的ですね」
「ふーん、悪趣味ね。それが『断罪』ってやつなのね。じゃあ『断罪返し』は?」
「『断罪返し』は簡単に言えば、婚約者側へやり返すことです。自分のアリバイを証明したり、虐めの証拠品に証拠能力が無いことを訴えて無実を勝ち取り、冤罪を着せようとしたことを逆に公にして問題視することで向こうの立場を貶めるわけです」
「なるほどね。アレンってばやけに詳しいのね」
「それほどでも」
確かに令嬢たちも、ヒロイン側が冤罪で追い詰められる展開が見たいと言っていた。
マリアンヌの華麗な『断罪返し』を期待しているとも。
「じゃあ私、早速明日からでも『悪役令嬢』になることにするわ」
「お待ちください、お嬢様。嫌な予感しかしないのですが、一体何をするおつもりですか?」
「何って、とりあえずロザリーを虐めればいいのでしょう? 大丈夫、バレないようにやるから。それに早く始めないとお父様が婚約破棄を申し出てしまうじゃない。時間が無いんだから止めても無駄よ」
「……お嬢様、第一王子とロザリー様の所業は私も聞き及んでいるので、止めはいたしません。ただ、どうせなら悪役令嬢の嫌がらせとしてよく出てくる手法があるので、則ったほうがよろしいかと」
その後どこかへと消えたアレンは、しばらくして大量の小説を抱えて戻ってきた。
すべて悪役令嬢が出てくる本で、これを読んで虐めの作戦を立てろということらしい。
ふーん、どの本を読んでも虐め方って似通っているものなのね。
私もここはオーソドックスに使い古された手で行きますか。
「よし、じゃあまずは悪口でしょ。あとはロザリーの私物を壊して、最後は階段から突き落とすって感じかしら」
「ありきたりで非常によろしいかと」
鷹揚に頷くアレンだが、普通は執事見習いとして諫めるところではないだろうか。
いくら主の婚約者の行いが目に余るとはいえ、相手は第一王子。
これでは共犯になってしまう。
「ねえ、私が言うのもなんだけど、本来なら私の暴走を止めるべきなんじゃない?」
戸惑いの表情でマリアンヌが訊くと、アレンは口角を上げて笑った。
「お嬢様が失敗するはずがありませんから。その腕力と脚力を思う存分発揮してください」
その言葉に納得したマリアンヌもつられて笑みを零す。
そう、彼女には令嬢らしからぬすごい特技があるのだ。
子供の頃から、マリアンヌはスポーツ万能だった。
いや、万能を通り越して異常な身体能力の持ち主だった。
走れば大人の男性より圧倒的に早く、物を投げれば遥か彼方、高いところから飛び降りてもピンピンしている。
マリアンヌのこの特殊な能力に最初に気付いた前執事長は、彼女にこの力を秘密にすることを誓わせた。
結果、偶然見られてしまったアレン以外に現在王都でこの力のことを知っている者はいない。
前執事長は引退をする際、マリアンヌの力のことは墓まで持っていくと言っていた。
「ようやくこの力を活かせる時が来たようね。嫌がらせをした上で、自分のアリバイもばっちり作ってやるわよ!」
「その意気です、お嬢様。…………俺にもやっとチャンスが回って来たみたいだな。断罪返しが無事に済んだ後は――覚悟しておいで、マリアンヌ」
高らかに右の拳を突き上げるマリアンヌの後ろで、前髪に覆われた目をキラリと光らせながらアレンが呟いたことなど、彼女は知る由も無かった。
「ただいま、アレン。ね、あなた『悪役令嬢』って詳しい?」
屋敷に戻ったマリアンヌは、いつものように出迎えてくれた執事見習いのアレンに、早速『悪役令嬢』について尋ねてみた。
普段、王子妃教育で忙しい彼女は小説を読む時間をあまりとれず、『悪役令嬢』についての知識が乏しかったからである。
「は? 藪から棒に何を。あ、また妙な噂に影響されたんじゃないでしょうね?」
アレンはマリアンヌ付きの執事見習いなのだが、察しが良い上に物知りだった。
もさっと長い前髪のせいで表情がわかりにくく、態度や言葉も褒められたものではないものの、マリアンヌはアレンの前だけでは唯一素の自分でいられる。
とっくに正式な執事になってもいい年齢なのに、いつまでも見習いのままでいる謎多き青年は、なんだかんだでマリアンヌの一番の理解者でもあった。
「失礼ね。まあ、その通りなんだけど。で、どうなの? 私、『悪役令嬢』になって、『断罪返し』をする必要があるのよ」
しょっちゅう噂話に振り回される主に振り回される執事見習いの、またかという呆れた視線をかわしながらマリアンヌが問いかけると。
「『悪役令嬢』とは、巷で流行している恋愛小説に出てくる女性のことですね。ヒロインの恋敵で、大抵は身分とプライドが高く、自分の婚約者に近付くヒロインを排除しようと行き過ぎた嫌がらせを行いがちです」
「……それって、悪いのは悪役令嬢じゃなくて婚約者持ちの男性にちょっかいを出すヒロインのほうじゃない?」
「ごもっとも。でもヒロインこそが運命の人と信じている婚約者は、自分の婚約者である悪役令嬢を疎ましく思い、虐めの証拠を突き付けて罪を裁こうとするのです。人目の多い場所をわざと選び、エグイ罪を着せることが一般的ですね」
「ふーん、悪趣味ね。それが『断罪』ってやつなのね。じゃあ『断罪返し』は?」
「『断罪返し』は簡単に言えば、婚約者側へやり返すことです。自分のアリバイを証明したり、虐めの証拠品に証拠能力が無いことを訴えて無実を勝ち取り、冤罪を着せようとしたことを逆に公にして問題視することで向こうの立場を貶めるわけです」
「なるほどね。アレンってばやけに詳しいのね」
「それほどでも」
確かに令嬢たちも、ヒロイン側が冤罪で追い詰められる展開が見たいと言っていた。
マリアンヌの華麗な『断罪返し』を期待しているとも。
「じゃあ私、早速明日からでも『悪役令嬢』になることにするわ」
「お待ちください、お嬢様。嫌な予感しかしないのですが、一体何をするおつもりですか?」
「何って、とりあえずロザリーを虐めればいいのでしょう? 大丈夫、バレないようにやるから。それに早く始めないとお父様が婚約破棄を申し出てしまうじゃない。時間が無いんだから止めても無駄よ」
「……お嬢様、第一王子とロザリー様の所業は私も聞き及んでいるので、止めはいたしません。ただ、どうせなら悪役令嬢の嫌がらせとしてよく出てくる手法があるので、則ったほうがよろしいかと」
その後どこかへと消えたアレンは、しばらくして大量の小説を抱えて戻ってきた。
すべて悪役令嬢が出てくる本で、これを読んで虐めの作戦を立てろということらしい。
ふーん、どの本を読んでも虐め方って似通っているものなのね。
私もここはオーソドックスに使い古された手で行きますか。
「よし、じゃあまずは悪口でしょ。あとはロザリーの私物を壊して、最後は階段から突き落とすって感じかしら」
「ありきたりで非常によろしいかと」
鷹揚に頷くアレンだが、普通は執事見習いとして諫めるところではないだろうか。
いくら主の婚約者の行いが目に余るとはいえ、相手は第一王子。
これでは共犯になってしまう。
「ねえ、私が言うのもなんだけど、本来なら私の暴走を止めるべきなんじゃない?」
戸惑いの表情でマリアンヌが訊くと、アレンは口角を上げて笑った。
「お嬢様が失敗するはずがありませんから。その腕力と脚力を思う存分発揮してください」
その言葉に納得したマリアンヌもつられて笑みを零す。
そう、彼女には令嬢らしからぬすごい特技があるのだ。
子供の頃から、マリアンヌはスポーツ万能だった。
いや、万能を通り越して異常な身体能力の持ち主だった。
走れば大人の男性より圧倒的に早く、物を投げれば遥か彼方、高いところから飛び降りてもピンピンしている。
マリアンヌのこの特殊な能力に最初に気付いた前執事長は、彼女にこの力を秘密にすることを誓わせた。
結果、偶然見られてしまったアレン以外に現在王都でこの力のことを知っている者はいない。
前執事長は引退をする際、マリアンヌの力のことは墓まで持っていくと言っていた。
「ようやくこの力を活かせる時が来たようね。嫌がらせをした上で、自分のアリバイもばっちり作ってやるわよ!」
「その意気です、お嬢様。…………俺にもやっとチャンスが回って来たみたいだな。断罪返しが無事に済んだ後は――覚悟しておいで、マリアンヌ」
高らかに右の拳を突き上げるマリアンヌの後ろで、前髪に覆われた目をキラリと光らせながらアレンが呟いたことなど、彼女は知る由も無かった。
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