上 下
4 / 5

強制力がエグすぎませんか

しおりを挟む
エラリアは十四歳になった。
王家による第三王子の婚約者候補選抜は今も続いており、エラリアはまだ候補に残っていた。

「はぁぁ!? なんでまだ私が残っているのですか!」
「光栄なことではないか。それだけお前に見どころがあるということだろう?」
「そんなはずないですわ! 毎回抜け出して、オーキス殿下と直接お話したことすらな……」
「なんだと? 抜け出して?」
「あわわわ……いえいえ、なんでもないですわ。えーと、つい殿下の前だと緊張してしまって、王子を取り巻く令嬢の輪から抜け出してしまったり、積極的に話しかけられないことも多く……」
「なんだ、そういうことか! いや、そういう慎み深さが評価されているのかもしれんな」

そんなわけないでしょうが!
遠目に王子の金髪を眺めたことしかない上、いつもほとんどの時間は庭園に逃げ込んでいるというのに。
まともに話したことすらないわよ。

エラリアは、父から今回も王子の婚約者候補に残留してしまったと聞かされたところだ。
いよいよ残りは、エラリア含めて五名となってしまった。
普通の令嬢なら喜んで小躍りするところだが、落とされることをひたすら望んでいるエラリアにとっては、迷惑この上ない仕打ちである。
しぶとく残されていることを知ったエラリアは、ショックを通り越してだんだん腹が立ってきた。

こんなの、おかしくない?
意味がわからないわ!
十二名もいたのが、この四年のうちに五名まで減らされたっていうのに、なんで私がまだ残っているのよ!
残っている令嬢の数が少なくなったせいで、目立たないように抜け出すのも困難なのに!!

徐々にこじんまりとしていくお茶会で、エラリアはなんとかオーキス王子との接触をあの手この手で躱してきた。
奇跡的にオーキスが遅れたり、不参加だったり、途中退出したりと、参加する時間が短いおかげで、なんとかエラリアは王子と深く関わらずに済んできたのである。
もちろんこれは父には内緒だが。

オーキスが姿を見せると、他の令嬢に囲まれている間にそっと逃げ出すのがいつもの手で、いまだに顔すらきちんと見たことはない。
とにかく印象に残りたくないので、会場では俯いて気配を消すことに必死だった。

あー、いい加減、候補から落としてほしいものだわ。
こんなに好かれる要素がないのに落とされないなんて、考えたくはないけどやっぱり強制力なのかしら?
あ、小説でオーキスと恋に落ちる令嬢!
あの子と今から出会って恋愛をしてくれれば、私はサレ妻にならなくて済むのに。
ヒロインの名前って何だっけ? 
えーと、シャローンじゃなくて、……シャーロットだ!

しかし、シャーロットという名前の令嬢は候補者の中にはおらず、知り合いに思い当たる娘もいなかった。

「もう! どこにいるのよ、シャーロット!!」

思わず叫んでしまったエラリアだったが、彼女がイライラしている理由は強制力への恐怖心からだけではなかった。
エラリアが王子の婚約者候補から抜けたい理由ーーそれは、オーガストの存在に他ならない。

オーガストって、不思議な人よね。
タイミング良くあの庭園にいつも現れて、楽しませてくれるし。
私の婚約者がオーガストだったら良かったのに。

エラリアはいつも庭園で顔を合わせるオーガストに惹かれ始めていたが、まさか王子の婚約者候補の自分が他の令息と親しくなることなど許されない。
しかも、エラリアにとって今はオーキスとの婚約、結婚という未来を潰すことが何よりも最優先なことだった。
オーキスとの結婚さえなければ、好きな人と結ばれることも可能なのだからーー。




「エラリア、こっちこっち!」
「オーガスト! 今日も来ていたのね」

この日もまた二人は庭園で落ち合っていた。
毎回偶然会えるなんてどう考えても不自然なのにも関わらず、エラリアはオーガストが王宮で働く貴族の息子なのだと勝手に納得していた。
下手に詮索をして会えなくなることを恐れて、エラリアは家族や家についての話題を避けていたのである。
オーガストも同様なのか、不思議と会話は個人の趣味や嗜好、最近の流行りについてが多く、二人は一定の距離感を保っていたのだが。
何故か今日は少し様子が違っていた。

「あのさ、エラリアが前に髪飾りを落としたって言っていただろう? これ、良かったらもらってくれないかな?」
「え、私に?」

差し出されたのは、青い薔薇をモチーフにした中心にブルーサファイアが輝く、レースとリボンで可愛く飾られた髪飾りだった。

「素敵! でもこんな高価なものをもらえないわ」
「エラリアに受け取って欲しいんだ。……贈り物なんて初めてで、よくわからなかったから気に入らないかもしれないけど」
「初めて? これ、オーガストが選んでくれたの?」
「ああ。エラリアに似合うと思って」

そこでエラリアは気付いてしまった。
髪飾りのブルーサファイアが、オーガストの瞳と同じ色だということをーー。

「このブルーサファイア、あなたの瞳と同じ色ね。とても美しいわ。ありがとう!」

男性からの贈り物なんて初めてだわ!
しかも、瞳と同じ色の贈り物なんて、少しは私に興味を持ってくれているのかしら?
嬉しすぎて、顔がにやけてしまうじゃない。

好きにならないようにと心にブレーキをかけてきたエラリアだったが、この時もう手遅れだと自覚したのだった。



次のお茶会に、エラリアは早速髪飾りを着けていった。
婚約者候補なのに、他の男性から貰った物を身に着けるのは、背徳的でドキドキしてしまう。
しかも、珍しく最初から参加をしているオーキスからの視線を感じる。

さっきから何なのかしら?
まさか、この髪飾りがプレゼントされたものだと気付いたとか?

居心地の悪いエラリアは、マナー違反だとはわかっていたが、途中で退出してしまった。

「まあ、これでいよいよ候補もクビでしょ。こんな無礼な令嬢なんてお断りでしょうし。最初からこうすれば良かったわ」

せいせいした気分で庭園に向かい、しばらく花々を楽しんでいると、オーガストがやってきた。

「エラリア!」
「オーガスト、まあ、そんなに息を切らして」
「君が髪飾りを着けてくれているのが嬉しくて。良く似合っているよ。とても綺麗だ」

どこから駆け付けたのか、オーガストの息は上がっていた。
なんだか服装も、慌てて着替えたのか、それとも走ってきたからなのか、よれてしまっている。

「ありがとう。でもそんなに慌てて来なくても大丈夫よ。まあ、早く会えた方が嬉しいけれど」
「僕も早く会いたかったんだ!」

二人の間には明らかに以前とは違う空気が流れていて、エラリアはそれが嬉しいけれど恥ずかしく、なんだかもじもじしてしまう。
オーガストも同じく恥ずかしそうにそっぽを向いて、頬をポリポリと掻いていた。
しばらくの間、初々しい二人のやり取りは続き、すっかり気持ちがピンク色のエラリアだったがーー。

問題は翌日に起きた。
父から第三王子婚約者最終候補の二名に残ったと聞かされたエラリアは叫んだ。

「強制力がエグすぎるんですけどーー!!」







しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢は何故か婚約破棄されない

miniko
恋愛
平凡な女子高生が乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった。 断罪されて平民に落ちても困らない様に、しっかり手に職つけたり、自立の準備を進める。 家族の為を思うと、出来れば円満に婚約解消をしたいと考え、王子に度々提案するが、王子の反応は思っていたのと違って・・・。 いつの間にやら、王子と悪役令嬢の仲は深まっているみたい。 「僕の心は君だけの物だ」 あれ? どうしてこうなった!? ※物語が本格的に動き出すのは、乙女ゲーム開始後です。 ※ご都合主義の展開があるかもです。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

【完結】男の美醜が逆転した世界で私は貴方に恋をした

梅干しおにぎり
恋愛
私の感覚は間違っていなかった。貴方の格好良さは私にしか分からない。 過去の作品の加筆修正版です。

貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後

空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。 魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。 そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。 すると、キースの態度が豹変して……?

婚約破棄させてください!

佐崎咲
恋愛
「ユージーン=エスライト! あなたとは婚約破棄させてもらうわ!」 「断る」 「なんでよ! 婚約破棄させてよ! お願いだから!」 伯爵令嬢の私、メイシアはユージーンとの婚約破棄を願い出たものの、即座に却下され戸惑っていた。 どうして? 彼は他に好きな人がいるはずなのに。 だから身を引こうと思ったのに。 意地っ張りで、かわいくない私となんて、結婚したくなんかないだろうと思ったのに。 ============ 第1~4話 メイシア視点 第5~9話 ユージーン視点  エピローグ ユージーンが好きすぎていつも逃げてしまうメイシアと、 その裏のユージーンの葛藤(答え合わせ的な)です。 ※無断転載・複写はお断りいたします。

【完結】みそっかす転生王女の婚活

佐倉えび
恋愛
私は幼い頃の言動から変わり者と蔑まれ、他国からも自国からも結婚の申し込みのない、みそっかす王女と呼ばれている。旨味のない小国の第二王女であり、見目もイマイチな上にすでに十九歳という王女としては行き遅れ。残り物感が半端ない。自分のことながらペットショップで売れ残っている仔犬という名の成犬を見たときのような気分になる。 兄はそんな私を厄介払いとばかりに嫁がせようと、今日も婚活パーティーを主催する(適当に) もう、この国での婚活なんて無理じゃないのかと思い始めたとき、私の目の前に現れたのは―― ※小説家になろう様でも掲載しています。

執着のなさそうだった男と別れて、よりを戻すだけの話。

椎茸
恋愛
伯爵ユリアナは、学園イチ人気の侯爵令息レオポルドとお付き合いをしていた。しかし、次第に、レオポルドが周囲に平等に優しいところに思うことができて、別れを決断する。 ユリアナはあっさりと別れが成立するものと思っていたが、どうやらレオポルドの様子が変で…?

私はざまぁされた悪役令嬢。……ってなんだか違う!

杵島 灯
恋愛
王子様から「お前と婚約破棄する!」と言われちゃいました。 彼の隣には幼馴染がちゃっかりおさまっています。 さあ、私どうしよう?  とにかく処刑を避けるためにとっさの行動に出たら、なんか変なことになっちゃった……。 小説家になろう、カクヨムにも投稿中。

拾った仔猫の中身は、私に嘘の婚約破棄を言い渡した王太子さまでした。面倒なので放置したいのですが、仔猫が気になるので救出作戦を実行します。

石河 翠
恋愛
婚約者に婚約破棄をつきつけられた公爵令嬢のマーシャ。おバカな王子の相手をせずに済むと喜んだ彼女は、家に帰る途中なんとも不細工な猫を拾う。 助けを求めてくる猫を見捨てられず、家に連れて帰ることに。まるで言葉がわかるかのように賢い猫の相手をしていると、なんと猫の中身はあの王太子だと判明する。猫と王子の入れ替わりにびっくりする主人公。 バカは傀儡にされるくらいでちょうどいいが、可愛い猫が周囲に無理難題を言われるなんてあんまりだという理由で救出作戦を実行することになるが……。 もふもふを愛するヒロインと、かまってもらえないせいでいじけ気味の面倒くさいヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより pp7さまの作品をお借りしております。

処理中です...