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第30話 企み

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「はぁ……」

豪奢な執務室で、一人の男が書類に目を通しては溜息を吐いていた。
彼の名はカンダダ。
カサン王国の第二王子であり、最近国王に即位したばかりの人物だ。

「何でこんなに仕事が多いんだよ」

朝から数時間、一心不乱に書類に目を通していた彼は愚痴を零す。
国王と言う立場の忙しさに。

本来第二王子だった彼は、王という立場になる筈では無かった。
だが兄と父親を続けて失くした事により、急遽王位が転がり込んできている。
世間一般では彼が暗殺したのではなどと囁かれてはいたが、実際の所、二人の死因は病死で間違いなかった。

そもそも、カンダダには二人を殺す理由もない。

何故なら、彼にとって第二王子と言うポジションはとても好ましい物だったからだ。
王位を継ぐわけではないので大した責任も無く、王族と言う血筋のお陰で我が儘が出来るその立ち位置は、彼にとって本当に快適な物であった。

だらだらと享楽的に過ごす。
そういった生き方を好んだカンダダにとって、激務である国王就任など決して望んだ物では無かったのだ。

「全てはあの夜からだ」

彼にとって、自分の人生にケチが付き始めたのは婚約パーティーの夜からだった。
その日、婚約者に手を出そうとした彼は相手から思わぬ抵抗に遭い、右手を消し飛ばされてしまう。

「あいつのせいで……」

彼は右手を見る。
吹き飛ばされた右手は魔法によって再生されてはいるが、その夜の事は彼にとって未だに大きなトラウマを残している。
そしてそのトラウマは、彼をEDへと追いやった。

性欲に直結する行動からの激痛だったためか、その日以来、彼の性器はうんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
カンダダにとって女遊びは無二の楽しみであったため、EDと言う障害は彼の人生に大きな影を落とす事になっていた。

自業自得とはいえ、哀れな話である。

「陛下、此方を……」

カンダダが一息ついていると、横に居た執事風の男が一冊の書物を彼に差し出す。
表紙には鮮やかな青い薔薇が描かれ、その薔薇の中で美しい二人の男性が見つめ合っていた。

「なんだこれは?」

「最近宮中で女性達の間で出回っている書物らしく、ヘルゲル殿が風紀の乱れに繋がっているので陛下に改めて欲しいと寄越された物です」

「ふむ……何故男同士が手を取って見つめ合っているのだ?」

「いや、私の口からお伝えするのは少々あれな物でして……ヘルゲル殿は禁書にとおっしゃられておりました」

ヘルゲル・バーゼン。
このカサンの実務を取り仕切る男であり、名門バーゼル家の当主である。
潔癖症だった彼は女性が好んで回し読みをしていた書物を偶々目にし、そのあまりの内容に絶句した。
そしてこれらを禁書に指定すべく、カンダダに閲覧を求めたのだ。

「ふむ、まあ目を通してからだ」

カンダダは怠け者で性格の悪い男だったが、公務に関してはまじめだった。
国を継いだ以上、面倒くさく感じても、いい加減な真似をしない程度の常識が彼には有ったのだ。

執務室にペラペラとページをめくる音が響く。
「むぅ」や「ぬぅ」といった声をカンダダは漏らしつつも、最後まで読了した。

「ふぅ……」

「陛下?」

溜息を一つ付いた後、どこか虚ろな目をしていたカンダダに執事が声を掛ける。

「ん?……ああ。この書物はこの一冊だけか?この書を書いたものは誰だ?」

「ロッザーリアという、南方のタラハの作家だそうで。他にも出てはいるそうですが、遠方ゆえ入手困難なんだそうで。この国に他の物は入って来てはいない様です」

執事はスラスラと主の質問に答える。
情報はヘルゲルから事前に得た物だ。

彼は他にも似た様な物があればそれもやり玉に挙げるつもりで徹底的に探していたが、結局他は見つかっていない。
発刊場所が遠く離れた地である事から、ヘルゲは関連書籍などはこの国に入って来ていないと結論付けている。

「タラハか……遠いな。それでは……ん?待てよ。タラハと言えばあの女がいる国ではないか!」

カンダダが勢いよく椅子から立ち上がる。
彼の耳にも大賢者ターニアの名は届いており、当然それが聖女ターニアである事を彼は確信していた。

「成程、これは使えるな、使者を出せ!タラハへの使者だ!」

「は、はぁ……畏まりました」

急な変わりようにたじたじになりながらも、執事は主の命を実行すべく執務室を後にする。

「ふふふ、見ていろ。俺は欲しい物は必ず手に入れる!必ずだ!」

そう叫ぶと彼は口の端を歪め、嫌らしく笑う。
どうやら彼は何かを企んでいる様だった。
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