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ミラクルベイビーの誕生。

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その日、バートン伯爵家は朝から大騒ぎであった。
夫人が予定より早く、急に産気づいたのである。
しかし幸いなことに、午前中に出産は無事に終わり、母子共々健やかな姿を見せた。
産まれた子は女の子で、すぐさまエミリアと名付けられ、お産が軽かったことを喜んだ夫妻から、声をかけられていた。

「エミリア、よく生まれてきたね。静かで、生まれたてなのに風格すら感じるよ。」

「早く出てきてくれてありがとう、エミリアちゃん。お兄ちゃんの時は大変だったもの。」

まるで話が通じているかのように、ドヤ顔で口角を上げてみせる赤ん坊に、伯爵夫妻は笑い合ったのだった。



エミリアは転生者であった。
生まれた瞬間から、前世の日本の記憶を持っていたのである。
だからと言って、残念ながら赤ん坊の自分に出来ることなどありはしない。
遺憾ではあるが、なるべく迷惑をかけないで育つことを心に誓った。
伊達に前世でアラサーまで生きた訳ではなく、何事も自分でこなすことに慣れきっていたのである。

嬉しそうに話しかける両親に、目がまだ見えない中、微笑もうと奮闘してみる。

うん、こちらこそ産んでくれてありがとう。
しばらくはお手数かけますが、出来るだけ一人で頑張るので、どうぞよろしく。

そんな気持ちを込めて、今世での両親に精一杯のアピールをしてみる。
うまく通じたのか、笑い声が聞こえ、安心した。

新しいお父さんとお母さんが、いい人みたいで良かった。
それにしても、このお宅は上流家庭なのかな?

状況はまだわからないし、前世の自分がいつ亡くなったのかも記憶にないが、とにかく今はただ眠かった。
エミリアは赤ん坊らしく、暫くは大人しく寝て過ごすことにした。


生まれて数ヶ月が経ち、エミリアも徐々にこの世界のことを理解してきた。

ふむ、うちは四人家族なのね。
三つ上のお兄ちゃんがいて、私は長女か。
さすが、伯爵家!
使用人がたくさん雇われているけど、お姫様扱いされるのにはまだ慣れないわー。

乳母やメイド達にひっきりなしに構われ、家族も頻繁に会いに来てくれる。
エミリアがニコニコと笑い、大人の余裕でいつでも機嫌良く接していたら、なんて手のかからない可愛い赤ちゃんなのだと、益々愛されるようになった。

ある日、エミリアの母が夜会に復帰するらしく、メイド達が忙しなく準備をしていた。
その内の一人が冗談で、エミリアに質問してきた。

「エミリアお嬢様、奥様の今夜のドレス、どちらが良いですか?」

「ふふふ、お嬢様にそんなことを聞いて。まだ難しいに決まっているじゃない。」

メイドが笑う中、エミリアが顔を向けると、二着のドレスが並んでいた。

うわ、綺麗なドレス!
え?私に選ばせてくれるの?
私、これでも前世はアパレルの仕事してたんだからね。
お母さんには、絶対に右のモスグリーンの方が似合うと思うな。

「きゃ、ちゃっちゃ。」

うまく喋れないが、一生懸命モスグリーンのドレスを指差す。

「まあ、こちらですか?」

コクコクと小さく頷くと、目を丸くしながら更に問いかけてきた。

「では、髪飾りはどっちにします?」

「ちゃーちゃ。」

今度は反対の指で示す。
段々面白がってきた他のメイドが、靴やアクセサリーなども、いちいちエミリアの前に差し出し始めた。

「んな、なっ」

両方気に入らないので首を横に振ると、また違うものを見せてくれる。

こうして、もうすぐコーディネート一式が出来上がるという時、母が現れた。

「なんだか楽しそうね。あら、斬新な組み合わせだけど、誰が選んだのかしら?」

「エミリア様です!お嬢様が全てお選びに!」

まさかそんな、と信じられない様子の夫人に、最後のネックレスをエミリアに見せるメイド。

「お嬢様、これで最後です。ネックレスはどちらがいいと思いますか?」

「ちゃ。」

右手を上げて、小さい宝石の付いたネックレスを選ぶ。
そのネックレスをトルソーに飾ると、その場の皆がため息を漏らした。

「こんな合わせ方、見たことありませんが、とても素敵です。」

「全体で見るととてもバランスが良いですね。」

エミリアの母がドレスを撫で、エミリアの方を見ると、感嘆の声をあげた。

「素晴らしいわ、エミリアちゃん!夜会はこれに決めたわ。天性のセンスがあるのね!!」

鼻歌混じりにモスグリーンのドレスで出かけた母は、ご機嫌な様子で帰ってきたらしい。
エミリアは寝ていて気付かなかったが、寝顔にキスをしながら興奮気味に語っていたそうだ。

「エミリアちゃん、このドレス姿、皆様にとっても褒められたのよ?王妃様にも話しかけていただいて。全部、あなたのおかげよ!」

その後も夜会のたびにエミリアは意見を訊かれ、母はいつの間にかファッションリーダーと呼ばれる存在になっていた。

しかし、0歳児のエミリアによる快進撃は、まだ序章に過ぎなかったのである。









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