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ラブレターの威力。

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ダニエルがバーシャルへと発ってから、十日ほど経った。
エミリアは学校へ通いながら、新しいドレスを提案し、シーラとお茶をするという、いつも通りの生活を送っていた。
今までもダニエルが一月ほど留守にすることはあった為、まだそれほどの寂しさを感じることはなかったのである。
ただ、少し煩わしいことは増えた。

「エミリア様、婚約者が遠くへ行かれて、さぞ心細いことでしょう。今度の週末、我が家へご招待するので、寂しさを忘れて楽しみましょう。」

「私なら、あなたを一人にはしません。一度、共に出かけませんか?」

鬼の居ぬ間のなんとやら、ダニエルが留守にしているのをいいことに、エミリアに言い寄る男性が一気に増えたのである。
少しも心は動かないし、誘いに応じるつもりも更々なかったが、ひたすら鬱陶しい。
エミリアがどうしたものかと対応を考えていると、ある時を境にピッタリと誘いが収まった。

急にどうしたのかしら?
なんだか私を見て怯えているし。
なんかしたっけ?

意味がわからなかったが、面倒事がなくなり清々していると、校内で騎士のルシアンに出くわした。
最近良く学校で見かける気がする。

「ごきげんよう、ルシアン様。最近良くお会いしますね。」

「やぁ、エミィちゃん。まあね。俺、この学校の警備を頼まれてさ。俺があいつの代わりに目を光らせてるから、安心してね。」

ルシアンは手を振り、行ってしまった。
どうやら、ルシアンはこの貴族学校の警備を任されたらしい。

どうりで良く見かけるはずだわ。
でもルシアン様が居てくれるのは心強いよね。
偶然に感謝だわ。

しかし、もちろん偶然などではなかった。
ダニエルが、ルシアンからエミリアに群がる男共の報告を受け、速攻手を回したのである。
ルシアンを警護に任命しただけでなく、間接的に家にも圧力をかけた結果、男達はエミリアから手を引くしかなかった。
騎士団副団長のダニエルは、今や様々な力を手に入れていたのだ。


ダニエルが王都を離れて半年。
ダニエルは影でエミリアを守るだけでなく、エミリアにマメに手紙を送っていた。
手紙を書いたり、届けられるということは、バーシャルが安定している証であり、エミリアは手紙が届くと安堵した。

ダニー様、また手紙を送ってきたのね。
って!今回も情熱的というか、なんて恥ずかしい内容・・・
これって、絶対真夜中のテンションで書いたでしょ?

ダニエルの手紙の内容は、いつもひたすら愛を囁いていた。
『エミィ、愛している』、『エミィに会いたい』、『俺の心はいつでもエミィの側にある』・・・

ダニー様本人も確かに甘かったけど、こんなタイプだったっけ?
キャラ変わってない?
今でも、巷ではクールで堅物だと思われてるらしいのに。

こんなラブレターは、前世でももちろん貰ったことがなく、毎回赤面してしまうが、嬉しくないはずがなかった。
エミリアも読んだ直後にいそいそと返事を書き始めるのだが、困ったことがあった。
ダニエルの内容に、エミリアの情緒までつられてしまうのである。

手紙を書き終えると、エミリアは前世からの習慣で、時間を置いて出す前にもう一度読み直すのだが、毎回自分が書いたとは思えない甘える文面に、急いで書き直す羽目になっていた。

うぎゃー!
私ってば、何書いてるんだか!
「ダニー様に会えなくて寂しい」とか、「一緒に出かけたい」とか、はたまた、「ダニー様の大きな手に触れたい」って・・・
恥ずかしすぎる!!
うっかりヒロイン気分で自分に酔っちゃったよ。

毎回こんなことを繰り返している内に、出せない手紙が引き出しに溜まっていた。
どれもこれも、読み返すと身悶えしてしまう内容ばかりである。

「お嬢様、たまにはそちらの失敗したお手紙を送ってみたらいかがですか?ダニエル様もきっとお喜びになりますよ。」

結局いつも色気のない日記のような返事を出しているエミリアに、クスクス笑いながら侍女が提案する。

「からかわないでよ。こんなの私らしくないし、心配かけちゃうわ。というか、私のプライドが許さないわ!」

エミリアの本音に、益々侍女が笑い出す。
今更何を言っているのだと思っているのだろう。

暫くして、エミリアの知らないところで事件が起きていた。
エミリアの兄と侍女が結託して、引き出しの中の秘密の手紙を数通、こっそりとダニエルに送ってしまったのである。
減っていることに気付かないエミリアは、日常を過ごしていたが、バーシャルのダニエルは違っていた。


ダニエルは今日も見張りの塔に上がっていた。
どこに行っても領主の娘や、騎士団の世話係の娘、町娘が寄ってきて面倒なことこの上ない。
ここに来れば、団員しかいない為、逃げ込むのに最適だった。

「副団長?あ、良かった、やっぱりここでしたね。手紙です。」

部下が大きめの封筒を持ってきてくれた。
確認すれば、エミリアの兄の名前だ。

エミィの兄貴か?
始めてだな。
まさかエミィに何かあったのか?

不安に襲われて封を切れば、中から三通の手紙と、一枚の紙。
しかも手紙は全部、差出人がエミリアである。
意味がわからないまま紙を広げた。

『エミリアが隠していた手紙の一部です。本音をわかってあげて下さい』

本音?

手紙を読んで、ダニエルは思わずしゃがみこんだ。
まさかエミリアがこんな可愛いことを考えていたとは思わず、全身が熱くなり、力が抜けてしまった。

「副団長?どうしたんですか?」

部下に心配されるが、それどころではない。

エミィが会いたがっているなら、俺は今すぐ帰る!
エミィを抱き締めて離さない!!

ダニエルは急に立ち上がると、外へ駆け出した。
町の外まで出ようとして、皆に止められる。

「副団長、どうしたんですか?どこに行く気ですか?」

「俺は王都へ戻る!可愛いエミィが待っているからな!」

「いやいやいや、おい、副団長を止めるぞ!副団長のご乱心だー!!」

「俺を止めるな!!」

ヒートアップした彼らは、剣まで持ち出し、戦い始めた。
ダニエルが冷静になるまで続いたが、本気のダニエルと剣を交える機会は貴重であり、部下は改めてダニエルの強さに感心していた。

「いやー、いい鍛錬になったな!」

娯楽の少ないこの地で、急遽イベント的に起きた出来事を、皆楽しんでいた。

この後もダニエルの「エミィに会いたい病」の発作は定期的に起こり、待っていましたとばかりに部下が参戦し、騎士達はメキメキと腕を上げるのだった。

そして、その様子を見ていた女性陣は、ダニエルの想いの深さに、自ら身を引いたのである。










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