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再会を果たしました
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ここまで来れば平気かしら。
込み合う昼下がりの街をなんとか潜り抜け、リリーシュは人気のない裏通りでようやく足を止めた。
息を整えながらも編み込んでいた髪をほどくと、指でさっと梳いて整える。
広場で令嬢にあるまじき悪目立ちをしてしまった為、とりあえず髪をおろして印象を変える作戦だった。
ああ、とんだ目に合ったわ。
知り合いに見られていないといいのだけど。
強引にブローチを引っ張ったせいで、ワンピースにも穴が空いてしまったし。
もう、踏んだり蹴ったりじゃない。
咄嗟に力一杯引きちぎったからか、リリーシュのワンピースの胸元は無残にも糸が飛び出ている。
中にもブラウスを着ている為、肌が見えるようなことはないのだが、みっともないことは確かだった。
こっそり屋敷から抜け出てきたというのに、使用人たちにどう言い訳をしたらいいのかも悩むところだ。
しかし、とにかく今は何よりも身を隠すことが先決だろう。
広場で騒ぎを起こした面々にリリーシュも含まれていて、万が一にも三股をかけられていた娘などと噂が立ってしまったら、恥ずかしい上に今後の縁談にも差し支えてしまう。
このブローチの跡は隠す必要があるわね。
その辺で明るい色のショールでも買って羽織ることにしましょう。
そうすればさっきの修羅場を目にした人でも、髪型と服装で私だとは気付かないはず……。
そうと決まればぼんやりとしている暇はない。
リリーシュは波打った明るい茶色の髪を再度撫でつけて整えると、裏通りから出ようと顔を上げた――のだが、なぜか行く手を阻むように壁が出来ていた。
え、何?
こんなのさっきまで無かったような……。
さらに視線を上にやると、リリーシュより頭ひとつ分高い位置から男性がこちらを見下ろしている。
どうやら壁ではなく、長身の男性だったらしい。
よく見るとアンディと同じ騎士服を着ているが、裏通りの暗がりであっても彼よりも立派な体躯な上、凛々しい顔立ちをしているのがわかる。
輝く勲章の数もアンディより桁違いに多い。
「君は足が速いんだな。あやうく巻かれるところだったよ」
揶揄うように笑って肩を竦める騎士は、リリーシュに用事があるのか通してくれる気配がない。
嫌らしい雰囲気は全く感じないので、ナンパではないと思う。
しかし、如何せんリリーシュはアンディという騎士に騙されたばかりなのだ。
騎士の身分だけで手放しで信用するのは危険だ。
そもそも、人気の無い場所で男性と二人きりの状況はマズイ。
「えーと……私に御用ですか?」
「ああ。広場から追ってきたんだ」
「……どなたかとお間違えなのでは? 私は広場には行ってませんし」
「いや、君に間違いない。見てわかると思うが、俺は騎士だぞ? 髪型を変えたくらいでそんな簡単に騙されてたまるか」
「うっ……」
リリーシュは呆気なく白旗を上げた。
どうやら誤魔化すのは無理みたいね。
でもどうしてわざわざ追いかけてきたの?
他人のフリを試みてみたものの、ブローチの穴すら隠せていない今のリリーシュでは分が悪いのは明白だった。
仕方なく騎士がここまで追ってきた理由を考えてみたのだがーー思い当たる理由など一つしかないことに気付いてしまい、震え上がった。
「あ、あの……もしかして私って捕まるんですか? 表彰式が行われる神聖な広場で煩くしたから……。でも理由があるんです」
もう最悪だ。
色恋沙汰で問題を起こし、騎士に捕まったなんて醜聞は、令嬢にとって命取りである。
人生詰んだも同然だった。
なんで、こんなにうまくいかないの?
全部アンディに騙された私が悪いの?
あまりの情けなさに思わず俯いてしまうと、騎士は慌てたように言った。
「あー、違う違う。悪い、そうじゃないんだ」
「……私を捕まえに追ってきたんじゃないんですか?」
「ああ違う。これが俺のところに飛んできたから、届けようと思っただけだ」
見れば、広げた彼の手のひらに、見慣れたイエロートルマリンのブローチが乗っている。
「そ、そのブローチ……」
「やっぱり君のだったか。なぜか俺のところに飛んできたんだ」
いやいや、私、噴水に向かって投げたよね?
池ポチャしたはずだよね!?
なんでこんな路地裏で奇跡の再会を果たしているのよ。
ブローチは「ただいま」と言わんばかりにキラッと輝いている。
「どうして……」
「ん? 大切なものではないのか?」
キョトンと首を傾げる騎士は、善意の塊のような顔をしている。
しかし、三股の悪夢を振り払うつもりで投げ捨てたリリーシュにとって、この再会は全く望んだものではなく……。
「イヤーーーーーっ!!」
悪夢の再来にリリーシュは思わず叫ばずにはいられなかった。
込み合う昼下がりの街をなんとか潜り抜け、リリーシュは人気のない裏通りでようやく足を止めた。
息を整えながらも編み込んでいた髪をほどくと、指でさっと梳いて整える。
広場で令嬢にあるまじき悪目立ちをしてしまった為、とりあえず髪をおろして印象を変える作戦だった。
ああ、とんだ目に合ったわ。
知り合いに見られていないといいのだけど。
強引にブローチを引っ張ったせいで、ワンピースにも穴が空いてしまったし。
もう、踏んだり蹴ったりじゃない。
咄嗟に力一杯引きちぎったからか、リリーシュのワンピースの胸元は無残にも糸が飛び出ている。
中にもブラウスを着ている為、肌が見えるようなことはないのだが、みっともないことは確かだった。
こっそり屋敷から抜け出てきたというのに、使用人たちにどう言い訳をしたらいいのかも悩むところだ。
しかし、とにかく今は何よりも身を隠すことが先決だろう。
広場で騒ぎを起こした面々にリリーシュも含まれていて、万が一にも三股をかけられていた娘などと噂が立ってしまったら、恥ずかしい上に今後の縁談にも差し支えてしまう。
このブローチの跡は隠す必要があるわね。
その辺で明るい色のショールでも買って羽織ることにしましょう。
そうすればさっきの修羅場を目にした人でも、髪型と服装で私だとは気付かないはず……。
そうと決まればぼんやりとしている暇はない。
リリーシュは波打った明るい茶色の髪を再度撫でつけて整えると、裏通りから出ようと顔を上げた――のだが、なぜか行く手を阻むように壁が出来ていた。
え、何?
こんなのさっきまで無かったような……。
さらに視線を上にやると、リリーシュより頭ひとつ分高い位置から男性がこちらを見下ろしている。
どうやら壁ではなく、長身の男性だったらしい。
よく見るとアンディと同じ騎士服を着ているが、裏通りの暗がりであっても彼よりも立派な体躯な上、凛々しい顔立ちをしているのがわかる。
輝く勲章の数もアンディより桁違いに多い。
「君は足が速いんだな。あやうく巻かれるところだったよ」
揶揄うように笑って肩を竦める騎士は、リリーシュに用事があるのか通してくれる気配がない。
嫌らしい雰囲気は全く感じないので、ナンパではないと思う。
しかし、如何せんリリーシュはアンディという騎士に騙されたばかりなのだ。
騎士の身分だけで手放しで信用するのは危険だ。
そもそも、人気の無い場所で男性と二人きりの状況はマズイ。
「えーと……私に御用ですか?」
「ああ。広場から追ってきたんだ」
「……どなたかとお間違えなのでは? 私は広場には行ってませんし」
「いや、君に間違いない。見てわかると思うが、俺は騎士だぞ? 髪型を変えたくらいでそんな簡単に騙されてたまるか」
「うっ……」
リリーシュは呆気なく白旗を上げた。
どうやら誤魔化すのは無理みたいね。
でもどうしてわざわざ追いかけてきたの?
他人のフリを試みてみたものの、ブローチの穴すら隠せていない今のリリーシュでは分が悪いのは明白だった。
仕方なく騎士がここまで追ってきた理由を考えてみたのだがーー思い当たる理由など一つしかないことに気付いてしまい、震え上がった。
「あ、あの……もしかして私って捕まるんですか? 表彰式が行われる神聖な広場で煩くしたから……。でも理由があるんです」
もう最悪だ。
色恋沙汰で問題を起こし、騎士に捕まったなんて醜聞は、令嬢にとって命取りである。
人生詰んだも同然だった。
なんで、こんなにうまくいかないの?
全部アンディに騙された私が悪いの?
あまりの情けなさに思わず俯いてしまうと、騎士は慌てたように言った。
「あー、違う違う。悪い、そうじゃないんだ」
「……私を捕まえに追ってきたんじゃないんですか?」
「ああ違う。これが俺のところに飛んできたから、届けようと思っただけだ」
見れば、広げた彼の手のひらに、見慣れたイエロートルマリンのブローチが乗っている。
「そ、そのブローチ……」
「やっぱり君のだったか。なぜか俺のところに飛んできたんだ」
いやいや、私、噴水に向かって投げたよね?
池ポチャしたはずだよね!?
なんでこんな路地裏で奇跡の再会を果たしているのよ。
ブローチは「ただいま」と言わんばかりにキラッと輝いている。
「どうして……」
「ん? 大切なものではないのか?」
キョトンと首を傾げる騎士は、善意の塊のような顔をしている。
しかし、三股の悪夢を振り払うつもりで投げ捨てたリリーシュにとって、この再会は全く望んだものではなく……。
「イヤーーーーーっ!!」
悪夢の再来にリリーシュは思わず叫ばずにはいられなかった。
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