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815 慟哭の最終決戦⑧ 邪悪
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「ガルぅ……! 王国のみんなにも祝福されて、一緒に新しい時代を築こうって……。王国のみんなを幸せにしようって誓ったのにぃ……どうしてぇ……!」
ガルシアさんの首を抱きながら静かに泣き続けるマーガレット陛下。
そんな彼女を嘲笑うかのように更にガルシアさんの身体を弄ぶ、天空から放たれた黒き雷光。
黒く禍々しい閃光に貫かれた首の無い2人の体は地面に沈み込んでいき、イントルーダーの出現を予感させた。
「ちっ……! このプレッシャーの中を並みの魔物狩りに自主的に避難しろってのは無理かっ!」
殆どの魔物狩りがガルシアさんとの対決中に逃げてくれたようだけど、野次馬根性丸出しの馬鹿共が少なくない人数逃げ遅れてしまったようだ。
自己責任として放置出来たら楽だったんだけどなぁ!
「おいお前らぁっ!! 死にたくなけりゃ無理矢理にでもいいから動くん……」
「皆さん此方へ! 王国と帝国の総力を挙げて皆さんをお守りします!!」
俺の全力の叫びを遮って、ビリビリと空気が震えていると錯覚するほどの声量で若い男の声が轟く。
その声で我に返った魔物狩りたちが縋るように声の主に視線を向けると、そこに立つのは闇夜に赤い瞳を燃やした美しい男の姿。
「王国最強と謳われたルーナ竜爵家の名にかけて、皆さんの安全はこのシルヴァ・モーノ・ソクトルーナが保証します!!」
「あ、兄上!? ど、どうしてココに!?」
驚きの声を上げたフラッタに一瞬だけ笑顔を向けたシルヴァは、直ぐに表情を引き締め直して魔物狩りたちに避難を促す。
シルヴァの隔絶した美貌と竜爵家の名前に希望を見出した魔物狩りたちはゾンビのようにフラフラとシルヴァに集まり、そして素直に誘導されていく。
正直言って助かったけど、どうしてシルヴァがここに?
さっきマーガレット陛下が現れた時には同行してなかったよな?
「彼を呼んできたのは俺だ。勝手をして済まなかった」
「カランさん!」
マーガレット陛下の護衛としてついてきたらしいカランさんが、周囲を警戒しながら声をかけてくる。
「目の前の敵に集中せねばならんダン殿たちや、今のマーガレット陛下では心砕かれた者たちを導くのは厳しいと判断してな。ポータルと魔迅でひとっ走り迎えに行ってきたのだ」
「助かったよカランさん! 守人のみんなには助けられてばっかりだ、ありがとう!」
世界呪と同等に死の気配が満ちるこの場で何に縋ればいいのかも分からない奴らからしたら、若く美しい竜人族の剣士はまさにひと筋の光明のように映るだろう。
古の邪神が伝承通りの力を持っているなら避難行動にどれだけの意味があるかは分からないけど、少なくともこの場で戦いに巻き込まれるよりはマシなはずだ。
「ガルぅ……。私、これから独りでどうすればいいのぉ……?」
「リーチェ! シャロ! 今のうちにマーガレット陛下を連れて一旦下が……」
「お~っとっと! 悪いけどそれは認められないなぁ!?」
「なっ!?」
マーガレット陛下を避難させようとした瞬間、場違いに陽気で不快な声が響き渡る。
だけど、この声の主は俺がたった今間違いなく殺してやったはず……!
混乱する頭で声のした方に視線を向けると、そこには邪悪な笑顔を浮かべるバルバロイの生首が転がっていた。
「く……首、だけ……!? こいつ……!」
「ラズもリーチェも、その男と婚姻を結んでいる奴らはこの場から離れることは許さないよー!? その男が殺されるのを特等席で見てって欲しいからねぇ!」
ゲラゲラと狂気じみた笑い声を響かせながら、家族のみんなの撤退を禁じるバルバロイ。
今更バルバロイの言うことに従う義理なんか無いはずなのに、どう見ても致死量を超える血を流してゲラゲラと渡す生首の異様さに、つい動きを止めさせられてしまう。
「ああ、マギーは帰っていいよ? お前にやってもらいたい事はないし、一応ガルと約束してあるからね。お前には手を出さないって」
「ガルぅ……。貴方はいつも私のことばっかりで……自分のことなんか後回しで……」
「ありゃりゃ。こりゃ聞こえてなさそうだねぇ? 全く酷い妹だよ。兄の頭を放って恋人の頭しか拾わないんだからさ。ラズもそう思わない?」
「……なんで生きてんだお前」
古の邪神よりも禍々しい光景に、凍りついた思考で問いかける。
人の悪意を煮詰めて固めたようなバルバロイの存在に、古の邪神よりも空恐ろしいものを感じる、
「俺は間違いなく首を刎ねたはずだ……。首を切られても生きてるなんて、実はバケモンなのかお前……」
「あーそうそう! 酷いことするねぇ? 剣も構えていない男の首を一方的に斬り飛ばすなんてさ。暴君様には人の心ってものが無いの?」
「お前が人を語るなバルバロイィィ!!」
バルバロイの頭を掴みあげフルファインダーを使って魔力を感知する。
するとバルバロイの頭部から遥か東方に向かって、1本の魔力の筋が繋がっていた。
「……なんだお前? 生首だけになってまで、いったい何と魔力と繋げていやがるんだ?」
「はっ! ドミネイターで繋がる魔力を感知するとか、化け物はどっちだって話だよ」
「『ドミネイター』? なんだそれ? 教えろよおい? おい?」
髪を掴んで持ち上げているバルバロイの頭部を、スナップを利かせて2度3度と地面に叩きつける。
しかし叩きつけられた本人はペッペッと砂を吐き出しながら、何の痛みも感じていないようだ。
「無駄なことしないでくれる? この頭をどれだけ痛めつけられても、こっちは喋り辛くなる程度しか不都合は無いんだからさぁ」
「やっぱり本体じゃないのか? ……でも神器を持ち去ったのは間違いなくバルバロイのはずだ。おいクズ、ドミネーターって一体なんだ?」
どうやらこれから出現する存在は、今まで戦ってきたどのイントルーダーよりも強大な存在らしく、いつまで経っても黒い稲妻が止まらない。
折角なのでその間にバルバロイから話を聞く事にする。
「おいおい。それが人に物を尋ねる態度かい? 教えてくださいバルバロイ様、だろ?」
「さっさと答えないと、常人には壊せない聖銀製の檻に入れて地中に埋めるぞ? 首だけのお前に脱出する術があるといいな?」
「……初見の癖に、ドミネーターの欠点を的確に突いてくるじゃあないか。流石レガリアを滅ぼしただけのことはあるねぇ」
俺の脅しに初めて一片の焦りを滲ませるバルバロイ。
ただのカマかけだったけど、どうやらビンゴだったようだな。
完全にバルバロイ本人にしか思えないけれど、恐らく俺が切ったのは別人の首なんだろう。
どこかと魔力で繋がっている生首と、支配者という名前から察するに、他人を支配して人の意のままに操るようなマジックアイテムでもあるんだろ。
無貌の仮面は認識阻害効果を持つマジックアイテムだったし、人の認識を弄ってバルバロイに見せかけるようなマジックアイテムがあってもおかしくない。
移魂の命石や縛鎖のペンデュラムを組み合わせれば、他人をリモートコントロールするようなマジックアイテムも作れるんじゃないのか?
「お前がさっきから余裕ぶってるのは、頭部を破壊されてもマジックアイテムの効果が失われるだけだからだ。だが逆に頭部をこのまま破壊されずにいると、お前は生涯生首に囚われたまま過ごす事になるんだろ?」
「さぁねぇ? そう思うなら試してみれば?」
「首を刎ねられても死なない。でも魔力が多い胴体じゃなく頭部の方に意識が残ったって事は、こっちにマジックアイテムの核が埋め込まれて……。ああ、左目か?」
フルファインダーで更に詳しく分析すると、魔力で繋がっている生首の中でも、特に左目に多くの魔力が集中しているのが分かった。
この左目……バルバロイ本人の眼球か?
自身の眼球を触媒にして他者を自分のコピーに仕立て上げるマジックアイテムってことか?
代償はかなり大きいけど、バルバロイのようにトコトン矢面に立ちたがらない臆病者にはお誂え向きのマジックアイテムだな。
この状態ならそもそも従属魔法は弾かれそうだから、さっきの話はブラフだったか?
「……識の水晶も無いのに、よくもまぁ初めて見るマジックアイテムをそこまで考察できるものだね? 戦闘力よりもその思考力の方がよほど薄気味悪いよ」
「識の水晶にお伺いを立てなきゃ俺と会話も出来ないのか? 俺の質問に答える気が無いなら無様に転がってろ」
「……ドミネイターは使用者の身体的欠損を条件に、他人に自分の意識を移すマジックアイテムさ。今回はお察しの通り、左目を触媒にして身代わりを立てさせてもらったよ」
コイツの言っている事を全て信用する気も無いけど、嘘なら嘘でも構わない。
どうせこれから現れる邪神も、コソコソと隠れ回っているバルバロイも、俺が殺すことに変わりは無いのだから。
「使い方によっては強力なドミネイターだけど、制限もきつくて結構使いにくいんだ。例えば職業の祝福を纏えなくなるからまともに戦えなくなっちゃうし」
「ああ。道理で全く手を出してくる素振りもなかったわけだ。だが職業の祝福が使えないなら、インベントリや移動魔法だって使えないはずだ。最深部でカルナスと待っていたお前は本体だったのか?」
「そだよ? 神器を並べて神降ろしの準備を整えたら、ガルが到着する前に人形役と入れ替わってはいお終いってね。時間が無くって左目を抉り出すのが結構きつかったよ。トットもなかなか飲み込んでくれないしさぁ~」
「うっ……おぇ……!」
淡々と語られる悍ましい行為に、黙って聞いていた家族の何人かが吐き気を堪えるように口元を抑える。
確かに聞くに堪えない話だけど、語っている本人の方がよっぽど悍ましいから俺は何とも無いな。
「残念だけど、魔力枯渇を起こせば人形とのリンクが切れて終わりだから、多少退屈なだけでさほど困るわけじゃないよ? その退屈こそが俺にとっては1番の苦痛なんだけど」
「そっか。なら退屈しないように男子トイレにでも転がしておいてやるよ。魔力が切れるまで楽しんでくれ」
「……ガルを殺したあとで、よくもそんな下らない発想が出来るもんだねぇ?」
「俺に言わせりゃお前の全ての方がくだらねぇよ。さて、そろそろおしゃべりの時間は終わりだな」
「――――っ!?」
生首しか残っていなかったバルバロイの頭部を、下顎辺りから切り飛ばす。
舌も喉も残ってないから、いくら凄いマジックアイテムを用いても喋るのはもう無理だろ。
特等席で俺の死を見ていけって? ならお前も退場するには早いだろ。
「お前の話に付き合う気はないが、もう逃がすつもりもない。決着が着くまでここで静かに転がってろ」
「……っ! …………っっ!!」
目で何かを訴えかけてくるバルバロイの頭部を投げ捨て、ようやく稲妻が止まって地面に広がる巨大な魔方陣に目を向ける。
邪神よりよっぽど邪悪な男と話したおかげで、これから何が出てこようが怖くも何とも無いな?
『神を恐れぬか? 流石は神殺し、何とも傲慢なことだな』
「あ?」
突如頭に鳴り響く聞き慣れない声。
ガルシアさんともバルバロイとも違う、落ち着いた大人の男性の声だった。
『我が誰か分からぬか神殺し。これより世界に再臨し、全てを統べる者を理解できないとは嘆かわしいことだ』
「理解できないからもう喋んなくていいよ。みんな、出てきた瞬間に消滅させるよー」
未だに地面の巨大魔法陣からは何も出現していないのに、姿の見えない誰かは何の不自由もなく俺との会話に興じてくる。
その言葉1つ1つにまで極限まで圧縮された魔力が乗せられてくるから、声を聞いただけで心が砕かれるという伝承もあながち嘘でもなさそうだ。
『神の言葉を聞かぬと言うか神殺しよ。頭を垂れ、祈りを捧げることもなく、剣を突きつけ殺意を飛ばすか、この神に』
「悪いね。俺の元居た場所じゃ『神』なんて有り触れた言葉でしかなかったんだ。おかげで敬意も恐怖も感じないねな」
『ふむ。それでこそ神殺し。目覚めし我の敵に相応しい傲慢さだ』
なんだなんだ。これから現れる誰かさんもオリハルコンメンタルの持ち主かぁ?
どれだけ邪険に扱っても勝手に都合よく解釈されると、何気に打つ手が無いよな。
『しかし神殺しよ。貴様に話すことがなくても、こちらには用事があるのだ。【……閉ざせ。ニュクス】』
「――――なっ!? 迎え撃て、断空ーーーっ!!」
突如呟かれた言葉に、まるで闇夜が質量を持って俺達を押し潰さんとばかりに迫ってくるのが感じられた。
咄嗟に断空を放ち、闇夜を圧縮していた魔力を切り裂き窮地を脱する。
今のは世界樹と同じ呪言魔法かっ!?
だとしたら、人としての意識がほぼ無くなっていた世界呪よりも、普通に会話できるほどに意識のある今回の相手の方が厄介か……!?
「うわわっ!? なんだこれ……!」
「えっ!?」
断空を放った直後、俺の耳に届く焦ったような聞き慣れた声。
焦って声のした方を振り返ると、俺の目に映ったのは腰の辺りまで地面に沈んだリーチェの姿。
「リーチェ!? だいじょ……」
「これ……まるで神判みたいな……! ダーーンっ!!」
『エルフェリアの末裔よ。その身体、今こそ返してもらうぞ』
「今助けるわリーチェっ……! って、なによこれっ……!? 魔法障壁が……!?」
すぐに駆け寄ろうとしたティムルが、不可視の壁に阻まれてリーチェに近づくことが出来なかった。
直ぐにグランドドラゴンアクスで斬りつけるも、どうやら物理的な衝撃では破壊出来ない強度のようだ。
そうして手を拱いているうちにも地面に沈んでいくリーチェ。
「急いでダン! こっちにも断空を……」
「ダンーっ! ティムルーーっ……! ……っ!」
「「リーチェーーーーッ!!」」
断空のクールタイムが終らない俺と、魔法切断スキルを持たないティムルを嘲笑うかのように、あっさりとリーチェを飲み込んでしまう漆黒の魔法陣。
俺の瞳とティムルの青い瞳には、最後まで俺達に向かって必死に手を伸ばすリーチェの姿が空しく焼き付けられたのだった。
ガルシアさんの首を抱きながら静かに泣き続けるマーガレット陛下。
そんな彼女を嘲笑うかのように更にガルシアさんの身体を弄ぶ、天空から放たれた黒き雷光。
黒く禍々しい閃光に貫かれた首の無い2人の体は地面に沈み込んでいき、イントルーダーの出現を予感させた。
「ちっ……! このプレッシャーの中を並みの魔物狩りに自主的に避難しろってのは無理かっ!」
殆どの魔物狩りがガルシアさんとの対決中に逃げてくれたようだけど、野次馬根性丸出しの馬鹿共が少なくない人数逃げ遅れてしまったようだ。
自己責任として放置出来たら楽だったんだけどなぁ!
「おいお前らぁっ!! 死にたくなけりゃ無理矢理にでもいいから動くん……」
「皆さん此方へ! 王国と帝国の総力を挙げて皆さんをお守りします!!」
俺の全力の叫びを遮って、ビリビリと空気が震えていると錯覚するほどの声量で若い男の声が轟く。
その声で我に返った魔物狩りたちが縋るように声の主に視線を向けると、そこに立つのは闇夜に赤い瞳を燃やした美しい男の姿。
「王国最強と謳われたルーナ竜爵家の名にかけて、皆さんの安全はこのシルヴァ・モーノ・ソクトルーナが保証します!!」
「あ、兄上!? ど、どうしてココに!?」
驚きの声を上げたフラッタに一瞬だけ笑顔を向けたシルヴァは、直ぐに表情を引き締め直して魔物狩りたちに避難を促す。
シルヴァの隔絶した美貌と竜爵家の名前に希望を見出した魔物狩りたちはゾンビのようにフラフラとシルヴァに集まり、そして素直に誘導されていく。
正直言って助かったけど、どうしてシルヴァがここに?
さっきマーガレット陛下が現れた時には同行してなかったよな?
「彼を呼んできたのは俺だ。勝手をして済まなかった」
「カランさん!」
マーガレット陛下の護衛としてついてきたらしいカランさんが、周囲を警戒しながら声をかけてくる。
「目の前の敵に集中せねばならんダン殿たちや、今のマーガレット陛下では心砕かれた者たちを導くのは厳しいと判断してな。ポータルと魔迅でひとっ走り迎えに行ってきたのだ」
「助かったよカランさん! 守人のみんなには助けられてばっかりだ、ありがとう!」
世界呪と同等に死の気配が満ちるこの場で何に縋ればいいのかも分からない奴らからしたら、若く美しい竜人族の剣士はまさにひと筋の光明のように映るだろう。
古の邪神が伝承通りの力を持っているなら避難行動にどれだけの意味があるかは分からないけど、少なくともこの場で戦いに巻き込まれるよりはマシなはずだ。
「ガルぅ……。私、これから独りでどうすればいいのぉ……?」
「リーチェ! シャロ! 今のうちにマーガレット陛下を連れて一旦下が……」
「お~っとっと! 悪いけどそれは認められないなぁ!?」
「なっ!?」
マーガレット陛下を避難させようとした瞬間、場違いに陽気で不快な声が響き渡る。
だけど、この声の主は俺がたった今間違いなく殺してやったはず……!
混乱する頭で声のした方に視線を向けると、そこには邪悪な笑顔を浮かべるバルバロイの生首が転がっていた。
「く……首、だけ……!? こいつ……!」
「ラズもリーチェも、その男と婚姻を結んでいる奴らはこの場から離れることは許さないよー!? その男が殺されるのを特等席で見てって欲しいからねぇ!」
ゲラゲラと狂気じみた笑い声を響かせながら、家族のみんなの撤退を禁じるバルバロイ。
今更バルバロイの言うことに従う義理なんか無いはずなのに、どう見ても致死量を超える血を流してゲラゲラと渡す生首の異様さに、つい動きを止めさせられてしまう。
「ああ、マギーは帰っていいよ? お前にやってもらいたい事はないし、一応ガルと約束してあるからね。お前には手を出さないって」
「ガルぅ……。貴方はいつも私のことばっかりで……自分のことなんか後回しで……」
「ありゃりゃ。こりゃ聞こえてなさそうだねぇ? 全く酷い妹だよ。兄の頭を放って恋人の頭しか拾わないんだからさ。ラズもそう思わない?」
「……なんで生きてんだお前」
古の邪神よりも禍々しい光景に、凍りついた思考で問いかける。
人の悪意を煮詰めて固めたようなバルバロイの存在に、古の邪神よりも空恐ろしいものを感じる、
「俺は間違いなく首を刎ねたはずだ……。首を切られても生きてるなんて、実はバケモンなのかお前……」
「あーそうそう! 酷いことするねぇ? 剣も構えていない男の首を一方的に斬り飛ばすなんてさ。暴君様には人の心ってものが無いの?」
「お前が人を語るなバルバロイィィ!!」
バルバロイの頭を掴みあげフルファインダーを使って魔力を感知する。
するとバルバロイの頭部から遥か東方に向かって、1本の魔力の筋が繋がっていた。
「……なんだお前? 生首だけになってまで、いったい何と魔力と繋げていやがるんだ?」
「はっ! ドミネイターで繋がる魔力を感知するとか、化け物はどっちだって話だよ」
「『ドミネイター』? なんだそれ? 教えろよおい? おい?」
髪を掴んで持ち上げているバルバロイの頭部を、スナップを利かせて2度3度と地面に叩きつける。
しかし叩きつけられた本人はペッペッと砂を吐き出しながら、何の痛みも感じていないようだ。
「無駄なことしないでくれる? この頭をどれだけ痛めつけられても、こっちは喋り辛くなる程度しか不都合は無いんだからさぁ」
「やっぱり本体じゃないのか? ……でも神器を持ち去ったのは間違いなくバルバロイのはずだ。おいクズ、ドミネーターって一体なんだ?」
どうやらこれから出現する存在は、今まで戦ってきたどのイントルーダーよりも強大な存在らしく、いつまで経っても黒い稲妻が止まらない。
折角なのでその間にバルバロイから話を聞く事にする。
「おいおい。それが人に物を尋ねる態度かい? 教えてくださいバルバロイ様、だろ?」
「さっさと答えないと、常人には壊せない聖銀製の檻に入れて地中に埋めるぞ? 首だけのお前に脱出する術があるといいな?」
「……初見の癖に、ドミネーターの欠点を的確に突いてくるじゃあないか。流石レガリアを滅ぼしただけのことはあるねぇ」
俺の脅しに初めて一片の焦りを滲ませるバルバロイ。
ただのカマかけだったけど、どうやらビンゴだったようだな。
完全にバルバロイ本人にしか思えないけれど、恐らく俺が切ったのは別人の首なんだろう。
どこかと魔力で繋がっている生首と、支配者という名前から察するに、他人を支配して人の意のままに操るようなマジックアイテムでもあるんだろ。
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「首を刎ねられても死なない。でも魔力が多い胴体じゃなく頭部の方に意識が残ったって事は、こっちにマジックアイテムの核が埋め込まれて……。ああ、左目か?」
フルファインダーで更に詳しく分析すると、魔力で繋がっている生首の中でも、特に左目に多くの魔力が集中しているのが分かった。
この左目……バルバロイ本人の眼球か?
自身の眼球を触媒にして他者を自分のコピーに仕立て上げるマジックアイテムってことか?
代償はかなり大きいけど、バルバロイのようにトコトン矢面に立ちたがらない臆病者にはお誂え向きのマジックアイテムだな。
この状態ならそもそも従属魔法は弾かれそうだから、さっきの話はブラフだったか?
「……識の水晶も無いのに、よくもまぁ初めて見るマジックアイテムをそこまで考察できるものだね? 戦闘力よりもその思考力の方がよほど薄気味悪いよ」
「識の水晶にお伺いを立てなきゃ俺と会話も出来ないのか? 俺の質問に答える気が無いなら無様に転がってろ」
「……ドミネイターは使用者の身体的欠損を条件に、他人に自分の意識を移すマジックアイテムさ。今回はお察しの通り、左目を触媒にして身代わりを立てさせてもらったよ」
コイツの言っている事を全て信用する気も無いけど、嘘なら嘘でも構わない。
どうせこれから現れる邪神も、コソコソと隠れ回っているバルバロイも、俺が殺すことに変わりは無いのだから。
「使い方によっては強力なドミネイターだけど、制限もきつくて結構使いにくいんだ。例えば職業の祝福を纏えなくなるからまともに戦えなくなっちゃうし」
「ああ。道理で全く手を出してくる素振りもなかったわけだ。だが職業の祝福が使えないなら、インベントリや移動魔法だって使えないはずだ。最深部でカルナスと待っていたお前は本体だったのか?」
「そだよ? 神器を並べて神降ろしの準備を整えたら、ガルが到着する前に人形役と入れ替わってはいお終いってね。時間が無くって左目を抉り出すのが結構きつかったよ。トットもなかなか飲み込んでくれないしさぁ~」
「うっ……おぇ……!」
淡々と語られる悍ましい行為に、黙って聞いていた家族の何人かが吐き気を堪えるように口元を抑える。
確かに聞くに堪えない話だけど、語っている本人の方がよっぽど悍ましいから俺は何とも無いな。
「残念だけど、魔力枯渇を起こせば人形とのリンクが切れて終わりだから、多少退屈なだけでさほど困るわけじゃないよ? その退屈こそが俺にとっては1番の苦痛なんだけど」
「そっか。なら退屈しないように男子トイレにでも転がしておいてやるよ。魔力が切れるまで楽しんでくれ」
「……ガルを殺したあとで、よくもそんな下らない発想が出来るもんだねぇ?」
「俺に言わせりゃお前の全ての方がくだらねぇよ。さて、そろそろおしゃべりの時間は終わりだな」
「――――っ!?」
生首しか残っていなかったバルバロイの頭部を、下顎辺りから切り飛ばす。
舌も喉も残ってないから、いくら凄いマジックアイテムを用いても喋るのはもう無理だろ。
特等席で俺の死を見ていけって? ならお前も退場するには早いだろ。
「お前の話に付き合う気はないが、もう逃がすつもりもない。決着が着くまでここで静かに転がってろ」
「……っ! …………っっ!!」
目で何かを訴えかけてくるバルバロイの頭部を投げ捨て、ようやく稲妻が止まって地面に広がる巨大な魔方陣に目を向ける。
邪神よりよっぽど邪悪な男と話したおかげで、これから何が出てこようが怖くも何とも無いな?
『神を恐れぬか? 流石は神殺し、何とも傲慢なことだな』
「あ?」
突如頭に鳴り響く聞き慣れない声。
ガルシアさんともバルバロイとも違う、落ち着いた大人の男性の声だった。
『我が誰か分からぬか神殺し。これより世界に再臨し、全てを統べる者を理解できないとは嘆かわしいことだ』
「理解できないからもう喋んなくていいよ。みんな、出てきた瞬間に消滅させるよー」
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その言葉1つ1つにまで極限まで圧縮された魔力が乗せられてくるから、声を聞いただけで心が砕かれるという伝承もあながち嘘でもなさそうだ。
『神の言葉を聞かぬと言うか神殺しよ。頭を垂れ、祈りを捧げることもなく、剣を突きつけ殺意を飛ばすか、この神に』
「悪いね。俺の元居た場所じゃ『神』なんて有り触れた言葉でしかなかったんだ。おかげで敬意も恐怖も感じないねな」
『ふむ。それでこそ神殺し。目覚めし我の敵に相応しい傲慢さだ』
なんだなんだ。これから現れる誰かさんもオリハルコンメンタルの持ち主かぁ?
どれだけ邪険に扱っても勝手に都合よく解釈されると、何気に打つ手が無いよな。
『しかし神殺しよ。貴様に話すことがなくても、こちらには用事があるのだ。【……閉ざせ。ニュクス】』
「――――なっ!? 迎え撃て、断空ーーーっ!!」
突如呟かれた言葉に、まるで闇夜が質量を持って俺達を押し潰さんとばかりに迫ってくるのが感じられた。
咄嗟に断空を放ち、闇夜を圧縮していた魔力を切り裂き窮地を脱する。
今のは世界樹と同じ呪言魔法かっ!?
だとしたら、人としての意識がほぼ無くなっていた世界呪よりも、普通に会話できるほどに意識のある今回の相手の方が厄介か……!?
「うわわっ!? なんだこれ……!」
「えっ!?」
断空を放った直後、俺の耳に届く焦ったような聞き慣れた声。
焦って声のした方を振り返ると、俺の目に映ったのは腰の辺りまで地面に沈んだリーチェの姿。
「リーチェ!? だいじょ……」
「これ……まるで神判みたいな……! ダーーンっ!!」
『エルフェリアの末裔よ。その身体、今こそ返してもらうぞ』
「今助けるわリーチェっ……! って、なによこれっ……!? 魔法障壁が……!?」
すぐに駆け寄ろうとしたティムルが、不可視の壁に阻まれてリーチェに近づくことが出来なかった。
直ぐにグランドドラゴンアクスで斬りつけるも、どうやら物理的な衝撃では破壊出来ない強度のようだ。
そうして手を拱いているうちにも地面に沈んでいくリーチェ。
「急いでダン! こっちにも断空を……」
「ダンーっ! ティムルーーっ……! ……っ!」
「「リーチェーーーーッ!!」」
断空のクールタイムが終らない俺と、魔法切断スキルを持たないティムルを嘲笑うかのように、あっさりとリーチェを飲み込んでしまう漆黒の魔法陣。
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