王子妃セスから冒険者レノになった話

氷室 裕

文字の大きさ
50 / 317
第3章 冒険者レノとエルフの話

④癒しの力

しおりを挟む
 俺は無我夢中でエルを抱えたまま、転移魔法を行使した。

 実際、俺は転移魔法を完全に習得できずにいた。短い距離でこそやっとだった。消費魔力は転移自体の大きさや移動させる移動距離に左右される。 
 高度な魔法だから、ふたり一緒だなんて俺には困難なはずだった。

 でも、そんな事を考えている余裕なんて1秒もなかった。エルが、俺を庇ってウルクハイの大弓の矢を受けてしまった。

 おびただしい量の血が・・流れる。
 流れていく。

 俺の服も土床も、全部エルの血で染まっていく。エルの顔から血の気が引いて、鼓動が弱くなっていく。

 エルの瞳が閉じられ、呼吸が弱くなって、このままエルを失ってしまうかもしれないと怖くなった。

 胸に顔を埋めてみるが、鼓動が消えるように小さい。

 嫌だ・・エルを失うなんて!
 俺が素直じゃなかったから、エルを危険に晒したんだ。エルはいつも俺を見守ってくれて、力を貸してくれるのに。

 俺はエルを避けてたんだ。
 だって、ひとりで試したかった・・エルやカイルみたいに強くなりたくて、自分の実力を試したかったんだ。
 誰にも助けられないでやり遂げられると奢っていたんだ。

 それであんなにも、エルを邪険にした。
 俺のせいだ!俺がそんなだったから!!

「助けて!!誰か・・助けてよ!!エルが!エルが死んじゃう!!」

 泣き叫ぶ俺は、目的の場所に来れたのか分からなかったが、エルを抱えて誰かにすがるしかなかった。

「レノ!?どうしてここに!怪我してるのか?え!?エルフィード!?」

 声を掛けてきたのはカイルだった。
 そうだ・・俺はまたカイルを頼ったんだ・・

「カイル!カイル!エルが死んじゃう!助けて!」

 すがるように伸ばした真っ赤に濡れた俺の手を、カイルが握り返してくる。

「落ち着け、レノ!この黒い羽根矢はもしかしてオークか!?まさかウルクハイと対峙したのか?」

 カイルは、エルの鼓動を確認している。

「そう!ウルクハイ!エルは俺を庇って!!」
「毒矢だ・・すでに体内を毒が犯している。レノ、お前がエルフィードを救うんだ!俺には助けられない!」

 すでにエルの体のあちこちに毒で犯された黒い痕ができ始めている・・放っておけば、心臓を止めてしまう・・

「無理!無理!だって!エル、死んじゃう!」
「お前が今諦めたらエルフィードは死ぬ!それでも無理か!?」

 カイルは血で汚れた俺の顔を優しく撫でた。

「先に治癒魔法だ。矢を抜いたら血が吹き出す。失血は出来るだけ避けたい。お前の準備ができたら、俺が矢を抜く。いいな?レノ!」

 言われている事は分かる・・でも手が震える。

「レノ!俺を見ろ!お前ならエルフィードを救える!」

 泣きじゃくる俺を、カイルは抱きしめながら「大丈夫だ」と窘める。

「ううぅっ・・わ、分かった・・」

 俺はカイルの瞳を見る。
 カイルがいる。

 エルを絶対に助ける!
 神経を集中させて魔力を上げる。
 もっと・・もっとだ!

 じわじわと纏う空間に熱が帯びてくる。
 魔力で「ブァンッ!」と空気が揺らぐ。

「カイル!いいよ!」

 カイルは矢を一気に引き抜くと胸部を抑え、血が吹き出さないように力を込めた。俺は熱を放ちながら、エルの全身を光で包み込む。

 エルの命が・・消えようとしている・・
 すでに呼吸を・・やめようとしている・・
 毒が全身を汚染していく・・

 魔力を高めないと癒せない!

 癒しの風よ!!エルの体内へ届いて・・
 強い浄化を・・お願いだ!

 俺の治癒魔法ヒールがどこまでエルを癒せるのか分からない。

 ただ、救いたい!
 エル!!生きて!!

 俺は、魔力を更に高める。
 状態異常魔法を合成させ、最高到達値まで消費して発動する。

 光の粒がエルの胸の上に置いた俺の手に集まって、パァーンと弾け散った。

「エル!生きて!お願い!!」

 辺り一面に、きらきらと光の粒子が舞う。
 それはエルの体に溶け込んで、溢れ漏れ出て布散した光だった。

 エルの体に染み付いた黒い毒の後は、みるみると消えてなくなった。

「毒が、浄化された・・」

 カイルはそう言って、カイルの胸を開けて傷を確認する。

「カイ・・ ル・・」
「ああ、良くやったな。傷は塞いだ。鼓動も呼吸もあるな。もう大丈夫だ!」
「エ・・ル・・ほんと、よかった・・」

 エルの胸に耳を寄せて、本当に生きているのか確認しないと心配だった。

 トクントクンとしっかりと音が聞こえる。
 体を起こしてカイルを見上げる。

 俺は急に力が抜けて身動きが出来なくなってしまう。そしてふらついて、後ろへ倒れるとカイルに支えられる。

「レノ、魔力切れだ」

 そう言われて、魔力が枯渇している事に気がつく。

「ポ・・ショ・・」

 ポーションを飲まないとと言いかけて、力が入らずにカイルの腕の中で脱力してしまった。

 ポーションが・・飲めない。
 またカイルに迷惑を掛けて・・

 そんな事を考えていると、カイルは魔力回復ポーションを取り出して、自分の口に含んだ。
 そして、俺の口を塞ぐとポーションを少しづつ飲ませて来た。

 そんなことまでカイルにさせてしまって・・本当に迷惑ばかり掛けてしまう。カイルには、後で謝らないといけない。

 しばらく何度も繰り返し、ポーションを飲ませてくれた。

「カ、カイル・・俺、もう大丈・・んっ・・」

 カイルは最後にもう一度飲ませ、チュッと音を立ててから離れていった。

「そうか、良かったな」

 カイルが何でもない事のように、静かに笑った。

「ごめん!カイルにこんな事までさせるなんて!ファーストキスじゃなかった?」
「はぁ!?ははっ・・お前なぁ!」

 俺は照れ隠しに、そうカイルに言って笑った。

「すごいな・・まだ光が舞っている・・お前の光に包まれた時、俺の生傷まで全て癒された・・エルフィードを連れて帰ろう。意識がもどるまで薬師に見せる」

 そう言って立ち上がった。
 そういえばここは・・どこかの野営地?

「ギルドは近い。帰還途中の休憩を取っていたんだ。お前たちが急に現れて驚いたよ」

 カイルは、馬を連れて俺たちのところに戻ってきた。それからエルを馬に乗せ馬の腹にくくると、その後ろに俺を抱えて乗せた。

「レノ、エルフィードが馬から落ちないようにしっかり掴んでろよ」

 そう言って、馬を引いた。
 カイルが言う通り、ギルドまでは近い距離だった。途中、事の顛末をカイルに話して聞かせた。

「エルフィードが同行して良かったよ。最近は依頼内容よりも過激な状況だったという事が多々ある。中には、命を落とす冒険者もいるんだ。エルフィードがいて命拾いしたな」

 俺はエルに謝らないといけない。
 感謝も伝えて。

 それから、良くなるまで世話をしてあげないと。

 時々エルの背中に耳を付けて、鼓動があるかを事を確かめながら、俺たちはギルドへと急いだ。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】自称ヒロイン役を完遂した王家の影ですが、断罪パーティーをクリアした後に王太子がぐいぐい来ます。

竜鳴躍
BL
優秀過ぎる王太子×王家の影(失業)。 白い肌に黒髪黒瞳。小柄な体格で――そして両性具有。不出来な体ゆえ実の親に捨てられ、現在はその容姿を含め能力を買われて王家の影をしていたスノウ=ホワイト。男爵令嬢として王太子にハニトラを仕掛け、婚約者を悪役令嬢に仕向けて王太子への最終試験をしていたのだが、王太子は見事その試練を乗り越えた。これでお役御免。学園を退学して通常勤務に戻ろう――――――。 そう思っていたのに、婚約者と婚約解消した王太子がぐいぐい来ます! 王太子が身バレさせたせいで王家の影としてやっていけなくなり、『男子生徒』として学園に通うスノウとそんなスノウを妃にしたくてつきまとう王太子ジョエルの物語。 ☆本編終了後にいちゃいちゃと別カップル話続きます。 ☆エンディングはお兄ちゃんのおまけ+2ルートです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

処理中です...