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カップル誕生
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令嬢の部、第一レースが始まる。
先頭集団に並ぶグレースが視界に入り、何となしに見ていると……。
淑やかな笑顔を浮かべつつも、ドレスの中で足首を回して準備運動をしているのに気付いてしまった。
グレース、本気だわ……。
あ、さっきまでと靴が違うじゃないの!
いつの間に履き替えてたのよ?
ヒールが低くなっているみたいだけれど、どれだけこの勝負に賭けてるんだか。
グレースのロイバーへの執着……いや、恋慕はここまで育っていたのかと驚かされてしまう。
そして、いっそ清々しいほどののめり込みっぷりに、自然と応援したい気持ちが湧き上がってきた。
『グレース、頑張って!!』
心の中で祈ると同時に、「よーいドン」とスタートの合図が聞こえた。
一斉に飛び出す五名の令嬢たち。
「シャロン、しっかりな!」
「レジーナお姉様、わたくしたちがついておりますわ!」
参加者の家族による声援が飛び交う中、最初にカードへ辿り着いたのはグレースだった。
やはり靴を変えたのは効果覿面だったようだ。
「うーん……これにするわ!」
一瞬悩んだ素振りを見せてから、一枚を選んだグレース。
カードをひっくり返して……固まってしまった。
あら?
グレースが動かない。
何が書かれているというの?
そのままぎこちない様子でロイバーに近付いたグレースは、カードを見せながら何かを話しかけたが、見る見るうちに項垂れてしまった。
ロイバーは申し訳なさそうに何かを告げている。
あちゃー。
あの様子じゃロイバー様は駄目だったみたいね。
「グレース嬢のカードは、『バイオリンが上手な人』~」
近くにいた若い令息がグレースのカード内容を叫んで教えてくれた。
見れば、他の四名の令嬢の近くにも令息たちが陣取っていて、自主的に会場に伝わるように「お題」を読み上げてくれている。
おお~、率先して放送委員になってくれるとは。
令息にしてみれば、手伝うことでいいところを令嬢に見せて、恋に発展させようとしているのだろうけれど、周りに伝えてくれるのはグッジョブよ!!
っと、グレースに動きがあったみたいね。
ロイバーに断られたらしいグレースが、緊張した面持ちで他の場所に向かっている。
確かにロイバーがバイオリンを弾くとは聞いたことがなかった為、これは仕方がないだろう。
グレース、可哀想に。
ロイバー様も、弾けるって言ってしまえばいいのに、融通が効かないんだから。
まあ、真面目で嘘が付けないところが彼のいいところよね。
移動するグレースをそのまま目で追っていると、今度は宰相に話しかけているのが聞こえてきた。
気難しい顔付きの宰相は、ロイバーの父でもある。
「宰相様、突然ご迷惑だとは思いますが、私と一緒に来てくださいませんか?」
「ん? 私がか?」
「はい。ロイバー様が、宰相様はバイオリンがご趣味だと教えてくださいましたの」
「息子が? ……いいだろう。さあ、手をこちらに」
「ありがとうございます!」
しかめていた表情を和らげると、宰相がエスコートをするように腕を差し出す。
グレースは喜んで腕を絡め、二人は急ぎ足でゴールに向かった。
普段とは違う柔らかな雰囲気の宰相に、会場ではどよめきが起こっていたが、その後、更に大きな歓声に包まれることになる。
「お疲れ様でございました。カードをこちらに」
「『バイオリンが上手な人』と書かれていたので、宰相様に同行をお願いしましたわ」
「そうでしたか。では宰相様、証明の為にこちらのバイオリンを弾いてくださいます?」
「「は?」」
ゴール地点のヴァレリー公爵夫人が、動揺する宰相ににっこりと笑ってバイオリンを手渡そうとする。
「あ、あの、証明がいるなんて私は聞いておりませんわ」
「うふふ、それはね……」
グレースの訴えを夫人が笑顔で躱し、ちらっとアレクシスを見た。
その視線に軽く口角を上げたアレクシスが、よく通る声で話し出す。
「そうだ! 言い忘れていたが、この部からは『お題』と借りた物が合致しているかの証明が必要となる。借りられた人間は、能力なり特技を披露してもらうことになるわけだがーー宰相、バイオリンの演奏を楽しみにしていますよ」
うわぁ、言い忘れていたなんてしらじらしい……。
騙し討ちじゃないの。
「まあ! 宰相のバイオリンなんて久々だわ。ねぇ、あなた」
「そうだな。あいつは出し惜しみするからな」
王妃と国王の言葉で、いよいよ逃れられなくなった宰相。
仕方なくバイオリンを受け取り、構えると、美しい旋律が流れ出した。
とても見事な腕前である。
宰相様、まさに『バイオリンが上手な人』にふさわしい方ね。
証明なんて大袈裟だと思ったけれど、素敵な演奏を聴くことが出来て得した気分だわ。
一曲弾き終わった宰相に、大きな拍手が送られる。
グレースが手のひらが腫れそうなほど盛大に叩いていて、それが少し不安ではあるが。
「無事、証明されました。一位のワインですわ」
「ありがとうございます。宰相様、良かったらこちらのワインを。とても素晴らしい演奏でしたわ」
「ははっ、ありがとう。このワインはうちの愚息と楽しむといい。あいつで良ければだが」
「宰相様……!」
感動したのか、グレースは潤んだ瞳で宰相を見上げると、立ち去る宰相の後ろ姿に頭を下げた。
グレース!
すっかり父親公認じゃないの。
やったわね!
小さくピースサインを送ると、グレースも真似して返してくれる。
ロイバーもアレクシスに肩を叩かれ、恥ずかしそうに眼鏡を直していた。
いきなりのカップル誕生に、『くっ付けおばさん』の二人の夫人は手を取り合って喜んでいた。
先頭集団に並ぶグレースが視界に入り、何となしに見ていると……。
淑やかな笑顔を浮かべつつも、ドレスの中で足首を回して準備運動をしているのに気付いてしまった。
グレース、本気だわ……。
あ、さっきまでと靴が違うじゃないの!
いつの間に履き替えてたのよ?
ヒールが低くなっているみたいだけれど、どれだけこの勝負に賭けてるんだか。
グレースのロイバーへの執着……いや、恋慕はここまで育っていたのかと驚かされてしまう。
そして、いっそ清々しいほどののめり込みっぷりに、自然と応援したい気持ちが湧き上がってきた。
『グレース、頑張って!!』
心の中で祈ると同時に、「よーいドン」とスタートの合図が聞こえた。
一斉に飛び出す五名の令嬢たち。
「シャロン、しっかりな!」
「レジーナお姉様、わたくしたちがついておりますわ!」
参加者の家族による声援が飛び交う中、最初にカードへ辿り着いたのはグレースだった。
やはり靴を変えたのは効果覿面だったようだ。
「うーん……これにするわ!」
一瞬悩んだ素振りを見せてから、一枚を選んだグレース。
カードをひっくり返して……固まってしまった。
あら?
グレースが動かない。
何が書かれているというの?
そのままぎこちない様子でロイバーに近付いたグレースは、カードを見せながら何かを話しかけたが、見る見るうちに項垂れてしまった。
ロイバーは申し訳なさそうに何かを告げている。
あちゃー。
あの様子じゃロイバー様は駄目だったみたいね。
「グレース嬢のカードは、『バイオリンが上手な人』~」
近くにいた若い令息がグレースのカード内容を叫んで教えてくれた。
見れば、他の四名の令嬢の近くにも令息たちが陣取っていて、自主的に会場に伝わるように「お題」を読み上げてくれている。
おお~、率先して放送委員になってくれるとは。
令息にしてみれば、手伝うことでいいところを令嬢に見せて、恋に発展させようとしているのだろうけれど、周りに伝えてくれるのはグッジョブよ!!
っと、グレースに動きがあったみたいね。
ロイバーに断られたらしいグレースが、緊張した面持ちで他の場所に向かっている。
確かにロイバーがバイオリンを弾くとは聞いたことがなかった為、これは仕方がないだろう。
グレース、可哀想に。
ロイバー様も、弾けるって言ってしまえばいいのに、融通が効かないんだから。
まあ、真面目で嘘が付けないところが彼のいいところよね。
移動するグレースをそのまま目で追っていると、今度は宰相に話しかけているのが聞こえてきた。
気難しい顔付きの宰相は、ロイバーの父でもある。
「宰相様、突然ご迷惑だとは思いますが、私と一緒に来てくださいませんか?」
「ん? 私がか?」
「はい。ロイバー様が、宰相様はバイオリンがご趣味だと教えてくださいましたの」
「息子が? ……いいだろう。さあ、手をこちらに」
「ありがとうございます!」
しかめていた表情を和らげると、宰相がエスコートをするように腕を差し出す。
グレースは喜んで腕を絡め、二人は急ぎ足でゴールに向かった。
普段とは違う柔らかな雰囲気の宰相に、会場ではどよめきが起こっていたが、その後、更に大きな歓声に包まれることになる。
「お疲れ様でございました。カードをこちらに」
「『バイオリンが上手な人』と書かれていたので、宰相様に同行をお願いしましたわ」
「そうでしたか。では宰相様、証明の為にこちらのバイオリンを弾いてくださいます?」
「「は?」」
ゴール地点のヴァレリー公爵夫人が、動揺する宰相ににっこりと笑ってバイオリンを手渡そうとする。
「あ、あの、証明がいるなんて私は聞いておりませんわ」
「うふふ、それはね……」
グレースの訴えを夫人が笑顔で躱し、ちらっとアレクシスを見た。
その視線に軽く口角を上げたアレクシスが、よく通る声で話し出す。
「そうだ! 言い忘れていたが、この部からは『お題』と借りた物が合致しているかの証明が必要となる。借りられた人間は、能力なり特技を披露してもらうことになるわけだがーー宰相、バイオリンの演奏を楽しみにしていますよ」
うわぁ、言い忘れていたなんてしらじらしい……。
騙し討ちじゃないの。
「まあ! 宰相のバイオリンなんて久々だわ。ねぇ、あなた」
「そうだな。あいつは出し惜しみするからな」
王妃と国王の言葉で、いよいよ逃れられなくなった宰相。
仕方なくバイオリンを受け取り、構えると、美しい旋律が流れ出した。
とても見事な腕前である。
宰相様、まさに『バイオリンが上手な人』にふさわしい方ね。
証明なんて大袈裟だと思ったけれど、素敵な演奏を聴くことが出来て得した気分だわ。
一曲弾き終わった宰相に、大きな拍手が送られる。
グレースが手のひらが腫れそうなほど盛大に叩いていて、それが少し不安ではあるが。
「無事、証明されました。一位のワインですわ」
「ありがとうございます。宰相様、良かったらこちらのワインを。とても素晴らしい演奏でしたわ」
「ははっ、ありがとう。このワインはうちの愚息と楽しむといい。あいつで良ければだが」
「宰相様……!」
感動したのか、グレースは潤んだ瞳で宰相を見上げると、立ち去る宰相の後ろ姿に頭を下げた。
グレース!
すっかり父親公認じゃないの。
やったわね!
小さくピースサインを送ると、グレースも真似して返してくれる。
ロイバーもアレクシスに肩を叩かれ、恥ずかしそうに眼鏡を直していた。
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