上 下
2 / 5

物理的に逃げてみた

しおりを挟む
エラリアが前世の記憶を取り戻して三日――。
早くも気分は崖っぷちだった。

強制力から抜け出そうとする異世界主人公がよく使う手段――例えば身体を鍛える、商品を生み出してお金を貯める、町で生きていける基礎と人脈を作る、修道院へ入る等の作戦を練ってはみたものの……。
とりあえず何か行動を起こさなければと焦った結果、エラリアは自分の無力さを噛みしめただけだった。

考えてみれば、私ってまだ十歳なのよね。
特に公爵令嬢という立場でフラフラ出歩けるわけもないし、毎日勉強が忙しいし、何より常に誰かが近くに居るこの状況!
こんな状態で何をどうしろと!?

三日で早くも諦めモードのエラリア。
そもそもバイタリティーが人並み外れてあるわけでもなく、切れ切れに覚えている前世でも流されるままに生きていたような気がする。
心がやさぐれ始めたエラリアは、『最悪幽閉されたって衣食住は保証されてるし?』などと、このままストーリーを受け入れそうな心境にまで陥っていたのだがーー。

「エラリア、今日はお父様とお城に行こう。楽しみだろう? ほら、着替えておいで」
「え、お城に? なんで突然……」
「まあまあ、いいじゃないか。お父様がお城を案内してあげよう。立派で驚くぞ?」

「行きたくありません」という言葉は機嫌よく部屋を出ていく父には聞こえておらず、エラリアは興奮気味の侍女達にピンク色の可愛らしいワンピースを着せられてしまった。

まずいわ。
これってきっと、オーキスとの顔合わせってやつよね?
着々と小説通りに進んじゃってるじゃないの!
なんとか会わずにいられないかしら。

……なんて考えている内に、エラリアは城に到着していた。
いよいよ困り果てながら、ふかふかの赤い絨毯が敷かれた長い廊下を父と並んで歩いていると、向こうから金髪の少年がやってくるのが見えた。

ん? 金髪?
待って、金髪って確か王族の証よね?
……まさかあれって第三王子のオーキス!?

「おおっ、これはこれはオー……」
「お父様! わたくしお腹が痛いので少々失礼いたしますわ!!」

父の挨拶を遮り、エラリアはダッシュでその場を逃げ出していた。
不敬だとか、令嬢が腹痛なんて……などと言っている場合ではない。
いざオーキスを目の前にしたら、たちまち嫌悪感に襲われ、サレ妻の人生など到底受け入れられるものではないと悟ってしまったのだ。
顔を合わせたら、王子妃の未来が確定してしまうかもしれないーー。

焦ったエラリアは、小さい体で何かに追われるようにひたすら走った。
地図もわからない広い城内を闇雲に走ると、やがて人気のない庭に出ていた。

「どこだろ、ここ……。ま、どこでもいいか」

身を隠すように、目に付いたベンチと生垣の間に身体を滑り込ませようとして……気付いてしまった。
なんと先約がいたのだ。

「ご、ごめんなさい。誰かがいるとは思わなくて」
「いや、普通は思わないから当然だよ。こちらこそ驚かせてごめん」

エラリアより少し年上だろうか、焦げ茶色の髪をした少年がゆっくり立ち上がる。
ところどころ葉っぱをくっ付けてはいるが、仕立ての良さそうな服を着ているところを見ると、身分の高い令息かもしれない。

「なんでこんなところにいるの?」
「君こそ。見ない顔だけどどうしたの?」

エラリアの疑問は、反対に訊き返されてしまった。
しかし、少年の害の無さそうな綺麗な顔に警戒感を解いたエラリアは、正直に話していた。

「ふうん。第三王子に会いたくなくて逃げてきたのか。でもそれって、本当に第三王子だった?」
「え? だって金髪で、お父様がオーって名前を呼びかけてたのよ? オーキス様に決まっているじゃない」
「あはは、なるほどね。で、君はなんで王子に会いたくないの?」
「それは……婚約者になりたくないから……」

ぼそっと小さな声で答えたエラリアに、少年は驚いたようだった。

「王子の婚約者になりたくないの?」
「それはなりたくないわよ!」
「どうして?」
「どうしてって……。自分の人生なんだから、誰かに未来を決められたくなんてないわ。私は自分の意志で生きたいの」

浮気されて幽閉されたくないからーーなどと言えるはずもなく、エラリアはとっさに十歳とは思えない大人びた返事をしていた。
強制力に抵抗していることは事実なので、あながち嘘でもない。

少年は呆気にとられた顔をしていたが、「そうか……」と呟いたと同時に破顔した。
何かが吹っ切れたかのように笑う彼に、今度はエラリアがポカンとしてしまう。
自分の言葉の何が彼に刺さったのかはわからないが、少年の笑顔を見ている内に、エラリアは胸がどきどきと高鳴るのを感じていた。

「君、名前は?」
「エラリアよ。あなたは?」
「僕はオー……、そう、オーガストっていうんだ」
「オーガスト。素敵な名前ね」
「ありがとう。ねえ、エラリア。もしまた王子から逃げてくることがあったら、この庭に来るといいよ。ここは人がめったに来ない穴場なんだ」
「そうなの? じゃあ、もしまた困ったことがあったら来ることにするわ」

エラリアが微笑むと、オーガストも笑顔で頷いた。
しばらくの間、二人は静かな庭園の片隅で、身を寄せ合いながら会話を楽しんだ。


一方、エラリアに逃げられた公爵は、王子に頭を下げていた。

殿下、娘が申し訳ありません」
「公爵、頭を上げてくれ。弟も魔道具で髪色を変えて逃走中なのだから、お互い様だ」

父とオーバルが深い溜め息を吐く中、エラリアだけが勘違いに気付いていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に好きな人ができたらしい(※ただし事実とは異なります)

彗星
恋愛
主人公ミアと、婚約者リアムとのすれ違いもの。学園の人気者であるリアムを、婚約者を持つミアは、公爵家のご令嬢であるマリーナに「彼は私のことが好きだ」と言われる。その言葉が引っかかったことで、リアムと婚約解消した方がいいのではないかと考え始める。しかし、リアムの気持ちは、ミアが考えることとは違うらしく…。

転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!

高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。

最推しの幼馴染に転生できた!彼とあの子をくっつけよう!

下菊みこと
恋愛
ポンコツボンクラアホの子主人公と、彼女に人生めちゃくちゃにされたからめちゃくちゃに仕返したヤンデレ幼馴染くん(主人公の最推し)のどこまでもすれ違ってるお話。 多分エンドの後…いつかは和解できるんじゃないかな…多分…。 転生、ヤンデレ、洗脳、御都合主義なお話。 小説家になろう様でも投稿しています。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

処理中です...