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騎士の正体は

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「……というわけで、彼には両親公認の可愛い本命ちゃんがいたんですよ。私なんて、二番目でもない三番目! それに気付いたら、もう何もかも嫌になってしまって。思わずブローチを『ヤーッ』って投げて逃げちゃったんです。笑っちゃうでしょう?」

正確には「とりゃ~」という令嬢らしからぬ声を上げてぶん投げたのだが、まあそこはいいだろう。
改めて話すと、二ヶ月もの間アンディに騙されて、彼を穏やかで真面目な男だと信じていた自分の馬鹿さ加減に笑いが込み上げてしまう。
話すことで更に吹っ切れたリリーシュは、清々しい笑顔で騎士を仰ぎ見た。
話のくだらなさに、さぞかし呆れているだろうと思っていたが――なんだか彼はとっても怖い顔をしている。
苛立ちを抑え付けるように唇をきつく結び、元から凛々しい切れ長の瞳は、人を射殺さんばかりに細められ、憎悪の感情がありありと浮かんで見える。

あれ?
なんで騎士様が怒っているの?
ここは「男を見る目がねーなぁ」って笑い飛ばしてくれるところよね?
あ、空気が読めないって言ってたから仕方ないか。

「あのー、笑ってくれていいんですよ?」
「は? どこに笑う要素があったんだ? 君はもっとその男に対して怒るべきだ。俺は今、猛烈に腹が立っている!」
「へ? あ、ありがとうございます……?」

まさか初対面の騎士が自分のことでここまで憤慨してくれるとも思っていなかったリリーシュは、正直嬉しさよりも戸惑いのほうが大きかった。
自分自身が少しもアンディに心残りがないのだから、尚更である。
しかし、憮然としていたはずの騎士は、ハッとした顔をすると、みるみるうちに元気がなくなっていく。

「君が取り乱した理由がわかったよ。俺は思っていた以上に余計なことをしたようだ。しかも、俺の仲間がすまない……」

さきほどまで怒りのオーラを纏っていたはずの騎士は、大きな体が一回り小さくなったかのようにシュンと肩を落としている。
同じ職業に就く仲間が、道理に反した行いをしたことに対するショックと、同じ騎士としてそれを謝罪したいという真摯な気持ちが伝わってきた。

おかしな話よね。
三股男アンディが謝るならともかく、なんで全然悪くもないこの人が謝っているのかしら?
私も踏んだり蹴ったりだったけど、彼のほうがもっと貧乏くじ引いてるわよね。

「いえ、あなたのせいではないので。むしろ罪悪感を抱かせてしまって、かえって申し訳ないというか。でも気持ちは嬉しかったです。ありがとうございます」

リリーシュが下から覗き込むようにしてお礼を言うと、「そうか」と騎士も少し口角を上げた。
安心したリリーシュは目的を思い出した。

「あ、そうだった! 私は三股かけられていたことが世間にバレることが一番まずいんです。早くストールを買いに行かないと!」
「ストール?」
「はい。少しでも変装して、印象を変えないといけないので」
「なるほど、髪型を変えていたのもそういうことか」
「私、こう見えて一応貴族の娘なので、変な噂が立つと困るのです。あ、遅くなりましたが、私はリリーシュ・オルレーンと申します」
「俺はファルク・エイヴィンだ。見ての通りの騎士だ」
「ファルク様……ん? え、ファルク様って、あのファルク様!?」
「ははっ、どのファルクか知らないが、多分そのファルクだろうな」

ファルク・エイヴァン。
それは名前を知らない者などこの国にはいないというくらい、武功を上げ続けている有名な騎士の名前だった。

遅い自己紹介をしてみたら、とんだ大物じゃないのよ!
なんでそんな立派な方が、たかが落とし物を届けたりしているのよ!?
ファルク様って、もっと厳つくて恐ろしい見た目だと思っていたし、まさかこんな若くて話しやすい人だとは思わないじゃない。

ファルクは確か将軍の地位にあるはずで、配下の兵士も精鋭揃いと聞く。
元は平民の出らしいが、その類まれなる戦いのセンスでこの地位まで昇りつめたことで、英雄と呼ばれているほどだ。
国王の信頼も厚く、未婚の為に妻の座を狙う令嬢によるバトルが絶えないのだとか。

待って待って。
同じ騎士とか言っていたけれど、アンディより遥か雲の上の人じゃないの。
本命ちゃんのお父さんよりむしろ上の立場かも……。

今更ながら、ファルクに対する無礼な数々の発言と態度に冷や汗が出てきそうになる。
気安く話し、最終的にはつまらない失恋話まで聞かせ、謝罪までさせてしまったのだから。

リリーシュは本日二度目の逃走を図ることにした。
長居は無用とばかりに、さっさと別れの挨拶を告げる。

「えーと、ファルク様? かの英雄様のお手を煩わせ、申し訳ございませんでした。改めてオルレーン家からも正式に謝罪をさせていただきますので……。とりあえず今日のところはこれで。お話しできて嬉しかったですわ。それでは!」

とにかく一刻も早く逃げたいリリーシュは、早口で一気に捲し立てると、ペコっと頭を下げる。
伯爵の父には、落とし物をして迷惑をかけたと言って、ファルクに謝罪の手紙でも送ってもらえばなんとかなるだろう。

さあ、これ以上やらかす前に逃げるわよ!

できるだけ俊敏にファルクの隣をすり抜けると、裏通りから元気良く飛び出した。
ーーと思ったら、逃げ出そうとしたリリーシュの腕は、またしてもしっかりと掴まれていたのだった。
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