異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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814 慟哭の最終決戦⑦ 両断

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「やぁやぁ。随分と遅かったね?」


 ヴァンダライズで狂乱の渓谷を食い破って無事に脱出できた俺達の耳に、この世で最も不快な男の声が届けられる。

 魔力枯渇の症状を気力で押さえ込みながら声のした方を振り向くと、そこには武器も構えず肩を竦めるバルバロイと、異界の剣を握りしめながら大量の魔力をその身に取り込み続けているガルシアさんが立っていた。


「男に待たされるのは好きじゃないって言ったはずだけど……。馬鹿なお前は覚えちゃいなかったかな?」


 バルバロイを無視して周囲を確認すると、どうやらアウター内部に閉じ込められていた魔物狩りたちも俺達と一緒に強制排出されたようだ。

 それだけでなく、俺達が侵入した時よりも明らかに大きな転移魔法陣が地面に広がっている。


 これ、ヴァンダライズで抉じ開けたアウターの出口ってことか?


「武器も握らず随分余裕だなバルバロイ? 神器を手に入れた程度で俺に勝つ自信があるのか?」

「まさか。俺は自分を過信する気は無いよ。俺がこうして余裕を見せているのは単純に、お前と戦うのは俺じゃないからさ」

「そぉぉいぅぅことだぜぇぇぇ、ダァァァァン……!! テメェの相手はぁぁぁ……この俺、ガルシア様だぁぁぁぁっ……!!」


 俺とバルバロイの会話に割って入ってくるガルシアさん。

 しかしその身に有り余る強大な魔力を注ぎ込まれ、魔力飽和状態でどう見ても大丈夫なようには見えなかった。


「暴君殿の相手が王子じゃサマにならないだろ? お前の相手は我が王、ガルシア・ハーネット・スペルディア陛下だ。あ~、今神器を取り込み中だからもうちょっと待ってよ」

「は? そんなこと言われて誰が待つと……」

「今我が王の身体はとても不安定でね。ちょっとした刺激で魔力が暴走し、かつてお前らを襲った奴らみたいに魔物化しちゃうんだよ。でも安定して神に到った後なら、もしかしたら魔物化させずに制圧できるかもよ?」

「……なるほどね。それじゃお望み通り待っててやるよ。先に殺されたくなかったら大人しくしてろ」

「はーい。いい子は暴君様の言う事を聞いて大人しく待ってまーす。ああ、逆にお前らも大人しくしてろよ? 少しでも怪しい動きを見せたら、世界中で無差別に人を殺して回るからさ」


 ……最悪の場合、バルバロイの脅しを無視してでも奴を殺す必要がありそうだ。

 だけどやはり狡猾なこの男は、ギリギリ俺がそれを決断出来ないバランスを絶妙に見極めてきやがる。


 精霊魔法で声を遮断したり、移動魔法でスウィートスクリームとの連絡を取ろうとするのは許してくれなそうだな。

 バルバロイの五感を掻い潜る事は簡単だけど、識の水晶の存在がこっちに勝手な行動を許してくれなそうだ。


「みんな分かってると思うけど一応言っておくよ。ガルシアさんとは俺1人で戦うからね?」

「うん。ガルシアさんのことは任せるの。私たちはこのあとに備えて魔力を回復させておくね」

「宜しくニーナ。俺達の想定通りなら、ここからが本番だからさ」


 歯を食い縛りながら流入される魔力を全力で押さえ込んでいるガルシアさん。


 今のところ彼の肉体が魔物に変化する兆候は見られないけど……。

 この先に邪神召喚が起こらないなんて、そんな楽観的な考えを持つわけにはいかないよ。


「多分一騎打ちを望むだろうとは想定してたけど、流石にガルを舐めすぎじゃない? 職業設定を操るお前の職業浸透には流石に追いつけなかったけど、それでも今のガルは30を越える職業を浸透させてるんだぜ?」

「あ、そこまで知ってんの? なら遠慮は要らないか。『縛鎖の呪言。制約の檻。幾千束ねし干渉の糸。ここに支配の剣を掲げ、神魂繋ぎて権利を剥がせ。奴隷契約』」


 駄目元でバルバロイとガルシアさんに従属魔法を放ってみたけど、当然のように奴隷契約は成立しなかった。

 やっぱり俺への敵対心が強すぎるこの2人を強制隷属させるのは無理かぁ。


「あ~無駄無駄。お前が奴隷商人を浸透させていると分かってるのに、俺とガルが何の対策もしてないわけが無いだろ馬鹿が」

「あれ? てっきり俺への反発心で隷属を退けたのかと思ったけど、なんか対策してたんだ?」

「はっ。反発心なんて不確かなものに頼る訳ないだろ。奴隷契約の仕様を理解していれば対策は容易いんだよ」


 シャロやティムル、カレンのほうに視線を向けるも、3人とも心当たりは無いようだ。

 俺も奴隷契約についてはあまり詳しく無いからな。ちょっと方法が思いつかない。


「ちなみにどんな対策なわけ? 後学の為に教えてもらえる?」

「構わないよ? 知ったところで破れないからな。1人で複数の奴隷を持つ事は可能な奴隷契約だけどね。奴隷側は複数の人間を主人とすることは出来ないんだ。ただそれだけのことだよ」


 奴隷は複数の人を主人に設定することは出来ない……って、そりゃそうだろうとしか。

 命令権、所有権を持つ者が複数いたら、奴隷に下される命令に齟齬が出てしまうかもしれないのだから、命令系統を明確化する為に所有者を重複する事は……。


「……は? まさか俺の従属魔法を防ぐ為だけに誰かの奴隷になったっていうのか? アンタが?」

「そんなに驚くこと? 先に俺に絶対服従を誓わせた相手と奴隷契約を結ぶだけだよ? ステータスプレートは契約よりも誓約を重んじるからね。これで従属魔法は無効化できる」

「ならこっちは……。『魂縛る盟約の鎖を解き、今ここに服従と隷属の強制を失効する。これより互いを縛る物はなく、両者に自立と選択の権利を返還する。奴隷解放』。……強制解除もできないかぁ」


 残念ながら俺の放った奴隷契約はまたしても、バルバロイにもガルシアさんにも適用されなかったようだ。

 奴隷契約を上書き出来ないのであれば、元からある契約を失効させた上で新たな契約を結べば或いはと思ったけど、流石にその程度の事は想定されてるか。


「これはさっきお前が言った反発心って奴だな。俺もガルも奴隷契約の失効を望んでいない。奴隷側が自ら望んでいる契約に外野が干渉するのは無理ってわけさ」

「なるほどね。為になる講義をどうも。今後に役立たせてもらうよ」

「なぁに、構わないさ。憎き相手にも冥土の土産くらい持たせてやらないとね?」


 ちぇっ、無駄だとは思ったけど、魔力の無駄だったなぁ。

 従属魔法は結構魔力消費コストが重いんだから、ヴァンダライズ後に無駄撃ちすべきじゃなかったわ。


 なんてこっそりプチ後悔していると、突如ガルシアさんからイントルーダー級の死の気配……いや、イントルーダー級の死の気配を思わせるほどの濃密な殺気が放たれる。

 これ、本当に魔物化せずに魔力による超強化を成功させたのか?


「ふぅぅぅ……。悪い悪い。待たせちまったなダン。そんじゃ始めるとすっか」


 さっきまで苦悶の表情で苦しみ、立っているのもやっとのようにしか見えなかったガルシアさんが、スペルディア王城地下で始めて出会った時のような軽い雰囲気を纏って、感触を確かめるように軽く剣を振っている。

 そして彼の周りにあったはずの3つの神器がどこにも無くなっていた。


「ほら、さっさと剣を構えろって。丸腰のまま死にてぇなら無理にとは言わないけどな」

「……さっきと違って落ち着いて見えるけど、落ち着いた今でも剣を交えるしかないのガルシアさん?」


 インベントリから双剣を取り出しながら、それでも最後にガルシアさんに声をかけずにはいられない。

 王国中の人々に祝福されて王となったガルシアさんと共に歩む道は、本当に無かったのかな……?

 
「俺はガルシアさんと剣を合わせたくないよ……。貴方の悩みと想いは本当に話し合いで解決できることじゃないの……!?」

「悪いなダン。問答無用って奴だ。一方的な俺の逆恨みに巻き込んじまって悪いとは思ってる。でもな、分かっていてももう、止まれねんだわ」

「――――ぐっ!?」


 ガルシアさんの言葉が途切れた瞬間、まるでニーナのような速度で斬りかかってくるガルシアさん。

 その1撃を双剣で受けるも、全力のティムルを思わせる重さの1撃に、思わず吹き飛ばされてしまう。


 俺が吹き飛んだ先で体勢を整えるのを、感心した様子で見守るガルシアさん。


「流石だなぁ。この速度とパワーにも反応できんのかよお前」

「ガルシアさんっ!! この力を何で俺なんかに……!! 貴方が守ろうとした王国の全ての人々を守る為には使ってはくれないのかよーーーっ!!」

「安心しろよ。お前を殺した暁にゃあ、お前が守ろうとした世界全てをこの力で守ってやるさ。守護者として、救世主としてな」

「がぁっ……! そうじゃ……そうじゃないだろガルシアーーーっ!!」


 まるでフラッタの1撃のような衝撃とヴァルゴのような連撃を凌ぎながら、俺の視界が涙で滲んでいく。


 どうして……! どうして分かり合えないんだよ……!

 この世界に転移した直後に殺されそうになっていた俺を救うために、1人では倒せないフレイムロードに迷わず突っ込んできた英雄は何処に行ったんだよっ!!


 なんで……! なんで命の恩人と命のやり取りをしなきゃいけないんだよ……!!

 絶対に……! お前だけは絶対に許さねぇぞ、バルバロイーーーーーっ!!


「……私に会う前に助けてくれたガルシア陛下のこと、ダンは本当に尊敬していたんだね」

「今思えばダンは、断魔の煌きを世界呪との戦いに巻き込みたくなかっただけなのよね……。一方的に嫌われても、マーガレット陛下には命さえ狙われてもなお、ダンからは決して敵対していなかったのかも……」

「ダンが泣いておるのに……! なんで妾には何も出来ないのじゃ……! どうしてダンが泣いている時に妾はいつもなにも出来ないのじゃあ……!」

「……虫酸が走るね。あの2人の姿を見ても、バルバロイは嘲笑すら浮かべていない。あの男は狂ってる。この世界にいていい人間じゃない……!」

「……あのような旦那様を見るのは初めてです……。が、どうやら決着は直ぐにつきそうですね」


 ガルシアさんの剣をいなし、異界の剣の衝撃を受け流しながら反撃を試みる。

 しかし識の水晶の地からなのか、まるで熱視で魔力を見ているかのように俺の動きを先読みし、難なく俺の攻撃を避けるガルシアさん。


 確かに神の如き力で、人類の頂点に君臨するに相応しい実力かもしれないけどなぁ……!


「あまりウチを舐めるな、ガルシアーー!!」

「ちぃ! 神殺しの名は伊達じゃねぇか……!」


 全身の職業補正に意識を巡らせ、ガルシアさんに殺意を向ける。


 神の力を借りようがヴァンダライズで放った魔力を吸収しようが、借り物の力に頼るアンタに負けるはず無いだろ!!

 能力に振り回されて技術が追いついていないアンタの剣なんか、メタドライブを使う必要すら無いんだよっ!


「俺を殺したかったなら剣を磨け! 研鑽を積め! 技術を洗練させろ! 努力を怠るなーーーっ!! 他人に振り回されるそんなガタガタの剣で俺の首を取ろうなんて、舐めてんじゃねぇぞガルシアァァ!!」

「剣なら磨いた! 寝る間も惜しんで剣を振った! この世界に来てたった1年ちょっとしか経ってねぇお前の何倍もの歳月を剣を振って過ごしたんだよ!! それでも足りなかった!! それでも届かなかったんだから仕方ねぇだろうがぁぁっ!!」

「王国最強の名を竜爵家に奪われておきながら、何が仕方なかっただっ!! 足りなかったなら、届かなかったなら、なんで誰かに助けを求めなかった!! なんで誰にも頼らなかったんだ!!」

「誰にも頼れるわけがねぇだろ!! 俺は守護者だ!! 救世主なんだ!! 俺が誰かに頼っちまったら、俺を頼りにしてくれた奴らは一体誰に縋ればいいんだよぉぉぉっ!?」


 全身に魔力を纏い、神器によってメタドライブに近い状態を無理矢理引き出されているガルシアさん。

 その上で識の水晶に最適な動きと行動を導いてもらってるみたいだけど……遅いんだよぉ!!


 思考を放棄した剣なんか、俺に向けてくるんじゃねぇ!!


「アンタにはパーティメンバーが居ただろう!! マーガレット陛下だって居た!! ラトリアやゴルディアさんに剣を師事することも出来た筈だ! 勝手に自分の限界を決めて、勝手にイジケやがって……!! しみったれてんだよ、お前の剣はよぉぉっ!!」

「特別な力を持って生まれたくせに、持たざる者を語るんじゃねぇ!! 俺だって……! 俺だって職業設定さえありゃあ……!!」

「舐めるなって言ってんだろうが!! 職業設定なんか無くたって俺はみんなと出会ってみんなと愛し合って、みんなと共に歩んでみんなと一緒に幸せになってたんだよ!! みんなのおかげで、今ならそうだって心から信じられるんだよ! しみったれのアンタと違ってなーーっ!!」


 どれだけ斬撃を浴びせても、その瞬間に傷を癒してしまうガルシアさん。

 肩口から右腕を切り飛ばしても直ぐに新たな腕が生えてきて、一瞬動きを止める程度の効果しか望めなかった。


 ……やはり殺すしか、ないのかっ!!


「バルバロイ!! そして識の水晶!! お前らのことは絶対に許さねぇ!! 塵1つ残さず殺し尽くしてやらぁーーっ!!」

「…………」


 俺の怒号を正面から受け止めつつ、無表情に戦いの行く末を見守るバルバロイ。


 分かってんだよ。お前の狙いはこの先だってことくらい。

 分かっていてもガルシアさんを殺すしかない事が許せないんだよぉぉ!!


「ちくしょおおおおおおおっ!!」

「かっ!?」


 涙で滲む視界の先で、ガルシアさんの首に吸い込まれるように流れていく神鉄のロングソード。

 その剣は何の抵抗もなく振り切られ、剣が薙ぎ払われたのと同時にガルシアさんの頭部が宙に舞う。


 くそぉ……! まさかティムルに作ってもらったこの剣で、ガルシアさんを殺さなきゃ行けなくなるなんて……!


「……全員警戒っ!! ここからが本番だ!!」


 全身に纏わりつく後悔を振り払うように叫び、口角を上げるバルバロイを一瞥する。

 奴は俺にお見事と言わんばかりに数回拍手をした後、首を飛ばされたガルシアさんの体に向かって片膝を着いて跪いた。


「お待ちしておりました。我が神よ」


 静かに呟くバルバロイに呼応するように、首を失ったガルシアさんの体内から魔力の奔流が噴き出した。

 呼び水の鏡から流れ込み続ける膨大な魔力は肉体という器から漏れだして、まるでガルシアさんの失われた頭部を補うように、断たれた首から天に向かって真っ直ぐに立ち昇っていく。


 その魔力が空のある一点に到達した時、空に巨大な魔法陣が現れる。


「こ、これはったいどういうことですかっ!? ラズ姉様! ここでいったい何が!?」

「おやおやぁ? 想定していなかったけど、これは面白いタイミングで最高のお客様が現れてくれたねぇ?」


 最悪のタイミングで、最も現れて欲しくなかった人が転移してくる。

 どうやら空に浮かび上がったイントルーダーの……いや、古の邪神の召喚魔法陣を見たマーガレット陛下が、カランさんを始めとする数名の戦闘員を連れてこの場に駆けつけてしまったようだ。


 そんなマーガレット陛下に、俺達の家族の誰よりも早く、そして的確に最悪の対応をするバルバロイ。


「今ガルとそこの男が決闘をしてね。ちょうどガルが殺されたところだよ。ほら、そこにガルの首が転がってるだろ?」

「…………え? ロイ兄様……。ガルが、いったいなん、て……?」

「だからぁ。ガルシア陛下は仕合わせの暴君ダンに首を刎ねられてたった今死んだんだよ。この場で剣に血が着いてるのはその男だけでしょ?」


 ニヤニヤと笑顔を浮かべながら、ガルシアさんの首を指していた指で俺の剣を指し示すバルバロイ。

 コイツの思い通りにさせておくのは不快だけど、いつ邪神が現れるか分からない状況で武器を仕舞う訳にもいかないんだよなぁ……!


「それにリーチェもラズも俺の言葉を否定してないよね? 俺の言うことは信じられなくても、マギーは2人のことなら信じられるだろ? なら俺じゃなくて2人に聞いて見れば……」

「その必要は無いですよマーガレット陛下。ガルシア陛下は俺がこの手でたった今殺しました」


 姉であるシャロと友人のリーチェにこんなことを口にさせるわけにはいかない。

 俺がガルシアさんを殺したことは事実なのだから、これは俺自身が受け止めなければならない事実だ。


 しかし、マーガレット陛下に憎まれることも覚悟して告白した俺に対し、マーガレット陛下はゆっくりとガルシアさんの首を拾い、そしてその首を抱き締めたまま蹲った。


「……ダンさんと兄のことです。きっとガルは兄に唆されて貴方に剣を向けてしまったのでしょう?」

「ありゃりゃ~? つまんない反応だねぇ? 王となってひと皮剥けちゃってたかぁ」

「……どうして。どうしてこんな男に唆されてしまったのガル……! 王国のみんなにも祝福されて、一緒に新しい時代を築こうって……。王国のみんなを幸せにしようって誓ったのに……どうしてぇ……!」

「あははっ! そんなお花畑な夢を語ってたんだ? ガルってば意外と……」


 もうバルバロイの不快な言葉を聞いていられなかったので、転移斬撃で躊躇いなくバルバロイの首を飛ばす。

 ……これが奴の狙いだろうけれど、まぁいいさ。全部まとめて滅ぼしてやればいいだけだ。


 静かに覚悟を決める俺の前で、天上の召喚魔法陣から2つの黒い稲妻が放たれ、首の無いガルシアさんとバルバロイの身体を貫いたのだった。
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