異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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765 多様性

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「俺が拠点と資金を用意したら、スペルド王国でサーディユニオム教の布教活動を行なうつもりは、というか行なう余裕はある?」

「…………は?」

「「「はぁっ……!?」」」


 寂れた食堂に響き渡る家族たちの驚愕の声。

 俺がサーディユニオム教の布教活動に協力しようという提案をしたところ、啓識の皆さんが反応するよりも早く、ムーリとシーズが飛び上がって俺を問い詰めてくる。


「どどどどどういうことですかダンさんっ!? 下手すればトライラム様以上に崇拝されているダンさんが改宗してしまったら、教会の人たちがどんな反応をするか分かりませんよっ……!?」

「お前さっき、トライラム様を信仰してるって言ったばっかじゃねーかよっ!? それがなんでサーディユニオム教に協力するって話になるんだっ!?」

「ハイハイ2人とも落ち着いて落ち着いて。俺は今後も変わらずトライラム様を信仰するつもりだし、トライラム教会との関係を変えるつもりも無いから」


 席を立って詰め寄ってきた2人を捕獲し、膝の上に座らせて2人を背後からバックハグしてよしよしなでなで。

 ここに居る女性が全員俺の妻である事はもう伝えてあるわけだし、くっつくくらいは大目に見てもらおう。ぎゅー。


「トライラム様の祝福の是非で対立しているように見えるトライラム教会とサーディユニオム教だけど、俺は両者の教えは重なる部分が多いと感じるんだ。だから今の対立路線よりも、互いの不足している部分を補い合う協調路線を目指せると思うんだー」

「……私共とトライラム教会の教えが重なると? 申し訳ありませんが詳しく説明していただけますでしょうか?」


 ムーリとシーズに語りかけたのに、今度は啓識の皆さんの方から反応が返ってきてしまった。


 トライラム教会との共通点を示唆された啓識の皆さんは気分を害した風でもなく、単純に戸惑っているというか、いぶかしんでいる様子だ。

 今までトライラム教会を信仰している人にサーディユニオム教を受け入れられたことがあまり無いのかもしれないね。


「詳しくも何も、結局サーディユニオム教もトライラム教会も幸福を追求していることに変わりはないんだ。幸福に至るまでのプロセスが違うだけで、求めているものは同じだと感じるんだよねー」

「……そうでしょうか? トライラム教会の献身の姿は美しく素晴らしいものであることは認めます。ですが現実的ではありません。現に教会の運営は逼迫し、保護した孤児も毎年奴隷として送り出してしまっているではありませんか」

「……っ」


 トライラム教会のやっている事は夢物語の理想論にすぎない。

 現に受け入れた孤児を1人として救うことは出来ず、結局奴隷へと送り出しているだけではないかと指摘され、ムーリが悔しそうに息を詰まらせた。


 トライラム教会と孤児の関係性については街の人たちなら誰でも知ってるレベルだったし、サーディユニオム教の人がトライラム教会を調査したわけではないんだろうな。


「我らサーディユニオム教であれば自分たちの救える人数を計算し、確実に助けられる人数にだけ手を差し伸べると思います。見捨てざるを得ない子供達を哀れには思いますが、感情に流されて全ての命を失わせるわけには参りませんから」

「ほらね? サーディユニオム教もトライラム教会も孤児を救おうとしている点では意見が一致してるでしょ? 違うのはアプローチの仕方であって、孤児の将来を憂う気持ちに違いは無いはずだ」

「……それはそうでしょう。信仰に関係無く、未来を閉ざされる人に手を差し伸べたいと思うのは人として当たり前の感情だと思いますから」

「識の水晶に熱を奪われてもそれを普通だと言えるサーディユニオム教の人たちなら、トライラム教会の献身の姿勢を理解出来ていないとは思えないんだけどね~?」

「…………」


 俺の問いかけに、啓識の皆さんは表情を消して黙り込んだ。


 この人たちはトライラム教会を否定しているんじゃなくて、トライラム教会の教義に殉じて苦しむ教会関係者の事を心配しているんじゃないの~?

 もしくは自分を犠牲にしてでも他人に尽くす、トライラム教会の持つ情熱を羨んでいるのかもしれない。


「俺個人の意見だけを述べるなら、サーディユニオム教の考え方には共感できる部分もあるんだ。10人を救おうとして全員を犠牲にするよりも、9人を見捨てて確実に1人を救おうという考え方。好きな考え方ではないけれど、間違った考え方だと否定することは俺には出来ない」

「……現実とは常に非情なものです。最善が選び取れないのなら、せめて次善策を講じる。そうしなければ全てを失ってしまうことも珍しくはありません」

「でもさ。俺は10人全員を救いたいんだ。誰一人欠けることなく幸せになりたい。勿論敵対者はその限りじゃないけどさ」


 啓識の皆さんも、全員一緒に幸せになるのが最善だとは認めているのだ。

 けれど自分には全員を助ける力は無くて、だけど全くの無力でもない事を知っているから次善策を選ばざるを得ないだけで。


「……流石は皇帝陛下を射止めた方です。きっと貴方ならば本当に全員を助けてしまわれることでしょう」

「……貴女たちには出来ないの? 俺はそうは思わないけど」

「残念ながらダン様は人の弱さというものを甘く見ておいでです。人は誰もが理想を抱くものですが、誰しもが理想通りに生きていけるわけではないのです」


 俺の言葉を否定する啓識達からは深い失望感が漂ってくる。

 この失望感は、果たして誰に向けられているんだろうな。


「熱を奪われた貴女たちには信じられない事かも知れないけど……。人の強さを見くびっているのはそちらだよ」

「貴方ならそう言うと思いました。ですが貴方以外の人は、貴方ほど強くは生きられないのですよ」


 頑なに俺の言うことを受け入れない啓識の女性。

 この世界では実績こそが信仰であるというのなら、彼女たちは様々なものを諦めてきた自分の人生を根拠に信じ切ってしまっているのだ。

 自分たちに最善を選び取る力は無いのだと。


「帝国にいる皆さんが知らないのも無理ないけどさ。今年は1人も借金奴隷が出なかったんだよ。教会の孤児から」

「え……?」


 けれど俺は俺の歩んできた道で、沢山の人が成長して変わって行く姿を目にしてきてるんだ。

 啓識の皆さんが俺を例外視しているなら、その信仰を切り崩す為には他の誰かの事例を挙げればいいはずだ。


「貴女たちが言うように、理想だけを追いかけて現実を見ていなかったことを恥じ、理想を体現できるだけの強さを手に入れたんだ。トライラム教会は変わったんだよ」


 変わるきっかけはもしかしたら俺だったのかもしれないけれど、きっかけなんて些細な事だろう。

 重要なのは教会のみんなが自らの意志で成長し、そして自立してくれたことだけだ。


「そう、でしたか……。それは大変喜ばしいことです。先ほどの言葉は撤回しなければなりませんね」


 しかし、夢想家だと拒絶していたトライラム教会が変わったと告げても、彼女たちは少しだけ戸惑うような仕草を見せただけだった。

 未だ余所は余所、ウチはウチって態度だけど、トライラム教会の認識は変わってくれたかな。


「トライラム教会は変わった。現実に立ち向かう強さを持つことに成功したんだ。今のトライラム教会となら、サーディユニオム教と手を取り合う事も出来るんじゃないの?」

「残念ですがそれは無理でしょう。トライラム教会の皆様と違って、私共には強さを求める情熱が失われているのですから……」


 トライラム教会に協力出来ない理由を自分たちの力不足だと語る啓識のみなさん。

 ここまで来ればもうひと押しって感じだね。


 まったく、この世界の宗教家達は清廉潔白過ぎるんだよ。

 難しく考えずに、自分の想いに正直になればいいだけなのにさ。


「皆さんが不安がるのは分かるつもりだよ。神器に熱を奪われた皆さんとは一緒に出来ないかもしれないけれど、情熱を持って精力的に動く人を羨みながら、それでも冷めている自分を嫌悪した経験は俺にもあるから」

「……熱を奪われた私共ですら歯痒い思いをするのです。熱を持ったままのダン様の方がお辛いのではないでしょうか」

「ははっ。お気遣いありがとう」


 目の前の啓識の3人は、特に裏もなく初対面の俺を気遣ってくれている。


 トライラム様を否定していると聞いて身構えたけど、結局サーディユニオム教の人たちも優しい人たちだったようだ。

 熱を奪われたと言う事は、悪意のようなモノも一緒に失われたのかもしれない。


「幸いにも俺は愛する家族のおかげで熱を取り戻すことが出来たけど、神器に熱を奪われた啓識の皆さんは同じようにはいかないよね。そもそも強い情熱を持つことはサーディユニオムの教義に反するし」

「情熱を持つ事を否定するわけではありませんが、情熱を持つ人がサーディユニオムの教義に共感を示してくれるケースは少ないでしょうね。自分たちで言うのもなんですが、サーディユニオム教は落伍者の拠り所のようなものですから」

「無理をしないということを必要以上に卑下することは無いさ。それにトライラム教会と手を取り合う事とサーディユニオム教が強くなること、これは必ずしも両立する必要は無いんじゃない?」

「……え?」


 俺の言葉が意外だったのか、戸惑いの表情を見せる啓識の皆さん。

 熱を奪われた影響なのかもしれないけど、さっきから啓識3人の反応がいちいち被るのがちょっと面白いんだよ?


 でもさぁ。サ-ディユニオム教の教義に理解を示したって言った俺が、トライラム教会を見習ってもっと頑張れ熱くなれ諦めんなよーっ! なんて言う筈ないじゃないの。


「トライラム教会もサーディユニオム教もお互いがそのままで手を取り合ったっていいじゃん。折角お互いがお互いの教義への不干渉の態度を貫いているんだから、考え方の違いは問題にならないと思うよ?」

「で、ですが熱を持つ者と持たない者が一緒になると軋轢を生じさせてしまいます……! 事実、帝国内において我々サーディユニオム教がどのような扱いを受けてきたか……!」

「なんで一緒になる前提なの? 折角考え方やアプローチが違うんだから、適切な距離を持ってお互いできる範囲で協力すればいいだけでしょ」


 どうしても自分たちとトライラム教会を比較し、同じ土俵で考えてしまうみたいだけどさぁ。

 そもそもどっちも勧誘活動とかしてないんだから信徒の奪い合いも起きないし、お互いの教義も譲り合えるんだから協力しない手はないんだよ?


「サーディユニオム教はトライラム教会のようにはなれない。けれどそもそも同じになる必要は無いんだ。俺がサーディユニオム教に求めているのは多様性だから」

「多様性? 貴方は手を取り合えと仰るのに、手を取り合う者同士がバラバラのままでも構わないと?」

「バラバラのままでいいって言うか、完全に同じ考えを持つなんて不可能でしょ? トライラム教会の人間だって1人1人教義の解釈は違うし、サーディユニオム教だってそうじゃないの?」

「そ、それはそうですが……。ですが私共は共通の認識は持ち合わせているはずですよ?」

「そう。共通するものがあれば手を取り合えると思うんだよ。トライラム教会のように献身的に活動する人がいる一方で、サーディユニオム教のように自分に無理のない範囲で少しだけ手伝うっていう考え方も有りじゃない?」

「無理のない範囲で助け合う……。確かにそれはサーディユニオムの教義そのものであると言っていいかもしれませんが……」


 始めは頑なに拒絶を示していた啓識の皆さんも、サーディユニオムの教義を引き合いに出されると頭ごなしに否定するわけにもいかないようだ。


 そもそもサーディユニオム教の人たちだって、優先順位をつけて優先度の低いものを切り捨ててしまっているといっているけれど、優先順位をつけた時点で本当は切り捨てたくないと言ってるようなものでしょ。

 だからそういう優先順位の低い要素はトライラム教会のような献身的、精力的に活動する人たちに頑張ってもらって、自分たちは優先度の高い案件に注力するのもありだと思うんだ。


 その優先度の高い案件が両者の間で重なり合えば、トライラム教会側の負担を減らすことにも繋がるだろう。


「いきなりこんなことを言われても困ると思う。けれど前向きに考えて欲しい」


 戸惑う啓識たちの様子を見て、半ば強引に話を打ち切る。


 流石に今まで対立していたトライラム教会と手を取り合おうという提案を、即決で決めるのは無理だよな。

 勿論断るという選択肢だって認めてあげなきゃいけないし、考える時間は必要だ。


「スペルド王国はこれから凄まじい変化の時代を迎え、ヴェルモート帝国以上の競争社会に移り変わっていく可能性も低くない。そんな時にサーディユニオム教の考え方は多くの王国民の心を軽くしてくれるんじゃないかって思ってるからさ」

「私共の教義が王国の皆様の負担を軽く……?」

「幸いにして俺の妻は皇帝カレンだからね。俺への連絡は城に入れてもらえれば取り次いでもらえると思う。期限なんてないし、勿論考えた末に断ってもらっても構わない。だから検討して欲しい」


 話をまとめて席を立つ。

 勿論ムーリとシーズは抱っこしたままでなっ。


 さてと、今日のところはこれで終わりだけど、ムーリとシーズは納得してくれた?

 って、なんで2人とも俺を詐欺師を見るような目で見てるわけ? 心外だなぁ~。


 ターニアは必死に真面目な表情をしてるけど、頬がピクピク動いていて笑いを堪えるのに必死そうなんだよ?

 素直に感心しているカレンやシャロ、チャールにキュールあたりを見習ってくれないものですかね?


 さぁて。今度はアウラの話を聞かなきゃいけないから、さっさと帰って寝室に篭りましょうねーっ。
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