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アシュレイ・ウィスタリア
イントロダクション
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「チっ、ロっ、ルっ、さぁ~ん。ちょ~っとお話、聞かせてもらえますぅ~?」
「げっ。まーた貴女ですか。懲りませんねぇ?」
屋敷の前で待ち伏せていた女性が、馬車の前に身を晒してまで私に声をかけてくる。
既に自宅前なので私は1人馬車を降り、クーに馬車の片付けを命じつつ招かれざるお客様の応対をする。
「普通に危ないので、馬車の前に出るのはやめてくださいって毎回言ってるでしょー? 怪我してから反省したって遅いんだってばー……」
「そう言うチロルさんはぁ、段々と私への態度が雑になってきてますよ~?」
「いくら貴女が記者とはいえ、こうもしつこく付きまとわれては流石にウンザリしてしまうんですよ、イダさん……」
自宅前で私を待ち伏せしていた女性は知っている人物。イダ・ライラックさんだった。
イダさんはライラック男爵家のご令嬢であるにも関わらず、シルヴェスタ王国内最大手新聞社であるシルヴェスタ・ライズ社に入社した変わり者だ。
記者らしからぬおっとりとした喋り方、貴族令嬢としての身分、そして無駄に溢れる行動力で、彼女はそれなりに名の知られたジャーナリストと言っていいと思う。
……いい評判ばかりじゃないのは、ジャーナリストの宿命って奴でしょ。
「立ち話もなんですけど、私は招いていない相手を家に上げる気はありませんのでご容赦くださいね? おかげで仕事で疲れた私も立ち話に付き合うんですから、一切文句は言わせませんよ?」
「きゃ~っ。ありがとうございますぅ~っ。お話に応じて貰えるのでしたら、立ち話でもなんでも構いませんよ~っ」
「それは結構。はぁ~……」
わざとらしくはしゃぐイダさんに毒気を抜かれて、思わず溜め息を吐いてしまう。
この子供みたいな反応に気が抜けて、思わず喋りすぎちゃうのよねぇ……。
「で? 今日は何の話をしにきたんです? イーグルハートの新作の情報はお教えできませんよ」
「確かにイーグルハートの商品も気になるんですけどぉ。今日伺ったのはですねぇ、ランペイジ学園が閉鎖された後にチロルさんが設立された、イーグル修学院について伺えたらなー……って?」
「その話も散々してるはずなんですけどねぇ~……」
イーグル修学院が注目されるのは仕方ない。直前にランペイジ学園が崩壊しているのだから。
更に平民である私の出資で経営された学園、貴族の入学が基本的に認められない教育の場など、話題になる要素がてんこ盛りよね。
その為イダさんの属するシルヴェスタ・ライズ社に限らず、王国中のありとあらゆる新聞社に何度も何度も取材を受けたはずなんだけどな~。
「先ほども言いましたけど、私は仕事帰りで疲れています。なので出来れば早く帰宅して休みたいんです。だから聞きたいことをさっさと聞いて帰ってくれません?」
「あはは~。お疲れのチロルさんに更なる負担をかけたと知れたら、私どころかシルヴェスタ・ライズ社まで傾いてしまいそうですね~」
「聞きたいことは無いんですね? じゃあどうぞお引取りを」
「ああ~っ! ごめんなさいっ、ありますあります~っ! イーグル修学院設立前に無くなってしまったランペイジ学園ですけどーっ。その解体にチロルさんがどこまで関わっていたのか教えてください~っ」
「…………まぁた、答えにくい質問してくるわねぇ」
ランペイジ学園の崩壊に私が何か手を下したという事実は無い。実際に私は何もしていないのだから。
けれど学園が崩壊後に直ぐに同じ場所に学びの場を用意し、学園に入学していた平民の生徒を無条件で受け入れ、更には教師陣の素性も調べればすぐに分かるはず。
何もしていないから物的証拠なんてあるはずないんだけど、状況証拠が揃いすぎてて関与を否定するのも難しいわよねぇ……。
「イダさんが納得するかどうかは知ったこっちゃありませんが、ランペイジ学園の解体に私が関わった記憶はありませんよ?」
「えぇ~? ほんとですかぁ~? 巷じゃこんな噂で持ちきりなんですよ~? 『聖女チロルが学園の悪行を白日の下に晒し、虐げられていた平民達を導いたんだ』って~」
「そんなことをした覚えはございませーん」
私の反応を探るように、間延びした口調に隠して鋭い眼を光らせるイダさん。
だけどやってないものはやってないので、あっさりバッサリ切り捨てて、キッパリしっかり関与を否定する。
「お疑いなら好きなだけ調べてもらって構いませんよ。ではお話は以上ですね。ささ、とっととお帰りくださいませーっ」
「待って待って~っ! イーグル修学院の教師陣は、かつてランペイジ学園に陥れられた生徒のご家族ですよねーっ!? 彼らが修学院に教師として赴任する前から、チロルさんに資金提供を受けていたのは調べがついているんです~っ! これをどう説明されるんですか~っ!?」
「資金提供じゃなくて、普通に報酬をお支払いしていただけですよ? 彼らはイーグルハートの商品開発のモニターとして雇った人たちですから。勿論調べはついているのでしょうけどね」
「後にイーグル修学院の教師となる人材を、学園が崩壊する前に偶然雇い入れていたって、そんな偶然あります~っ!? 商品開発のモニター全員が偶然ランペイジ学園の被害者だなんて、そんなのあるはずないでしょ~っ!?」
「現在開発している商品は顧問医師のキャメル先生の全面協力の下、健康状態の改善を目指して研究されているものですからね。なのでモニターには、ランペイジ学園からの不当な金銭請求で長い期間劣悪な環境で生活していた彼らが適任だったのでしょう。ま、平たく言えば偶然ですね?」
正直な話、イダさんの話を全面的に肯定して、私がランペイジ学園をぶっ潰しましたーっ! と言ったところで何の問題も無いんだけどねー。
私はなに1つ法を犯してはいないし、犯罪者はランペイジ学園のほうだったんだから。
だけど認めると煩くなりそうだから、全面否定するに限るわっ。
「で、でもモニターの人たちはみんな、チロルさんに救われた~って言ってましたよーっ!?」
「新商品の開発モニターですからね。守秘義務を遵守してもらう為に報酬は比較的高額ですから。生活に困窮していた彼らには救いになったんじゃないですか?」
「じゃ、じゃあですねーっ! 誰とは明かせませんけど、私の知人の貴族女性が、チロルさんに学園で行われている犯罪の証拠を渡したって言ってるんですよーっ! 素性を明かせないので記事には出来ませんが信頼出来る相手ですーっ! これについてはどうお答えに……」
「ああ。どなたのことを指しているのかは存じませんが、それはもう沢山の方から山のように受け取りましたよ?」
「……へ?」
「でもそれがどうかしました? 私はそれを何処に提出した覚えもありませんし、誰に公開した覚えもありませんが。私のことを信用して、ここだけの話だと教えてくださった秘密を、よりにもよってこのチロル・クラートが外部に漏らすわけないじゃないですか」
証拠が集まったのは本当の話だし、提供してきた相手も多すぎて否定するのは無理よね。
しかし貴族令嬢からも情報提供を受けられるなんて、やっぱり男爵家令嬢のイダさんの情報収集能力は非常に高いと言わざるを得ないわねぇ。
「犯罪の証拠を示された。なのに何もせず、国や警備隊に提出もしなかった。チロルさんは今、はっきりとそう仰ったんですね~?」
「はい。記事にしても構いませんよ? 平民の私如きが複雑怪奇な貴族社会に口を出すなど恐れ多いと、行動を起こすのが憚られただけですから」
「……うっ。で、でも~っ! 学園が平民を虐げているのは分かっていたんですよね~っ!? だったら……」
「私を糾弾するのは構いませんが、私に証拠を提供した人たちが行動を起こさなかったことを糾弾される事になっても私は責任持てませんよ? 例えば貴女が信頼している相手に糾弾の手が及んでも、ね?」
「あう~っ……! 相変わらずああ言えばこう言うんですから~っ……!」
「それが商人というものです。相手をわざと挑発して口を滑らせようとするのが記者なのでしょうけど、スクープの為に際どい発言を繰り返すのは感心しませんよー?」
私は実際に殆ど関与していないから涼しい顔をして受け答えできるけれど、腹に一物二物抱えている相手が痛いところを突かれちゃったら、いったいどんな行動に出るか分かったものじゃないわよ。
ま、こんなことは記者であるイダさんのほうが私よりもずっと理解しているでしょうから、きっとちゃんと相手を見極めてこんな取材をして居るんでしょうけどね?
「んもーっ! 世間の賞賛くらい素直に認めて受け取ってくれてもいいじゃないですか~っ! みんなチロルさんが悪を成敗したって事実を求めてるんですよ~っ!?」
「なんで私が世間のニーズに応えなきゃいけないんですか。そういうのは全てイーグルハートで間に合ってますからね。ちなみにどんな記事を書きたくて取材にきたんですか?」
「そんなの決まってます~っ! 『やっぱりこの人が動いていた! 稀代の聖女チロル・クラートはどんな悪事も見逃さない! 彼女が差し伸べた救いの手は虐げられていた被害者たちの背中を押して、巨悪を暴く原動力になったのだ!』って記事を書きたかったんですよ~っ!」
「ゴシップに付き合う義理はありませんっ。でもそれ以前に見出しが長すぎますよ? 後半全部削った方が良くないです?」
「普通に駄目出ししないでくださいよ~っ! も~っ! んも~っ!」
危ない危ない。やっぱり面倒臭そうな記事を書かれるところだったわ……。
イダさんって記者としてグイグイ迫ってくるから誤解されがちだけど、ぶっちゃけチロル・クラートの重めのファンなのよねー……。
「最近は王国で良くないニュースが多いですからぁ、チロルさんの記事を書いて世間を少しでも明るくしたくってですねぇ~!」
「その心意気は素晴らしいと思いますが、ダシに使われる当人としては手放しで褒めるわけにはいきませんね?」
困った事に、悪い人じゃないから扱い難いのよね~……。
降りかかる火の粉を払うのに躊躇する気はないけれど、イダさんの場合は本気でジャーナリズムを世に役立てようって思ってるからな~……。
「しかし、良くないニュースですか。イダさんも気をつけてくださいよ? こんな無茶な取材してると巻き込まれかねません」
「他人事みたいに仰らないでくださいよ~。10代20代の女性ばかりが連続で失踪、または殺害されている『シルヴェスタの連続婦女誘拐殺人事件』。チロルさんだって狙われる可能性は充分にあるんですからね~っ!?」
「私が独りになる事はまずありませんからご心配無く。というか私に悪事を暴く能力があるのでしたらそちらの方を解決したいですよ。王国中で無差別に被害が出てるみたいですし」
「えぇ……。騎士団も動員して捜査が行なわれているみたいなんですけど、今のところ有力な手掛かりが無いんですよね~……。まだなにも分かっていないのが歯痒いです~……」
「…………なんか、話していたら心配になってきましたね?」
今のところ私もエルも何も感じるものが無いから、ノルドで異変が起こっているとは考え難いけど……。
口は災いの元って言うし、ここでイダさんを1人で帰すのはちょっと不安になってきちゃったじゃないの、もうっ。
「イダさん、今日は泊まっていきなさい。いくら私を付け回すにっくきジャーナリストのイダさんとは言え、こんな遅くに1人で帰すわけにはいかないわ」
「え、え~っ!? い、いいんですか~っ!? って言うか私、実はめっちゃ嫌われてます~っ!?」
「別に見られて困るものなんてありませんし、突然の来客も慣れたものですから。ただし中では記者はお休みしてくださいよ? 私は自宅内でまで余所行きのままでいたくはありませんから」
そう言って正面の門を開き、イダさんを招き入れて直ぐに施錠を確認する。
特に怪しい雰囲気は感じないけれど、私は武道の達人ってわけじゃないし、世の中にはクーみたいな子だって居るわけだからね。用心に越した事は無いわ。
屋敷の敷地内に入りさえすれば、クーやエルが異変に気付かないことはまずありえないはず。これでもう安心っと。
「チ、チロルさん~っ! お、お家の中を記事で紹介させていただくわけには~っ!?」
「んー。私は構わないけど、止めた方がいいと思いますよ? これでもこのお屋敷に足を踏み入れた人間って、両手で数えるくらいしか居ませんから。どんなやっかみを受けるか責任持てませんよ?」
「そんな~っ! チロルさんのお屋敷の紹介記事なんて、ランペイジ学園の暴露記事なんかよりもよっぽどスクープなのに~っ! う~っ!」
う~う~騒ぐイダさんを伴って、ようやく我が家に帰宅する。
屋敷の前で長時間騒いでいたせいでアンが来客を察して、イダさんの分まで夕食を用意してくれていて助かっちゃったわ。流石アンよねー。
食事と入浴を済ませ、後は寝るだけとなったタイミングで、客間に招いたイダさんに私は少しだけ歩み寄る事にする。
「記事にしないと約束するなら、寝物語にイダさんの望むお話をして差し上げますよ? チロル・クラートが如何にしてランペイジ学園を崩壊に導いたのか……、ってね?」
「やっぱり関与してるんじゃないですか~っ! なんで記事にしちゃダメなんですか~っ!?」
「この屋敷内はプライベートなんですっ。だからお招きした友人の望むままに、ちょっとだけ私を美化した作り話でも披露して差し上げようと思いまして」
「嘘だ~っ! 絶対作り話じゃないんでしょ~っ!? チロルさんって何気に嘘は言わないじゃないですか~っ!」
「聞きたくないなら構いませんよー? このまま寝ちゃっても私は別に構いま……」
「聞きます聞きますっ! 聞くに決まってます~っ! 記事にしないから教えてください~っ! 私が知りたいから~っ!」
「宜しい。それじゃお話しましょうねー。始まりは、とある花屋の少女との出会いでした……」
この日語った内容は、約束通り記事になることはなかったけれど。
知りたがりのイダさんの質問責めに遭った私は次の日ちょっとだけ寝坊して、呆れたエルにぺちぺちと頬を叩かれるまで爆睡してしまったのだった。
「げっ。まーた貴女ですか。懲りませんねぇ?」
屋敷の前で待ち伏せていた女性が、馬車の前に身を晒してまで私に声をかけてくる。
既に自宅前なので私は1人馬車を降り、クーに馬車の片付けを命じつつ招かれざるお客様の応対をする。
「普通に危ないので、馬車の前に出るのはやめてくださいって毎回言ってるでしょー? 怪我してから反省したって遅いんだってばー……」
「そう言うチロルさんはぁ、段々と私への態度が雑になってきてますよ~?」
「いくら貴女が記者とはいえ、こうもしつこく付きまとわれては流石にウンザリしてしまうんですよ、イダさん……」
自宅前で私を待ち伏せしていた女性は知っている人物。イダ・ライラックさんだった。
イダさんはライラック男爵家のご令嬢であるにも関わらず、シルヴェスタ王国内最大手新聞社であるシルヴェスタ・ライズ社に入社した変わり者だ。
記者らしからぬおっとりとした喋り方、貴族令嬢としての身分、そして無駄に溢れる行動力で、彼女はそれなりに名の知られたジャーナリストと言っていいと思う。
……いい評判ばかりじゃないのは、ジャーナリストの宿命って奴でしょ。
「立ち話もなんですけど、私は招いていない相手を家に上げる気はありませんのでご容赦くださいね? おかげで仕事で疲れた私も立ち話に付き合うんですから、一切文句は言わせませんよ?」
「きゃ~っ。ありがとうございますぅ~っ。お話に応じて貰えるのでしたら、立ち話でもなんでも構いませんよ~っ」
「それは結構。はぁ~……」
わざとらしくはしゃぐイダさんに毒気を抜かれて、思わず溜め息を吐いてしまう。
この子供みたいな反応に気が抜けて、思わず喋りすぎちゃうのよねぇ……。
「で? 今日は何の話をしにきたんです? イーグルハートの新作の情報はお教えできませんよ」
「確かにイーグルハートの商品も気になるんですけどぉ。今日伺ったのはですねぇ、ランペイジ学園が閉鎖された後にチロルさんが設立された、イーグル修学院について伺えたらなー……って?」
「その話も散々してるはずなんですけどねぇ~……」
イーグル修学院が注目されるのは仕方ない。直前にランペイジ学園が崩壊しているのだから。
更に平民である私の出資で経営された学園、貴族の入学が基本的に認められない教育の場など、話題になる要素がてんこ盛りよね。
その為イダさんの属するシルヴェスタ・ライズ社に限らず、王国中のありとあらゆる新聞社に何度も何度も取材を受けたはずなんだけどな~。
「先ほども言いましたけど、私は仕事帰りで疲れています。なので出来れば早く帰宅して休みたいんです。だから聞きたいことをさっさと聞いて帰ってくれません?」
「あはは~。お疲れのチロルさんに更なる負担をかけたと知れたら、私どころかシルヴェスタ・ライズ社まで傾いてしまいそうですね~」
「聞きたいことは無いんですね? じゃあどうぞお引取りを」
「ああ~っ! ごめんなさいっ、ありますあります~っ! イーグル修学院設立前に無くなってしまったランペイジ学園ですけどーっ。その解体にチロルさんがどこまで関わっていたのか教えてください~っ」
「…………まぁた、答えにくい質問してくるわねぇ」
ランペイジ学園の崩壊に私が何か手を下したという事実は無い。実際に私は何もしていないのだから。
けれど学園が崩壊後に直ぐに同じ場所に学びの場を用意し、学園に入学していた平民の生徒を無条件で受け入れ、更には教師陣の素性も調べればすぐに分かるはず。
何もしていないから物的証拠なんてあるはずないんだけど、状況証拠が揃いすぎてて関与を否定するのも難しいわよねぇ……。
「イダさんが納得するかどうかは知ったこっちゃありませんが、ランペイジ学園の解体に私が関わった記憶はありませんよ?」
「えぇ~? ほんとですかぁ~? 巷じゃこんな噂で持ちきりなんですよ~? 『聖女チロルが学園の悪行を白日の下に晒し、虐げられていた平民達を導いたんだ』って~」
「そんなことをした覚えはございませーん」
私の反応を探るように、間延びした口調に隠して鋭い眼を光らせるイダさん。
だけどやってないものはやってないので、あっさりバッサリ切り捨てて、キッパリしっかり関与を否定する。
「お疑いなら好きなだけ調べてもらって構いませんよ。ではお話は以上ですね。ささ、とっととお帰りくださいませーっ」
「待って待って~っ! イーグル修学院の教師陣は、かつてランペイジ学園に陥れられた生徒のご家族ですよねーっ!? 彼らが修学院に教師として赴任する前から、チロルさんに資金提供を受けていたのは調べがついているんです~っ! これをどう説明されるんですか~っ!?」
「資金提供じゃなくて、普通に報酬をお支払いしていただけですよ? 彼らはイーグルハートの商品開発のモニターとして雇った人たちですから。勿論調べはついているのでしょうけどね」
「後にイーグル修学院の教師となる人材を、学園が崩壊する前に偶然雇い入れていたって、そんな偶然あります~っ!? 商品開発のモニター全員が偶然ランペイジ学園の被害者だなんて、そんなのあるはずないでしょ~っ!?」
「現在開発している商品は顧問医師のキャメル先生の全面協力の下、健康状態の改善を目指して研究されているものですからね。なのでモニターには、ランペイジ学園からの不当な金銭請求で長い期間劣悪な環境で生活していた彼らが適任だったのでしょう。ま、平たく言えば偶然ですね?」
正直な話、イダさんの話を全面的に肯定して、私がランペイジ学園をぶっ潰しましたーっ! と言ったところで何の問題も無いんだけどねー。
私はなに1つ法を犯してはいないし、犯罪者はランペイジ学園のほうだったんだから。
だけど認めると煩くなりそうだから、全面否定するに限るわっ。
「で、でもモニターの人たちはみんな、チロルさんに救われた~って言ってましたよーっ!?」
「新商品の開発モニターですからね。守秘義務を遵守してもらう為に報酬は比較的高額ですから。生活に困窮していた彼らには救いになったんじゃないですか?」
「じゃ、じゃあですねーっ! 誰とは明かせませんけど、私の知人の貴族女性が、チロルさんに学園で行われている犯罪の証拠を渡したって言ってるんですよーっ! 素性を明かせないので記事には出来ませんが信頼出来る相手ですーっ! これについてはどうお答えに……」
「ああ。どなたのことを指しているのかは存じませんが、それはもう沢山の方から山のように受け取りましたよ?」
「……へ?」
「でもそれがどうかしました? 私はそれを何処に提出した覚えもありませんし、誰に公開した覚えもありませんが。私のことを信用して、ここだけの話だと教えてくださった秘密を、よりにもよってこのチロル・クラートが外部に漏らすわけないじゃないですか」
証拠が集まったのは本当の話だし、提供してきた相手も多すぎて否定するのは無理よね。
しかし貴族令嬢からも情報提供を受けられるなんて、やっぱり男爵家令嬢のイダさんの情報収集能力は非常に高いと言わざるを得ないわねぇ。
「犯罪の証拠を示された。なのに何もせず、国や警備隊に提出もしなかった。チロルさんは今、はっきりとそう仰ったんですね~?」
「はい。記事にしても構いませんよ? 平民の私如きが複雑怪奇な貴族社会に口を出すなど恐れ多いと、行動を起こすのが憚られただけですから」
「……うっ。で、でも~っ! 学園が平民を虐げているのは分かっていたんですよね~っ!? だったら……」
「私を糾弾するのは構いませんが、私に証拠を提供した人たちが行動を起こさなかったことを糾弾される事になっても私は責任持てませんよ? 例えば貴女が信頼している相手に糾弾の手が及んでも、ね?」
「あう~っ……! 相変わらずああ言えばこう言うんですから~っ……!」
「それが商人というものです。相手をわざと挑発して口を滑らせようとするのが記者なのでしょうけど、スクープの為に際どい発言を繰り返すのは感心しませんよー?」
私は実際に殆ど関与していないから涼しい顔をして受け答えできるけれど、腹に一物二物抱えている相手が痛いところを突かれちゃったら、いったいどんな行動に出るか分かったものじゃないわよ。
ま、こんなことは記者であるイダさんのほうが私よりもずっと理解しているでしょうから、きっとちゃんと相手を見極めてこんな取材をして居るんでしょうけどね?
「んもーっ! 世間の賞賛くらい素直に認めて受け取ってくれてもいいじゃないですか~っ! みんなチロルさんが悪を成敗したって事実を求めてるんですよ~っ!?」
「なんで私が世間のニーズに応えなきゃいけないんですか。そういうのは全てイーグルハートで間に合ってますからね。ちなみにどんな記事を書きたくて取材にきたんですか?」
「そんなの決まってます~っ! 『やっぱりこの人が動いていた! 稀代の聖女チロル・クラートはどんな悪事も見逃さない! 彼女が差し伸べた救いの手は虐げられていた被害者たちの背中を押して、巨悪を暴く原動力になったのだ!』って記事を書きたかったんですよ~っ!」
「ゴシップに付き合う義理はありませんっ。でもそれ以前に見出しが長すぎますよ? 後半全部削った方が良くないです?」
「普通に駄目出ししないでくださいよ~っ! も~っ! んも~っ!」
危ない危ない。やっぱり面倒臭そうな記事を書かれるところだったわ……。
イダさんって記者としてグイグイ迫ってくるから誤解されがちだけど、ぶっちゃけチロル・クラートの重めのファンなのよねー……。
「最近は王国で良くないニュースが多いですからぁ、チロルさんの記事を書いて世間を少しでも明るくしたくってですねぇ~!」
「その心意気は素晴らしいと思いますが、ダシに使われる当人としては手放しで褒めるわけにはいきませんね?」
困った事に、悪い人じゃないから扱い難いのよね~……。
降りかかる火の粉を払うのに躊躇する気はないけれど、イダさんの場合は本気でジャーナリズムを世に役立てようって思ってるからな~……。
「しかし、良くないニュースですか。イダさんも気をつけてくださいよ? こんな無茶な取材してると巻き込まれかねません」
「他人事みたいに仰らないでくださいよ~。10代20代の女性ばかりが連続で失踪、または殺害されている『シルヴェスタの連続婦女誘拐殺人事件』。チロルさんだって狙われる可能性は充分にあるんですからね~っ!?」
「私が独りになる事はまずありませんからご心配無く。というか私に悪事を暴く能力があるのでしたらそちらの方を解決したいですよ。王国中で無差別に被害が出てるみたいですし」
「えぇ……。騎士団も動員して捜査が行なわれているみたいなんですけど、今のところ有力な手掛かりが無いんですよね~……。まだなにも分かっていないのが歯痒いです~……」
「…………なんか、話していたら心配になってきましたね?」
今のところ私もエルも何も感じるものが無いから、ノルドで異変が起こっているとは考え難いけど……。
口は災いの元って言うし、ここでイダさんを1人で帰すのはちょっと不安になってきちゃったじゃないの、もうっ。
「イダさん、今日は泊まっていきなさい。いくら私を付け回すにっくきジャーナリストのイダさんとは言え、こんな遅くに1人で帰すわけにはいかないわ」
「え、え~っ!? い、いいんですか~っ!? って言うか私、実はめっちゃ嫌われてます~っ!?」
「別に見られて困るものなんてありませんし、突然の来客も慣れたものですから。ただし中では記者はお休みしてくださいよ? 私は自宅内でまで余所行きのままでいたくはありませんから」
そう言って正面の門を開き、イダさんを招き入れて直ぐに施錠を確認する。
特に怪しい雰囲気は感じないけれど、私は武道の達人ってわけじゃないし、世の中にはクーみたいな子だって居るわけだからね。用心に越した事は無いわ。
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「チ、チロルさん~っ! お、お家の中を記事で紹介させていただくわけには~っ!?」
「んー。私は構わないけど、止めた方がいいと思いますよ? これでもこのお屋敷に足を踏み入れた人間って、両手で数えるくらいしか居ませんから。どんなやっかみを受けるか責任持てませんよ?」
「そんな~っ! チロルさんのお屋敷の紹介記事なんて、ランペイジ学園の暴露記事なんかよりもよっぽどスクープなのに~っ! う~っ!」
う~う~騒ぐイダさんを伴って、ようやく我が家に帰宅する。
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食事と入浴を済ませ、後は寝るだけとなったタイミングで、客間に招いたイダさんに私は少しだけ歩み寄る事にする。
「記事にしないと約束するなら、寝物語にイダさんの望むお話をして差し上げますよ? チロル・クラートが如何にしてランペイジ学園を崩壊に導いたのか……、ってね?」
「やっぱり関与してるんじゃないですか~っ! なんで記事にしちゃダメなんですか~っ!?」
「この屋敷内はプライベートなんですっ。だからお招きした友人の望むままに、ちょっとだけ私を美化した作り話でも披露して差し上げようと思いまして」
「嘘だ~っ! 絶対作り話じゃないんでしょ~っ!? チロルさんって何気に嘘は言わないじゃないですか~っ!」
「聞きたくないなら構いませんよー? このまま寝ちゃっても私は別に構いま……」
「聞きます聞きますっ! 聞くに決まってます~っ! 記事にしないから教えてください~っ! 私が知りたいから~っ!」
「宜しい。それじゃお話しましょうねー。始まりは、とある花屋の少女との出会いでした……」
この日語った内容は、約束通り記事になることはなかったけれど。
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