上 下
5 / 25

真実と大切な者。

しおりを挟む

『私は大切な者を守った。お前も大切な者を守れ。』

ダニエルは黙ったままだったが、その瞳は潤み、刻まれた言葉の意味を噛み締めているようだった。
エミリアは、彼のハンカチの上に自分が座っていることを思い出し、慌ててポケットを探る。

あ、あった!

って!!
なんでこんなレースのヒラヒラハンカチなの!?
これじゃ涙拭けなくない?

しかし、手持ちはそれしかない。
諦めてレースのハンカチをダニエルに差し出した。

「じつようてきじゃありませんが、よかったらこれをつかってください。」

ダニエルは繁々とハンカチを見ていたが、そっと受け取ると、目を拭った。

「悪いな。」

「いえ、だにえるさまのはんかちは、わたしのおしりのしたですから。」

涙を拭いたダニエルは晴れ晴れとした顔で、愉快そうに笑う。

「実用的じゃないとか、お尻の下とか、ほんと面白い話し方をするよな。どこで教わったんだ?」

前世で。
などと言えるはずもなく、エミリアは話題を変えた。

「だにえるさま、よかったですね。おとうさん、だにえるさまのことうらんでなんてなかったんです。まもれたこと、よろこんでいました。」

笑顔で見つめると、ダニエルも柔らかく微笑み返してくれた。
安心したようなあどけない笑みが、苦しみから解放されたことを物語っていた。

「ありがとうな。俺、ずっと勘違いしたまま生きるところだった。俺のせいなのは変わらないが、心が軽くなったよ。」

自分で変えた話題なのに、お礼が気恥ずかしく、短剣を返しながらついお節介が口をつく。

「だにえるさまはまだわかいのですから、これからだにえるさまのたいせつなひとを、まもってあげてください。」

「ははっ、俺よりずっと若い子供に言われちゃ、世話がないな。」

明るく笑うと、ダニエルは短剣を大切そうに胸元にしまった。

「だにえるさまは、おいくつなのですか?」

「ん?俺か?十八だ。」

あら、本当に若かったのね。
まあ、私なんて五歳だけど。

「では、じゅうさんさいさですね。」

エミリアが簡単な引き算をしてみせると、大袈裟に驚かれてしまった。

「計算も出来るのか!全く、なんて子供だ。」

頭を撫でられてしまう。
その時、遠くでエミリアを呼ぶ声が聞こえた。

マズイ!
すぐ戻るつもりでフラフラ出てきたけど、結構時間が経ってる気がする!

エミリアは急いでベンチから立ち上がると、お尻で踏んでいたハンカチを畳んでポケットにしまう。

「だにえるさま、かぞくがよんでいるのでかえります。はんかちはあらってかえすので、おかりします。」

ダニエルもつられて立ち上がると、自分の手を見た。

「俺もこのハンカチ、借りるな。一人で大丈夫か?」

すでに歩き出していたエミリアだったが、振り返って一つ頷く。

「ありがとうございます。だいじょうぶです。では・・」

「あ、君の名前は?教えてもらえるか?」

そうだった!
教えてもらったのに、私の名前は言ってなかったっけ。

エミリアはダニエルの方を向くと、教わったカーテシーをしながら、今更ながらの自己紹介をした。

「えみりあ・ばーとんともうします。ほんじつはおはなしできてたのしかったです。またおあいしましょう。」

五歳だし、こんなものでいいかな?

挨拶を終えると、いよいよエミリアを呼ぶ声が近付いてきた。

「またな!」

公園の出口へと駆け出したエミリアに、ダニエルの声が届き、少し振り返って手を振ると、一目散に通りへと向かう。

またお会いしましょうなんて、社交辞令のつもりだったんだけど。
ハンカチは人づてに返すことになるだろうし。
また会えることなんてあるのかな?

公園に一人残されたダニエルは、走り去るエミリアを見守りながら呟いていた。

「『お前の大切な者を守れ』か。」

その言葉に気付いた者はいなかった。



しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に転生したので、推しキャラの婚約者の立場を思う存分楽しみます

下菊みこと
恋愛
タイトルまんま。 悪役令嬢に転生した女の子が推しキャラに猛烈にアタックするけど聖女候補であるヒロインが出てきて余計なことをしてくれるお話。 悪役令嬢は諦めも早かった。 ちらっとヒロインへのざまぁがありますが、そんなにそこに触れない。 ご都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

貴方もヒロインのところに行くのね? [完]

風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは アカデミーに入学すると生活が一変し てしまった 友人となったサブリナはマデリーンと 仲良くなった男性を次々と奪っていき そしてマデリーンに愛を告白した バーレンまでもがサブリナと一緒に居た マデリーンは過去に決別して 隣国へと旅立ち新しい生活を送る。 そして帰国したマデリーンは 目を引く美しい蝶になっていた

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。

松ノ木るな
恋愛
 純真無垢な心の侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気と見なして疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。  伴侶と寄り添う心穏やかな人生を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。  あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。  どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。  たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

処理中です...