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712 ※閑話 失伝 邪心
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「なっ、なんだこれはっ!? いったいどうな……ぎゃあああああっ!!」
「何故だっ!? 我々は神にっ、神器に従ったはずっ!! なのに……なのにどうしてこんな化け物が……ぐあああっ!?」
いったいいつ以来なのか、耳を劈く断末魔の悲鳴が心地いい。
周囲から突き刺さる恐怖と困惑の視線が快感だ。
俺は帰ったきた……! この世界の王がようやく帰還を果たしたのだ……!
俺が神器に込めた呪いは長い年月を経ても全く風化することなく、異界より流れ込む魔力と結びついて全てを超越する神なる存在へと昇華して見せたのだ!
しかしそんな達成感は一瞬でかき消され、俺の思考と感情は忽ち人間たちへの憎悪で塗り潰されてしまう。
「(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!)」
俺を拒絶したこの世界が憎い。
俺を否定した母が愛したこの世界が許せない。
内なる憎悪が衝動となって、周囲に居る無数の人間を片っ端から殺して回る。
「たっ、助け……! こ、こんなのどうす……ぎゃっ!!」
「神は!? 神器は何処に行った!? 何が起きたんだ!? どうすればいいんだ!? 誰か……! 誰か教え……うわあああああ!!」
衝動のままに人々を屠り、絶望の悲鳴に悦びを覚える。
人を殺すたびに憎悪が薄れ、俺だった記憶と感情が少しだけ戻ってくるような気がした。
俺の憎悪が混ざった神託を頼りに、生贄を捧げ呼び水の鏡を起動した者たち。
貴様らの望み通り、この世界の真なる王が神たる存在として帰って来たのだ。まずはその身を捧げるがいい!
「(逃げるな。止焉)」
「わわっ……!? か、体が動か……」
「お、俺の体がぁっ!? 段々石に、石にされ……!!」
いち早く俺から遠ざかった者たちを視線で射抜き、石に変えてこの場に留める。
自分がゆっくりと石に変えられていくと理解した表情は、この世界のどんな景色よりも美しく感じられた。
「(苦しめ。心蝕)」
「なんっ……だ……? 急に力が……入らな……」
「寒い……寒いよ……。誰か、誰か火をぉ……」
俺の吐く息に触れた者たちが、熱を奪われ凍えるように震え始める。
歩み寄る死の気配に何もできず、凍えながら眠るように息絶えていく者たちの姿は、母に抱かれる赤子のように愛おしく感じられた。
「(砕けよ。幻壊)」
「うわあああっ!? 大地が……大地が割れたぁっ!?」
「世界が……! 世界が壊されちまうよぉっ……!?」
俺の一挙手一投足で、母が愛した世界が壊れていく。
終末の光景に泣き叫ぶ人々の声は、神の誕生を祝福する喝采のように感じられた。
「(終われ。貴様らに生きる資格無し。狂鳴)
「あがががっ!? あ、たまがっ……!?」
「ヒャハハハハ!! 終わりだぁ!! もう何もかもが無駄なんだぁ!!」
俺の呼びかけに呼応して、人々の心が壊されていく。
世界を終わらせる俺の前に跪き蹲る者たちの姿に、俺は自身の帰還を確信できた。
この場にどれほどの人間が存在していたのかは分からない。
衝動のままに殺し、壊し、屠り続けていた俺は、ふと自分の中に自分以外の存在が宿っている事に気付いた。
これは……。俺への生贄に捧げられたエルフ、か。
どうやら本人は供物として捧げられる事を知らなかったようだ。
己の肉を割く苦痛と内側から俺に喰われていく恐怖で、俺の器に相応しい強烈な憎悪を抱いているようだ。
この者の名は『クーザリス』か。
神の器クーザリスに宿りし、再臨した俺に相応しい名は……。
「(我が名はガル=クーザ。この世界を憎み、人の世を終わらせる神の名である。愚かな者共よ。その死に刻み込むがいい)」
呪いと滅びの神、邪神ガルクーザ。
そう名乗った瞬間、俺の器と魂がピッタリと重なったような心地良さが感じられた。
この世界を終わらせる事が俺の使命。母達が創ったこの世界を壊すことが俺の役割だ。
この身に宿した呼び水の鏡が無尽の魔力を俺に注ぎ込み続ける限り、俺はこの世界を殺し続けよう。
邪神となった俺の中で、少しずつ時間の感覚が薄れていくのが分かった。
超越者となった俺は、もう時間などに縛られる心配などない。
他者との関わりからも寿命からも解放された俺が時間という概念を忘れていくのは、ある意味当然だと言えるだろう。
次第に俺の意識は薄れていき、俺は夢見心地で人々の苦しむ姿を楽しみ、人々の死を量産し続けた。
しかしたまにふっと戻る俺の意識が、今回の降臨が決して完全なものでなかったということに気付き始める。
本来この身に取り込むはずだった3種の神器が、1つたりともこの身に取り込めていないのだ。
これは恐らく、供物となったクーザリスの魔法強化具合が足りず、神器の取り込みに肉体が耐えられなかったのだろう。
辛うじて呼び水の鏡とだけは繋がっているようだが、それでも取り込みに失敗したのは間違いないらしく、俺は呼び水の鏡が存在する場所からあまり離れられないようだ。
俺への対抗手段となる神器をその身に隠してしまえば、俺に対抗する手段は永遠に失われるはずだったのだがな……。
この世界を護り、存続していく為の神器を宿し、この世界を終焉に導く。それこそが俺の役割のはずなのに。
神器の取り込みに失敗した今の俺では、人々を殺しに遠出することもできなければ、持ち去られた始界の王笏で簡単に滅ぼされてしまうだろう。
こんなはずでは……! こんなはずではこんなはずではこんなはずではぁっ……!!
このままでは俺はただ座して滅びを待つだけの置物に過ぎず、俺が死んだ後の世界を滅ぼすことが出来なくなってしまうではないか……!!
しかし神器に宿した俺の魂をもう1度神器に吹き込もうにも、既に2つの神器は持ち去られている。
呼び水の鏡だけは手元にあるが、最低限識の水晶だけは確保しないと人々を上手く導くことは出来ないだろう。
神器である呼び水の鏡と繋がっている為か、まるでパーティを組んでいるかの如く、他の2つの神器の所在が把握できる。
しかしそれらの反応は俺の行動範囲から大きく離れた場所にあって、どう足掻いても今の俺には奪取することは出来そうになかった。
どうする? いったいどうすれば俺はこの世界を破壊することが出来るんだ?
どうすればこの失敗を乗り越え、この世界を終焉に導いてやる事が出来るのだろう?
神の如き存在となったはずなのに、それでもまだ不完全であったなど想定外だ。
仮に次の機会が与えられたとしても、失敗した原因を探らなければ意味が無い。
いったい俺は何処で間違え、何を変えれば完全なる滅びの神として顕現出来たのか……。
器となったクーザリスの魔法強化が足りなかったのは分かっている。
次の機会が得られたら、少なくとも母たちテレス人と同等以上の魔法強化を施された者を器としなければ。
ルーラーズコアにはテレス人のデータも集積されているはずだ。そのデータを元に我らエルフが創造されたのだから間違いない。
識の水晶を用いてテレス人の情報に照会し、最高レベルの魔法強化が済んだ者を選定すれば良かったのか。
神の器として、エルフ族に拘りすぎたのが失敗の原因だったのかもしれない。
呼び水の鏡が齎す膨大な魔力さえあれば、精霊魔法を超える力も、悠久の時を生きることも可能なのだ。それを考えれば器をエルフとする意味はさほど無いと言っていい。
そうだ。結局は力不足、魔法強化不足が全ての原因だったのだ。
クーザリスの魔法強化では全く足りなかった。神の器となる者には、この世界を創った女神たちと同等の魔法強化を施さねばならなかったのだ……!
原因は分かった。
神器を扱うに相応しいほどに魔法強化が進んだ者を器にすれば、この身に神器を宿す事に失敗することもなく、呼び水の鏡の無尽の魔力を原動力にこの世界を終焉に導いてやれるのだ。
原因が分かった今、同じ失敗はもう繰り返さない。
ならば次なる問題は、どうやって次の機会を得るかだろう。
そこまで考えた時、ここから遠く離れた俺の手の届かぬ場所で識の水晶が使用されたことが感じ取れた。
呼び水の鏡と繋がっているからか、はたまた邪神としての能力なのかは分からないが、人々が神に望んだ問いとその答えも何故か俺には感じ取れた。
間もなく神たる俺を滅ぼしに、始界の王笏を携えた者どもがやってくるだろう。
識の水晶が可能だと答えた以上、神となった俺でさえも崩界の1撃に耐えることは出来ないのであろうな……。
俺が撃たせた崩界に耐え切った母は、本当に何処までも規格外の存在だったようだ。
……待てよ? 始界の王笏がこの場に持ち出されてくるのであれば、今度こそ神器を取り込むチャンスなのではないか?
いや、不可能か。邪神となった今の俺でも呼び水の鏡1つさえも取り込めていないのだから。
神器の所有権を得たいのであれば、神器の所有者たる資格を持った者を器にするしかないのだ。
それに、戦闘の役には立たないであろう識の水晶をこの場に持ち込むとは考えにくい。
仮に神器の取り込みに成功しようとも、識の水晶を残しておけば、何らかの方法でいずれ滅ぼされてしまうことだろう。
だが、王たる俺が座して死を待つだけなどありえない。
この世界の頂点に君臨し、この世界の全てを終焉に導く為に、俺は必ず次の機会を得なければいけないのだ……!
次の機会……。そう、次の機会だ。
今の状態で命を永らえてもなんの意味も無い。失敗したこの器を脱ぎ捨て完全な神となる為に、俺はもう1度死なねばならない。
今更死など怖くはない。既に1度死んだ事があるのだから。
怖いのは死などではなく、この世界を滅ぼすという己の役割を果たせずに滅びてしまうことだけだ。
今の俺には神の如き力が宿っている。この力を使って、なんとかもう1度神器に魂を吹き込むことは出来ないだろうか。
しかしここで問題になるのが識の水晶の存在か……。
俺の神の如き力、神権魔法の力が及ばない場所に置かれては、所在だけ分かっいても意味が無い。
場所は感じ取れるのだから、移動魔法でも使えれば話は早いのだがな……。
いや、そうだ……! 移動魔法だ……! 移動魔法があったじゃないか……!
超越した存在となった俺にも例外なく適用される、崩界という名の移動魔法が……!!
識の水晶の見立てでは、俺を滅ぼすには6人分の魂が必要らしい。
つまり崩界を放たれても、6人分の魂が注ぎ込まれるまでの間、多少の猶予があるということだ。
崩界に干渉することなど、他人が使用した移動魔法を弄ることなど普通は不可能だ。
だが今の俺は邪神。俺に宿りし神権の力を用いれば、崩界で千切られる肉体の転移先を指定することも、転移先の神器に俺の魂を注ぎ込むことだって不可能ではないはずだ。
今度こそ失敗は許されない、たった1度きりの好機……。
成功する確率は低いかもしれない。それは奇跡と呼ぶに相応しいほどに僅かな成功率しか残されていないのかもしれない。
だが、俺は王にして神となった存在なのだ。
王なら運命をこの手に出来るはず。神なら奇跡だって起こせるはずだ。
神器で繋がった識の水晶から齎された神託か、それとも神となった俺自身の直感なのか、この時点で俺は全てが上手くいく確信を得ていた。
もしも世界を滅ぼす俺の存在が間違っているとしたら、今こうして俺が生み出されることもなかったはずなのだ。
こうして邪神として降臨できていることが俺の正しさの証明であり、次の機会も間違いなく訪れるという証拠に違いない。
その時、俺の行動範囲内に人間の反応が突然感じ取れた。
そこには視界の王笏の気配も感じられる。早速移動魔法で転移して来たようだなぁ……!
「(うおおおおおおおおおっ!!)」
邪神としての本能と王である俺の意志が絡み合い、次なる機会への新たな門出を迎えた喜びを叫びながら、神器を携えやってきた者たちへ全力で走り寄る。
俺の全力でも直ぐには到達出来ない、俺の行動範囲ギリギリのその場所では、始界の王笏の気配がどんどん強まり続けている。
「人間族の俺にこのパーティのリーダーは荷が重かったよ」
向かう先から、見知らぬ誰かの穏やかな声が聞こえてくる。
これは俺の精霊魔法が声を繋いでくれたのか、それとも神権魔法が俺と相手を繋げてしまったのか。
遥か前方から聞こえてくるその声は諦めと失望に満ちていて、隠し切れない生への執着と未練、そして死への無念さで彩られていた。
「……死にたくないわ。この先もずっと生きていたかった。家族と、アウラと一緒にずっとね」
素晴らしい……! なんという素晴らしい感情の持ち主だ……!
この者たちこそ俺の新たな門出を見送るに相応しい者たちだ。
新たな、そして完全なる滅びの為に捧げられるべき者たちなのだ……!
王たる俺が導こう! 神たる俺が導こう!
貴様たちの無念を! 失望を! 恐怖を! 絶望を! 終焉の未来へとなぁ!!
「最後の最後くらいはしっかり決めてやるさっ」
その言葉を合図に、バラバラに引き裂かれていく俺の体。
その体内で暴れる崩界の魔力に神権魔法で干渉し、俺の魂を識の水晶へと転移させていく。
最低限必要な精霊魔法を注ぎ込み終えた後、仕上げに識の水晶そのものを転移させ、俺の憎悪に共鳴しそうな者に送り込んでやった。
「リュート……。………………。アウラ……。………………」
千切れ飛ぶ意識の中、最後に女の美しい声が耳に届いた。
その声を聞いた俺は、邪神として身を捧げる時に捨ててしまった、最も大切だった誰かへの思いと、その誰かに愛されなかった事実を明確に思い出すことが出来た。
『私も貴方も神様なんかじゃないの』
くくく……。残念だったな『 』よ……!
もう顔も名前も思い出せないが、こうして俺は神となり、絶対の存在となったのだ!
『貴方が母さんを拒絶したのよ? だから貴方も捨てられたの』
俺を捨てた世界なんて、残しておく価値など微塵も無い!!
母も『 』も俺を捨てるのなら、そんな世界は俺の手で否定してやるんだ!!
『私は女神様たちと母さんが愛した人たちと共に生きるわ。さようならガル=クーザ。もう2度と私の前に姿を現さないで』
この世界を創った母さんが、僕の事を拒絶するなら。
僕と共に生きるはずだった『 』が僕の下を去り、母さんが愛した人々と愛し合うことを選んだのなら。
僕は何度だって蘇り、貴女達の愛の全てを否定してみせるから。
「何故だっ!? 我々は神にっ、神器に従ったはずっ!! なのに……なのにどうしてこんな化け物が……ぐあああっ!?」
いったいいつ以来なのか、耳を劈く断末魔の悲鳴が心地いい。
周囲から突き刺さる恐怖と困惑の視線が快感だ。
俺は帰ったきた……! この世界の王がようやく帰還を果たしたのだ……!
俺が神器に込めた呪いは長い年月を経ても全く風化することなく、異界より流れ込む魔力と結びついて全てを超越する神なる存在へと昇華して見せたのだ!
しかしそんな達成感は一瞬でかき消され、俺の思考と感情は忽ち人間たちへの憎悪で塗り潰されてしまう。
「(憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い……!)」
俺を拒絶したこの世界が憎い。
俺を否定した母が愛したこの世界が許せない。
内なる憎悪が衝動となって、周囲に居る無数の人間を片っ端から殺して回る。
「たっ、助け……! こ、こんなのどうす……ぎゃっ!!」
「神は!? 神器は何処に行った!? 何が起きたんだ!? どうすればいいんだ!? 誰か……! 誰か教え……うわあああああ!!」
衝動のままに人々を屠り、絶望の悲鳴に悦びを覚える。
人を殺すたびに憎悪が薄れ、俺だった記憶と感情が少しだけ戻ってくるような気がした。
俺の憎悪が混ざった神託を頼りに、生贄を捧げ呼び水の鏡を起動した者たち。
貴様らの望み通り、この世界の真なる王が神たる存在として帰って来たのだ。まずはその身を捧げるがいい!
「(逃げるな。止焉)」
「わわっ……!? か、体が動か……」
「お、俺の体がぁっ!? 段々石に、石にされ……!!」
いち早く俺から遠ざかった者たちを視線で射抜き、石に変えてこの場に留める。
自分がゆっくりと石に変えられていくと理解した表情は、この世界のどんな景色よりも美しく感じられた。
「(苦しめ。心蝕)」
「なんっ……だ……? 急に力が……入らな……」
「寒い……寒いよ……。誰か、誰か火をぉ……」
俺の吐く息に触れた者たちが、熱を奪われ凍えるように震え始める。
歩み寄る死の気配に何もできず、凍えながら眠るように息絶えていく者たちの姿は、母に抱かれる赤子のように愛おしく感じられた。
「(砕けよ。幻壊)」
「うわあああっ!? 大地が……大地が割れたぁっ!?」
「世界が……! 世界が壊されちまうよぉっ……!?」
俺の一挙手一投足で、母が愛した世界が壊れていく。
終末の光景に泣き叫ぶ人々の声は、神の誕生を祝福する喝采のように感じられた。
「(終われ。貴様らに生きる資格無し。狂鳴)
「あがががっ!? あ、たまがっ……!?」
「ヒャハハハハ!! 終わりだぁ!! もう何もかもが無駄なんだぁ!!」
俺の呼びかけに呼応して、人々の心が壊されていく。
世界を終わらせる俺の前に跪き蹲る者たちの姿に、俺は自身の帰還を確信できた。
この場にどれほどの人間が存在していたのかは分からない。
衝動のままに殺し、壊し、屠り続けていた俺は、ふと自分の中に自分以外の存在が宿っている事に気付いた。
これは……。俺への生贄に捧げられたエルフ、か。
どうやら本人は供物として捧げられる事を知らなかったようだ。
己の肉を割く苦痛と内側から俺に喰われていく恐怖で、俺の器に相応しい強烈な憎悪を抱いているようだ。
この者の名は『クーザリス』か。
神の器クーザリスに宿りし、再臨した俺に相応しい名は……。
「(我が名はガル=クーザ。この世界を憎み、人の世を終わらせる神の名である。愚かな者共よ。その死に刻み込むがいい)」
呪いと滅びの神、邪神ガルクーザ。
そう名乗った瞬間、俺の器と魂がピッタリと重なったような心地良さが感じられた。
この世界を終わらせる事が俺の使命。母達が創ったこの世界を壊すことが俺の役割だ。
この身に宿した呼び水の鏡が無尽の魔力を俺に注ぎ込み続ける限り、俺はこの世界を殺し続けよう。
邪神となった俺の中で、少しずつ時間の感覚が薄れていくのが分かった。
超越者となった俺は、もう時間などに縛られる心配などない。
他者との関わりからも寿命からも解放された俺が時間という概念を忘れていくのは、ある意味当然だと言えるだろう。
次第に俺の意識は薄れていき、俺は夢見心地で人々の苦しむ姿を楽しみ、人々の死を量産し続けた。
しかしたまにふっと戻る俺の意識が、今回の降臨が決して完全なものでなかったということに気付き始める。
本来この身に取り込むはずだった3種の神器が、1つたりともこの身に取り込めていないのだ。
これは恐らく、供物となったクーザリスの魔法強化具合が足りず、神器の取り込みに肉体が耐えられなかったのだろう。
辛うじて呼び水の鏡とだけは繋がっているようだが、それでも取り込みに失敗したのは間違いないらしく、俺は呼び水の鏡が存在する場所からあまり離れられないようだ。
俺への対抗手段となる神器をその身に隠してしまえば、俺に対抗する手段は永遠に失われるはずだったのだがな……。
この世界を護り、存続していく為の神器を宿し、この世界を終焉に導く。それこそが俺の役割のはずなのに。
神器の取り込みに失敗した今の俺では、人々を殺しに遠出することもできなければ、持ち去られた始界の王笏で簡単に滅ぼされてしまうだろう。
こんなはずでは……! こんなはずではこんなはずではこんなはずではぁっ……!!
このままでは俺はただ座して滅びを待つだけの置物に過ぎず、俺が死んだ後の世界を滅ぼすことが出来なくなってしまうではないか……!!
しかし神器に宿した俺の魂をもう1度神器に吹き込もうにも、既に2つの神器は持ち去られている。
呼び水の鏡だけは手元にあるが、最低限識の水晶だけは確保しないと人々を上手く導くことは出来ないだろう。
神器である呼び水の鏡と繋がっている為か、まるでパーティを組んでいるかの如く、他の2つの神器の所在が把握できる。
しかしそれらの反応は俺の行動範囲から大きく離れた場所にあって、どう足掻いても今の俺には奪取することは出来そうになかった。
どうする? いったいどうすれば俺はこの世界を破壊することが出来るんだ?
どうすればこの失敗を乗り越え、この世界を終焉に導いてやる事が出来るのだろう?
神の如き存在となったはずなのに、それでもまだ不完全であったなど想定外だ。
仮に次の機会が与えられたとしても、失敗した原因を探らなければ意味が無い。
いったい俺は何処で間違え、何を変えれば完全なる滅びの神として顕現出来たのか……。
器となったクーザリスの魔法強化が足りなかったのは分かっている。
次の機会が得られたら、少なくとも母たちテレス人と同等以上の魔法強化を施された者を器としなければ。
ルーラーズコアにはテレス人のデータも集積されているはずだ。そのデータを元に我らエルフが創造されたのだから間違いない。
識の水晶を用いてテレス人の情報に照会し、最高レベルの魔法強化が済んだ者を選定すれば良かったのか。
神の器として、エルフ族に拘りすぎたのが失敗の原因だったのかもしれない。
呼び水の鏡が齎す膨大な魔力さえあれば、精霊魔法を超える力も、悠久の時を生きることも可能なのだ。それを考えれば器をエルフとする意味はさほど無いと言っていい。
そうだ。結局は力不足、魔法強化不足が全ての原因だったのだ。
クーザリスの魔法強化では全く足りなかった。神の器となる者には、この世界を創った女神たちと同等の魔法強化を施さねばならなかったのだ……!
原因は分かった。
神器を扱うに相応しいほどに魔法強化が進んだ者を器にすれば、この身に神器を宿す事に失敗することもなく、呼び水の鏡の無尽の魔力を原動力にこの世界を終焉に導いてやれるのだ。
原因が分かった今、同じ失敗はもう繰り返さない。
ならば次なる問題は、どうやって次の機会を得るかだろう。
そこまで考えた時、ここから遠く離れた俺の手の届かぬ場所で識の水晶が使用されたことが感じ取れた。
呼び水の鏡と繋がっているからか、はたまた邪神としての能力なのかは分からないが、人々が神に望んだ問いとその答えも何故か俺には感じ取れた。
間もなく神たる俺を滅ぼしに、始界の王笏を携えた者どもがやってくるだろう。
識の水晶が可能だと答えた以上、神となった俺でさえも崩界の1撃に耐えることは出来ないのであろうな……。
俺が撃たせた崩界に耐え切った母は、本当に何処までも規格外の存在だったようだ。
……待てよ? 始界の王笏がこの場に持ち出されてくるのであれば、今度こそ神器を取り込むチャンスなのではないか?
いや、不可能か。邪神となった今の俺でも呼び水の鏡1つさえも取り込めていないのだから。
神器の所有権を得たいのであれば、神器の所有者たる資格を持った者を器にするしかないのだ。
それに、戦闘の役には立たないであろう識の水晶をこの場に持ち込むとは考えにくい。
仮に神器の取り込みに成功しようとも、識の水晶を残しておけば、何らかの方法でいずれ滅ぼされてしまうことだろう。
だが、王たる俺が座して死を待つだけなどありえない。
この世界の頂点に君臨し、この世界の全てを終焉に導く為に、俺は必ず次の機会を得なければいけないのだ……!
次の機会……。そう、次の機会だ。
今の状態で命を永らえてもなんの意味も無い。失敗したこの器を脱ぎ捨て完全な神となる為に、俺はもう1度死なねばならない。
今更死など怖くはない。既に1度死んだ事があるのだから。
怖いのは死などではなく、この世界を滅ぼすという己の役割を果たせずに滅びてしまうことだけだ。
今の俺には神の如き力が宿っている。この力を使って、なんとかもう1度神器に魂を吹き込むことは出来ないだろうか。
しかしここで問題になるのが識の水晶の存在か……。
俺の神の如き力、神権魔法の力が及ばない場所に置かれては、所在だけ分かっいても意味が無い。
場所は感じ取れるのだから、移動魔法でも使えれば話は早いのだがな……。
いや、そうだ……! 移動魔法だ……! 移動魔法があったじゃないか……!
超越した存在となった俺にも例外なく適用される、崩界という名の移動魔法が……!!
識の水晶の見立てでは、俺を滅ぼすには6人分の魂が必要らしい。
つまり崩界を放たれても、6人分の魂が注ぎ込まれるまでの間、多少の猶予があるということだ。
崩界に干渉することなど、他人が使用した移動魔法を弄ることなど普通は不可能だ。
だが今の俺は邪神。俺に宿りし神権の力を用いれば、崩界で千切られる肉体の転移先を指定することも、転移先の神器に俺の魂を注ぎ込むことだって不可能ではないはずだ。
今度こそ失敗は許されない、たった1度きりの好機……。
成功する確率は低いかもしれない。それは奇跡と呼ぶに相応しいほどに僅かな成功率しか残されていないのかもしれない。
だが、俺は王にして神となった存在なのだ。
王なら運命をこの手に出来るはず。神なら奇跡だって起こせるはずだ。
神器で繋がった識の水晶から齎された神託か、それとも神となった俺自身の直感なのか、この時点で俺は全てが上手くいく確信を得ていた。
もしも世界を滅ぼす俺の存在が間違っているとしたら、今こうして俺が生み出されることもなかったはずなのだ。
こうして邪神として降臨できていることが俺の正しさの証明であり、次の機会も間違いなく訪れるという証拠に違いない。
その時、俺の行動範囲内に人間の反応が突然感じ取れた。
そこには視界の王笏の気配も感じられる。早速移動魔法で転移して来たようだなぁ……!
「(うおおおおおおおおおっ!!)」
邪神としての本能と王である俺の意志が絡み合い、次なる機会への新たな門出を迎えた喜びを叫びながら、神器を携えやってきた者たちへ全力で走り寄る。
俺の全力でも直ぐには到達出来ない、俺の行動範囲ギリギリのその場所では、始界の王笏の気配がどんどん強まり続けている。
「人間族の俺にこのパーティのリーダーは荷が重かったよ」
向かう先から、見知らぬ誰かの穏やかな声が聞こえてくる。
これは俺の精霊魔法が声を繋いでくれたのか、それとも神権魔法が俺と相手を繋げてしまったのか。
遥か前方から聞こえてくるその声は諦めと失望に満ちていて、隠し切れない生への執着と未練、そして死への無念さで彩られていた。
「……死にたくないわ。この先もずっと生きていたかった。家族と、アウラと一緒にずっとね」
素晴らしい……! なんという素晴らしい感情の持ち主だ……!
この者たちこそ俺の新たな門出を見送るに相応しい者たちだ。
新たな、そして完全なる滅びの為に捧げられるべき者たちなのだ……!
王たる俺が導こう! 神たる俺が導こう!
貴様たちの無念を! 失望を! 恐怖を! 絶望を! 終焉の未来へとなぁ!!
「最後の最後くらいはしっかり決めてやるさっ」
その言葉を合図に、バラバラに引き裂かれていく俺の体。
その体内で暴れる崩界の魔力に神権魔法で干渉し、俺の魂を識の水晶へと転移させていく。
最低限必要な精霊魔法を注ぎ込み終えた後、仕上げに識の水晶そのものを転移させ、俺の憎悪に共鳴しそうな者に送り込んでやった。
「リュート……。………………。アウラ……。………………」
千切れ飛ぶ意識の中、最後に女の美しい声が耳に届いた。
その声を聞いた俺は、邪神として身を捧げる時に捨ててしまった、最も大切だった誰かへの思いと、その誰かに愛されなかった事実を明確に思い出すことが出来た。
『私も貴方も神様なんかじゃないの』
くくく……。残念だったな『 』よ……!
もう顔も名前も思い出せないが、こうして俺は神となり、絶対の存在となったのだ!
『貴方が母さんを拒絶したのよ? だから貴方も捨てられたの』
俺を捨てた世界なんて、残しておく価値など微塵も無い!!
母も『 』も俺を捨てるのなら、そんな世界は俺の手で否定してやるんだ!!
『私は女神様たちと母さんが愛した人たちと共に生きるわ。さようならガル=クーザ。もう2度と私の前に姿を現さないで』
この世界を創った母さんが、僕の事を拒絶するなら。
僕と共に生きるはずだった『 』が僕の下を去り、母さんが愛した人々と愛し合うことを選んだのなら。
僕は何度だって蘇り、貴女達の愛の全てを否定してみせるから。
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☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
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