最後の人生、最後の願い

総帥

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第2章 アカデミー1年生

とある少女と別れの話

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 「弟よ。母は死んだ。人間共に殺された。もういい。私はもう耐えられない。さあ、人間を殺しに行こう。」

 刹鬼は村で見聞きした事を全て岩鬼に話した。岩鬼は母の死を知り、酷く悲しんだそうだ。だが

 「兄者。俺は嫌だ。人間を、殺したくない。母が愛した、人間を。あの小さくて、弱い人間を。」

 「...何故...だ。」

 弟は話すことが得意ではない。その弟が頑張って自分の意見を伝えようとしている。何故だ...何故そこまで人間なんかを...。

 「確かに、母を殺されたのは許せない。でも、だから人間を皆殺しにすれば、我らは本当に、鬼になってしまう。人間全てを憎む事は、俺にはできない。だが殺した人間を、殺すこともしたくない。彼らにも、家族がいる。我らと、同じ思いを、させたくない。」


 「...っ!何故...!」

 その時。遠くから声がした。それも複数。もう人間が来たのかと構えたが、声が幼い。

 「鬼さん、鬼さん!出てきてー!」
 「おねがい、逃げて!おとなたちが鬼さんを殺しにきちゃうよ!!」
 

 
 「...なんだ、お前ら。」
 刹鬼は姿を現した。

 「あ!鬼さん!お願い、ここから逃げて!!大人が明日の朝、鬼さんたちを殺しにきちゃう!」

 「ごめんなさい、鬼のおばちゃん、ぼくのせいで殺されちゃったの。ぼくがまいごになっちゃって、村までおくってくれたの。
 なのに、お父さんが人食い鬼が出たぞ!ってさけんだの。それで...。」

 子供は3人いた。皆泣いている。

 「ごめんなさい!僕たちのせいで、本当にごめんなさい。僕たち、知ってるから。おばちゃんとお兄ちゃんたちが優しいの、知ってるから。
 でも、大人は信じてくれないの。鬼は全て悪だって言うの。」

 「でも私たちは忘れないから。怖い鬼の中にも優しい鬼さんがいるって。だからお願い、逃げて!!死なないで、生きていて!」

 「許せないなら僕を殺してくれてもいい。でも、お願いだから人間みんなを嫌いにならないで!」




 3人は泣きながら我らに逃げろと、生きて欲しいと訴えている。なんでそこまで...。何故...。



 「...わかった。我らはここを離れる。...お前らも、もう帰れ。夜の山は危険だ。麓まで送る。」

 「だっだめだよ!大人に見つかっちゃう!」


 ...自分たちの危険も顧みず夜の山に入り、我らに忠告しにくるとは...。


 「...心配いらない。危険が無くなるまでだ。支度をするから少し待て。...弟。...行くぞ。もうここには帰れない。」

 「...わかった。」




 そうして子らを送り、住処を離れる。

 いつの間にか、刹鬼は涙を流していた。それは岩鬼も同じ。
 母を失った悲しみ。人間に対する憎しみ。優しい鬼さんだと言ってくれた、喜び。



 これだから人間は...自分勝手で好きになれない。でも、嫌いになる事もできない...。
 
 そうした思いを抱きながら旅をする。安心して暮らせる場所を目指して。












 「そうしてこの地に辿り着いた。まあ結局鬼が棲んでると噂は広まったが。今の所は穏やかに過ごせている。...って、なぜ泣いている?」


 私は泣いていたようだ。この感情は知っている。哀しいんだ。でも、3人だけでも理解してくれる人がいた。それはきっと、そう、嬉しいんだ。


 話を聞けて良かった。刹鬼と岩鬼のことをもっと深く知れたから。









 ある日私たちは夜の海岸を歩いていた。昼間だと人間に見つかって大変だから。そこで、なんと人魚に出会った。

 人魚はその美しい容姿と歌声で人間を惑わし食らう。だがその肉を食えば不老不死になれるという言い伝えで、逆に狩られてしまうのだ。
 実際不老不死になるには、肉ではなく肝を食うのだが。人間は肝は捨てて肉のみ食っていた。



 そしてその人魚の少女はなんと話しかけてきた。

 「ねえ、貴女。貴女が鬼と仲良しだという人間ね?」

 「鬼というのがこの2人なら、そうなんだろうけど。噂になっているの?」

 「ええそうよ。妖怪を恐れない人間は稀だもの。ねえ貴女、ワタシとも友達になってよ!」

 「ええ...?」
 戸惑う。いや嬉しいけども。随分いきなりね...。

 「いいんじゃないか?絢が良ければだが。」

 「...俺も。いいと思う。」

 2人もこう言ってくれている。いいのかな。

 「そうだね...。私も、あなたと友達になりたいかも。よくわからないのだけど。」
 
 「じゃあ成立ね!さあ、遊びましょう!あ、貴女達の住処の近くに泉とかある?ワタシも一緒に行くわ。」


 なんとも強引な人魚だ。だが悪くない気分だった。彼女も名前が無いと言う。私は玖姫くきと名付けた。こうして私たちは4人で暮らすようになった。


 
 玖姫は仲間を全て失ってしまったらしい。魚しか遊び相手がおらず、退屈していたとのこと。
 そんな時に妖怪と仲のいい少女の噂を聞いたらしい。そしてこうしちゃおれん、と何も考えず私に会いに来たとか。










 私たちはそれからずっと一緒にいた。ずっと、ずっと。でも私は人間で彼らは妖怪で。同じ時間を生きる事は出来なかった。


 それは私の無数ある人生のうち、唯一老衰で死んだ生だった。当時の人間としては、96歳まで生きたのは稀だろうな。

 私の命が消えようとしている。傍らには、出会った当時と変わらない美しい姿の3人。私はしわくちゃのお婆ちゃんになってしまった。でもそんな私を、3人は好きだと言ってくれるのだ。



 「嫌よ、絢...。もうお別れなんて。なんで人間の寿命はこんなに短いのよ...。」

 「ごめんね...でも私、幸せだった。そう、これが幸せという感情なのね。」

 

 そう。幸せだった。親に捨てられ途方に暮れて、鬼の兄弟と人魚の少女に出会った。それからの日々はかけがえのないものだった。



 「絢、絢。私達と契約をしないか?」

 「契約...?」

 「私の魂と絢の魂を繋ぐんだ。いつか絢はまた生まれ変わるんだろう?そうしたら、私は絢のもとに行くよ。」

 「貴方も死んでしまうの?それは嫌だよ...。」

 「違うよ。いつかは私も死ぬだろう。その後私は絢の使い魔になる。そういう契約をしたい。そうすれば、何度絢が死んでも私達は共にいられる。」

 「それは...式神のようなもの?」

 「近いが、違う。もちろん無理強いはしない。」

 使い魔...また、一緒に過ごせる?でも、その時私は絢じゃない。絢の魂を持った、別の誰かだ。そう伝えた。


 「それでいい。私は絢の魂に惹かれたのだから。絢なら老若男女全て受け入れられるさ。君が私達を想って名を呼んでくれれば、どこにいてもまた会える。」

 そっか...それならば、私も皆とまた逢いたい。

 
 「ワタシとも契約してくれるのよね!?ワタシ、再会するまでにもっと力を付けておくわ!」

 「俺も、契約する。」

 刹鬼、岩鬼、玖姫。私の友人、家族。私はもうじき死ぬけれど、また逢えるだろうか。


 「契約...する。皆、いつかまた逢おうね...。それまで...少しの間お別れだね...。」

 「絢。私達の名前を呼んで。君が付けてくれただろう。その時点で契約は始まっているんだ。
 後は、互いの了承だけだ。」



 「刹鬼。岩鬼。玖姫。貴方達と...魂の契約を...します。」

 「受け入れます。」

 「受け入れるわ。」

 「頼む。」


 何か、私の体の中が熱いのを感じた。契約が成立したのだろう。




 「それじゃぁ...また、会いましょう...。私の...」



 こうして私の命は終わった。







 あれから生まれ変わるたび名前を呼んでみた。しかし彼らはまだ生きているのだろう、再会は叶わなかった。

 そして妖怪が段々と姿を消し、遂に全く表に出なくなってしまった。なので、呼び出しづらくなってしまったのだ。
 あれから800年以上経った。きっと彼らも死んでいるだろう。



 今は世界すら違う場所に来てしまったが、彼らは応えてくれるだろうか?

 今度は絢ではなく、シャルと呼んでくれるだろうか...




 逢いたいなぁ...





 今俺、人間の友達がいるんだよ。紹介したいんだ。だから、起きないと。


 すっかり忘れてた。俺今寝てたんだ。心配かけちゃったから、とっとと起きて元気な姿を見せてやらないと。

 


 さあ、長い夢はもう終わり。起きる時間だ!


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