異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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805 懇願

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「ふふ。大人気ですね? この会議の場がダンさんの足跡の集大成だと思うと、そこに立ち会えた事を心から嬉しく思いますよ」


 トライラム教会の代表者として招かれた教主のイザベルさんは、挨拶の為に近付いた俺にいち早く気付き、俺が声をかける前に大袈裟に歓迎してくれる。

 そんなイザベルさんは、なんとなく啓識だと思われる平坦な雰囲気を纏う男性と会話をしていたようだ。


 イザベルさんの挨拶に反応し、俺の方をゆっくりと向き直る穏やかな雰囲気の初老の男性。


「貴方がダンさんですか。それにカレン陛下も。お初にお目にかかります。私はサーディユニオム教の啓識の1人『サルワ』と申します。先日はお会いできなくて申し訳ありませんでした」

「急に押しかけたのはこっちだから気にしないでよ。宜しくサルワさん」

「夫の我が侭でつまらない気を回させてしまったな。妻として謝罪しておこう。夫が迷惑をかけた」

「ご迷惑などとんでもございません。しかしお2人は本当に気安いご関係なのですね? 少し驚きました」


 感情の起伏に乏しいはずの啓識の方を出会い頭に驚かせてしまう俺とカレン。

 やっぱりカレンも非常識じゃないかと彼女の様子を窺うと、気安い関係と言われてまんざらでも無さそうな表情を浮かべている。


 こいつ……! 強気な態度の裏側が俺にデレデレすぎるんだっての!


「驚いたと言うならこっちこそ驚いたよ。まさか啓識であるサルワさんと教会の教主であるイザベルが普通にお話してるなんてさ」

「貴方が教会と私共が手を取り合う道を示してくださったと聞いていますが、それでも驚くようなことでしたか?」

「うん。だって俺、興味があれば取り次ぐから連絡してねって言っておいたはずなのに、俺を通さずにイザベルさんと顔を繋いでるんだもん。熱を持たない啓識の人とは思えない行動力だと思うけど?」


 確認するようにカレンに視線を送ると、彼女も黙って首を振る。

 やはりフラグニークの城にサーディユニオム教からの連絡は何も無かったようだ。


 一方でサルワさんも俺の言葉になるほどと呟きながら、俺の疑問に解を示してくれる。


「カジコ……皆様と対面した啓識の1人が言っていたのです。偉そうに説いたサーディユニオム教の教義を、私たちこそが真っ当出来ていないのではないかって」

「どういうこと? 部外者の俺が聞いてもいいことなら教えてくれる?」

「我々の教義を深く正しく理解してくれているダン様に、カジコは喜びと共に告げたそうですね? 『共感してもらうことに価値がある。他者を理解することが争いを無くし、手を取り合って生きる道だと信じている』と」

「うんうん、憶えてるよ。啓識の女性……カジコさんかな? カジコさんが凄く嬉しそうに言っていたから記憶に残ってる」

「……そんな我々が一方的にトライラム教会の教えを拒絶し、一切理解を示さないのはおかしいような気がしたんです」


 それまでは先人たちに伝えられた通りに、トライラム教会は相容れない存在なのだと漠然と否定してきたサーディユニオム教。

 しかしこの前俺と話をしたことで、啓識の皆さんに迷いと疑問が生まれたのだそうだ。


 サーディユニオム教とトライラム教会が目指すべきところは、結局人々の幸福でしかない。

 ならば俺の言う通り、両者が手を取り合って協力し合えることもあるのではないか、と。


 熱を奪われた啓識の人たちだけど、逆に行動の迷いや躊躇いみたいなものも失ってしまったのか、1度決めた事はすぐに始める行動力を発揮し、今日までに何度か教会とコンタクトを取ってきたらしい。


「実際に教会の方々とお会いして、熱を奪われたこの身にも少なくない衝撃を受けたんです。己を削り、無理をしてまで他者に手を差し伸べているような悲壮感はどこにもなくて、訪れた教会のどこも笑顔に溢れていて、シスターのみなさんも預かられている孤児たちも本当に楽しそうに過ごされていて……」

「ふふ。去年の私達の姿は、まさにサルワさんがイメージしていた通りの姿だったのでしょうけどね。子供達の不幸を嫌うどこかの暴君様がみんなの絶望を吹き飛ばしてくれたおかげで、大人たちもみんな笑えるようになったんです」


 微妙に興奮を隠し切れないサルワさんに、その気持ち分かりますとばかりにうんうんと頷くイザベルさん。

 去年までの教会には悲壮感が漂っていたと自身も口にしながらも、そう語るイザベルさん自身には悲壮感の欠片もなかった。


「こうしてイザベルさんや他の教会関係者の皆様とも沢山話をさせていただいて、我々はダン様の仰った多様性について何度も何度も考えました。ですがどうしても答えが見出せなかったんです。だから……!」


 俺の目を真っ直ぐに見て、その瞳に隠し切れない情熱を宿すサルワさん。

 その姿はまるで、かつて識の水晶に奪われてしまった熱を自力で取り戻そうとしているようにも思えた。


「スペルディア王家の方やトライラム教会の皆様ともまだまだ話し合わねばならない事は多いですが、ダン様のご提案、お引き受けしたいと思います……! スペルド王国で我らサーディユニオム教が布教活動を行なう為に、どうか資金的な援助をお願いできますでしょうか……!」

「私からもお願いします。どうかサーディユニオム教の教えも王国に広めさせてあげてはいただけないでしょうか?」


 サルワさんの背後で、トライラム教会の教主であるイザベルさんも静かに頭を下げて懇願してくる。

 そして頭を下げたまま、後悔の滲んだ独白を始めるイザベルさん。


「我がトライラム教会では子供達を救えない己の無力を呪って、今まで数え切れないほどのシスターたちが心を壊していきました。彼女たちの想いを絶対に否定などさせませんが、それでもやはり自分たちの能力を超えた分不相応の願いだったとも、今なら認められるのです……」

「……イザベルさんもシスターたちも何も悪くないよっ……! たとえ分不相応の願いだったとしても、誰かの幸せを願う気持ちが間違いなんかであるはずが……!」

「私もそう思います。ですが沢山のシスターたちが共倒れとなり、悪循環が加速していったのも事実です。私たちが己の考えに固執せず冷静に現実を見られる視点を持っていたのなら、ダンさんにお会いする前に状況を改善出来ていたかもしれない……。そのように思えてならないのですよね」


 奴隷に落ちる子供達をなすすべなく見送ることしか出来なかったシスターたち。

 その事に心を痛めているシスターたちを見て、教会の上層部であるイザベルさんたちは更に心を痛めていたんだな……。


 サーディユニオム教の教え通り冷静に現実を分析し、優先順位に従って行動する事が出来ていれば……。

 例えば子供達の税金を捻出する為に焚き出しを廃止したり、溢れかえる孤児の人手を有効に活用することが出来ていたら、もっと沢山の命が救えたかもしれないと、幸せになった今だからこそ考えずにはいられないのかもしれない。


「いやいや、サルワさんが言った通り王国での布教活動は俺が提案したことなんだから、勿論協力させてもらいますってば。だからとりあえず頭を上げてもらえる?」


 必死に懇願するサルワさんと、未だに頭を下げ続けるイザベルさんに声をかけつつ、カレンに王金貨を5枚ほど渡す。

 その様子をサルワさんがしっかりと見ていた事を確認してから説明する。


「今カレンに王金貨5枚を渡したのは見たね? これはサーディユニオム教への資金提供として渡したもので、フラグニークにある拠点の改修やスペルド王国に向かう準備、王国での当面の生活費に充てて欲しい。一応名言しておくけど、資金提供なので返済の必要は無いよ」

「……そのような大金を提供していただき、誠にありがとうございます……! 必ずやダン様の期待に応えて……」

「はいはいストップストップ。無理して頑張るのはサーディユニオム教のスタンスじゃないでしょ。はいこれもどうぞ」

「……へ?」


 サーディユニオム教の教義に反しそうな勢いのサルワさんを片手で制して、彼の右手に王金貨を更に10枚ほど乗せてあげる。

 出鼻を挫かれた上に突然王金貨を手渡されたサルワさんは、そのままの姿勢でフリーズしてしまった模様。


「こっちは王国での活動費に使ってね? 装備を整えて魔物狩りを始めれば生活費は自力で稼げるはずだから、その辺の初期投資にでも使ってよ。勿論、無理の無い範囲でお願い」

「え……? えぇっ……!?」

「活動に関してはサルワさんが言った通り、スペルディア家とかイザベルさんと相談して決めて欲しい。俺は基本ノータッチのつもりだから宜しくね」

「……相変わらずですねぇダンさんは。本当に貴方は誰にとっても常に与える側の存在なんですから」

「おっとイザベルさん。それ以上はいけない。ってことでまたね。会議中は宜しくー」


 イザベルさんが不穏な事を口にし始めたので、これ以上会話を続けるのは危険だと判断して離脱する。

 イザベルさんとサルワさんに気を取られて気づかなかったけど、どうやら教会兵のガブリエッタさんとルーロさんもこの場に同行していて、ムーリやチャールたちと楽しげに会話していた。


 イザベルさんとサルワさんの護衛かな?

 移動魔法も使える2人なら送迎も可能だしピッタリの人選だ。


「本当に出席者のほぼ全員が貴方に集められているのですね?」


 宗教関係者の集まりから逃げ出した先には、くすくすと柔らかく笑いながら待ち構えていたマーガレット陛下と、不機嫌そうに俺から視線を外しているガルシア陛下の姿があった。

 バルバロイに与したと思われるガルシア陛下だけど、普通に会議には出席してくれるようだ。


「稀少な魔人族やエルフ族、北の地から出てこようとしなかったドワーフ族の皆様とも話が出来るなど夢のようです。更には今まで発見されていなかった新たな種族の方までお迎えできるとは、スペルディアを統べる者として心よりお礼申し上げます」

「……俺からも礼を言っておくぜ。アンタのおかげで王国の民の生活水準は間違いなく向上したからな。仕合わせの暴君が王国に齎してくれた全てに、王として感謝する」


 流麗に頭を下げるマーガレット陛下と、苦々しそうな態度ながらも渋々と頭を下げて感謝の言葉を口にするガルシア陛下。

 お前のことなんて大嫌いだよって態度は隠しもしていないのに、それでも頭を下げて感謝の言葉を述べられる辺り、やっぱりガルシア陛下も立派な人物には違いないんだよな。


「身に余る光栄です。矮小な我が身にはあまりにも過分なお言葉ではありますが、両陛下の治世の一助になることが出来たのでしたら幸いです」

「ふふっ。変に畏まらなくて構いませんよ? ラズ姉様の夫である貴方は、私たちから見ればお義兄様にいさまなのですから。ね? ガル」

「……始めに会った時みてーにふてぶてしい態度で構わねーよ。アンタに敬われるとムズムズしちまうってんだ」

「もう、ガルったら。まぁたそんな魔物狩りみたいな態度してぇ……」


 ぶっきらぼうな態度のガルシア陛下に、不満げに口を尖らせるマーガレット陛下。

 しかしシャロとリーチェの姿を見つけると直ぐに気を取り直して、ひと言断ってから2人の元に駆けていった。


 お、どうやらそこにカレンも合流して話をするみたいだ。


「……ったく、ハシャいでんなぁマギーの奴。ま、俺としちゃ好都合だ。これから話す話題はマギーにゃあ聞かせらんねぇからな」


 楽しげなマーガレット陛下の姿を見て柔らかく微笑んだあと、敵意の篭った瞳で俺を睨むガルシア陛下。

 だが強い敵意は感じるものの、この場で襲い掛かってこられるような害意は感じられない。


「バルバロイの野郎から話は聞いてっと思うが、俺もアンタの敵だぜダン。アイツに乗せられちまったのは否定しねぇが、それでも自分の意思でアンタに敵対させてもらう」

「落ち着いていらっしゃいますね? それに敵対している相手に頭を下げ、感謝の言葉を述べるなんて……」

「おいおい~? 態度を崩せって言ったろぉ? 敬われてない相手から慇懃な態度を見せられても虫酸が走るんだわ」


 口調は敵意むき出しのガルシア陛下は、口調とは裏腹にどこまでも落ち着いた様子だ。

 敵を宿した視線ですら、俺を睨みつけながらも冷静さを失っていない。


「俺は個人的にはアンタの事が敵対するほど大嫌いだが、王の立場としちゃあ礼を言わずには得ないからな。それだけアンタが王国に齎した影響は大きいし、即位を祝ってくれたことも感謝してる」

「……それでもバルバロイの誘いに乗ったのは何で?」

「はっ! アンタからすりゃくだらねぇ理由かもしれねぇ。だが王となった俺はアンタより下に扱われるのが我慢出来なくってよ。悪ぃな。あの野郎の誘いに乗っちまった……」


 どこか後悔を滲ませながらガルシア陛下の独白は続く。

 リーチェが会話を繋げている俺の家族も、ガルシア陛下の言葉を聞きながらも邪魔をしないように静かに平静に振舞っている。


「俺はバルバロイと違って、周囲に迷惑をかけてまでアンタとはやりあえねぇ。だからその部分はあの野郎が担うんだとさ。俺は最後の最期、アンタと直接対峙してぶちのめす役を仰せつかったってわけだ」

「俺と直接ぶつかっても勝てるほどの力を手に入れた自信はあるの?」

「ねぇよ? 全くねぇ。だがあの野郎が全部お膳立てしてくれるらしい。だから俺はアイツの計画を一切知らねぇんだ。ただ1つ、頼まれた伝言くらいしか教えてやれねぇよ」


 そこまで話したガルシア陛下は、ふっと敵意さえも消し去って、真っ直ぐな瞳で俺を見詰めてくる。

 そこには憎悪や敵意は無くて、ただひたすらに俺への強い対抗心だけが宿っているように感じられた。


「バルバロイの奴が言うにはよ。アンタのせいで世界が滅びるほどの何かが起こるらしいぜ? で、アンタが死んだあとそれを解決するのが俺達って流れらしい」

「俺のせいで、世界が滅びるほどの何かが……?」

「……王としては決して言っちゃならねぇ言葉だろうが、この件でどれほどの犠牲者が出ようとも俺は知らぬ存ぜぬを通すぜ? ま、実際何も知らねぇんだけどな」

「守るべき民を犠牲にしてでも俺1人を排除するっていうのか、王であるアンタが……!」

「……ああその通りだ。自分でも王失格だと思ってるが止められねぇ。……だから精々頑張って俺を止めてくれや、暴君殿」


 話はこれで終わりだと身を翻し、じゃあなと残してマーガレット陛下と合流するガルシア陛下。


 そこまで分かっていながら……!

 そこまで後悔しておきながらなんで止まれないんだよガルシアさん……!


 まるで俺に事態の収拾を託すように去っていくガルシア陛下の背中に、俺は言い様も無い激しい怒りを覚えてしまうのだった。
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