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強制力ではない……と思いたい
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「馬鹿者! せっかくオーキス殿下に会わせてやろうとしたのに……。どこに行っておったのだ!」
「まあまあ、エラリアも緊張で体調を崩してしまったのでしょう。そんなに怒らないであげて?」
城から戻ってきたエラリアは、眉毛を釣り上げ、鼻息の荒い父から盛大に怒られていた。
令嬢のお手本のようだと言われるエラリアが、こんなに叱責されたのは生まれて初めてのことだ。
母がおっとりと止めに入ってくれたが、父の怒りは収まらないようだった。
というか、誰も会わせてなんてお願いしてないじゃない。
むしろ会いたくないのに、余計な事をしないで欲しいわ。
むしろ被害者はこちらだと言わんばかりに、エラリアが謝罪もせずにツーンとそっぽを向いていると、いつもと様子の違う娘に父が動揺し始めた。
「エラリア? どうしたんだ? もしかしてまだ腹が痛いのか? それとも、そんなに城に行きたくなかったのか?」
「お腹は仮病です。お城なんて行きたくないし、オーキス様ともお会いしたくないです」
「なんだと!?」
娘の反抗的な口調に、二の句が継げなくなった父は口をパクパクさせている。
従順だった娘の変わりように、しばらくショックを受けていたようだったが、やがて冷静さを取り戻したのか噛みしめるように言った。
「そうか。エラリアは王子妃になりたくなかったのだな。私は勘違いをしていたようだ……」
おっ、これはいい傾向では?
こんなに理解のある父親なら、最初からオーキスとの結婚は嫌って言っておけば良かったわね。
「お父様……! ご理解いただけてうれし……」
「でも今日、正式に第三王子の婚約者候補に決定した」
…………は?
なんですと?
エラリアの言葉を、父が容赦なくぶった切ってきた。
喜びで父に抱き着こうとしていたエラリアの腕がゆっくりと降ろされる。
え、なんで?
私、ちゃんと逃げたよね?
あんな目の前であからさまに失礼な逃げ方をしたのに、王族って案外おおらかなのねぇ……って、そうじゃなくて!
「どうしてですか? お会いしてもいないのに……」
「ん? 貴族の結婚なんてそんなものだろう。家同士の契約のようなものだしな。まあ、さすがに今回は王族との結婚だから、これから候補者を色々吟味するのだろうが」
なるほど、つまり家柄的に候補には入ってしまったけれど、これからも逃げ続けていれば、婚約者候補から脱落できる希望はあるってことかしら?
それなら、まだこれは小説の強制力ではない……と言うことよね?
ーー誰か強制力じゃないと言って!!
不安は残るが、活路を見出したエラリアは、とりあえず納得したふりをする。
結婚する年まではまだ時間はあるのだから、挽回は可能なはずだ。
「わかりました。ちなみに候補者って何人くらいいらっしゃるのですか?」
「おおっ、わかってくれたか! 正確な数はまだ発表されていないが、毎回初めは十名くらいを候補に選んでおいて、徐々に絞っていく方法だな」
「十名……」
神妙に相槌を打ってみたが、エラリアの心中は喜びでお祭り騒ぎだった。
え、そんなにいるものなの?
だったら余裕で落とされる自信があるわ!
次も顔を合わせなければ、最初に脱落出来そうじゃない。
チョロいぜ!と思いながら内心ムフムフ笑っていたら、父が早速お茶会の予定を話し出した。
「それでだ、五日後に最初の茶会が開かれる。オーキス殿下と、候補者の令嬢全員での茶会だ。エラリアは行儀も作法も問題ないが……今度は逃げるなよ?」
「もちろんですわ、お父様。お城でのお茶会なんて楽しみだわ!」
我ながら嘘っぽい演技にも関わらず、父は安心したように頷くと自室へ戻って行った。
母は娘の思惑に気付いているのか、困ったように笑いながらその後を追った。
そして五日後――。
城に着き、侍女と別れ、お茶会の部屋までやってきたエラリアは、とりあえず周囲を観察した。
席が十三……。
一つがオーキスだから、候補者は十二名ってことね。
やった、予想より多い分、選ばれる可能性がより低くなったわ!
入室は身分が低い者からなので、公爵令嬢のエラリアは一番最後だった。
まだ子供と言えど、爵位の重要さを教えられている他の令嬢達は、すぐさまエラリアに挨拶をしてくれる。
もちろん中には、本気で王子妃の座を狙っているのか、表情は穏やかなのに厳しい視線を向けてくる令嬢もいるのだが。
その時、城の使用人が慌てたように部屋に現れ、恐縮したように告げた。
「申し上げます。諸事情によりオーキス殿下が遅れる為、皆様には先に茶会を始めていただきたいとのことです」
汗を拭き拭き、使用人は申し訳無さそうに頭を下げているが、エラリアにとっては好都合だ。
ラッキー!!
適当にお茶をいただいたら、オーキスが現れる前に逃げちゃいましょう。
「かしこまりましたわ。皆様、殿下がいらっしゃるまでわたくし達でおしゃべりを楽しみましょう」
「そうですわね」
「ええ。そういたしましょう」
エラリアの呼びかけにすぐに令嬢達が応じ、和やかにお茶会が始まった。
香り高い紅茶を褒め、お隣の令嬢と会話を楽しむ素振りを見せていたエラリアはーー。
頃合いを見て、その場から脱走したのだった。
「あら? またお会いしたわね」
「やっぱり来たんだね。待っていた甲斐があったな」
前回逃げ込んだ庭園まで物陰に隠れながらコソコソと向かうと、そこにはまたオーガストが居た。
今回はベンチに座っているが、まるでエラリアが来ることを予想していたかのようだ。
「座りなよ」
「ありがとう」
紳士的にハンカチを広げてくれたオーガストにお礼を言うと、並んでベンチに腰掛ける。
「ねえ、もしかして私が来ることがわかっていたの?」
「うーん、来るといいなとは思っていたよ」
「それって、私に会いたかったっていうこと?」
「そうだね。エラリアに会いたいと思っていたよ」
素直に答えるオーガストに、エラリアはじわじわと喜びが広がっていくのを感じた。
「私もまた会えて嬉しいわ」
はにかみながら告げると、オーガストも照れたように笑った。
こうして、エラリアは婚約者候補の集まりのたびにこっそり庭園へと逃げ出し、何故かいつもタイミングよく現れるオーガストと、交流を深めていったのだった。
「まあまあ、エラリアも緊張で体調を崩してしまったのでしょう。そんなに怒らないであげて?」
城から戻ってきたエラリアは、眉毛を釣り上げ、鼻息の荒い父から盛大に怒られていた。
令嬢のお手本のようだと言われるエラリアが、こんなに叱責されたのは生まれて初めてのことだ。
母がおっとりと止めに入ってくれたが、父の怒りは収まらないようだった。
というか、誰も会わせてなんてお願いしてないじゃない。
むしろ会いたくないのに、余計な事をしないで欲しいわ。
むしろ被害者はこちらだと言わんばかりに、エラリアが謝罪もせずにツーンとそっぽを向いていると、いつもと様子の違う娘に父が動揺し始めた。
「エラリア? どうしたんだ? もしかしてまだ腹が痛いのか? それとも、そんなに城に行きたくなかったのか?」
「お腹は仮病です。お城なんて行きたくないし、オーキス様ともお会いしたくないです」
「なんだと!?」
娘の反抗的な口調に、二の句が継げなくなった父は口をパクパクさせている。
従順だった娘の変わりように、しばらくショックを受けていたようだったが、やがて冷静さを取り戻したのか噛みしめるように言った。
「そうか。エラリアは王子妃になりたくなかったのだな。私は勘違いをしていたようだ……」
おっ、これはいい傾向では?
こんなに理解のある父親なら、最初からオーキスとの結婚は嫌って言っておけば良かったわね。
「お父様……! ご理解いただけてうれし……」
「でも今日、正式に第三王子の婚約者候補に決定した」
…………は?
なんですと?
エラリアの言葉を、父が容赦なくぶった切ってきた。
喜びで父に抱き着こうとしていたエラリアの腕がゆっくりと降ろされる。
え、なんで?
私、ちゃんと逃げたよね?
あんな目の前であからさまに失礼な逃げ方をしたのに、王族って案外おおらかなのねぇ……って、そうじゃなくて!
「どうしてですか? お会いしてもいないのに……」
「ん? 貴族の結婚なんてそんなものだろう。家同士の契約のようなものだしな。まあ、さすがに今回は王族との結婚だから、これから候補者を色々吟味するのだろうが」
なるほど、つまり家柄的に候補には入ってしまったけれど、これからも逃げ続けていれば、婚約者候補から脱落できる希望はあるってことかしら?
それなら、まだこれは小説の強制力ではない……と言うことよね?
ーー誰か強制力じゃないと言って!!
不安は残るが、活路を見出したエラリアは、とりあえず納得したふりをする。
結婚する年まではまだ時間はあるのだから、挽回は可能なはずだ。
「わかりました。ちなみに候補者って何人くらいいらっしゃるのですか?」
「おおっ、わかってくれたか! 正確な数はまだ発表されていないが、毎回初めは十名くらいを候補に選んでおいて、徐々に絞っていく方法だな」
「十名……」
神妙に相槌を打ってみたが、エラリアの心中は喜びでお祭り騒ぎだった。
え、そんなにいるものなの?
だったら余裕で落とされる自信があるわ!
次も顔を合わせなければ、最初に脱落出来そうじゃない。
チョロいぜ!と思いながら内心ムフムフ笑っていたら、父が早速お茶会の予定を話し出した。
「それでだ、五日後に最初の茶会が開かれる。オーキス殿下と、候補者の令嬢全員での茶会だ。エラリアは行儀も作法も問題ないが……今度は逃げるなよ?」
「もちろんですわ、お父様。お城でのお茶会なんて楽しみだわ!」
我ながら嘘っぽい演技にも関わらず、父は安心したように頷くと自室へ戻って行った。
母は娘の思惑に気付いているのか、困ったように笑いながらその後を追った。
そして五日後――。
城に着き、侍女と別れ、お茶会の部屋までやってきたエラリアは、とりあえず周囲を観察した。
席が十三……。
一つがオーキスだから、候補者は十二名ってことね。
やった、予想より多い分、選ばれる可能性がより低くなったわ!
入室は身分が低い者からなので、公爵令嬢のエラリアは一番最後だった。
まだ子供と言えど、爵位の重要さを教えられている他の令嬢達は、すぐさまエラリアに挨拶をしてくれる。
もちろん中には、本気で王子妃の座を狙っているのか、表情は穏やかなのに厳しい視線を向けてくる令嬢もいるのだが。
その時、城の使用人が慌てたように部屋に現れ、恐縮したように告げた。
「申し上げます。諸事情によりオーキス殿下が遅れる為、皆様には先に茶会を始めていただきたいとのことです」
汗を拭き拭き、使用人は申し訳無さそうに頭を下げているが、エラリアにとっては好都合だ。
ラッキー!!
適当にお茶をいただいたら、オーキスが現れる前に逃げちゃいましょう。
「かしこまりましたわ。皆様、殿下がいらっしゃるまでわたくし達でおしゃべりを楽しみましょう」
「そうですわね」
「ええ。そういたしましょう」
エラリアの呼びかけにすぐに令嬢達が応じ、和やかにお茶会が始まった。
香り高い紅茶を褒め、お隣の令嬢と会話を楽しむ素振りを見せていたエラリアはーー。
頃合いを見て、その場から脱走したのだった。
「あら? またお会いしたわね」
「やっぱり来たんだね。待っていた甲斐があったな」
前回逃げ込んだ庭園まで物陰に隠れながらコソコソと向かうと、そこにはまたオーガストが居た。
今回はベンチに座っているが、まるでエラリアが来ることを予想していたかのようだ。
「座りなよ」
「ありがとう」
紳士的にハンカチを広げてくれたオーガストにお礼を言うと、並んでベンチに腰掛ける。
「ねえ、もしかして私が来ることがわかっていたの?」
「うーん、来るといいなとは思っていたよ」
「それって、私に会いたかったっていうこと?」
「そうだね。エラリアに会いたいと思っていたよ」
素直に答えるオーガストに、エラリアはじわじわと喜びが広がっていくのを感じた。
「私もまた会えて嬉しいわ」
はにかみながら告げると、オーガストも照れたように笑った。
こうして、エラリアは婚約者候補の集まりのたびにこっそり庭園へと逃げ出し、何故かいつもタイミングよく現れるオーガストと、交流を深めていったのだった。
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