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チロル・クラート

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 何も見えない。目の前が真っ暗だ。

 目を開けているのに何も見ることが出来ない。この眼にも何も捉えられない。


 けれど、視界の先で、真っ黒い何かが蠢いているだけは分かった。


(妬ましい妬ましい妬ましい……!)


 苦々しい誰かの声が、私の頭に直接響く。


 妬ましい? 当たり前でしょ。他人を妬まない人間なんているわけないわ。


 どうして自分だけ? どうしてアイツだけ? どうしてどうしてどうしてって?


 そんなことを考えても意味は無いわ。だって元々答えなんて無いんだもの。

 人を妬む暇があるなら、人に羨まれる自分自身を目指しなさい。


(憎い憎い憎たらしい……!)


 また違う誰かの声が頭に届く。


 憎たらしい? 当たり前でしょ。他人を憎まない人間なんているわけないわ。

 憎たらしいから何よ? 可愛くなきゃいけないの? そんなの余計なお世話だってば。


 私は誰を憎んでも、誰に憎まれても、自分自身だけは決して憎まないわ。

 憎たらしいこの世界において、私と一緒に歩いてくれるのは私だけなんだもの。


(ズルいズルい羨ましい……!)


 三度私に声が届く。


 ズルい? 羨ましい? そんなこと言っても仕方ない。だって世界は平等じゃないから。
 
 私には何が足りなかった? アイツだけはどうして上手くいっているんだ? 何が違う? 何が何が何が……?


 何が違うかを考える事に意味はあるの? 配られたカードを交換することなんて出来ないのに。

 持って生まれたカードは交換できないけれど、生まれた後に好きなだけ増やせるのよ? 悩む暇があったら手を伸ばした方がいいんじゃない?


 それでも望むカードが手に入るとは限らないけど、蹲ってるよりは気が楽よ。


(許せない許せない絶対に許さない……!)


 一際強い声が轟く。


 許せない? 許さない? そんなの誰だって思うこと。怒りは必ずしも悪いことじゃないわ。

 間違ってる? 正しくない? そうね。でも世の中そんなものよ。

 自分の怒りが正しいかなんて自分の主観でしかないし、間違いは必ず正されるなんて幻想でしかないわ。


 それでも怒りを覚えることは、きっと自分にとって大切なものだから。

 自分が許せないもの、譲れないものから目を逸らして生きたくはないわ。


(辛い……悲しい……もう嫌だ……)


 消え入りそうな声が聞こえる。


 辛いね。悲しいね。嫌な事ばっかりだよね。でもね。意外とみんな同じなんだよ。

 辛くて悲しくて嫌な事ばっかりでも、みんな歯を食いしばって生きているんだよ。


 それでもどうしても耐えられないなら、誰かに助けを求めてもいいの。

 声をあげてもいい。手を伸ばしてもいい。誰かを探してもいい。


 苦しんでるのは貴方だけじゃないわ。きっと誰かが貴方を見つけてくれるはずよ。


(そんな人……今まで居なかった……)


 ……それなら、私の手を取ればいいじゃない。


 私はチロル・クラート。貴方達になんか負けないわ。

 貴方達全員を巻き込んで、全部まとめてまるっと幸せになってみせるわよ。


 私のことが信用できない? 他人のことが信じられない?



 ……ふふ。なんなのコイツら。

 人が下手に出ていれば、どこまでもどこまでも付け上がってくれちゃってぇ……!!


「……寄って集って、甘ったれたことを言ってんじゃなーーーーーいっ!!」


 目の前の暗闇に向かって、全身全霊を込めて叫ぶ。


 恨み妬み怒り嫉み僻み、こっちはそんなもの全部抱えて生きてきたってのよっ!

 そのたった1つにさえ押し潰されてるような奴等に、このチロル・クラートが負けてあげられるはずないじゃないっ!!


 ふざけるんじゃないわっ! この程度の薄っぺらい感情で、善良に幸福に生きている人たちの足を引っ張ろうだなんて、この私が絶対に許さないっ!!

 世界中の人間の負の感情ですって!? 上等じゃないっ!!

 このチロル・クラート。逃げも隠れもしないわっ!

 世界の悪意が私を否定するなら、私は世界中の悪意全てを否定するっ!! 私が世界の悪意を全て蹴散らしてあげようじゃないっ!!


 自分ではなにもしない。人に助けを求めもしない。手を差し伸べた人を信用もしない。


 何もしない自分より下に、常に誰かが居て欲しいという腐った願い。

 自分からは何も動き出さないのに、都合よく誰かが助けてくれるのを期待する爛れた祈り。

 なのに差し出された手を素直に受け取ることも出来ない、馬鹿馬鹿しいまでの弱さ。


 醜い醜い醜いっ!! なんって醜いのアンタたちっ!!

 こんなに醜悪な感情が人間の本質だなんて、私は絶対に認めないんだからーーーーーっ!!


「薄っぺらい負の感情如きが、私の前に立ちはだかるなーーーっ!!」


 私の声に散らされるように、視界の闇が晴れていく。

 夜の闇を力ずくで破り捨てるように、世界を覆っていた深い黒が千切れていく。


 世界中の人間から集められた負の感情とやらは、まるで私から逃げるかのように世界に溶けて消えていった。


「えーっと、ここは……?」


 真っ暗だった視界が晴れて、自分が石室の中央に立っている事に気付く。

 地下深い場所のはずなのに、なぜか薄明るくて周囲が確認できた。


 後ろを振り返ると、石で出来た扉があり、外側に向かって開け放たれている。

 あれを開いた記憶はある。開いた記憶はあるけれど……。


 私は部屋の外から押したはず。だけど開いた扉は、部屋の中から外に向けて開け放たれていた。


「……まぁいいわ。神の領域で常識に囚われていても仕方無いし」


 首を振って周囲を見渡すと、どうやら私は扉の奥に踏み込んでいたようだ。


 真っ暗で真っ黒だった部屋の面影は残っていない。

 部屋の中央に石で出来た小さな祭壇があるだけの、伽藍とした空間だった。


 はて? ここが恐らく最奥の部屋だと思うのだけれど、神様の姿がどこにもないわね?

 声はここから届いていたはず。もしかして、人には姿を見ることも出来ない存在なのかしら?


「……お前が聖女など、いったいなんの冗談だ」

「えっ?」


 頭に響くような声ではなく、近くから肉声が聞こえてきた。

 先ほどまで聞こえていた地の底から轟くような声ではなく、鈴の音のような美しい男性の声。


「うっ……!?」


 そう思ったとき、部屋にある祭壇に眩い光が集まり始める。

 私の前で光は強く輝き続け、次第に光はその輪郭を変え、やがて人型を成していく。


「こ、これって……!」


 これってもしかしなくても、どう考えても神の降臨の予兆よね……!?

 これから不浄の神様が、私の前に降臨してくださるのかしらっ……!?


 膨らんでいない胸を期待で膨らませる私の前で、ゆっくりと光が弱まっていく。

 そして光が治まった時、そこには1人の美青年が立っていた。


「…………っ」

「不浄の澱みを力技で払い除けるなんて、お前は本当に人間なのか? 神である俺でさえ、この身を蝕まれていたというのに……」


 現れた美青年、恐らくは不浄の神様のあまりの美貌に思わず息を飲んでしまう。

 美形揃いのクラート家に生まれた私でも、これほどの美形にはお目にかかった事が無い……。


 黒髪、黒目、褐色肌。衣服まで真っ黒だという徹底振り。

 先ほどまで世界を覆っていた闇よりも、更に深い黒を纏う絶世の美男子……。


 だけど、開口一番に発せられた私への人外判定に、私の頭は急速に現実感を取り戻していった。

 なんで神様にまで人間かどうかを疑われなきゃいけないのよっ! 神様の癖に、うちの家族みたいなことを言わないでくださるっ!?


 ……でもなんで神様なのに、執事っぽいスーツに身を包んでらっしゃるのかしら? 趣味? 趣味なの?


「……お初にお目にかかります、不浄の神よ。改めて名乗らせて頂きましょう」


 神様の格好にツッコミを入れたい衝動を全力で堪えながら、目の前の美神に小さく頭を下げてカーテシーをしてみせる。


「私はチロル・クラート。この度は不浄の神の聖女の任を仰せ付かりました。どうぞ宜しくお願いいたしますわ」

「……いや。お前が聖女を名乗るのは流石に無理があるだろう」

「えっと? どういう意味でしょう?」

「お前は人の身でありながら、不浄の神たる俺が担当していた不浄の澱みを全て消し飛ばしてしまったんだが? もうお前は聖女ではなく、不浄の神を名乗るべきではないのか?」

「あらあら。不浄の神はご冗談がお好きなのですね。15の小娘如きに不浄の神の代役など、務まろうはずもありませんわ」

「いや、事実務まってしまったぞ? 周りを見てみるがいい。俺が集めた不浄の澱みが、綺麗さっぱり残っていないだろうが」


 周りを見るまでもなく、さっきまで集まっていた不浄の澱みとやらがこの場に残っていないのは分かっている。

 だって私がこの手で打ち破ってやったんだし。


 それにしても、不浄の澱みねぇ……。

 あんなもの、生きていれば誰だって溜まるものでしょうに。


 いちいちあんなものに感けていては、人生損してしまうというものです。あんなヘドロのような感情、見つけ次第蹴散らして差し上げますわ。


「それにしても不浄の神様は随分美形でいらっしゃいますね」

「……ふん」


 あら? 不機嫌そうに目を逸らしてしまわれましたね?

 美形と呼ばれる事に何か思うところがあるのかもしれません。


 ……私の知ったことではありませんけど?


「せっかくお美しいお姿なのですから、もっと積極的に表に出られては如何ですか?」

「そんな淡々と美しいと語られてもいまいち説得力が無いんだが……。まぁいい」


 容姿をぞんざいに褒めた途端に、私に視線を戻してくださる不浄の神様。

 やはりご自身の容姿があまり好きではないご様子ですね。どんなに綺麗な外見をされていても、自分が受け入れられなければ好きにはなれませんか。


「事はそんなに単純ではないのだ。俺がこの姿で表に出ると、不浄の澱みが凄まじい勢いで溜まってしまうからな。自らの仕事を増やすようなことは出来んさ」

「あー! 確かに不浄の神はお綺麗であらせられますから、その美貌に世の女性陣は虜になり、奪い合いの大戦争が引き起こされるわけでございますねっ」


 なるほど。ご自身の容姿で不浄を集めてしまわれるのですね。

 不浄に触れる私を必死に制止しようとしてくださった優しい方ですから、不浄を集めてしまうご自身の美貌が受け入れられないのでしょう。


 こんなに優しい方のお言葉をガン無視してしまった事実が、今更ながらに申し訳なくなってしまいます。


「負の連鎖は留まるところを知らず、女性にそっぽを向かれた男性陣も嫉妬の炎に包まれると。さっすが不浄の神です! 完璧な循環システムですわねっ!」

「誰が好きで不浄を集めてると言った!?」

「あら? 違うんですか?」

「俺は自分が果たす役割として……、人間のお前にも分かりやすく言えば、仕事でやっているのだ! 余計な仕事など増やしたくもないわっ!」

「あ~分かります。分かりますわ。分かりみが深いですわ不浄の神よ」

「……その言い方だと、俺の言いたい事はまったく伝わっていないと確信できるな」

「自分のミスで仕事が増えてしまったときのあのやるせなさ……。どこに矛先を向けていいのか分からない、やり場の無い怒り……。確かにあの虚無感は、不浄の澱みと言っても差し支えませんわね」

「俺の役目がどうでも良く聞こえてしまうような言い方をするんじゃないっ! 虚無感や虚脱感は、不浄の澱みとは最も縁遠い感情だろうがっ!」


 ええ~。同意したのに怒られてしまいました……。


 それにしても、虚無感や虚脱感は不浄の澱みとは最も縁遠い、ですか。

 確かに虚無感や虚脱感で他人様を憎んだりすることは、あまりイメージできませんね。


 あら? そう言えば私、神様と普通に会話しておりますけど、神様の発する言葉に先ほどまでの生温い不快感を抱くことが無くなっていますね?

 これってやっぱり、不浄の澱みとやらがこの場からは綺麗さっぱり無くなってしまったということなんでしょうか。


「さて……。不浄の澱みとやらは一掃してしまったみたいですし、不浄の神はこれからどうなさるおつもりですか?」

「む? どう、とはどういう意味だ?」

「いくら神とはいえ、役割も無くこんな場所に引きこもっていては、ご自身が澱んでしまいますわよ?」

「神の俺を、失業した引き篭もりみたいに言うでないわっ!」

「引き篭もりでないと仰るのでしたら、私と一緒に神殿を出ませんか?」

「神殿の外に……だと?」


 私の提案がよほど意外だったのか、驚いたように大きく両目を見開く神様。

 けれど直ぐに首を振って、私の提案を拒絶する。


「不浄の澱みは、人の営みが続く限り途絶える事は無い。今は綺麗に払われているが、時間が経てばまたここは澱んでくるであろう。ここを放棄する訳には……」

「……なるほど。ここを放棄することは出来ないと」

「決して俺の役割が無くなることはない。断じてないのだぞ?」


 いやいや神様。私、何も言ってないじゃないですかぁ。

 そんなに必死になって否定してると、かえって怪しさが増してしまうというものですよ?


「それでも、一定期間やることが無くなっているわけで御座いましょう? でしたら休暇も兼ねて、1度外に出ても宜しいんじゃありませんか?」

「……むうぅ。確かに今すぐすべきことは特に無いが……」

「やることの無い引き篭もりは危険ですよ? 私も9歳になるまでは軽度の引き篭もりでしたが、あれは本当に良くありません……」

「……俺の話を捻じ曲げて捉えるのは止めろ。お前、絶対分かってて言ってるよな? な?」


 ん~。不浄の神のお姿は、見れば見るほど整っておりますねぇ。私の胸倉を掴んで詰め寄るお顔すら美しいではありませんか。

 確かにこの姿で外になんか出られた日には私の評価が一転して、私VS世の中の全ての女性という構図が成り立ちかねませんね。


 引き篭もりを引っ張り出すのは良いとしても、この引き篭もりは特大級の引き篭もり。このまま表に引きずり出すわけには参りません。

 何か良い手立てを考えませんと……。


「……お前、今絶対碌でもないことを考えているな? 今ちょっと悪寒が走ったぞ?」


 失礼ですね神様。私はいつだって碌でもないことしか考えておりませんよ?


「そうですわ。不浄の神だって神様の1柱なんですもの。姿を変えたりは出来ないのでしょうか?」

「姿を変えろ……、だと? 何故だ?」

「そのままのお姿では外に出られないと仰るのなら、姿を変えてしまえばいいのです。自分の美貌のせいで外に出られないんだ……! なんてちょっと思い込みの激しい男性のような事を言うのは止めて、私と一緒に外に出てみませんか?」

「俺を引き篭もりのナルシストみたいに言うんじゃない!」


 ふふ。神様ったら意外と語彙が豊富ですね。

 古の昔から引き篭もっていらっしゃるのに、引き篭もりだのナルシストだの、いったいどうやってお知りになったのでしょう?


「……姿を変えるのは簡単だっ。むしろ、この本来の姿を顕現している方が難しいのだ」

「あら、そうだったんですか?」

「この姿になれるほどに澱みが払われることなど、本当にいつ振りであろうか……」


 御自身の体に触れながら、感極まったように呟く不浄の神様。

 今の貴方は何処からどう見てもナルシストムーブ全開ですよ神様?


「お姿を変えられるのでしたら、外に出てもなんの不安もございません。定期的に澱みが溜まると仰るのでしたら、定期的にこちらに参りましょう」

「待て。俺は外に出るなどひと言も……」

「というか私も聖女なので、神殿を長期間放置しておくと教会になにを言われるのか分かったものじゃありません。ですから不浄の神と私の利害は一致しております」

「お互いの利害は一致してない。お前の利と俺の害がピッタリ重なり合ってるだけだ。こういうのを利害の一致とは言わんぞ。絶対に言わせんぞ」


 唯一の懸念事項であったお姿を変えられるのでしたら、最早何の問題ありませんわね。


 ではでは、いったいどんなお姿になっていただこうかしら?
 
 下手に少年や壮年になられるのも危険そうですよね……。魅了される分母は減りそうですけれど、個人個人の熱量はかえって上がってしまいそうですし……。


 う~ん……。私には縁遠い言葉だと思っておりましたけど、美しいって罪なんですねぇ……。


 ……ん? 美しいのは罪?


「閃いた! 閃きましたわっ! 解決策っ!」

「聞きたくない。言わずに帰れ、今すぐに」


 神様の妙にリズミカルな否定の言葉を真っ向から無視して、呆れ顔の神様に向かって捲し立てますっ。


「確かに不浄の神のお姿はこの世のものとは思えないほどに整っていて、外を歩けば令嬢はおろか殿方ですら魅了しかねない、非常に危険な色気を放っておいでですっ」

「……お前は素直に容姿を称えられないのか?」

「確かに美しさは罪……! ですがこうも言うじゃありませんか! 可愛いは正義ですと!」

「……………………はぁ?」


 私の言葉に硬直し、なんとか搾り出すように疑問の言葉を口にする神様。


 おやおや。引き篭もりやナルシストなんて無駄に語彙は豊富なのに、可愛いは正義というこの世の絶対的な真理をどうやらご存じない様子ですね?

 ならば私が教えて差し上げますよっ! 貴方に仕える聖女の使命としてっ!


「行き過ぎた美貌は罪ですが、可愛さはどこまで突き抜けても正義ですっ! ということで不浄の神よ! 貴方が知る中で、最も可愛い小動物の姿になっていただけませんかっ!?」

「どうしてそうなるのだっ! お前の頭の中はどうなっているのだっ!?」


 ふふふふ。完璧過ぎる解決策でしょう?

 私は可愛い小動物に触れられる。不浄の神は外に出られる。そして私は可愛い小動物に触れられるのですからっ!

 
「不浄の神よ。せっかくお役目に少し余裕が出来たのです。私と一緒に外に出てみませんか?」


 呆けたままの不浄の神に、静かに右手を差し伸べる。

 差し出された私の手を、なんだか理解できないもののように、ただ黙って見詰める神様。


「神々にとって、人の一生など瞬く間に通り過ぎて、気にも止まらないものかもしれませんけれど……。意外と面白いものが見つかるかもしれませんよ?」


 こんな狭い穴倉にひっそりと、絶世の美男子が隠れている事だってあるんです。

 この穴倉を出て広い世界を探してみれば、もっともっと面白い事に出会えるはずです。


「それと私、可愛い動物と暮らすのが夢だったのです。私の夢の生活の実現のために、不浄の神もどうか協力してくださいませんか?」


 私の眼には、ただ呆れた様子の絶世の美男子の姿だけが映っている。

 この眼で見ても、この方の美しさが損なわれることは無いらしい。


「くっ……、くくく……」


 この世の何より美しい不浄の神は、私の眼を真っ向から見返しながら、小さく肩を震わせ笑みを溢している。


「……まったく、呆れた奴だなお前は。始めは聖女に求めるものは何だと聞いてきたくせに、まさか自分の方が神に願いを申し出るとはな?」

「申し訳ありませんねぇ。でもこれが私なのです。たとえ相手が神様でも、私は私を曲げることは絶対に出来ません」

「くはははははっ! 神が相手でもかっ! なんと恐ろしい女なのだお前……、いやチロルはっ!」


 お腹を抱えて大声で笑い出す不浄の神様。

 神様のことは敬いますけど、従うかどうかは別の話でしょう?


 私を従えられるのは絶対に私だけ。神様にも運命にも、絶対に屈してなんかあげられませんっ。


「……私はいつだって振り回す側で居たいのです。誰かの都合で振り回されるのはもう沢山。相手が運命であろうと神であろうと、私が中心となって世界を回してやるんですっ!」

「はははははっ! なんと傲慢な女なのだチロルは! 自分が世界の中心だと思うどころか、自分が世界を回していくと豪語するかっ!!」


 大笑いされておりますけど、世界なんて結局は自分を中心とした場所にしか生まれないものですよ?

 自分の関わらない世界を変えるのは難しいけれど、自分が見ている世界を変えるのは自分自身なんです。


 ですから不浄の神も……。


「……ねぇ不浄の神よ。毎回毎回不浄の神と言うのも面倒なのですが」

「ぅおいっ!? 自分が仕える神の名前を面倒とは何事だっ!?」

「不浄の神などという肩書きで貴方をお呼びしたくはないのです。貴方には肩書きではない、本来の名前は無いのでしょうか?」

「……はっ! いきなりの殊勝な態度だが、絶対に頭の中では碌でもないことを考えていそうだなぁっ!?」


 流石はツッコミ属性をお持ちの神様。私の脳内など既にお見通しのようですね。


 不浄の神とか長いですし固いですし、何より可愛くありません。

 なによりこの世界の何よりも美しい貴方に、不浄なんて名前は似合いませんから。


「ふ……。この名を人に告げる日が来ようとはな。俺の名は……」




 これが私たちの始まりの日。

 こうして私は正式な聖女となり、世界一可愛い同居人とも出会うことが出来た。


 まるでこの世界のように美しい奇妙な友人との出会いは、その後の私の人生を大きく変えていく事になるのだった。
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