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物理的に逃げてみた
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エラリアが前世の記憶を取り戻して三日――。
早くも気分は崖っぷちだった。
強制力から抜け出そうとする異世界主人公がよく使う手段――例えば身体を鍛える、商品を生み出してお金を貯める、町で生きていける基礎と人脈を作る、修道院へ入る等の作戦を練ってはみたものの……。
とりあえず何か行動を起こさなければと焦った結果、エラリアは自分の無力さを噛みしめただけだった。
考えてみれば、私ってまだ十歳なのよね。
特に公爵令嬢という立場でフラフラ出歩けるわけもないし、毎日勉強が忙しいし、何より常に誰かが近くに居るこの状況!
こんな状態で何をどうしろと!?
三日で早くも諦めモードのエラリア。
そもそもバイタリティーが人並み外れてあるわけでもなく、切れ切れに覚えている前世でも流されるままに生きていたような気がする。
心がやさぐれ始めたエラリアは、『最悪幽閉されたって衣食住は保証されてるし?』などと、このままストーリーを受け入れそうな心境にまで陥っていたのだがーー。
「エラリア、今日はお父様とお城に行こう。楽しみだろう? ほら、着替えておいで」
「え、お城に? なんで突然……」
「まあまあ、いいじゃないか。お父様がお城を案内してあげよう。立派で驚くぞ?」
「行きたくありません」という言葉は機嫌よく部屋を出ていく父には聞こえておらず、エラリアは興奮気味の侍女達にピンク色の可愛らしいワンピースを着せられてしまった。
まずいわ。
これってきっと、オーキスとの顔合わせってやつよね?
着々と小説通りに進んじゃってるじゃないの!
なんとか会わずにいられないかしら。
……なんて考えている内に、エラリアは城に到着していた。
いよいよ困り果てながら、ふかふかの赤い絨毯が敷かれた長い廊下を父と並んで歩いていると、向こうから金髪の少年がやってくるのが見えた。
ん? 金髪?
待って、金髪って確か王族の証よね?
……まさかあれって第三王子のオーキス!?
「おおっ、これはこれはオー……」
「お父様! わたくしお腹が痛いので少々失礼いたしますわ!!」
父の挨拶を遮り、エラリアはダッシュでその場を逃げ出していた。
不敬だとか、令嬢が腹痛なんて……などと言っている場合ではない。
いざオーキスを目の前にしたら、たちまち嫌悪感に襲われ、サレ妻の人生など到底受け入れられるものではないと悟ってしまったのだ。
顔を合わせたら、王子妃の未来が確定してしまうかもしれないーー。
焦ったエラリアは、小さい体で何かに追われるようにひたすら走った。
地図もわからない広い城内を闇雲に走ると、やがて人気のない庭に出ていた。
「どこだろ、ここ……。ま、どこでもいいか」
身を隠すように、目に付いたベンチと生垣の間に身体を滑り込ませようとして……気付いてしまった。
なんと先約がいたのだ。
「ご、ごめんなさい。誰かがいるとは思わなくて」
「いや、普通は思わないから当然だよ。こちらこそ驚かせてごめん」
エラリアより少し年上だろうか、焦げ茶色の髪をした少年がゆっくり立ち上がる。
ところどころ葉っぱをくっ付けてはいるが、仕立ての良さそうな服を着ているところを見ると、身分の高い令息かもしれない。
「なんでこんなところにいるの?」
「君こそ。見ない顔だけどどうしたの?」
エラリアの疑問は、反対に訊き返されてしまった。
しかし、少年の害の無さそうな綺麗な顔に警戒感を解いたエラリアは、正直に話していた。
「ふうん。第三王子に会いたくなくて逃げてきたのか。でもそれって、本当に第三王子だった?」
「え? だって金髪で、お父様がオーって名前を呼びかけてたのよ? オーキス様に決まっているじゃない」
「あはは、なるほどね。で、君はなんで王子に会いたくないの?」
「それは……婚約者になりたくないから……」
ぼそっと小さな声で答えたエラリアに、少年は驚いたようだった。
「王子の婚約者になりたくないの?」
「それはなりたくないわよ!」
「どうして?」
「どうしてって……。自分の人生なんだから、誰かに未来を決められたくなんてないわ。私は自分の意志で生きたいの」
浮気されて幽閉されたくないからーーなどと言えるはずもなく、エラリアはとっさに十歳とは思えない大人びた返事をしていた。
強制力に抵抗していることは事実なので、あながち嘘でもない。
少年は呆気にとられた顔をしていたが、「そうか……」と呟いたと同時に破顔した。
何かが吹っ切れたかのように笑う彼に、今度はエラリアがポカンとしてしまう。
自分の言葉の何が彼に刺さったのかはわからないが、少年の笑顔を見ている内に、エラリアは胸がどきどきと高鳴るのを感じていた。
「君、名前は?」
「エラリアよ。あなたは?」
「僕はオー……、そう、オーガストっていうんだ」
「オーガスト。素敵な名前ね」
「ありがとう。ねえ、エラリア。もしまた王子から逃げてくることがあったら、この庭に来るといいよ。ここは人がめったに来ない穴場なんだ」
「そうなの? じゃあ、もしまた困ったことがあったら来ることにするわ」
エラリアが微笑むと、オーガストも笑顔で頷いた。
しばらくの間、二人は静かな庭園の片隅で、身を寄せ合いながら会話を楽しんだ。
一方、エラリアに逃げられた公爵は、第二王子に頭を下げていた。
「オーバル殿下、娘が申し訳ありません」
「公爵、頭を上げてくれ。弟も魔道具で髪色を変えて逃走中なのだから、お互い様だ」
父とオーバルが深い溜め息を吐く中、エラリアだけが勘違いに気付いていなかった。
早くも気分は崖っぷちだった。
強制力から抜け出そうとする異世界主人公がよく使う手段――例えば身体を鍛える、商品を生み出してお金を貯める、町で生きていける基礎と人脈を作る、修道院へ入る等の作戦を練ってはみたものの……。
とりあえず何か行動を起こさなければと焦った結果、エラリアは自分の無力さを噛みしめただけだった。
考えてみれば、私ってまだ十歳なのよね。
特に公爵令嬢という立場でフラフラ出歩けるわけもないし、毎日勉強が忙しいし、何より常に誰かが近くに居るこの状況!
こんな状態で何をどうしろと!?
三日で早くも諦めモードのエラリア。
そもそもバイタリティーが人並み外れてあるわけでもなく、切れ切れに覚えている前世でも流されるままに生きていたような気がする。
心がやさぐれ始めたエラリアは、『最悪幽閉されたって衣食住は保証されてるし?』などと、このままストーリーを受け入れそうな心境にまで陥っていたのだがーー。
「エラリア、今日はお父様とお城に行こう。楽しみだろう? ほら、着替えておいで」
「え、お城に? なんで突然……」
「まあまあ、いいじゃないか。お父様がお城を案内してあげよう。立派で驚くぞ?」
「行きたくありません」という言葉は機嫌よく部屋を出ていく父には聞こえておらず、エラリアは興奮気味の侍女達にピンク色の可愛らしいワンピースを着せられてしまった。
まずいわ。
これってきっと、オーキスとの顔合わせってやつよね?
着々と小説通りに進んじゃってるじゃないの!
なんとか会わずにいられないかしら。
……なんて考えている内に、エラリアは城に到着していた。
いよいよ困り果てながら、ふかふかの赤い絨毯が敷かれた長い廊下を父と並んで歩いていると、向こうから金髪の少年がやってくるのが見えた。
ん? 金髪?
待って、金髪って確か王族の証よね?
……まさかあれって第三王子のオーキス!?
「おおっ、これはこれはオー……」
「お父様! わたくしお腹が痛いので少々失礼いたしますわ!!」
父の挨拶を遮り、エラリアはダッシュでその場を逃げ出していた。
不敬だとか、令嬢が腹痛なんて……などと言っている場合ではない。
いざオーキスを目の前にしたら、たちまち嫌悪感に襲われ、サレ妻の人生など到底受け入れられるものではないと悟ってしまったのだ。
顔を合わせたら、王子妃の未来が確定してしまうかもしれないーー。
焦ったエラリアは、小さい体で何かに追われるようにひたすら走った。
地図もわからない広い城内を闇雲に走ると、やがて人気のない庭に出ていた。
「どこだろ、ここ……。ま、どこでもいいか」
身を隠すように、目に付いたベンチと生垣の間に身体を滑り込ませようとして……気付いてしまった。
なんと先約がいたのだ。
「ご、ごめんなさい。誰かがいるとは思わなくて」
「いや、普通は思わないから当然だよ。こちらこそ驚かせてごめん」
エラリアより少し年上だろうか、焦げ茶色の髪をした少年がゆっくり立ち上がる。
ところどころ葉っぱをくっ付けてはいるが、仕立ての良さそうな服を着ているところを見ると、身分の高い令息かもしれない。
「なんでこんなところにいるの?」
「君こそ。見ない顔だけどどうしたの?」
エラリアの疑問は、反対に訊き返されてしまった。
しかし、少年の害の無さそうな綺麗な顔に警戒感を解いたエラリアは、正直に話していた。
「ふうん。第三王子に会いたくなくて逃げてきたのか。でもそれって、本当に第三王子だった?」
「え? だって金髪で、お父様がオーって名前を呼びかけてたのよ? オーキス様に決まっているじゃない」
「あはは、なるほどね。で、君はなんで王子に会いたくないの?」
「それは……婚約者になりたくないから……」
ぼそっと小さな声で答えたエラリアに、少年は驚いたようだった。
「王子の婚約者になりたくないの?」
「それはなりたくないわよ!」
「どうして?」
「どうしてって……。自分の人生なんだから、誰かに未来を決められたくなんてないわ。私は自分の意志で生きたいの」
浮気されて幽閉されたくないからーーなどと言えるはずもなく、エラリアはとっさに十歳とは思えない大人びた返事をしていた。
強制力に抵抗していることは事実なので、あながち嘘でもない。
少年は呆気にとられた顔をしていたが、「そうか……」と呟いたと同時に破顔した。
何かが吹っ切れたかのように笑う彼に、今度はエラリアがポカンとしてしまう。
自分の言葉の何が彼に刺さったのかはわからないが、少年の笑顔を見ている内に、エラリアは胸がどきどきと高鳴るのを感じていた。
「君、名前は?」
「エラリアよ。あなたは?」
「僕はオー……、そう、オーガストっていうんだ」
「オーガスト。素敵な名前ね」
「ありがとう。ねえ、エラリア。もしまた王子から逃げてくることがあったら、この庭に来るといいよ。ここは人がめったに来ない穴場なんだ」
「そうなの? じゃあ、もしまた困ったことがあったら来ることにするわ」
エラリアが微笑むと、オーガストも笑顔で頷いた。
しばらくの間、二人は静かな庭園の片隅で、身を寄せ合いながら会話を楽しんだ。
一方、エラリアに逃げられた公爵は、第二王子に頭を下げていた。
「オーバル殿下、娘が申し訳ありません」
「公爵、頭を上げてくれ。弟も魔道具で髪色を変えて逃走中なのだから、お互い様だ」
父とオーバルが深い溜め息を吐く中、エラリアだけが勘違いに気付いていなかった。
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