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愛の試練。

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エミリアは十六歳になり、貴族学校の高等部へと進んだ。
学校が休日のある日、仕事終わりのダニエルが侯爵家を訪れた。 
ダニエルは、いよいよ騎士団の副団長にまで出世しており、バートン家はいつでもダニエルの訪問を歓迎し、温かく迎え入れている。

ダニエルの訪問自体は珍しいことではなかったが、この日のダニエルは少し様子がおかしかった。

「エミィ、話があるんだ。」

静かに紅茶を口に運んでいたエミリアは、ダニエルのただごとではない様子に、静かにカップを置いた。

なんか、このシチュエーションには覚えがあるわ。
あの時は急に婚約の話をされたんだけど、今度は一体何なの?
また結婚の話かな?

少し構えながらダニエルを見るが、予想と違ってダニエルは強張った表情をしていて、公園で出会った時と同じような辛さを押し込めた雰囲気を感じた。
エミリアは不安になり、思わずダニエルの名を呼んだ。

「ダニー様?どうしたんですか?」

呼びかけられて意を決したのか、ダニエルがエミリアの目を見て告げた。

「しばらく王都を離れることになった。」

ダニエルの言葉に力が抜けて、エミリアは首を傾げる。

ん?
今までも遠征とかでよく離れてたよね?
なんで今回はそんなにシリアスなの?

「えーと、また遠征ですか?あ、もしかして極秘の長期のお仕事とか?」

騎士団の副団長ともなると、エミリアに話せない秘密の仕事もあるだろう。
エミリアが勝手に納得しかけていると、ダニエルが首を振った。

「いや、バーシャルでの任務だ。期間は三年。」

ダニエルの言葉に、エミリアの動きが止まる。
動揺で、理解するのに時間がかかった。

バーシャル?
確か国の北部にあって、以前隣国が攻めてきた町だよね?
ダニー様のお父さんがダニー様を庇って怪我をした時の戦いの場所。
嫌な予感がする。
しかも三年って、そんなに長く?

エミリアは突然告げられた話にショックを隠せなかった。
思っていた以上に期間が長い上、素人でもわかる危険な土地だったからだ。

「たまには戻れるんですよね?危険はないのですよね?」

思わず俯き、小さな声で縋るように訊いた。
手のひらをギュッと握りしめていないと、声が震えてしまいそうだった。

「エミィに会う為にいつでも戻ってくるし、安全に決まっているだろう?」

明るくそう言われるのを待っていたが、ダニエルは俯くと静かに答えた。

「任務の間は、戻れることはない。何事もなければいいが。」

エミリアは期待が裏切られ、涙が溢れそうだった。
思えば五歳の時から、ダニエルがそんなに長くエミリアの側を離れたことは無かった。
一気に心細さに襲われる。

ダニエルは、今のこの国の状況について説明をしてくれた。
どうやら、隣国に再び怪しい動きがあるらしい。
国境に一番近いことから、どうしてもバーシャルの町が狙われることになる為、騎士団の兵を多めに常駐させることに決まったらしい。

「こちらから攻めることはないが、攻め込まれたら戦うことになる。でも三年向こうで頑張れば、戻って来た時には団長になることが決まっている。親父と同じ役職だ。ほら、エミィ、笑ってくれ。」

力無くダニエルが微笑みかけるが、エミリアは笑えなかった。

ダニー様が戦闘に巻き込まれてしまうかも。
騎士団なんだから仕方ないことだけど、三年も会えないなんて。
『団長なんてならなくていいから、行かないで欲しい』なんて言えっこないよね。

こんなことではダニエルに心配をかけると思い、エミリアはお腹に力をこめると、一生懸命笑顔を作り、口を開いた。

「おめでとうございます!婚約者が団長になるかもしれないなんて、鼻が高いです。私の三年間の成長を見届けられないなんて、ダニー様もついてないですね!」

明るく言ったつもりだったが、涙がこぼれていた。
ダニエルが困った顔で腕を開くと、エミリアを呼んだ。

「エミィ、おいで。」

いつもならなんだかんだ恥ずかしがって、素直に飛び込めないのだが、今日は大人しくダニエルの腕におさまり、左膝に座る。

「エミィ、泣かせたくはなかったが、ごめん、ちょっと嬉しい。」

笑いながら言うので、エミリアはポカっと胸を叩いて抗議する。

「ビックリしただけです。ダニー様がいない間に、私がボンキュッボンの高嶺の花になってても知りませんから。」

可愛くないことを言いながらも、エミリアはダニエルにしがみついて離れない。

「それが心配なんだよなー。ルシアンはこっちにいるから見張らせるとして。でもやっぱりこれしかないか?」

ブツブツ言っていたダニエルが、エミリアを少し引き離して顔を覗き込んできた。

「エミィ、結婚するか?」

一瞬、頷きそうになったが思いとどまる。

「イヤです!新妻を三年も放っておく人なんて、お断りです!」

プロポーズされて、かえって気持ちが落ち着いたエミリアは、思いっきり断った。
いつもの調子が戻ってきたらしい。

「あははは!それでこそいつものエミィだな。俺も今すぐ結婚したいが、絶対エミィと離れられなくなるに決まってるからな。三年お預けか。」

フウッと息を吐いたダニエルは、エミリアの耳元に唇を寄せると言った。

「三年後、任務が終わったらエミィを全部俺のものにする。覚悟しとけよ?」

直接耳に吹き込まれた色っぽい声に、エミリアはすぐに真っ赤になり、ダニエルはついでとばかりにエミリアの頬にキスを落としたのだった。















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