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822 ※閑話 失伝 忍び寄る終焉の足音
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「…………!」
ガルフェリアと対峙していたダンが我に返り、魔力制御をしくじり魔力を炸裂させたころ。
そこから遠く離れたどこかの世界で、デウス・エクス・マキナで増幅された膨大な魔力が爆発した衝撃を感知して、それは静かに意識を覚醒させかけた。
ソレが意識を取り戻すのは、一体いつ以来であっただろう。
もう長いこと眠り続けていたソレは、久しぶりに感じた外界からの刺激に少し心が動き出す。
「…………?」
しかしその爆発は一過性のものであったようで、その後はまたいつも通りの静寂が辺りを包む。
興味を失くしたソレは、自分の内から無限に湧き出る新鮮な魔力をまた、惰眠と共に貪り始める。
眠り、そして喰らい続ける者の名は『コラプサー』。
かつてテレスと呼ばれる世界に突如現れ、テレスで開発された全自動魔法増幅システム『デウス・エクス・マキナ』をその身に取り込み、多次元の数多の世界を滅びに導いた終焉を司る存在。
生物かどうかも定かではないコラプサーには感情の起伏はなく、思考力も非常に鈍い。
ソレにあるのは純粋な食欲。
己を構成する魔力を本能のままに摂取し続けるだけの、単純で悪意の無い存在だった。
かつての4人の女神でも、その女神たちが暮らしたテレスの研究者たちも最後までコラプサーの事はなにも理解できずに終焉を迎えてしまったのだが、このコラプサーという存在は、実はテレスの魔法文明が生み出した世界のシステム不具合、言ってしまえばバグのような存在なのだ。
小から大を生み出し、エネルギー保存の法則を完全に無視した夢の永久機関デウス・エクス・マキナ。
これが稼動している限り理論上は魔力が尽きることはなく、文明が発展するほどに深刻化するはずのエネルギー問題を根本から解決する、まさにご都合主義の反則的な装置だった。
しかし反則は反則。ご都合主義はご都合主義。
ルールを破ればペナルティがあるように、ご都合主義も続けば陳腐化するように、夢の永久機関デウス・エクス・マキナにも、テレスの民が気付かなかった重大な欠点があったのだった。
魔力という万能で全能のエネルギーは世界中の到る所に溢れていて、本来であれば枯渇する心配など全く無い夢のエネルギーだった。
しかしその万能性、全能性故に更なる要素、用途の可能性を求められ続けた結果、遂にかつてテレスのあった世界では、世界に満ちる魔力というエネルギーが枯渇しかけてしまった。
テレスの優秀な魔法技術者たちは、魔力が魂によって増幅される性質を持っている事を知っていた。
そして、魔力を用いれば擬似的な魂を生み出せる事も分かっていた。
――――だから作った。
擬似的に生み出された魂を触媒に、少ない魔力でより多くの魔力を生み出せる、デウス・エクス・マキナというバランスブレイカーを。
しかし、自然の摂理を破り、世界の均衡を破壊するデウス・エクス・マキナの副作用は、目に見えないところで進んでいた。
一見して夢の永久機関にしか見えないデウス・エクス・マキナであったが、いくら万能エネルギーの魔力でも無から有を生み出すことは出来ない。
ならばデウス・エクス・マキナが生み出すエネルギーはどこから生み出されていたのか。
それはテレスの優れた魔法文明でさえも存在を確認することが出来なかった、虚数空間から引き出されている魔力エネルギーだったのだ。
核である擬似魂を触媒に虚数空間にアクセスし、本来であれば知覚することも利用することも出来ないはずの虚数魔力を実在魔力に変換する機能こそがデウス・エクス・マキナの真髄。
テレスの民たちは自分たちが使っている技術の真髄を誤解したままで、取り返しのつかないところまで走り続けてしまった。
デウス・エクス・マキナの登場によって、もうエネルギー問題に悩まされることが無いと誤解してしまったテレスの民は、省エネルギー志向を忘れ、節約という言葉を忘れ、ひたすらに消費を繰り返した。
何十年、何百年……或いは何千年、何万年は平穏なまま過ぎていったのかも知れない。
しかし現実世界の魔力エネルギーを食い尽くした実績のあるテレスの魔法文明は、ある日とうとう虚数空間に穴が空くほどの魔力を消費してしまった。
そして実はその穴こそが、コラプサーと呼ばれる終焉の存在の正体でもあった。
コラプサーに意思は無い。
なぜならコラプサーは世界に空いたただの穴なのだから。
コラプサーには魔力を喰らうという食欲だけが存在している。
実はこれは厳密には食欲ですらなく、穴の空いた地面に水が流れ込むように魔力が流れ落ちているだけなのだ。
空っぽになった虚数世界に魔力を満たす為に生み出された魔力の回収屋、取り立て屋がコラプサーの本質。
壊れそうになった虚数世界が生み出した防衛システムであったのか、本来干渉不可能な世界を好き勝手有らした事による不具合なのか、コラプサーの誕生した経緯は定かではない。
ただ1つ確かなのは、現実世界の魔力が枯渇するほどの量の魔力を回収し、虚数空間が元通りに魔力に満たされるまで、コラプサーという世界の穴が塞がれる事はないということだ。
しかしここで1つ、世界にとってもコラプサーにとっても予想外だった事が起こった。
虚数魔力変換機のデウス・エクス・マキナに、意志を持たないコラプサーが囚われてしまったのだ。
まるで水が循環するように、デウス・エクス・マキナとコラプサーは一定量の魔力を常に交換し続けることで、コラプサーの動きを止める事に成功した。
だがその一方で、コラプサーが停止したことで虚数空間の魔力が永久に回収されず、コラプサーという世界のシステムエラーを解消する方法が失われてしまった。
これにより異世界に住まう人々も含めて、人類は常に滅亡と隣りあわせで生きていくことを余儀なくされている。
長い長い時間をデウス・エクス・マキナに捉えられていたコラプサーに、うっすらと自我のようなものが芽生え始めたのは、きっと偶然ではなかったのだろう。
意思無き穴のままでは、いつまで経っても虚数空間は満たされないのだから。
デウス・エクス・マキナから得られる魔力を喰らい続けていては、どれだけ時間が経っても魔力の総量は変化しない。
それどころか、ダンたちの居る異世界に流れ込むほどの勢いで虚数空間から魔力を引き出し続けるデウス・エクス・マキナを放置しては、いつかはまた虚数空間の魔力が失われてしまうかも知れない。
いつしかコラプサーは食欲に似た魔力への強い執着を抱くようになり、そして同じ魔力を取り込み続けることへの『飽き』を学習していく。
テレスに留まり続ける限り食欲が満たされないと判断したコラプサーは、新たな味と魔力を求めて様々な世界と繋がり、そしてその世界の魔力を喰らい続けた。
しかし足りない。
数多の世界を滅ぼし、そこに住まう生物と共に膨大な魔力を取りこみ続けても、その身に取り込んだデウス・エクス・マキナが際限なく魔力を引き出してしまうから。
ダンのように、デウス・エクス・マキナを開いた個人を取りこんだだけなら、本人の寿命が尽きれば虚数空間から魔力を引き出す機能は失われ、いつかはコラプサーの向こう側の虚数空間の魔力が満たされる日もあったかもしれない。
けれどテレス人の優れた技術と怠惰を望む腐った心が半永久的に稼動し続けるシステムを生み出してしまったせいで、悲劇の連鎖もまた半永久的に続く事になってしまったのだった。
かつて女神たちとテレスの民がコラプサーの脅威から逃れる為に異界の門を閉じようとした判断は、限りなく正しい。
面倒臭がりで本体がデウス・エクス・マキナに囚われているコラプサーは、態々調査の為に越界してまで他の世界を見に行くことは無いのだから。
しかし崩界という移動魔法を応用したウェポンスキルは、実はコラプサーには効果が無い。
前述した通り、コラプサーとは世界に空いた穴でしかないのだから。
移動魔法が通じたように思えたのは、単に穴の出口が移動魔法によってズラされただけであって、コラプサー自身に影響を与えられたわけでは無かったのだ。
穴に攻撃を加えても、ただ落ちていくだけ。
実体の無い穴に蓋をしようとしても、実体ある蓋では虚数空間に通じる穴を塞ぐことは出来ないのだ。
現在ダンたちが死闘を繰り広げている世界が、数万年以上もの間コラプサーによる終焉を免れていた理由は主に3つ。
1つはテレスからの魔力流入が無ければ成立しないほどに魔力が少なかったあの世界に、コラプサーが全く興味を示さなかったこと。
アウターと外界の境界線によって、ダンたちの世界を構成する魔力がコラプサーに感知されなかったこと。
そしてコラプサーが他の魔力溢れる世界に興味を示していたことが挙げられる。
しかし長い年月の間に他の世界は失われ、僅かな刺激でもコラプサーを刺激する要因になりえる状況が整ってしまった。
実は既に世界呪を滅ぼした際にも、コラプサーはダンの住まう世界に1度興味を向けていた。
2つの異界の扉を強制的に閉じたヴァンダライズの魔力は、かつてテレスと呼ばれた異世界で眠るコラプサーの下まで届いてしまったから。
けれどヴァンダライズは宿り木の根と世界呪という2つの異界の扉を完全に閉じ切ってしまったおかげで、興味を持ったコラプサーにそれ以上感知されるのを免れたのだった。
しかし、今回は様々な不幸が重なってしまった。
バルバロイという首謀者によって、神器呼び水の鏡で常に異界の扉が開いている状態で、ダンがデウス・エクス・マキナを起動してしまったのだ。
その上ダンはそのデウス・エクス・マキナで異界の扉を閉じることもせず、そのままガルフェリアとの戦いを続けてしまった。
次の不幸は、ダンが居なくてもガルフェリアを滅ぼす為にと、ニーナ、フラッタ、ヴァルゴの3人が、異界の扉に匹敵するほどの魔力を行使してしまったこと。
特にフラッタのグランブルーバスターの衝撃は、眠気にまどろむコラプサーを覚醒するには十分な刺激となってしまった。
そして最後にディバインスレイヤーで3つの神器を破壊してしまったのが決定打となった。
かつての女神たちでさえも知らないことだが、神器に用いられていた素材はデウス・エクス・マキナの核部分にも用いられていた、超効率魔力導体物質『イマジナリーソウル』。
その優れた魔力伝導能力がゴールドアポカリプスの魔力を更に増幅し、呼び水の鏡を通してテレスに眠るコラプサーの下へと届けられてしまったのだ。
ダンやニーナたちに落ち度があったかと言われると、分からないというのが正直なところだろう。
ダンもニーナも自分と大切な人の幸せを守るために必死になって戦っただけで、2人に悪意も害意も微塵もなかった。
万人が見ても悪いのは策を弄したバルバロイであり、身勝手に嫉妬に狂ったガルシアであり、他者の話を聞かずに暴走したカルナスであり、自ら母と妻を裏切りながら、その2人からの寵愛を受けられなかった事を逆恨みした原初の王だっただろう。
しかし彼らの行ないでは、決してコラプサーが呼び込まれる事は無かった。
彼らを圧倒的な力で捻じ伏せ、我が侭に不幸を蹴散らしてきた暴君が居なければ、この世界に終焉を招く事はなかっただろう。
しかし、もう知られてしまった。
ダンたちの住まう世界には、コラプサーの求めご馳走が溢れるほどにあるのだと。
デウス・エクス・マキナに囚われたまま、ダンたちの居る世界に向かって手を伸ばすコラプサー。
それは見る人が見れば、必死になってテレビのリモコンに手を伸ばす、疲れた中年男性を思わせる滑稽な動きに映ったかもしれない。
穴という性質上、コラプサーは本質的にものぐさで怠惰だ。
しかしいくらものぐさであろうとも、1度動き始めたらどれ程ゆっくりであっても動きを止めないのもまた、コラプサーの性質の1つだった。
ものぐさな上にデウス・エクス・マキナに本体が縛り付けられているコラプサーが、彼の地を訪れるのはいつか。
1秒後かもしれないし、1000年後かも分からない。
けれど仕合わせの暴君たちの行動をきっかけに、間違いなく終焉は動き出した。
最終決戦の先に待っているのは物語の終わり、終焉と相場が決まっている。
しかし決戦の末に辿り着いた終焉が幸福なものであるとは限らない。
間もなく迎えるダンたちの冒険譚の結末。
果たしてそれが幸福なものであるのか、はたまた絶望に塗れた終焉であるかは誰にも分からない。
1つだけ確かなことがあるとするならば……。
たとえ数多の世界に終焉を齎し、攻撃が一切通じない相手と対峙したとしても、かの暴君だけはきっと最後まで諦めないだろう。
冒険譚の終わりは、近い――――。
ガルフェリアと対峙していたダンが我に返り、魔力制御をしくじり魔力を炸裂させたころ。
そこから遠く離れたどこかの世界で、デウス・エクス・マキナで増幅された膨大な魔力が爆発した衝撃を感知して、それは静かに意識を覚醒させかけた。
ソレが意識を取り戻すのは、一体いつ以来であっただろう。
もう長いこと眠り続けていたソレは、久しぶりに感じた外界からの刺激に少し心が動き出す。
「…………?」
しかしその爆発は一過性のものであったようで、その後はまたいつも通りの静寂が辺りを包む。
興味を失くしたソレは、自分の内から無限に湧き出る新鮮な魔力をまた、惰眠と共に貪り始める。
眠り、そして喰らい続ける者の名は『コラプサー』。
かつてテレスと呼ばれる世界に突如現れ、テレスで開発された全自動魔法増幅システム『デウス・エクス・マキナ』をその身に取り込み、多次元の数多の世界を滅びに導いた終焉を司る存在。
生物かどうかも定かではないコラプサーには感情の起伏はなく、思考力も非常に鈍い。
ソレにあるのは純粋な食欲。
己を構成する魔力を本能のままに摂取し続けるだけの、単純で悪意の無い存在だった。
かつての4人の女神でも、その女神たちが暮らしたテレスの研究者たちも最後までコラプサーの事はなにも理解できずに終焉を迎えてしまったのだが、このコラプサーという存在は、実はテレスの魔法文明が生み出した世界のシステム不具合、言ってしまえばバグのような存在なのだ。
小から大を生み出し、エネルギー保存の法則を完全に無視した夢の永久機関デウス・エクス・マキナ。
これが稼動している限り理論上は魔力が尽きることはなく、文明が発展するほどに深刻化するはずのエネルギー問題を根本から解決する、まさにご都合主義の反則的な装置だった。
しかし反則は反則。ご都合主義はご都合主義。
ルールを破ればペナルティがあるように、ご都合主義も続けば陳腐化するように、夢の永久機関デウス・エクス・マキナにも、テレスの民が気付かなかった重大な欠点があったのだった。
魔力という万能で全能のエネルギーは世界中の到る所に溢れていて、本来であれば枯渇する心配など全く無い夢のエネルギーだった。
しかしその万能性、全能性故に更なる要素、用途の可能性を求められ続けた結果、遂にかつてテレスのあった世界では、世界に満ちる魔力というエネルギーが枯渇しかけてしまった。
テレスの優秀な魔法技術者たちは、魔力が魂によって増幅される性質を持っている事を知っていた。
そして、魔力を用いれば擬似的な魂を生み出せる事も分かっていた。
――――だから作った。
擬似的に生み出された魂を触媒に、少ない魔力でより多くの魔力を生み出せる、デウス・エクス・マキナというバランスブレイカーを。
しかし、自然の摂理を破り、世界の均衡を破壊するデウス・エクス・マキナの副作用は、目に見えないところで進んでいた。
一見して夢の永久機関にしか見えないデウス・エクス・マキナであったが、いくら万能エネルギーの魔力でも無から有を生み出すことは出来ない。
ならばデウス・エクス・マキナが生み出すエネルギーはどこから生み出されていたのか。
それはテレスの優れた魔法文明でさえも存在を確認することが出来なかった、虚数空間から引き出されている魔力エネルギーだったのだ。
核である擬似魂を触媒に虚数空間にアクセスし、本来であれば知覚することも利用することも出来ないはずの虚数魔力を実在魔力に変換する機能こそがデウス・エクス・マキナの真髄。
テレスの民たちは自分たちが使っている技術の真髄を誤解したままで、取り返しのつかないところまで走り続けてしまった。
デウス・エクス・マキナの登場によって、もうエネルギー問題に悩まされることが無いと誤解してしまったテレスの民は、省エネルギー志向を忘れ、節約という言葉を忘れ、ひたすらに消費を繰り返した。
何十年、何百年……或いは何千年、何万年は平穏なまま過ぎていったのかも知れない。
しかし現実世界の魔力エネルギーを食い尽くした実績のあるテレスの魔法文明は、ある日とうとう虚数空間に穴が空くほどの魔力を消費してしまった。
そして実はその穴こそが、コラプサーと呼ばれる終焉の存在の正体でもあった。
コラプサーに意思は無い。
なぜならコラプサーは世界に空いたただの穴なのだから。
コラプサーには魔力を喰らうという食欲だけが存在している。
実はこれは厳密には食欲ですらなく、穴の空いた地面に水が流れ込むように魔力が流れ落ちているだけなのだ。
空っぽになった虚数世界に魔力を満たす為に生み出された魔力の回収屋、取り立て屋がコラプサーの本質。
壊れそうになった虚数世界が生み出した防衛システムであったのか、本来干渉不可能な世界を好き勝手有らした事による不具合なのか、コラプサーの誕生した経緯は定かではない。
ただ1つ確かなのは、現実世界の魔力が枯渇するほどの量の魔力を回収し、虚数空間が元通りに魔力に満たされるまで、コラプサーという世界の穴が塞がれる事はないということだ。
しかしここで1つ、世界にとってもコラプサーにとっても予想外だった事が起こった。
虚数魔力変換機のデウス・エクス・マキナに、意志を持たないコラプサーが囚われてしまったのだ。
まるで水が循環するように、デウス・エクス・マキナとコラプサーは一定量の魔力を常に交換し続けることで、コラプサーの動きを止める事に成功した。
だがその一方で、コラプサーが停止したことで虚数空間の魔力が永久に回収されず、コラプサーという世界のシステムエラーを解消する方法が失われてしまった。
これにより異世界に住まう人々も含めて、人類は常に滅亡と隣りあわせで生きていくことを余儀なくされている。
長い長い時間をデウス・エクス・マキナに捉えられていたコラプサーに、うっすらと自我のようなものが芽生え始めたのは、きっと偶然ではなかったのだろう。
意思無き穴のままでは、いつまで経っても虚数空間は満たされないのだから。
デウス・エクス・マキナから得られる魔力を喰らい続けていては、どれだけ時間が経っても魔力の総量は変化しない。
それどころか、ダンたちの居る異世界に流れ込むほどの勢いで虚数空間から魔力を引き出し続けるデウス・エクス・マキナを放置しては、いつかはまた虚数空間の魔力が失われてしまうかも知れない。
いつしかコラプサーは食欲に似た魔力への強い執着を抱くようになり、そして同じ魔力を取り込み続けることへの『飽き』を学習していく。
テレスに留まり続ける限り食欲が満たされないと判断したコラプサーは、新たな味と魔力を求めて様々な世界と繋がり、そしてその世界の魔力を喰らい続けた。
しかし足りない。
数多の世界を滅ぼし、そこに住まう生物と共に膨大な魔力を取りこみ続けても、その身に取り込んだデウス・エクス・マキナが際限なく魔力を引き出してしまうから。
ダンのように、デウス・エクス・マキナを開いた個人を取りこんだだけなら、本人の寿命が尽きれば虚数空間から魔力を引き出す機能は失われ、いつかはコラプサーの向こう側の虚数空間の魔力が満たされる日もあったかもしれない。
けれどテレス人の優れた技術と怠惰を望む腐った心が半永久的に稼動し続けるシステムを生み出してしまったせいで、悲劇の連鎖もまた半永久的に続く事になってしまったのだった。
かつて女神たちとテレスの民がコラプサーの脅威から逃れる為に異界の門を閉じようとした判断は、限りなく正しい。
面倒臭がりで本体がデウス・エクス・マキナに囚われているコラプサーは、態々調査の為に越界してまで他の世界を見に行くことは無いのだから。
しかし崩界という移動魔法を応用したウェポンスキルは、実はコラプサーには効果が無い。
前述した通り、コラプサーとは世界に空いた穴でしかないのだから。
移動魔法が通じたように思えたのは、単に穴の出口が移動魔法によってズラされただけであって、コラプサー自身に影響を与えられたわけでは無かったのだ。
穴に攻撃を加えても、ただ落ちていくだけ。
実体の無い穴に蓋をしようとしても、実体ある蓋では虚数空間に通じる穴を塞ぐことは出来ないのだ。
現在ダンたちが死闘を繰り広げている世界が、数万年以上もの間コラプサーによる終焉を免れていた理由は主に3つ。
1つはテレスからの魔力流入が無ければ成立しないほどに魔力が少なかったあの世界に、コラプサーが全く興味を示さなかったこと。
アウターと外界の境界線によって、ダンたちの世界を構成する魔力がコラプサーに感知されなかったこと。
そしてコラプサーが他の魔力溢れる世界に興味を示していたことが挙げられる。
しかし長い年月の間に他の世界は失われ、僅かな刺激でもコラプサーを刺激する要因になりえる状況が整ってしまった。
実は既に世界呪を滅ぼした際にも、コラプサーはダンの住まう世界に1度興味を向けていた。
2つの異界の扉を強制的に閉じたヴァンダライズの魔力は、かつてテレスと呼ばれた異世界で眠るコラプサーの下まで届いてしまったから。
けれどヴァンダライズは宿り木の根と世界呪という2つの異界の扉を完全に閉じ切ってしまったおかげで、興味を持ったコラプサーにそれ以上感知されるのを免れたのだった。
しかし、今回は様々な不幸が重なってしまった。
バルバロイという首謀者によって、神器呼び水の鏡で常に異界の扉が開いている状態で、ダンがデウス・エクス・マキナを起動してしまったのだ。
その上ダンはそのデウス・エクス・マキナで異界の扉を閉じることもせず、そのままガルフェリアとの戦いを続けてしまった。
次の不幸は、ダンが居なくてもガルフェリアを滅ぼす為にと、ニーナ、フラッタ、ヴァルゴの3人が、異界の扉に匹敵するほどの魔力を行使してしまったこと。
特にフラッタのグランブルーバスターの衝撃は、眠気にまどろむコラプサーを覚醒するには十分な刺激となってしまった。
そして最後にディバインスレイヤーで3つの神器を破壊してしまったのが決定打となった。
かつての女神たちでさえも知らないことだが、神器に用いられていた素材はデウス・エクス・マキナの核部分にも用いられていた、超効率魔力導体物質『イマジナリーソウル』。
その優れた魔力伝導能力がゴールドアポカリプスの魔力を更に増幅し、呼び水の鏡を通してテレスに眠るコラプサーの下へと届けられてしまったのだ。
ダンやニーナたちに落ち度があったかと言われると、分からないというのが正直なところだろう。
ダンもニーナも自分と大切な人の幸せを守るために必死になって戦っただけで、2人に悪意も害意も微塵もなかった。
万人が見ても悪いのは策を弄したバルバロイであり、身勝手に嫉妬に狂ったガルシアであり、他者の話を聞かずに暴走したカルナスであり、自ら母と妻を裏切りながら、その2人からの寵愛を受けられなかった事を逆恨みした原初の王だっただろう。
しかし彼らの行ないでは、決してコラプサーが呼び込まれる事は無かった。
彼らを圧倒的な力で捻じ伏せ、我が侭に不幸を蹴散らしてきた暴君が居なければ、この世界に終焉を招く事はなかっただろう。
しかし、もう知られてしまった。
ダンたちの住まう世界には、コラプサーの求めご馳走が溢れるほどにあるのだと。
デウス・エクス・マキナに囚われたまま、ダンたちの居る世界に向かって手を伸ばすコラプサー。
それは見る人が見れば、必死になってテレビのリモコンに手を伸ばす、疲れた中年男性を思わせる滑稽な動きに映ったかもしれない。
穴という性質上、コラプサーは本質的にものぐさで怠惰だ。
しかしいくらものぐさであろうとも、1度動き始めたらどれ程ゆっくりであっても動きを止めないのもまた、コラプサーの性質の1つだった。
ものぐさな上にデウス・エクス・マキナに本体が縛り付けられているコラプサーが、彼の地を訪れるのはいつか。
1秒後かもしれないし、1000年後かも分からない。
けれど仕合わせの暴君たちの行動をきっかけに、間違いなく終焉は動き出した。
最終決戦の先に待っているのは物語の終わり、終焉と相場が決まっている。
しかし決戦の末に辿り着いた終焉が幸福なものであるとは限らない。
間もなく迎えるダンたちの冒険譚の結末。
果たしてそれが幸福なものであるのか、はたまた絶望に塗れた終焉であるかは誰にも分からない。
1つだけ確かなことがあるとするならば……。
たとえ数多の世界に終焉を齎し、攻撃が一切通じない相手と対峙したとしても、かの暴君だけはきっと最後まで諦めないだろう。
冒険譚の終わりは、近い――――。
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