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808 慟哭の最終決戦① 道化
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「夜分に失礼致します。仕合わせの暴君宛てに手紙が届いております」
ギリギリ失神しないようにラトリアのおっぱいをしゃぶり続けること数時間。
日付が変わる直前の時間になって、帝国の兵士から俺達宛てに手紙が届けられた。
俺はラトリアのおっぱいを吸うのに忙しいので、代わりにカレンに対応してもらう。
「差出人は?」
「不明です。……が、皆様ならそれでも分かるとのことでして。なんでも火急の用件だとかで今すぐ確認して欲しいとのことです。では私はこれで」
手紙を残して兵士さんはさっさと立ち去ってしまう。
彼とバルバロイが関係あるかどうかは調べる意味は無いか。
手紙を開封する前に1度キュールに触診してもらい、ただの手紙である事を確認してから開封するカレン。
「……はっ! 招待状だぞダン。今から私たち家族全員で嘆きの峡谷の最深部に来いとさ」
「家族全員で、ね。湖人族はどうしよう?」
カレンに問いかけながらラトリアの拘束を解き、ぎゅーと抱き締めながら労いのキスをする。
息も絶え絶えの癖に嬉しそうに、にへら~っと力無く笑顔を浮かべてくれるのが堪らないな。
「この部屋で一緒に寝泊りしているクラーとミレーとドギーは連れて行くべきだろうな。部屋を分けてある33名については打ち合わせ通り竜人族とエルフと合流してもらおう」
「おっけー。じゃあみんな手分けして情報を共有してきてくれる? あ、手分けしてって言っても必ず3名以上で行動をお願い。俺はその間にラトリアの身支度を整えておくよ」
汗だくのラトリアの裸体を濡れたタオルで丁寧に拭き上げ、キスをしながら服を着せて、身支度が整ったラトリアとそのままキスをしながらみんなを待つ。
流石に敏感ラトリアでも、キスだけで腰砕けになる事は無かったようだ。
全員が戻ってきたら装備のチェック、体調のチェック、インベントリの中身のチェックを行ない、最悪会議の開催期間中に戻ってこれなくても家族全員の命が繋げる状態である事を確かめてから部屋を出る。
廊下に出ると、夕食時の賑わいが夢だったように静かになったスウィートスクリームに少し戸惑う。
先ほど会議の出席者たちには情報を共有してきたので、事前に打ち合わせ立った通りに、事が終わるまでは参加者全員が大食堂で有事に備えてくれている事だろう。
ここが危険に晒されるとは考え難いけど、食堂ならば中庭からポータルで避難することも可能だからな。
食料も潤沢に備蓄されているし、一時的な避難場所としては申し分ないはずだ。
バルバロイに呼び出されている俺達は食堂には寄らず、そのままエントランスに向かう。
するとエントランスホールにはゴブトゴさんと、スペルド王国の新王両陛下が待っていた。
「始まったのだなダン殿。重ね重ねとなるが、王国の馬鹿者が迷惑をかけて本当に申し訳ない……!」
「ゴブトゴさんが謝ることじゃないよ。それにバルバロイをここまで暴走させた責任の一端は俺にもあるだろうからね」
頭を下げるゴブトゴさんに、気にしないでと笑いかける。
どっちかと言うと、俺があの馬鹿を暴走させてゴブトゴさんに迷惑をかけてしまったって思うべきだよなぁ。
ゴブトゴさんが頭を上げると、今度はマーガレット陛下が話しかけてくる。
「……ゴブトゴに事情は聞きました。貴方とロイ兄様に何があったのかまでは存知ませんが、兄が迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」
「マーガレット陛下も謝らないでください。これは私とバルバロイの個人的な因縁ですから」
「……スウィートスクリームに居る人間の安全は保証するぜ」
心から申し訳無さそうにしているマーガレット陛下の隣に立って、渋々といった態度を隠さずに声をかけてくるガルシアさん。
面と向かって宣戦を布告しておきながら、まるで傍観者みたいな態度を取りやがる。
「安心して決着をつけてくるんだな。たとえ何が起こっても、この場の安全はスペルド王国国王ガルシア・ハーネット・スペルディアが保証すっからよ」
「そっか。ならこの場は任せるよガルシアさん」
……何が起こっても、ね。下らない。
貴族よりも王国民を優先する為に活躍した英雄、断魔の煌きの末路は、バルバロイを見逃し要人だけを保護する俗物に成り下がっちゃったかぁ。
流石に残念だし……もうこの人と語るべき言葉は無いな。
険しい表情のガルシアさんの横を通り過ぎ、スウィートスクリームを後にする。
「みんな覚悟はいい? 家族全員を呼び出す辺り、俺達を足止めしてる間に外で事を起こす可能性もあるから気を抜かないようにね」
「サ、サラッと最悪の手を想定してるね? 残った人達がバルバロイに唆されるとは思わないけど……」
「敵が識の水晶を持ってるって事を忘れちゃ駄目だよリーチェ。バルバロイが識の水晶を扱えた場合、人の弱みなんかいくらでも握れちゃうんだから」
「うわっ……ホントに最悪の想定だった……」
勘弁してよぉと言いながら頭を振るリーチェ。
そんなゲンナリした顔ですら可愛いんだから参っちゃうよなぁ。
「でもさダン。流石にあの男がノーリスクで神器を扱えるとは思えないけど?」
「識の水晶は自らの意思で神託を授ける事もある神器だからね。考えられる限り最悪の組み合わせなんだよ、バルバロイと識の水晶って」
「そっか……。バルバロイの資質が足りなくても、そこを識の水晶が補ってしまう可能性があるんだ……」
バルバロイが識の水晶を扱えても不思議ではない。
その最悪の想定にみんなの緊張感が一気に高まったのを感じる。
ノーリッテとやり合った時でさえ神器と直接対決したわけじゃないからな。
ノーリッテと比べて弱すぎるバルバロイだけど、識の水晶次第では大きく化ける可能性が否定出来ないんだよなぁ。面倒臭い。
「はいはい、そこまでなのーっ!」
全員からウンザリした空気が漂い始める中、我が家の空気ブレイカーのニーナ司令官が、パンパンと手を叩いて会話を切り上げた。
そして両手を腰に当てて、メッ! と俺を咎めるニーナ。
「ダンっ! 敵と対峙する前にみんなの士気を下げちゃ駄目でしょーっ!」
「だっ、だってニーナ。戦場では常に最悪を想定しないと……」
「その結果みんなの士気を殺いだら意味ないのっ! 戦場に赴く前にちゃんとみんなの士気を上げなきゃ怒るからねーっ!?」
「すすっ、済みませんっしたーーっ!?」
思ったより強めのお叱りを受けて、堪らず全面的に降伏する。
確かにこれから決戦が始まるかもって時に仲間の士気を下げてどうすんだって話だった。
くっそー! ニーナに叱られたのも元を辿れば全部あの馬鹿のせいだ!
あの馬鹿を片付けたら、今度こそイチャイチャでラブラブな毎日を過ごしてやるんだいっ!
「なら今回の件が終わったら、全員で妊活合宿しよう! 全員間違いなく孕ませるまで帰らないからなーっ!?」
「オッケーなのっ! みんな、これが終わったら1ヶ月は引き篭もれる準備をするのーっ!!」
「「「はいっ!!」」」
俺の宣言に満足げに頷いたニーナ司令官は、そのまま家族全員に合宿の決行を約束してくれた。
えっちな我が家の面々は、妊活合宿というエロゲもビックリのパワーワードで士気が一気に最高潮を振り切ってくれたようだ。この手に限る?
無事にやる気満々になってくれたみんなの士気を下げてしまう前に、急いで狂乱の渓谷に転移した。
「……間もなく日付を跨ぐ時間じゃというのに、意外なほど賑っておるのじゃ」
転移先の状況をひと目見たフラッタが苦々しげに呟く。
狂乱の渓谷の入り口である転移魔法陣の前には、深夜であるにも拘らず多数の魔物狩りが屯していたのだ。
一瞬コイツら全員バルバロイの刺客かと思ったけど、みんなこちら側に好奇な視線を向けてくるだけだな?
「あはーっ。この様子じゃあ恐らくこの人たちはバルバロイとは無関係ねぇ。先に進みましょっ」
「この様子って? ごめんティムル、歩きながらでいいから説明してくれる?」
スタスタと先頭を行くティムルの言っている事は理解できず、素直に問いかける。
今更お姉さんの言うことを疑う気は無いけど、単純に理由が分からない。
「美人揃いの我が家のみんなに好奇な視線が送られてくるのは仕方ないわ。邪な念を抱かれるのも仕方ない。でも明確な敵意や殺意を抱いてるものは居ないでしょ?」
「……夫としては、最高に綺麗なお姉さんに邪念を向けられるだけでもいい気分じゃないけどねぇ。それで?」
「多分この人たち、お祭り騒ぎに浮かれて散在しちゃったんでしょうね。遊ぶ金欲しさに深夜に稼ぎに来たか……。あはーっ、もしかしたら滞在費まで使い込んじゃった人もいるかもねぇ?」
どうやら長く商売人として生きてきたティムルの目には、周囲の人たちは即位式で浮かれていたスペルド王国の人たちや、大きな仕事を終えてドンチャン騒ぎを楽しむ魔物狩りと同じように映ったようだ。
そう言われて改めて周囲を観察してみると、浮かれ気味の連中に混じって余裕の無さそうな人もチラホラ見受けられた。
ティムルの見立て曰く、あの人たちが滞在費まで使い込んじゃった人たちなんだろうな……。
「……ですが、いっそ敵である方が気楽でしたね」
ティムルの説明に納得がいった様子のヴァルゴが、しかし次の瞬間表情を曇らせて苦々しく吐き捨てる。
「敵であるなら巻き込んでも知ったことではありませんが、要はこの人たちも人質ということですよねぇ。忌々しいことです」
「なるほど……。そう考えると確かに敵の方が気楽だったかもねぇ」
「流石にこの者たちが最深部までこれるとは思いませんが、アウター内部には無関係の人々が沢山居ると思うべきでしょう。アウター内で呼び水の鏡が機能するとは思えませんが、生贄にでも利用されては寝覚めが悪い。しっかり守り抜かねばなりません」
生贄に利用するとか最悪の想定だけど、そう考えるとありえそうで嫌だなぁ~……。
バルバロイの狙いは俺を貶めることだろうから、無関係の人たちを虐殺した罪を俺になすりつけて本会議で糾弾する、なんて流れもありか?
バルバロイの狙いが読めないままで、俺達は狂乱の渓谷の転移魔法陣に飛び込んだのだった。
「うへぇ~……。やっぱり中も人でいっぱいだね……。この人たちを人質に取られたら確かに厄介だ……」
リーチェが辟易している通り、転移魔法陣の先も深夜とは思えない盛況っぷりだった。
流石に満員電車のように人口密度が100パーセントを超えた状態ではないけど、生体察知の範囲内だけでも50人くらいの生体反応が存在している。
この中にバルバロイの息が掛かったやつがいても、ちょっと判別つかないなぁ。
「ま、無関係だと思われる人に構ってても仕方ない。さっさと先に進もうか」
「そうだね。この人たちはこのまま私たちと無関係で居るのが1番なのっ」
「可愛いニーナと無関係なままの男には同情するけどね? それじゃ行くよ。『虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル』」
せっかく俺達とは無関係な人たちを、モタモタしていて巻き込んでしまっては元も子もない。
この人たちを巻き込まないためにもさっさとアナザーポータルを発動し、指定された最深部へと転移する。
最深部に到着して生体察知を発動すると、魔物と戦闘中と思われる2つの生体反応があった。
順当に考えればカルナスとバルバロイかな?
もう1度アナザーポータルを使用して、生体反応がある地点まで再度転移する。
「おっ、ちょうどいいところに来たねぇっ! ちょっとコイツらを片付けちゃくれないかな?」
俺達の到着に気付き、開口一番魔物の殲滅を依頼してくるバルバロイ。
危なげなく戦えているようだけど、このままじゃ話も出来ないし片付けてやるか。
「……『白き閃光。不言の万雷。滅紫の衝撃。雷霆響くは界雷の宴。汝、瞬き奔る者よ。サンダースパーク』」
「ちっ。余計な事を……」
バルバロイの要請で魔物を蹴散らしてやったら、バルバロイと共に魔物と戦っていたカルナスから悪態をつかれてしまった。
協力し合ってるなら意思の疎通くらいしっかりしとけっつうの。
ただでさえお前らの言うことを聞くのは不快なんだからさぁ。
「はははっ! 最深部の魔物も1撃で殲滅するとは流石だねぇ? おかげでゆっくり話が出来そうだ」
「お前と話すことなんか何もねえょ。だからそっちの用件をさっさと言えよ。どうせ神器が欲しいんだろ?」
「これまた流石だね。話が早くて助かるよ。グズグズしてるとまた魔物が襲ってきちゃうからな」
……自然体、だな。
変に煽ってくることもなく、こっちに話の主導権を握られることも気にしていない。
今のバルバロイには初めて会ったときにも感じた、どこか底知れなさを感じる余裕がある。
「神器を譲渡するのは構わないけど、ちゃんと持てるの? アンタの隣りの男なんて、愛する女性が右腕を吹き飛ばされた事に怖気づいて、自分は触れもしなかったんだけど」
「なっ!? きっさまぁ……!!」
「事実を認め、自分の弱さを受け入れなきゃ成長は無いよカルナス」
激昂しかけたカルナスを止めたのは意外にもバルバロイだった。
やっぱりコイツ、ひと皮剥けてしまったみたいだな……。
「君はいい加減その下らないプライドを捨て去りなよ。強くなるには邪魔でしょそれ?」
「ふざけるなバルバロイっ! 男がプライドを捨ててどうする!? 男は誇りを守る為に誰よりも……!」
「あーはいはい。今関係ない話は止してくれる? まずは俺の用件を済ませないとさ。君も分かるでしょ?」
「……ちぃっ!」
感情的になったところをバルバロイに窘められてしまうカルナス。
帝国を離脱する前から成長の見られないカルナスの様子に、カレンが静かに失望しているのが分かった。
カルナスのプライドなんて、カレンにとってはどうでもいいもんな。
プライドに固執している限り、カルナスはカレンに見向きもされないだろうに。
軽い口調でカルナスを制したバルバロイは、これまた飄々とした態度で心配ないよと神器の譲渡を要求してくる。
「こう見えて俺は識の水晶の所有者なんだ。他の神器も扱えるとお墨付きを得ているよ」
ドヤ顔を浮かべるわけでも自慢するわけでもなく、ただ事実を報告するように無感情に神器の所有者である事を明かすバルバロイ。
事前に想定してあったので驚きはしなかったけど、事前に想定していたのにウンザリさせられるなぁ……。
「ただお前ほど自由に操れるわけじゃないので、神器をノーコストで使用したりはまだ出来ないかな」
「……随分あっさり認めるんだな? 事実を認め、弱さを受け入れたってか?」
「おやおや? 俺と話すことなんかなにも無いと言ったのは何処の誰だったかな? 無駄口叩く暇があるならさっさと神器を寄越せよノロマ」
「はっ。それもそうだな。『不可視の箱。不可侵の聖域。魔で繋がりて乖離せよ。インベントリ』。ほらよっ」
インベントリから取り出した呼び水の鏡と始界の王笏を、そのままバルバロイに放り投げる。
バルバロイは受け止めた神器を、そのまま直ぐにインベントリに収納する。
インベントリに収納したってことは間違いなく神器に触れたハズだけど、バルバロイはカレンのように吹き飛ばされるようなことは無かった。
奴が言った通り、神器所有者としての最低限の資格は確かに有しているようだ。
「本当は崩界の1つも放ってやりたいところだけど、新米神器所有者の俺には神器を手に持つのも負担が大きくてね。その辺は安心するといいよ」
そう言いながら迷いなくアナザーポータルを詠唱し始めるバルバロイ。
マジで神器の受け渡しの為だけにここに立ち会ったのか?
「待ちなさいロイ兄様! 逃げる気ですかっ!?」
「逃げるに決まってるだろ? 俺は仕合わせの暴君と戦う力は無いし、その役割も担っていないんだ。その男の戦う相手は準備してやるからさ。カルナスと遊んでからゆっくり追ってきなよ。じゃあね~?」
不必要に煽ってくることもなく、あくまで自然体のまま去っていくバルバロイ。
バルバロイは自然体が最もパフォーマンスを発揮できると本能的に理解しているから、俺達を前に激昂したり変に感情を表したりする気は無いようだ。
つまりそれだけ本気で俺達を警戒し、そして殺そうとしてるってわけだな。
「……ふん。相変わらず好きになれん奴だが、こうして舞台を整えてくれただけでも感謝に値するというものだ」
そして1人取り残されたカルナスが、聖銀のロングソードを俺に突きつけながら宣言する。
「カレン様! これでその男は神器の所有者ではなくなりました! 更にはこれより私がその男の化けの皮を剥がして差し上げましょう!」
ドヤ顔で宣言するカルナスに、カレンも含めた家族全員から冷ややかな視線が送られる。
完全にバルバロイに踊らされ、1人だけ完全に蚊帳の外で騒ぎ立てるだけの滑稽な姿には、道化と評するのも憚られるほどの哀れみを感じる。
それでも本人だけが自分を正しいと信じ込み、そしてカレンに愛されていると信じているのだ。
こんな奴を相手にするのお面倒だけど、態々バルバロイがコイツと遊べと明言した以上、無視してバルバロイを追うのは良くなさそうだ。
だから確実に制圧してからバルバロイを追いたいところなんだけど……。
決戦の初戦がこんなピエロ野郎なんて、なんだかちょっと嫌な気分にさせられちゃうねぇ……?
ギリギリ失神しないようにラトリアのおっぱいをしゃぶり続けること数時間。
日付が変わる直前の時間になって、帝国の兵士から俺達宛てに手紙が届けられた。
俺はラトリアのおっぱいを吸うのに忙しいので、代わりにカレンに対応してもらう。
「差出人は?」
「不明です。……が、皆様ならそれでも分かるとのことでして。なんでも火急の用件だとかで今すぐ確認して欲しいとのことです。では私はこれで」
手紙を残して兵士さんはさっさと立ち去ってしまう。
彼とバルバロイが関係あるかどうかは調べる意味は無いか。
手紙を開封する前に1度キュールに触診してもらい、ただの手紙である事を確認してから開封するカレン。
「……はっ! 招待状だぞダン。今から私たち家族全員で嘆きの峡谷の最深部に来いとさ」
「家族全員で、ね。湖人族はどうしよう?」
カレンに問いかけながらラトリアの拘束を解き、ぎゅーと抱き締めながら労いのキスをする。
息も絶え絶えの癖に嬉しそうに、にへら~っと力無く笑顔を浮かべてくれるのが堪らないな。
「この部屋で一緒に寝泊りしているクラーとミレーとドギーは連れて行くべきだろうな。部屋を分けてある33名については打ち合わせ通り竜人族とエルフと合流してもらおう」
「おっけー。じゃあみんな手分けして情報を共有してきてくれる? あ、手分けしてって言っても必ず3名以上で行動をお願い。俺はその間にラトリアの身支度を整えておくよ」
汗だくのラトリアの裸体を濡れたタオルで丁寧に拭き上げ、キスをしながら服を着せて、身支度が整ったラトリアとそのままキスをしながらみんなを待つ。
流石に敏感ラトリアでも、キスだけで腰砕けになる事は無かったようだ。
全員が戻ってきたら装備のチェック、体調のチェック、インベントリの中身のチェックを行ない、最悪会議の開催期間中に戻ってこれなくても家族全員の命が繋げる状態である事を確かめてから部屋を出る。
廊下に出ると、夕食時の賑わいが夢だったように静かになったスウィートスクリームに少し戸惑う。
先ほど会議の出席者たちには情報を共有してきたので、事前に打ち合わせ立った通りに、事が終わるまでは参加者全員が大食堂で有事に備えてくれている事だろう。
ここが危険に晒されるとは考え難いけど、食堂ならば中庭からポータルで避難することも可能だからな。
食料も潤沢に備蓄されているし、一時的な避難場所としては申し分ないはずだ。
バルバロイに呼び出されている俺達は食堂には寄らず、そのままエントランスに向かう。
するとエントランスホールにはゴブトゴさんと、スペルド王国の新王両陛下が待っていた。
「始まったのだなダン殿。重ね重ねとなるが、王国の馬鹿者が迷惑をかけて本当に申し訳ない……!」
「ゴブトゴさんが謝ることじゃないよ。それにバルバロイをここまで暴走させた責任の一端は俺にもあるだろうからね」
頭を下げるゴブトゴさんに、気にしないでと笑いかける。
どっちかと言うと、俺があの馬鹿を暴走させてゴブトゴさんに迷惑をかけてしまったって思うべきだよなぁ。
ゴブトゴさんが頭を上げると、今度はマーガレット陛下が話しかけてくる。
「……ゴブトゴに事情は聞きました。貴方とロイ兄様に何があったのかまでは存知ませんが、兄が迷惑をおかけしたこと、心よりお詫び申し上げます」
「マーガレット陛下も謝らないでください。これは私とバルバロイの個人的な因縁ですから」
「……スウィートスクリームに居る人間の安全は保証するぜ」
心から申し訳無さそうにしているマーガレット陛下の隣に立って、渋々といった態度を隠さずに声をかけてくるガルシアさん。
面と向かって宣戦を布告しておきながら、まるで傍観者みたいな態度を取りやがる。
「安心して決着をつけてくるんだな。たとえ何が起こっても、この場の安全はスペルド王国国王ガルシア・ハーネット・スペルディアが保証すっからよ」
「そっか。ならこの場は任せるよガルシアさん」
……何が起こっても、ね。下らない。
貴族よりも王国民を優先する為に活躍した英雄、断魔の煌きの末路は、バルバロイを見逃し要人だけを保護する俗物に成り下がっちゃったかぁ。
流石に残念だし……もうこの人と語るべき言葉は無いな。
険しい表情のガルシアさんの横を通り過ぎ、スウィートスクリームを後にする。
「みんな覚悟はいい? 家族全員を呼び出す辺り、俺達を足止めしてる間に外で事を起こす可能性もあるから気を抜かないようにね」
「サ、サラッと最悪の手を想定してるね? 残った人達がバルバロイに唆されるとは思わないけど……」
「敵が識の水晶を持ってるって事を忘れちゃ駄目だよリーチェ。バルバロイが識の水晶を扱えた場合、人の弱みなんかいくらでも握れちゃうんだから」
「うわっ……ホントに最悪の想定だった……」
勘弁してよぉと言いながら頭を振るリーチェ。
そんなゲンナリした顔ですら可愛いんだから参っちゃうよなぁ。
「でもさダン。流石にあの男がノーリスクで神器を扱えるとは思えないけど?」
「識の水晶は自らの意思で神託を授ける事もある神器だからね。考えられる限り最悪の組み合わせなんだよ、バルバロイと識の水晶って」
「そっか……。バルバロイの資質が足りなくても、そこを識の水晶が補ってしまう可能性があるんだ……」
バルバロイが識の水晶を扱えても不思議ではない。
その最悪の想定にみんなの緊張感が一気に高まったのを感じる。
ノーリッテとやり合った時でさえ神器と直接対決したわけじゃないからな。
ノーリッテと比べて弱すぎるバルバロイだけど、識の水晶次第では大きく化ける可能性が否定出来ないんだよなぁ。面倒臭い。
「はいはい、そこまでなのーっ!」
全員からウンザリした空気が漂い始める中、我が家の空気ブレイカーのニーナ司令官が、パンパンと手を叩いて会話を切り上げた。
そして両手を腰に当てて、メッ! と俺を咎めるニーナ。
「ダンっ! 敵と対峙する前にみんなの士気を下げちゃ駄目でしょーっ!」
「だっ、だってニーナ。戦場では常に最悪を想定しないと……」
「その結果みんなの士気を殺いだら意味ないのっ! 戦場に赴く前にちゃんとみんなの士気を上げなきゃ怒るからねーっ!?」
「すすっ、済みませんっしたーーっ!?」
思ったより強めのお叱りを受けて、堪らず全面的に降伏する。
確かにこれから決戦が始まるかもって時に仲間の士気を下げてどうすんだって話だった。
くっそー! ニーナに叱られたのも元を辿れば全部あの馬鹿のせいだ!
あの馬鹿を片付けたら、今度こそイチャイチャでラブラブな毎日を過ごしてやるんだいっ!
「なら今回の件が終わったら、全員で妊活合宿しよう! 全員間違いなく孕ませるまで帰らないからなーっ!?」
「オッケーなのっ! みんな、これが終わったら1ヶ月は引き篭もれる準備をするのーっ!!」
「「「はいっ!!」」」
俺の宣言に満足げに頷いたニーナ司令官は、そのまま家族全員に合宿の決行を約束してくれた。
えっちな我が家の面々は、妊活合宿というエロゲもビックリのパワーワードで士気が一気に最高潮を振り切ってくれたようだ。この手に限る?
無事にやる気満々になってくれたみんなの士気を下げてしまう前に、急いで狂乱の渓谷に転移した。
「……間もなく日付を跨ぐ時間じゃというのに、意外なほど賑っておるのじゃ」
転移先の状況をひと目見たフラッタが苦々しげに呟く。
狂乱の渓谷の入り口である転移魔法陣の前には、深夜であるにも拘らず多数の魔物狩りが屯していたのだ。
一瞬コイツら全員バルバロイの刺客かと思ったけど、みんなこちら側に好奇な視線を向けてくるだけだな?
「あはーっ。この様子じゃあ恐らくこの人たちはバルバロイとは無関係ねぇ。先に進みましょっ」
「この様子って? ごめんティムル、歩きながらでいいから説明してくれる?」
スタスタと先頭を行くティムルの言っている事は理解できず、素直に問いかける。
今更お姉さんの言うことを疑う気は無いけど、単純に理由が分からない。
「美人揃いの我が家のみんなに好奇な視線が送られてくるのは仕方ないわ。邪な念を抱かれるのも仕方ない。でも明確な敵意や殺意を抱いてるものは居ないでしょ?」
「……夫としては、最高に綺麗なお姉さんに邪念を向けられるだけでもいい気分じゃないけどねぇ。それで?」
「多分この人たち、お祭り騒ぎに浮かれて散在しちゃったんでしょうね。遊ぶ金欲しさに深夜に稼ぎに来たか……。あはーっ、もしかしたら滞在費まで使い込んじゃった人もいるかもねぇ?」
どうやら長く商売人として生きてきたティムルの目には、周囲の人たちは即位式で浮かれていたスペルド王国の人たちや、大きな仕事を終えてドンチャン騒ぎを楽しむ魔物狩りと同じように映ったようだ。
そう言われて改めて周囲を観察してみると、浮かれ気味の連中に混じって余裕の無さそうな人もチラホラ見受けられた。
ティムルの見立て曰く、あの人たちが滞在費まで使い込んじゃった人たちなんだろうな……。
「……ですが、いっそ敵である方が気楽でしたね」
ティムルの説明に納得がいった様子のヴァルゴが、しかし次の瞬間表情を曇らせて苦々しく吐き捨てる。
「敵であるなら巻き込んでも知ったことではありませんが、要はこの人たちも人質ということですよねぇ。忌々しいことです」
「なるほど……。そう考えると確かに敵の方が気楽だったかもねぇ」
「流石にこの者たちが最深部までこれるとは思いませんが、アウター内部には無関係の人々が沢山居ると思うべきでしょう。アウター内で呼び水の鏡が機能するとは思えませんが、生贄にでも利用されては寝覚めが悪い。しっかり守り抜かねばなりません」
生贄に利用するとか最悪の想定だけど、そう考えるとありえそうで嫌だなぁ~……。
バルバロイの狙いは俺を貶めることだろうから、無関係の人たちを虐殺した罪を俺になすりつけて本会議で糾弾する、なんて流れもありか?
バルバロイの狙いが読めないままで、俺達は狂乱の渓谷の転移魔法陣に飛び込んだのだった。
「うへぇ~……。やっぱり中も人でいっぱいだね……。この人たちを人質に取られたら確かに厄介だ……」
リーチェが辟易している通り、転移魔法陣の先も深夜とは思えない盛況っぷりだった。
流石に満員電車のように人口密度が100パーセントを超えた状態ではないけど、生体察知の範囲内だけでも50人くらいの生体反応が存在している。
この中にバルバロイの息が掛かったやつがいても、ちょっと判別つかないなぁ。
「ま、無関係だと思われる人に構ってても仕方ない。さっさと先に進もうか」
「そうだね。この人たちはこのまま私たちと無関係で居るのが1番なのっ」
「可愛いニーナと無関係なままの男には同情するけどね? それじゃ行くよ。『虚ろな経路。点と線。偽りの庭。妖しの箱。穿ちて抜けよ。アナザーポータル』」
せっかく俺達とは無関係な人たちを、モタモタしていて巻き込んでしまっては元も子もない。
この人たちを巻き込まないためにもさっさとアナザーポータルを発動し、指定された最深部へと転移する。
最深部に到着して生体察知を発動すると、魔物と戦闘中と思われる2つの生体反応があった。
順当に考えればカルナスとバルバロイかな?
もう1度アナザーポータルを使用して、生体反応がある地点まで再度転移する。
「おっ、ちょうどいいところに来たねぇっ! ちょっとコイツらを片付けちゃくれないかな?」
俺達の到着に気付き、開口一番魔物の殲滅を依頼してくるバルバロイ。
危なげなく戦えているようだけど、このままじゃ話も出来ないし片付けてやるか。
「……『白き閃光。不言の万雷。滅紫の衝撃。雷霆響くは界雷の宴。汝、瞬き奔る者よ。サンダースパーク』」
「ちっ。余計な事を……」
バルバロイの要請で魔物を蹴散らしてやったら、バルバロイと共に魔物と戦っていたカルナスから悪態をつかれてしまった。
協力し合ってるなら意思の疎通くらいしっかりしとけっつうの。
ただでさえお前らの言うことを聞くのは不快なんだからさぁ。
「はははっ! 最深部の魔物も1撃で殲滅するとは流石だねぇ? おかげでゆっくり話が出来そうだ」
「お前と話すことなんか何もねえょ。だからそっちの用件をさっさと言えよ。どうせ神器が欲しいんだろ?」
「これまた流石だね。話が早くて助かるよ。グズグズしてるとまた魔物が襲ってきちゃうからな」
……自然体、だな。
変に煽ってくることもなく、こっちに話の主導権を握られることも気にしていない。
今のバルバロイには初めて会ったときにも感じた、どこか底知れなさを感じる余裕がある。
「神器を譲渡するのは構わないけど、ちゃんと持てるの? アンタの隣りの男なんて、愛する女性が右腕を吹き飛ばされた事に怖気づいて、自分は触れもしなかったんだけど」
「なっ!? きっさまぁ……!!」
「事実を認め、自分の弱さを受け入れなきゃ成長は無いよカルナス」
激昂しかけたカルナスを止めたのは意外にもバルバロイだった。
やっぱりコイツ、ひと皮剥けてしまったみたいだな……。
「君はいい加減その下らないプライドを捨て去りなよ。強くなるには邪魔でしょそれ?」
「ふざけるなバルバロイっ! 男がプライドを捨ててどうする!? 男は誇りを守る為に誰よりも……!」
「あーはいはい。今関係ない話は止してくれる? まずは俺の用件を済ませないとさ。君も分かるでしょ?」
「……ちぃっ!」
感情的になったところをバルバロイに窘められてしまうカルナス。
帝国を離脱する前から成長の見られないカルナスの様子に、カレンが静かに失望しているのが分かった。
カルナスのプライドなんて、カレンにとってはどうでもいいもんな。
プライドに固執している限り、カルナスはカレンに見向きもされないだろうに。
軽い口調でカルナスを制したバルバロイは、これまた飄々とした態度で心配ないよと神器の譲渡を要求してくる。
「こう見えて俺は識の水晶の所有者なんだ。他の神器も扱えるとお墨付きを得ているよ」
ドヤ顔を浮かべるわけでも自慢するわけでもなく、ただ事実を報告するように無感情に神器の所有者である事を明かすバルバロイ。
事前に想定してあったので驚きはしなかったけど、事前に想定していたのにウンザリさせられるなぁ……。
「ただお前ほど自由に操れるわけじゃないので、神器をノーコストで使用したりはまだ出来ないかな」
「……随分あっさり認めるんだな? 事実を認め、弱さを受け入れたってか?」
「おやおや? 俺と話すことなんかなにも無いと言ったのは何処の誰だったかな? 無駄口叩く暇があるならさっさと神器を寄越せよノロマ」
「はっ。それもそうだな。『不可視の箱。不可侵の聖域。魔で繋がりて乖離せよ。インベントリ』。ほらよっ」
インベントリから取り出した呼び水の鏡と始界の王笏を、そのままバルバロイに放り投げる。
バルバロイは受け止めた神器を、そのまま直ぐにインベントリに収納する。
インベントリに収納したってことは間違いなく神器に触れたハズだけど、バルバロイはカレンのように吹き飛ばされるようなことは無かった。
奴が言った通り、神器所有者としての最低限の資格は確かに有しているようだ。
「本当は崩界の1つも放ってやりたいところだけど、新米神器所有者の俺には神器を手に持つのも負担が大きくてね。その辺は安心するといいよ」
そう言いながら迷いなくアナザーポータルを詠唱し始めるバルバロイ。
マジで神器の受け渡しの為だけにここに立ち会ったのか?
「待ちなさいロイ兄様! 逃げる気ですかっ!?」
「逃げるに決まってるだろ? 俺は仕合わせの暴君と戦う力は無いし、その役割も担っていないんだ。その男の戦う相手は準備してやるからさ。カルナスと遊んでからゆっくり追ってきなよ。じゃあね~?」
不必要に煽ってくることもなく、あくまで自然体のまま去っていくバルバロイ。
バルバロイは自然体が最もパフォーマンスを発揮できると本能的に理解しているから、俺達を前に激昂したり変に感情を表したりする気は無いようだ。
つまりそれだけ本気で俺達を警戒し、そして殺そうとしてるってわけだな。
「……ふん。相変わらず好きになれん奴だが、こうして舞台を整えてくれただけでも感謝に値するというものだ」
そして1人取り残されたカルナスが、聖銀のロングソードを俺に突きつけながら宣言する。
「カレン様! これでその男は神器の所有者ではなくなりました! 更にはこれより私がその男の化けの皮を剥がして差し上げましょう!」
ドヤ顔で宣言するカルナスに、カレンも含めた家族全員から冷ややかな視線が送られる。
完全にバルバロイに踊らされ、1人だけ完全に蚊帳の外で騒ぎ立てるだけの滑稽な姿には、道化と評するのも憚られるほどの哀れみを感じる。
それでも本人だけが自分を正しいと信じ込み、そしてカレンに愛されていると信じているのだ。
こんな奴を相手にするのお面倒だけど、態々バルバロイがコイツと遊べと明言した以上、無視してバルバロイを追うのは良くなさそうだ。
だから確実に制圧してからバルバロイを追いたいところなんだけど……。
決戦の初戦がこんなピエロ野郎なんて、なんだかちょっと嫌な気分にさせられちゃうねぇ……?
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