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理想の夫婦
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一般男性の部が始まる。
一般男性――それは、日頃からこの国の政治や経済に携わるような、権力を持つ男性陣を指しているわけで……。
レースに参加をしようと移動する集団の中に、いわゆる「お偉いさん」がゴロゴロと混ざっているのを目にして、実行委員にも自然と緊張が走った。
この部は私とアレクシスが司会進行役で、ヴァレリー夫人とグレースが整列係を任されているのだが、いつの間にか自主的に仕事を手伝い出したボランティアのおかげで、委員の人手不足が解消されたのは喜ばしい。
私たちの側にも数名がスタンバってくれている。
ありがたや。
さて、スタート地点の支度は整ったかな?
貴族の男って何気に扱いが面倒だし、見栄っ張りが多いから……。
怖いもの見たさもあって並んでいる列の方へ目をやると――まさに思っていた通りだった。
すでに彼らの戦いは始まっているらしい。
「す、すごい気合の入りようね……」
「ははっ。そうだな。男のプライドと、ワインへの執着といったところかな」
なんてことないようにアレクシスは笑っているが、とても笑える様子ではなかった。
国王の手前、余裕のある態度で大人しく列に並んではいるものの、その目はギラギラと光り、何としても勝負を制してやろうという圧を感じる。
そんな中では爵位の低い者が委縮してしまうのではと思ったら、借りる物や人によっては人脈を作るチャンスだと考えたのか、殊の外メラメラと闘志を燃やしているようで、熱気はどんどん高まるばかりだ。
正直、怖い。
調整した結果、この部は八レースが行われることになった。
しかも、回によっては七名ずつという大人数の争いに、始まったレースは初戦から熾烈なものとなっていた。
なにしろ、カードの内容が「国王の肖像画」や、「騎士団長の剣」などという、大掛かりで調達するのが厄介なものまでしれっと含まれているのだ。
難易度が高過ぎである。
あらら、肖像画を取りに謁見室まで走って行ってしまったわ。
剣を持った騎士団長は、今どの辺を見回っているのかしらね?
この城、かなり広いのに。
てんやわんやな会場の中、カードを作成した夫人たちはそれはそれは愉し気に微笑をたたえている。
一般女性の部の時に感じたよりも、さらに内容がハードになっているのは確実だ。
男性に対する恨みでもあるのかと疑いたくなったが、会場の女性陣も喜んでいるところを見ると、大人の世界には色々あるのだと思わされる。
「なんだか、男女の仲って複雑なのね。あの夫人なんて、旦那様が一生懸命探しているものを、テーブルの陰にわざとこっそり隠しているのよ? ゲームは盛り上がって面白いけれど」
「普段の行いのせいではないか? 協力的な夫婦だってたくさんいるだろう」
「それはそうかもしれないけれど」
そうこうしている間にも、目の前の侯爵も「『マダムローゼ』のドレスを着ている者はいるか?」と声を張り上げ、妻に「ここにおりますが? あなた、本当にわたくしに興味が無いのね!」などと怒られている。
あら、ここでも揉め始めちゃったわ。
なんだか段々男性と女性のバトルに発展しているような。
こんな雰囲気でこの後の夜会は大丈夫なのかしら?
しかし、そんな空気は次のレースであっさり消え去った。
『仲睦まじい夫婦』のカードを引いたとある子爵が、国王夫妻に同行を頼んだからだ。
「まあっ、私たちが『仲睦まじい』ですって!」
「当然だな」
再び借りられた二人が嬉しそうにゴールへ向かっていく。
会場の荒んだ空気は一転して温かいものへと変わっていた。
「やっぱりおじさまたちって素敵だわ。本当に仲が良くてお似合い……」
「セラも憧れる?」
無意識に呟いていた言葉にアレクシスが反応した。
「え? ああ、もちろん憧れるわ。私だって貴族だし、家の為に嫁ぐことは覚悟してる。旦那様を愛する努力だってしてみせるわ。でもやっぱり一方的に愛するのではなく、愛されてみたいと思ってしまうのよ。これってワガママだと思う?」
「いや、そんなことはないさ。ちなみに僕は妻となる人を思いっきり愛するつもりでいるけどね」
「あら! アレクの口からそんな情熱的な言葉を聞くとは思わなかったわ。あなたの奥さんになる人は幸せね」
「……そう思うか?」
「ええ、もちろん」
まさかアレクが結婚を具体的に考えていたとは驚いたわ。
まあ、お互いにいい歳だし当たり前なのかしら?
もし私が妻だったら、アレクを愛して大切にするのに。
……なんてね。
アレクに愛される人は幸せね。
セラフィーナが少ししんみりとしている間に、一般男性の部は終了していた。
なんだかやつれた人が一気に増えたのは、気のせいということにしておく。
さあ、次はいよいよ令嬢の部だ。
「セラ、頑張っておいで」
アレクシスに応援された私は、元気にガッツポーズをしてみせた。
一般男性――それは、日頃からこの国の政治や経済に携わるような、権力を持つ男性陣を指しているわけで……。
レースに参加をしようと移動する集団の中に、いわゆる「お偉いさん」がゴロゴロと混ざっているのを目にして、実行委員にも自然と緊張が走った。
この部は私とアレクシスが司会進行役で、ヴァレリー夫人とグレースが整列係を任されているのだが、いつの間にか自主的に仕事を手伝い出したボランティアのおかげで、委員の人手不足が解消されたのは喜ばしい。
私たちの側にも数名がスタンバってくれている。
ありがたや。
さて、スタート地点の支度は整ったかな?
貴族の男って何気に扱いが面倒だし、見栄っ張りが多いから……。
怖いもの見たさもあって並んでいる列の方へ目をやると――まさに思っていた通りだった。
すでに彼らの戦いは始まっているらしい。
「す、すごい気合の入りようね……」
「ははっ。そうだな。男のプライドと、ワインへの執着といったところかな」
なんてことないようにアレクシスは笑っているが、とても笑える様子ではなかった。
国王の手前、余裕のある態度で大人しく列に並んではいるものの、その目はギラギラと光り、何としても勝負を制してやろうという圧を感じる。
そんな中では爵位の低い者が委縮してしまうのではと思ったら、借りる物や人によっては人脈を作るチャンスだと考えたのか、殊の外メラメラと闘志を燃やしているようで、熱気はどんどん高まるばかりだ。
正直、怖い。
調整した結果、この部は八レースが行われることになった。
しかも、回によっては七名ずつという大人数の争いに、始まったレースは初戦から熾烈なものとなっていた。
なにしろ、カードの内容が「国王の肖像画」や、「騎士団長の剣」などという、大掛かりで調達するのが厄介なものまでしれっと含まれているのだ。
難易度が高過ぎである。
あらら、肖像画を取りに謁見室まで走って行ってしまったわ。
剣を持った騎士団長は、今どの辺を見回っているのかしらね?
この城、かなり広いのに。
てんやわんやな会場の中、カードを作成した夫人たちはそれはそれは愉し気に微笑をたたえている。
一般女性の部の時に感じたよりも、さらに内容がハードになっているのは確実だ。
男性に対する恨みでもあるのかと疑いたくなったが、会場の女性陣も喜んでいるところを見ると、大人の世界には色々あるのだと思わされる。
「なんだか、男女の仲って複雑なのね。あの夫人なんて、旦那様が一生懸命探しているものを、テーブルの陰にわざとこっそり隠しているのよ? ゲームは盛り上がって面白いけれど」
「普段の行いのせいではないか? 協力的な夫婦だってたくさんいるだろう」
「それはそうかもしれないけれど」
そうこうしている間にも、目の前の侯爵も「『マダムローゼ』のドレスを着ている者はいるか?」と声を張り上げ、妻に「ここにおりますが? あなた、本当にわたくしに興味が無いのね!」などと怒られている。
あら、ここでも揉め始めちゃったわ。
なんだか段々男性と女性のバトルに発展しているような。
こんな雰囲気でこの後の夜会は大丈夫なのかしら?
しかし、そんな空気は次のレースであっさり消え去った。
『仲睦まじい夫婦』のカードを引いたとある子爵が、国王夫妻に同行を頼んだからだ。
「まあっ、私たちが『仲睦まじい』ですって!」
「当然だな」
再び借りられた二人が嬉しそうにゴールへ向かっていく。
会場の荒んだ空気は一転して温かいものへと変わっていた。
「やっぱりおじさまたちって素敵だわ。本当に仲が良くてお似合い……」
「セラも憧れる?」
無意識に呟いていた言葉にアレクシスが反応した。
「え? ああ、もちろん憧れるわ。私だって貴族だし、家の為に嫁ぐことは覚悟してる。旦那様を愛する努力だってしてみせるわ。でもやっぱり一方的に愛するのではなく、愛されてみたいと思ってしまうのよ。これってワガママだと思う?」
「いや、そんなことはないさ。ちなみに僕は妻となる人を思いっきり愛するつもりでいるけどね」
「あら! アレクの口からそんな情熱的な言葉を聞くとは思わなかったわ。あなたの奥さんになる人は幸せね」
「……そう思うか?」
「ええ、もちろん」
まさかアレクが結婚を具体的に考えていたとは驚いたわ。
まあ、お互いにいい歳だし当たり前なのかしら?
もし私が妻だったら、アレクを愛して大切にするのに。
……なんてね。
アレクに愛される人は幸せね。
セラフィーナが少ししんみりとしている間に、一般男性の部は終了していた。
なんだかやつれた人が一気に増えたのは、気のせいということにしておく。
さあ、次はいよいよ令嬢の部だ。
「セラ、頑張っておいで」
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