上 下
2 / 16

老夫婦との出会い。

しおりを挟む
「待って待って!早まっちゃダメーっ!!」

駆け寄った春菜が力ずくで引っ張ると、欄干に持ち上げられていたお婆さんの体が、勢い良く春菜の上に落ちてきた。

うぐっ……。

異世界に飛ばされるわ、思いっきり潰されるわで、散々な出来事ばかりの春菜は泣きたい気分だ。
しかも、側に来て初めて気付いたが、お婆さんの体をお爺さんが持ち上げていたように見えた。

心中じゃなくて、お爺さんによる無理心中だったとか?
もっと怖くて、殺人だったらどうしよう。
うへぇ、後先考えずに助けに入っちゃったけど、失敗したかも!

潰されたまま色々悪い方に考えていた春菜だったが、急に重さが消え視線を上げると、老夫婦が丁寧に春菜に頭を下げていた。

「ごめんなさいね。巻き込んでしまって」

「すまんな。痛いところはないかい?」

あれ?
なんだかいい人っぽいぞ。

安心した春菜は、立ち上がると腕を回して元気だというアピールをした。

「全然大丈夫です。それより、そちらこそ大丈夫ですか?あ、もしかして、川に何か落としちゃったとか?」

もしかして探し物だったのかもしれないと、春菜は川を覗き込んだが、お爺さんが首を振った。

「いや、そうじゃないんだ。生きることに疲れてしまってね。二人で身を投げようかと思ったんだが、妻は足が悪くてね」

なるほどね、だから持ち上げてたのねー。

って!やっぱり心中じゃないの!!
そんなのダメでしょ!

「それは見過ごせませんよ!私には理由はわからないし、辛いことがあるんでしょうけど、死ぬ気だったら割と何でも出来るとか言うし、あ、私で良ければ話くらい聞けますし。なんなら暇なので、いくらでもお手伝いしますよ?」

どうせこの後の予定が全くない春菜である。
むしろ知り合いを作り、この世界について学ぶチャンスとばかりに、グイグイ自分を売り込んだ。

「親切な娘さんだが、ここいらの出じゃなさそうだね?」

「あなた、とりあえず家に帰りましょうよ。良かったら娘さんも一緒に。お茶くらいは出せますし、座ってお話をしましょう?」

春菜はお婆さんの勧めで、二人の家にお邪魔することになった。

ラッキー!!
お茶もご馳走になれるみたい。
歩きっぱなしで疲れてたから嬉しいな。

足の悪いお婆さんの為、春菜もお爺さんの逆側から支えると、スキップしたいのを堪えながら、ゆっくりと歩いた。

老夫婦の家は橋から比較的近い、町のはずれの路地にあった。
やはり白い壁で朱色の屋根だが、お店をやっているらしく、看板が出ている。

この看板のイラストはパン屋さんじゃない?
全体的に家も看板も薄汚れちゃって、あまり流行っている感じはしないけど。

扉が開くと、まず二人が入っていった。
なんとなく入り口でマゴマゴしていると、お婆さんが声をかけてくれた。

「さぁ、どうぞ。お入りになって。何もないところだけど」

春菜が遠慮がちに足を踏み入れると、中も確かにパン屋のような作りになっている。
しかし、商品は無く、売り場の半分は使われていないのか、布がかかっていた。

「パン屋さんなんですか?」

お店を通り、住宅スペースに案内されながら春菜が尋ねる。
キッチンには四人用のダイニングテーブルがあり、椅子に座るよう促された。
お茶を淹れるのを手伝おうと思ったが、こちらの世界のやり方がわからないので、とりあえず甘えることにする。

「そうなんだ。もう50年以上パン屋を開いていたが、もう潮時かと思ってね」

話を訊くと、年をとって作業が大変な上、お婆さんが骨折し、もう治っているのだが、それからずっと足の調子が悪いのだそうだ。
お客さんも減ったし、昔のようにパン作りに情熱を持てなくなり、だったらいっそのこと二人で死んでしまおうと思ったらしい。

「いやいや、それは早まった考え方じゃないですか?悲しむ方もいらっしゃると思いますし。あ、いただきます」

紅茶とラスクのようなお菓子を目の前に並べられた春菜は、早速いただくことにした。

サクッ

お菓子を口に入れて、春菜は思わず二度見した。
あまりにも美味しかったのである。

「うっわ、なにこれ。すっごく美味しい!!今まで食べたラスクの中で一番美味しい!」

見た目はとても地味な茶色い塊で、お砂糖がまぶしてあるだけみたいに見えるが、香ばしくて歯応えが絶妙だった。

「ラスク?売れ残ったパンで作ったんだ。娘さん、もしかしてパンやお菓子に詳しいのかい?まさかと思うが、ニホンから来たのかい?」

日本!!
どうしてその言葉を!?

「お爺さん、日本を知ってるんですか!?」

思わず椅子から立ち上がり、詰め寄る春菜に、老夫婦は目を丸くしていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

番(つがい)と言われても愛せない

黒姫
恋愛
竜人族のつがい召喚で異世界に転移させられた2人の少女達の運命は?

前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!

お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。 ……。 …………。 「レオくぅーん!いま会いに行きます!」

おいしいご飯をいただいたので~虐げられて育ったわたしですが魔法使いの番に選ばれ大切にされています~

通木遼平
恋愛
 この国には魔法使いと呼ばれる種族がいる。この世界にある魔力を糧に生きる彼らは魔力と魔法以外には基本的に無関心だが、特別な魔力を持つ人間が傍にいるとより強い力を得ることができるため、特に相性のいい相手を番として迎え共に暮らしていた。  家族から虐げられて育ったシルファはそんな魔法使いの番に選ばれたことで魔法使いルガディアークと穏やかでしあわせな日々を送っていた。ところがある日、二人の元に魔法使いと番の交流を目的とした夜会の招待状が届き……。 ※他のサイトにも掲載しています

美人すぎる姉ばかりの姉妹のモブ末っ子ですが、イケメン公爵令息は、私がお気に入りのようで。

天災
恋愛
 美人な姉ばかりの姉妹の末っ子である私、イラノは、モブな性格である。  とある日、公爵令息の誕生日パーティーにて、私はとある事件に遭う!?

王女殿下の秘密の恋人である騎士と結婚することになりました

鳴哉
恋愛
王女殿下の侍女と 王女殿下の騎士  の話 短いので、サクッと読んでもらえると思います。 読みやすいように、3話に分けました。 毎日1回、予約投稿します。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

女性が少ない世界へ異世界転生してしまった件

りん
恋愛
水野理沙15歳は鬱だった。何で生きているのかわからないし、将来なりたいものもない。親は馬鹿で話が通じない。生きても意味がないと思い自殺してしまった。でも、死んだと思ったら異世界に転生していてなんとそこは男女500:1の200年後の未来に転生してしまった。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

処理中です...