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真実と大切な者。
しおりを挟む『私は大切な者を守った。お前も大切な者を守れ。』
ダニエルは黙ったままだったが、その瞳は潤み、刻まれた言葉の意味を噛み締めているようだった。
エミリアは、彼のハンカチの上に自分が座っていることを思い出し、慌ててポケットを探る。
あ、あった!
って!!
なんでこんなレースのヒラヒラハンカチなの!?
これじゃ涙拭けなくない?
しかし、手持ちはそれしかない。
諦めてレースのハンカチをダニエルに差し出した。
「じつようてきじゃありませんが、よかったらこれをつかってください。」
ダニエルは繁々とハンカチを見ていたが、そっと受け取ると、目を拭った。
「悪いな。」
「いえ、だにえるさまのはんかちは、わたしのおしりのしたですから。」
涙を拭いたダニエルは晴れ晴れとした顔で、愉快そうに笑う。
「実用的じゃないとか、お尻の下とか、ほんと面白い話し方をするよな。どこで教わったんだ?」
前世で。
などと言えるはずもなく、エミリアは話題を変えた。
「だにえるさま、よかったですね。おとうさん、だにえるさまのことうらんでなんてなかったんです。まもれたこと、よろこんでいました。」
笑顔で見つめると、ダニエルも柔らかく微笑み返してくれた。
安心したようなあどけない笑みが、苦しみから解放されたことを物語っていた。
「ありがとうな。俺、ずっと勘違いしたまま生きるところだった。俺のせいなのは変わらないが、心が軽くなったよ。」
自分で変えた話題なのに、お礼が気恥ずかしく、短剣を返しながらついお節介が口をつく。
「だにえるさまはまだわかいのですから、これからだにえるさまのたいせつなひとを、まもってあげてください。」
「ははっ、俺よりずっと若い子供に言われちゃ、世話がないな。」
明るく笑うと、ダニエルは短剣を大切そうに胸元にしまった。
「だにえるさまは、おいくつなのですか?」
「ん?俺か?十八だ。」
あら、本当に若かったのね。
まあ、私なんて五歳だけど。
「では、じゅうさんさいさですね。」
エミリアが簡単な引き算をしてみせると、大袈裟に驚かれてしまった。
「計算も出来るのか!全く、なんて子供だ。」
頭を撫でられてしまう。
その時、遠くでエミリアを呼ぶ声が聞こえた。
マズイ!
すぐ戻るつもりでフラフラ出てきたけど、結構時間が経ってる気がする!
エミリアは急いでベンチから立ち上がると、お尻で踏んでいたハンカチを畳んでポケットにしまう。
「だにえるさま、かぞくがよんでいるのでかえります。はんかちはあらってかえすので、おかりします。」
ダニエルもつられて立ち上がると、自分の手を見た。
「俺もこのハンカチ、借りるな。一人で大丈夫か?」
すでに歩き出していたエミリアだったが、振り返って一つ頷く。
「ありがとうございます。だいじょうぶです。では・・」
「あ、君の名前は?教えてもらえるか?」
そうだった!
教えてもらったのに、私の名前は言ってなかったっけ。
エミリアはダニエルの方を向くと、教わったカーテシーをしながら、今更ながらの自己紹介をした。
「えみりあ・ばーとんともうします。ほんじつはおはなしできてたのしかったです。またおあいしましょう。」
五歳だし、こんなものでいいかな?
挨拶を終えると、いよいよエミリアを呼ぶ声が近付いてきた。
「またな!」
公園の出口へと駆け出したエミリアに、ダニエルの声が届き、少し振り返って手を振ると、一目散に通りへと向かう。
またお会いしましょうなんて、社交辞令のつもりだったんだけど。
ハンカチは人づてに返すことになるだろうし。
また会えることなんてあるのかな?
公園に一人残されたダニエルは、走り去るエミリアを見守りながら呟いていた。
「『お前の大切な者を守れ』か。」
その言葉に気付いた者はいなかった。
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