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763 ナンセンス
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ニーナの実力を再認識した俺達は、サーディユニオム教と接触する為、一旦フラグニークの城へと赴いた。
ちなみにサーディユニオム教には家族全員が同行してくれる。嬉しい。
「陛下。こちらがサーディユニオム教の調査結果です」
「ご苦労」
如何にも文官といった線の細い中年の男性が、数枚の書類をカレンに手渡す。
カレンは俺達にも見るかと問いかけてきたけど、関わる必要のない部分まで無理に関わるつもりなどないので丁重に辞退させていただく事にする。
「毎月金貨30枚ほどがサーディユニオム教に支払われているようだな。国庫にはさほど影響の無い金額ではあるが、何故私が把握出来ていない?」
「どうやら役目を終えた識贄への生活保障費と混同されてしまっているようです。少なくとも先帝の頃から同じ体制だったのは確認できました」
「少なくとも……という事は、先帝よりも以前から続いていた慣習の可能性もあるわけか」
カレンが小さく溜め息を零す。
自分が把握出来ていなかった資金の流出額が思ったより少なくて安堵したのかな?
年間金貨360枚も流出していたら結構な額だとは思うけど、流石にその程度で国が傾いたりはしないようだ。
「識贄に関する情報はデリケートな問題だからな。気づいていた者がいても指摘できなかったのかもしれん。ひとまずこれまでのことは不問としよう」
「ひとまずと言うと……。見直されるのですか?」
「いや、今のまま継続する方向で調整しておけ。ただしこの後サーディユニオム教と直接話してきた結果、違う結論を出すかもしれない事を留意するように」
サーディユニオムの印象次第では、資金的な援助を打ち切ることも辞さないと。
これから会う人たちにはとんだとばっちりだなぁ。
サーディユニオム教との面談には時間の指定なども特に無いので、報告が終わると直ぐに出発する事になった。
どうやらフラグニークの外れにこじんまりとした拠点があるようだ。
因みにフラグニークにはトライラム教会もあって、そちらの方も町外れのような寂しい場所に建設されていたりする。
自己救済の意識が強めの帝国じゃ、常に施し与える側であれというトライラム教会の教義はあまり受けないのかな?
いや、マグエルの教会も町外れに建ってるし、孤児を受け入れる為に郊外の広い土地をあえて選んでいるのかもしれない。
そんなことを考えながらカレンのポータルで目的地に転移したのだった。
「っと、迎えが居るな。あの者たち、いつからああして立っていたのやら……」
そうして転移した先に建っていたのは、教会施設と言うよりも広めの個人宅と言った方がしっくりきそうな、特徴の無い傷んだ家屋だった。
建物の前には40~50歳くらいの男女が3名ほど立っていて、穏やかな笑みを浮かべて俺達を迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました皇帝陛下。私たちサーディユニオム教は、陛下の来訪を心より歓迎させていただきます」
「突然の訪問で済まなかった。夫がどうしても貴様達と話してみたいと駄々をこねてな」
「あ、本当にご結婚されたのですね? 近頃のフラグニークはその話題で持ちきりですよ。ただの噂かと思っておりました」
カレンと会話している女性も元識贄だったんだろうか?
穏やかな雰囲気だとは思うけど、感情が失われているようには感じないな?
生活に支障の無いレベルで熱を無くしてしまうという話だったし、ひと目見て異常を感じるような状態ではないらしい。
「まだ周知されていないのも無理はない。夫とは知り合ってからも日が浅いうえ、婚姻したのは勢いみたいなものだったからな」
「左様でしたか。お伝えするのか遅れてしまいましたが、この度はご結婚おめでとうございます。サーディユニオム教を代表してお祝い申し上げます」
「うむ。貴様達の祝福に感謝する。そしてコイツが夫のダンで、私を含む女全員がコイツの妻だ。変に気を使わずに気軽に接してやってくれ」
カレンの雑な説明にも、左様ですかとひと言零しただけで終わらせてしまった。
やっぱり少し感情が希薄に感じられちゃうね。
迎えてくれた女性に促されて、早速みんなで足を踏み入れる。
……けど大して広くもないので、直ぐに食堂っぽい開けたホールに到着した。
「皇帝陛下をお持て成しするには粗末な場所ですが、どうかご容赦願います。この人数が一度に入れる部屋は他にないもので」
「ゾロゾロと押し掛けた私達に余計な気は使わなくていい。貴様らも座ってくれ」
ホストは相手だけど身分が上のカレンが着席を許可すると、失礼しますとあっさり席に着く女性達。
皇帝相手にも固くなる素振りは全くない。
席についてお互い軽く自己紹介。
俺達を迎えてくれたくれた人たちは役目を果たした元識贄で、『啓識』と呼ばれるサーディユニオム教の最高責任者達のようだ。
現在啓識は7名いるらしいけど、流石に全員は集められなかったそうだ。
因みにカレンに俺の居場所を教えた識贄もこの場には同席していないらしい。
「それではまず先に私の用件を済ませるとしようか。事前に先触れは来ているかな?」
「聞いております。帝国から我々サーディユニオムに支払われている生活費について、ですよね?」
へぇ。カレンってば資金に関する確認を事前に告知していたのか。
おかげで啓識の皆さんも、これからお金に関する追求をされると分かっているのに落ち着いたもんだ。
「貴様たちにとっては支払われて当然という感覚かもしれないが、サーディユニオム教に金が支払われている事を私は把握していなくてな。この機会に確認をしておきたい」
「疚しいことは何もありません。何なりとお聞きください」
「ではまず、どのような名目で金が支払われているか、受け取った金の用途は何かを聞きたい。金の使い方まで強制するつもりはないが、こちらにはなんの記録も無いようなのでな」
カレンは資金援助を打ち切る気は無いと言っていたので、気楽な感じで問いかける。
だけどこれ、訊かれたほうとしては堪ったものじゃなくね? この問答次第で資金が打ち切られるようにしか取れないだろ。
「あくまで私共の言い分としてお聞きください。サーディユニオムに残された記録によりますと、始まりは当時の皇帝陛下の慈悲でした……」
だけど啓識の皆さんは、特に気負った風もなく淡々とカレンの質問に答え始めた。
事前に調査してあった通り、サーディユニオム教への資金援助は識贄に支払われる生活保障費が始まりだったようだ。
それがいつかの世代交代で記録と情報が失われ、けれど識贄に対する資金援助を打ち切る事を恐れた当時の皇帝によって理由も分からず支払われ続けていたらしい。
変化してしまったのは支払う側だけだったようで、受け取る側のサーディユニオムとしては何も変化を感じていなかったと語る啓識たち。
今でも月の始めに帝国の使者が訪れて、毎月決まった額、金貨30枚ほどを直接届けてくれているそうだ。
「いつもお金を届けてくださる兵士さんは同じ方ですが、あの人も事情をご存知なかったのですか?」
「ああ。配達をしていた兵士にも聞き込みを行なったが、彼は単純に識贄への報酬だと認識していたそうだ。結果的には間違っていなかったな」
「識贄への報酬だとは認識していたのに、私たちサーディユニオム教への資金提供だとは思わなかったのですか?」
「うむ。配達をしていた者は、ここがサーディユニオム教の拠点だとは認識していなかったそうだ」
「それは……。まだまだ布教が足りませんか……」
感情を表に出さない啓識の方々は、金貨の配達に来ていた兵士にすら認識されていないと告げられて初めて強い落胆の反応を示した。
始まりは識贄の保護施設だったって話だけど、現代の啓識の人たちは本気でサーディユニオム教を広めようとしているようだな。
ちなみに資金の使い道は主に生活費で、毎月金貨30枚でも結構カツカツの生活をしているようだ。
熱を失った識贄たちは必要以上に働こうとしなくなるし、サーディユニオム教徒もまたあまり能動的ではない人ばかりのようで、城から貰ったお金を全員で共有し、節約しながらゆっくりとした生活を続けているそうだ。
「サーディユニオム教の教義をざっくりと言うなら、無理をせずに現状で満足しよう、ということなのです。お城からいただいているお金は、競争に疲れた人々に安らぎの場と穏やかな時間を提供する為にありがたく使わせていただいております」
「競争心を見失った者たちの面倒を見ているのか? ということは信徒を増やせば増やすほどサーディユニオム教の財政は逼迫するのではないのか?」
「いえいえ。信徒の皆様は働く気が無いのでは無く、競う気が無いだけですから。お金が必要だと感じれば働きますよ。ただ、現状に満足しようという教義に共感してくださった方ですから、仮に私たちからの援助が無くなれば無くなったなりの生活を送る事でしょう」
ふぅむ? 分かりやすく例えるなら、資本主義志向の強いヴェルモート帝国の中で、競争を嫌った人たちによる社会主義的コミュニティって感じなのかな?
地球上の社会主義国家ってあまり上手くいったイメージが無いんだけど、サーディユニオム教は運営しているのが熱を失った啓識たちなので、私欲による資金の使い込みのような事が起こらずに上手くいっている感じなのかな。
ちょっと興味が湧いたので、俺からも質問させてもらおう。
「現状に満足しようって事は、もしも経済的に逼迫するような状況に陥っても、追加の資金援助を要請したりはしないわけ?」
「致しません。仮に資金援助が打ち切られても私たちは受け入れます。現状に満足するということは、周囲の状況に振り回されないということだと思っておりますので」
「そのせいでサーディユニオム教の運営が立ち行かなくなったり、信徒の面倒が見れなくなったとしても?」
「そうなった場合は、自分たちが管理できるキャパシティまでサーディユニオム教の規模を縮小することになるでしょう。私たちはトライラム教会とは違い、受け入れる事を選んだ者たちなので」
おっと。こっちから切り出す前に啓識さんの口からトライラム教会と聞く事になるとはね。
折角の流れなので便乗して聞いてみよう。
「トライラム教会とは違うってどういうことかな? 受け入れるという意味なら、トライラム教会は身寄りの無い子供達を無制限に受け入れているけど?」
「『受け入れる』という言葉の解釈が違います。私たちは自身の能力を正確に把握し、決して無理せず自分たちが心穏やかに暮らすことが最優先です。トライラム教会のように自身の能力を超えてまで他人の面倒を見るような『熱』は、私たちには持ち得ないものですから」
「……大切な誰かを見捨てることになったとしても受け入れるの?」
「大切な誰かを見捨てない為に、そうでない人たちには極力関わらないようにしているのです。現状で満足する為に、我々は物事の優先順位を明確にしているんですよ」
……う~ん。一概には否定出来ない考え方だよな。
俺自身もマグエルに向かう旅の途中、ニーナを守るためだと言ってティムルの手を振り払おうとしたのだから。
全てを成り行きに任せて流されるように生きるのかと思えばそうでもなくて、たとえば大切な誰かを守るためなら働きもするし、武器を手にする事も辞さないと言っているのだろう。
「……サーディユニオム教はトライラム教会の教えを否定していると聞いたけど、本当?」
「他者を否定するほどの熱は持ち合わせておりません。が、考えの違う者たちを受け入れないことは出来ますので」
「考え、違うかな? サーディユニオム教も信徒の面倒を見ているなら……」
「トライラム教会の行ないは素晴らしいとは思いますが、能力を超えた施しは破滅を招きます。信仰とは常に与える側であるべきだと唱えながら、教会関係者に無理を強いているのは矛盾していると考えます」
熱を失ったはず啓識のはずなのに、トライラム教会への頑ななまでの拒絶の意志を感じる。
思ったよりもトライラム教会の教義にも詳しそうなのに、教義をしっかりと理解した上できっぱりとトライラム教会を否定してくるなぁ……。
「己が身を削っての献身、誠に結構です。結構ですがナンセンスです。信仰が人の為にあるというのであれば、まずは教会関係者たちが救われねばならないでしょう。教義の為に身を削っては本末転倒ではないでしょうか」
「……思ったよりも拒絶していて驚いたよ。そちらの言い分も理解できるけどさ」
ムーリやチャールが何かを言いたそうにしているけれど、ここで感情的に言葉をぶつけても意味がない。
啓識の皆さんにはぶつけるほど強い感情なんて残っていないのだから。
ここは俺に任せてねと、片目を瞑って微笑んで見せる。
「トライラム教会とは考え方が違うのは分かった。けどサーディユニオム教がトライラム教会を嫌う理由が分からないな。考え方が違うにしても、お互い関わらなければそれで済む話じゃな……」
「それで済む話ではありません。祝福の神トライラムがこの世に齎してしまった職業の加護こそが、この世の競争観念の根幹なのですから」
え、この人たち、まさか職業の加護を否定するのか?
職業の加護が無ければ魔物を狩ることもドロップアイテムを加工することも出来ないし、何より職業の加護が無くなったところで競争が無くなるわけじゃない筈なのに……。
ちらりと我が家のトライラム教会メンバーを見てみると、ムーリとシーズは理解できないものを見るような困惑した表情を浮かべていて、チャールはそういう考えもあるのかぁ~、みたいな感心した表情を浮かべている。
確かに考え方の違いは面白いけど、職業の加護が全て悪いんだー、みたいな言われ方をすると流石にちょっと反論したくはなるなぁ……?
ま、反論してみたところで、啓識の皆さんはあまり聞く耳を持ってくれそうもないかなぁ……。
ちなみにサーディユニオム教には家族全員が同行してくれる。嬉しい。
「陛下。こちらがサーディユニオム教の調査結果です」
「ご苦労」
如何にも文官といった線の細い中年の男性が、数枚の書類をカレンに手渡す。
カレンは俺達にも見るかと問いかけてきたけど、関わる必要のない部分まで無理に関わるつもりなどないので丁重に辞退させていただく事にする。
「毎月金貨30枚ほどがサーディユニオム教に支払われているようだな。国庫にはさほど影響の無い金額ではあるが、何故私が把握出来ていない?」
「どうやら役目を終えた識贄への生活保障費と混同されてしまっているようです。少なくとも先帝の頃から同じ体制だったのは確認できました」
「少なくとも……という事は、先帝よりも以前から続いていた慣習の可能性もあるわけか」
カレンが小さく溜め息を零す。
自分が把握出来ていなかった資金の流出額が思ったより少なくて安堵したのかな?
年間金貨360枚も流出していたら結構な額だとは思うけど、流石にその程度で国が傾いたりはしないようだ。
「識贄に関する情報はデリケートな問題だからな。気づいていた者がいても指摘できなかったのかもしれん。ひとまずこれまでのことは不問としよう」
「ひとまずと言うと……。見直されるのですか?」
「いや、今のまま継続する方向で調整しておけ。ただしこの後サーディユニオム教と直接話してきた結果、違う結論を出すかもしれない事を留意するように」
サーディユニオムの印象次第では、資金的な援助を打ち切ることも辞さないと。
これから会う人たちにはとんだとばっちりだなぁ。
サーディユニオム教との面談には時間の指定なども特に無いので、報告が終わると直ぐに出発する事になった。
どうやらフラグニークの外れにこじんまりとした拠点があるようだ。
因みにフラグニークにはトライラム教会もあって、そちらの方も町外れのような寂しい場所に建設されていたりする。
自己救済の意識が強めの帝国じゃ、常に施し与える側であれというトライラム教会の教義はあまり受けないのかな?
いや、マグエルの教会も町外れに建ってるし、孤児を受け入れる為に郊外の広い土地をあえて選んでいるのかもしれない。
そんなことを考えながらカレンのポータルで目的地に転移したのだった。
「っと、迎えが居るな。あの者たち、いつからああして立っていたのやら……」
そうして転移した先に建っていたのは、教会施設と言うよりも広めの個人宅と言った方がしっくりきそうな、特徴の無い傷んだ家屋だった。
建物の前には40~50歳くらいの男女が3名ほど立っていて、穏やかな笑みを浮かべて俺達を迎えてくれた。
「ようこそいらっしゃいました皇帝陛下。私たちサーディユニオム教は、陛下の来訪を心より歓迎させていただきます」
「突然の訪問で済まなかった。夫がどうしても貴様達と話してみたいと駄々をこねてな」
「あ、本当にご結婚されたのですね? 近頃のフラグニークはその話題で持ちきりですよ。ただの噂かと思っておりました」
カレンと会話している女性も元識贄だったんだろうか?
穏やかな雰囲気だとは思うけど、感情が失われているようには感じないな?
生活に支障の無いレベルで熱を無くしてしまうという話だったし、ひと目見て異常を感じるような状態ではないらしい。
「まだ周知されていないのも無理はない。夫とは知り合ってからも日が浅いうえ、婚姻したのは勢いみたいなものだったからな」
「左様でしたか。お伝えするのか遅れてしまいましたが、この度はご結婚おめでとうございます。サーディユニオム教を代表してお祝い申し上げます」
「うむ。貴様達の祝福に感謝する。そしてコイツが夫のダンで、私を含む女全員がコイツの妻だ。変に気を使わずに気軽に接してやってくれ」
カレンの雑な説明にも、左様ですかとひと言零しただけで終わらせてしまった。
やっぱり少し感情が希薄に感じられちゃうね。
迎えてくれた女性に促されて、早速みんなで足を踏み入れる。
……けど大して広くもないので、直ぐに食堂っぽい開けたホールに到着した。
「皇帝陛下をお持て成しするには粗末な場所ですが、どうかご容赦願います。この人数が一度に入れる部屋は他にないもので」
「ゾロゾロと押し掛けた私達に余計な気は使わなくていい。貴様らも座ってくれ」
ホストは相手だけど身分が上のカレンが着席を許可すると、失礼しますとあっさり席に着く女性達。
皇帝相手にも固くなる素振りは全くない。
席についてお互い軽く自己紹介。
俺達を迎えてくれたくれた人たちは役目を果たした元識贄で、『啓識』と呼ばれるサーディユニオム教の最高責任者達のようだ。
現在啓識は7名いるらしいけど、流石に全員は集められなかったそうだ。
因みにカレンに俺の居場所を教えた識贄もこの場には同席していないらしい。
「それではまず先に私の用件を済ませるとしようか。事前に先触れは来ているかな?」
「聞いております。帝国から我々サーディユニオムに支払われている生活費について、ですよね?」
へぇ。カレンってば資金に関する確認を事前に告知していたのか。
おかげで啓識の皆さんも、これからお金に関する追求をされると分かっているのに落ち着いたもんだ。
「貴様たちにとっては支払われて当然という感覚かもしれないが、サーディユニオム教に金が支払われている事を私は把握していなくてな。この機会に確認をしておきたい」
「疚しいことは何もありません。何なりとお聞きください」
「ではまず、どのような名目で金が支払われているか、受け取った金の用途は何かを聞きたい。金の使い方まで強制するつもりはないが、こちらにはなんの記録も無いようなのでな」
カレンは資金援助を打ち切る気は無いと言っていたので、気楽な感じで問いかける。
だけどこれ、訊かれたほうとしては堪ったものじゃなくね? この問答次第で資金が打ち切られるようにしか取れないだろ。
「あくまで私共の言い分としてお聞きください。サーディユニオムに残された記録によりますと、始まりは当時の皇帝陛下の慈悲でした……」
だけど啓識の皆さんは、特に気負った風もなく淡々とカレンの質問に答え始めた。
事前に調査してあった通り、サーディユニオム教への資金援助は識贄に支払われる生活保障費が始まりだったようだ。
それがいつかの世代交代で記録と情報が失われ、けれど識贄に対する資金援助を打ち切る事を恐れた当時の皇帝によって理由も分からず支払われ続けていたらしい。
変化してしまったのは支払う側だけだったようで、受け取る側のサーディユニオムとしては何も変化を感じていなかったと語る啓識たち。
今でも月の始めに帝国の使者が訪れて、毎月決まった額、金貨30枚ほどを直接届けてくれているそうだ。
「いつもお金を届けてくださる兵士さんは同じ方ですが、あの人も事情をご存知なかったのですか?」
「ああ。配達をしていた兵士にも聞き込みを行なったが、彼は単純に識贄への報酬だと認識していたそうだ。結果的には間違っていなかったな」
「識贄への報酬だとは認識していたのに、私たちサーディユニオム教への資金提供だとは思わなかったのですか?」
「うむ。配達をしていた者は、ここがサーディユニオム教の拠点だとは認識していなかったそうだ」
「それは……。まだまだ布教が足りませんか……」
感情を表に出さない啓識の方々は、金貨の配達に来ていた兵士にすら認識されていないと告げられて初めて強い落胆の反応を示した。
始まりは識贄の保護施設だったって話だけど、現代の啓識の人たちは本気でサーディユニオム教を広めようとしているようだな。
ちなみに資金の使い道は主に生活費で、毎月金貨30枚でも結構カツカツの生活をしているようだ。
熱を失った識贄たちは必要以上に働こうとしなくなるし、サーディユニオム教徒もまたあまり能動的ではない人ばかりのようで、城から貰ったお金を全員で共有し、節約しながらゆっくりとした生活を続けているそうだ。
「サーディユニオム教の教義をざっくりと言うなら、無理をせずに現状で満足しよう、ということなのです。お城からいただいているお金は、競争に疲れた人々に安らぎの場と穏やかな時間を提供する為にありがたく使わせていただいております」
「競争心を見失った者たちの面倒を見ているのか? ということは信徒を増やせば増やすほどサーディユニオム教の財政は逼迫するのではないのか?」
「いえいえ。信徒の皆様は働く気が無いのでは無く、競う気が無いだけですから。お金が必要だと感じれば働きますよ。ただ、現状に満足しようという教義に共感してくださった方ですから、仮に私たちからの援助が無くなれば無くなったなりの生活を送る事でしょう」
ふぅむ? 分かりやすく例えるなら、資本主義志向の強いヴェルモート帝国の中で、競争を嫌った人たちによる社会主義的コミュニティって感じなのかな?
地球上の社会主義国家ってあまり上手くいったイメージが無いんだけど、サーディユニオム教は運営しているのが熱を失った啓識たちなので、私欲による資金の使い込みのような事が起こらずに上手くいっている感じなのかな。
ちょっと興味が湧いたので、俺からも質問させてもらおう。
「現状に満足しようって事は、もしも経済的に逼迫するような状況に陥っても、追加の資金援助を要請したりはしないわけ?」
「致しません。仮に資金援助が打ち切られても私たちは受け入れます。現状に満足するということは、周囲の状況に振り回されないということだと思っておりますので」
「そのせいでサーディユニオム教の運営が立ち行かなくなったり、信徒の面倒が見れなくなったとしても?」
「そうなった場合は、自分たちが管理できるキャパシティまでサーディユニオム教の規模を縮小することになるでしょう。私たちはトライラム教会とは違い、受け入れる事を選んだ者たちなので」
おっと。こっちから切り出す前に啓識さんの口からトライラム教会と聞く事になるとはね。
折角の流れなので便乗して聞いてみよう。
「トライラム教会とは違うってどういうことかな? 受け入れるという意味なら、トライラム教会は身寄りの無い子供達を無制限に受け入れているけど?」
「『受け入れる』という言葉の解釈が違います。私たちは自身の能力を正確に把握し、決して無理せず自分たちが心穏やかに暮らすことが最優先です。トライラム教会のように自身の能力を超えてまで他人の面倒を見るような『熱』は、私たちには持ち得ないものですから」
「……大切な誰かを見捨てることになったとしても受け入れるの?」
「大切な誰かを見捨てない為に、そうでない人たちには極力関わらないようにしているのです。現状で満足する為に、我々は物事の優先順位を明確にしているんですよ」
……う~ん。一概には否定出来ない考え方だよな。
俺自身もマグエルに向かう旅の途中、ニーナを守るためだと言ってティムルの手を振り払おうとしたのだから。
全てを成り行きに任せて流されるように生きるのかと思えばそうでもなくて、たとえば大切な誰かを守るためなら働きもするし、武器を手にする事も辞さないと言っているのだろう。
「……サーディユニオム教はトライラム教会の教えを否定していると聞いたけど、本当?」
「他者を否定するほどの熱は持ち合わせておりません。が、考えの違う者たちを受け入れないことは出来ますので」
「考え、違うかな? サーディユニオム教も信徒の面倒を見ているなら……」
「トライラム教会の行ないは素晴らしいとは思いますが、能力を超えた施しは破滅を招きます。信仰とは常に与える側であるべきだと唱えながら、教会関係者に無理を強いているのは矛盾していると考えます」
熱を失ったはず啓識のはずなのに、トライラム教会への頑ななまでの拒絶の意志を感じる。
思ったよりもトライラム教会の教義にも詳しそうなのに、教義をしっかりと理解した上できっぱりとトライラム教会を否定してくるなぁ……。
「己が身を削っての献身、誠に結構です。結構ですがナンセンスです。信仰が人の為にあるというのであれば、まずは教会関係者たちが救われねばならないでしょう。教義の為に身を削っては本末転倒ではないでしょうか」
「……思ったよりも拒絶していて驚いたよ。そちらの言い分も理解できるけどさ」
ムーリやチャールが何かを言いたそうにしているけれど、ここで感情的に言葉をぶつけても意味がない。
啓識の皆さんにはぶつけるほど強い感情なんて残っていないのだから。
ここは俺に任せてねと、片目を瞑って微笑んで見せる。
「トライラム教会とは考え方が違うのは分かった。けどサーディユニオム教がトライラム教会を嫌う理由が分からないな。考え方が違うにしても、お互い関わらなければそれで済む話じゃな……」
「それで済む話ではありません。祝福の神トライラムがこの世に齎してしまった職業の加護こそが、この世の競争観念の根幹なのですから」
え、この人たち、まさか職業の加護を否定するのか?
職業の加護が無ければ魔物を狩ることもドロップアイテムを加工することも出来ないし、何より職業の加護が無くなったところで競争が無くなるわけじゃない筈なのに……。
ちらりと我が家のトライラム教会メンバーを見てみると、ムーリとシーズは理解できないものを見るような困惑した表情を浮かべていて、チャールはそういう考えもあるのかぁ~、みたいな感心した表情を浮かべている。
確かに考え方の違いは面白いけど、職業の加護が全て悪いんだー、みたいな言われ方をすると流石にちょっと反論したくはなるなぁ……?
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