異世界イチャラブ冒険譚

りっち

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711 扉

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「っはぁぁぁぁ……! つ、疲れたぁ~っ……!」


 スポーニングチュトラリーが停止し、フルファインダーに狒々の反応が無くなった瞬間、突如体が重くなって危うく双剣を取り落としそうになってしまった。


 ……これ、最近感じていなかったけど、肉体的な疲労感か……!

 フルファインダーの燃費を追求した結果、メタドライブを意識的にOFFにして魔力を拡散させたけど、メタドライブと一緒に持久力補正もOFFにされちゃったのかもしれないな……!


「どうしたのダン? 魔力枯渇を起こしてるようには見えないけど、調子が悪そうに見えるの」

「大丈夫だよニーナ。文字通り、ただ疲れてるだけなんだ」

「ん~……? もう少し詳しく説明できる?」

「えっとね。職業補正の塊であるメタドライブを停止させたことで、俺は持久力補正も停止させちゃったみたいなんだ。今の俺は、ティムルと出会う前の頃と同じくらいの体力しかないってことだね」


 フルファインダーも細かく明滅させるような使い方が出来ればいいんだろうけど、今のところはフルファインダーと職業補正は両立させることが難しそうだ。

 折角強力で有用な索敵スキルを生み出せたと思ったのに、結果は改良の余地有りってところかぁ。


「疲れてるだけ……。どうやらウソは吐いていないみたいなの。でも持久力補正が切れているならかなりしんどいんじゃないのー?」

「しんどいはしんどいけど、魔力枯渇を起こして倒れるよりは全然マシかなぁ? 体内の魔力にも余裕があるみたいだし」

「ん、了解なの。説明は殆ど理解できなかったけど、ダンが無事なら深くは考えない事にするのっ」


 たたたーっと駆け寄ってきて、ぎゅーっと優しく抱きしめてくれるニーナ。

 俺が脱力したのを見て、差し迫った危険は無くなったと判断してくれたようだ。俺からもぎゅーっ。


 あ~……。体は重いままだけど、心がぐんぐん回復していくよぅ……。


「ダンはニーナちゃんに任せておけば問題ないとして、状況確認はこっちで済ませましょうか」


 ニーナが自分から離れたことで、ふぅっとひと息吐いて肩の力を抜くティムル。

 俺とニーナが動けないと見るやいなや、何にも言わなくても直ぐに指揮を執り始めるお姉さんが頼りになりすぎるぅ。


「フラッタちゃんとヴァルゴはそのまま警戒しててねー。リーチェ、キュール、私たちでこのスポーニングチュトラリー? と、この扉の調査を進めましょ」

「了解だよ~……。は~、壊されなくて良かったぁ~……!」

「……ねぇねぇティムル。調査の前にこの惨状をどうにかするべきじゃないかなぁ?」

「あー……。これは確かに落ち着かないわねぇ……」


 スポーニングチュトラリーを破壊されなくて安心しているキュールは気付いていないようだけど、狒々の死体が散乱している部屋中を見渡して、リーチェとティムルがゲンナリと肩を落としている。


 やはり狒々たちは魔物ではなく野生動物扱いのようで、殺しても死体が大気に還ってくれたりはしないのだ。

 今いる場所は比較的広い大部屋のようだけど。外で殺した時と違って生臭い匂いが部屋中に充満していて気が滅入ってくる。


 こんな部屋でニーナと抱き合っていても猟奇的なだけだな……。

 俺も手伝って、まずはこの場の後始末を片付けよう。


「俺がフルファインダーで索敵を続けるから、お姉さんとリーチェも片付けを手伝ってくれる? リーチェとアウラは適当に風を起こして血の匂いを飛ばしてくれたら助かるよ」

「了解よーっ。200や300じゃ聞かないくらいの死体だけど、うちのみんなは重量軽減スキルを持ってるから直ぐに片付くと思うわぁ」

「フルファインダーを続けるって事は、ダンはスキルや補正が切れてる状態が続くってことだよね? ならダンはここで待ってて……」

「いやリーチェ。使う度に補正が停止しちゃうんじゃ使いにくいから、この機会に補正との両立が出来ないか調整させて欲しいんだ。運搬的には戦力外になっちゃうけど」


 心配してくれるリーチェをよしよしなでなでしながら、運搬の手伝いを申し出る。

 運搬能力はシャロにすら劣ってしまうだろうけれど、安全にフルファインダーの調整を行なうには絶好の機会だろう。


 フルファインダーが真価を発揮するのはやはり戦闘中のはずで、なのにメタドライブも職業補正も全部OFFにしないと使えないんじゃ戦闘中に使えるわけがない。

 その上俺は生命活動に必要な不随意反応、呼吸や鼓動に至るまで身体操作性補正でサポートしている状態だからな。長時間職業補正が使えなくなるのは生死に関わってきそうなんだよね。


「話は決まったね? それじゃみんなでお片付けなのーっ」

「了解なのじゃーっ! 敵さえ居なければ直ぐに片付くじゃろ」

「運搬的にダンさんは戦力外として、ガブリエッタさんとルーロさんも手伝ってくれる?」

「あ、そっ、それは勿論……! 私たちも行商人の浸透は済ませておりますので、遠慮せず使ってください」


 オロオロしていたガブリエッタさんとルーロさんに、手伝って欲しいと声をかけるターニア。

 やることがハッキリしたおかげで、ガブリエッタさんたちも少し気が紛れたようだ。ナイスターニア。


 屋内で撃退した時と違って外まで運び出さないといけないのが面倒だけれど、重量軽減スキル持ちが15人以上いれば大した重労働でもない。

 今回は俺の斬撃とヴァルゴの槍の攻撃がメインだったおかげで死体の損壊も少なく、1時間程度であっさりと後始末を終えることが出来た。


「むむ~……。思った以上に難しいな、これ……」


 その間にフルファインダーと職業補正の両立を目指して色々試してはみたんだけど、これがまた難しくて頭を抱えてしまった。

 己の魔力を拡散展開して、その魔力から周囲の情報を読み取るフルファインダーは、全自動で反応を拾ってくれる察知スキルと比べて瞬間的なON/OFFの切り替えが非常に難しいのだ。


 これはフルファインダー用の魔力制御に不慣れであるという事もあるけど、そもそもフルファインダーを使用しながら戦闘行為をすることが難しいということでもある気がする。

 フルファインダーは索敵の能力と割り切って、戦闘時は今まで通り察知スキルを展開するのが正解なのかもしれない。


 勿論練習は続けていくつもりだけど、そもそも全周囲高精度索敵能力に転移斬撃まで出来るんだから、フルファインダー単体でも強すぎるからな……。

 メタドライブと併用できなくて当たり前と言えば当たり前なのかも?


「えーっと、狒々だっけ? 狒々の体には特別に変わった要素は無いようだ。完全に普通の野生動物だよ」


 狒々の死体を解体して、検分を終えたキュールが結論を報告してくれる。

 ちなみに俺が狒々と言っていたので、今回襲ってきた野生動物は便宜上狒々と呼称する事に決まった模様。


「皆さんの鑑定スキルも通じなかったそうだから、魔力操作に特化した器官でもあるかと思ったんだけどね。職業の祝福の力を、祝福されていない状態で行使していたということらしいよ」

「そんな馬鹿なと言いたいけど、種族特性なんかまさに祝福の外の力だからな。魔力操作の可能性には驚かされるばかりだよ」

「そのセリフ、ぜーったいにパパだけは言っちゃダメだと思うけどねー?」


 俺にぎゅーっとしがみつきながら、からかうように耳元で囁いてくるアウラ。

 持久力補正が上手く機能しなくて疲労気味の俺のやる気を維持する為に、アウラにくっついてもらっているのだ。


 はむはむぺろぺろと俺の耳を味わっているアウラの感触に意識を集中させながら、このあとどうすべきかを思案する。


「狒々のことは一旦置いておこうか。スポーニングチュトラリーを調査すれば分かるかもしれないしね」

「オーケー。私の我が侭でスポーニングチュトラリーを壊さずにいてくれた理解ある夫で嬉しいよ」

「キュールのお礼は今夜たっぷり受け取るとして、問題はこの扉だ。開ける方法が無ければ、これこそ破壊して進むしかなくなっちゃうんだけど……」


 2つのスポーニングチュトラリーの間に設置されている扉は。高さは3メートル程度、横幅は5メートルくらいはありそうなかなり巨大な両開きタイプの扉だ。

 金属製の扉は重く頑丈そうで、力任せに開くのが難しいだろう。


「それ以前に開けていいもんなのなのかな? ガブリエッタさん、イザベルさんに報告せずにここを開けちゃっていいと思う?」

「それは構わないと思いますよ。元々放棄されていた施設ですし、教会側も情報を共有する為に私と夫が同行しているわけですからね。ダンさん達にここの調査を任せた時点で、機密等の漏洩リスクは織り込み済みでしょう」


 遠慮なく開けてくださいと、扉を開ける許可をくれるガブリエッタさん。

 確かに調査を許可しておきながら情報を制限しようとするのは無理だよな。こういう事態は想定済みか。


「無事にトライラム教会からの許可はいただけたわけど、問題はどうやって開けるかだよな。それともこっちは壊して進む? フラッタのブレスならぶち抜けると思うし」

「ん~我が侭ばかり言って申し訳無いけど、出来れば穏便な方法を推奨したいなぁ……。野生動物を無限に生み出すマジックアイテムで守られている扉が普通の扉だとも思えないしさ……」

「熱視で見た感じだと、この扉とスポーニングチュトラリーは繋がってたみたいで、さっきまではこの扉にも魔力が通っていたのよねー。今はマインドディプリートに魔力を全部奪われちゃってるけど」


 熱視で扉を見たティムルの見立てでは、我が家にも導入されているリジェクトヴェールの防犯機能のような魔力が扉に付与されていたのではないかという話だ。

 スポーニングチュトラリーの方にはキュールが触心の為に触れたけど、もしも扉の方に触れてたら吹き飛ばされちゃうところだったんだな。


「う~ん。キュールさんの言う通り、確かに普通の扉じゃなさそうだねー」

「チャール?」


 話の流れからもう扉に魔力が通っていないと判断したチャールが、閉じた扉を興味深げにペシペシと叩き始める。

 なんか、猫が部屋の中に入れておくれよ~って扉をカリカリしてるみたいだな?


「石造りの教会の地下にあるのに、金属も混じってて扉自体もかなり頑丈そうでしょ? それに建物と違ってあんまり劣化した感じがしない気がするよねー」

「あー確かになぁ。教会施設なんて何処もボロボロで老朽化が酷いのによ。500年近く手入れされてなかったこの扉に経年劣化の形跡が無いのは異常じゃねーか?」


 我が家に迎えるまでは王国中の教会で手伝いをしていたというキュールが、目の前の扉の状態の良さに違和感を覚えたようだ。


 保護していた孤児であるシーズに教会施設が何処もボロボロと言われたガブリエッタさんとルーロさんが、物凄く申し訳無さそうに縮こまってしまっている。

 経済状態は改善したんだからこれから改善していけばいいんだよっ! 落ち込む必要ないからっ。


「んー。でもさっきまで魔力が通ってたんだよね? それなら状態が良くても不思議じゃないんじゃ?」

「どうかしらねぇ。我が家もリジェクトヴェールは備え付けてあったけど、住人が居なければあそこまでボロボロになっちゃったわけだし……」

「リジェクトヴェールの防犯機能を常に有効化しておけば、風化や汚れからは守られると思うけど……。さっき狒々が生み出されていた勢いを見るに、恐らく普段は起動してなかったっぽいよねー?」


 なるほど。ティムルとリーチェによると、やっぱり扉の状態が良過ぎて違和感があるようだな。

 だけど鑑定スキルも効果が無いからマジックアイテムってわけでもないし、魔物や生き物であるとも感じられない。普通に重い扉ってだけだ。


 ……違うか。普通の扉だからこそ、この状態の良さが異常でおかしいという話だった。


「ぐぬ~~っ!! ややっ、やはり力ずくで開けるのは無理そうなのじゃ~~っ……!」

「そ、そもそも内開きじゃない可能性もありますけどねぇ~……! ぐ、くぅ~っ……!」

「かかっ、開閉方向が間違っているにしても、竜化した私たちが力いっぱい押してもピクリともしないのは異常ですよ……!? これ、本当に扉なんですかぁっ……!?」


 この世界で最強のパワーを誇る竜化竜人族の3人に扉を押してもらったけれど、エマが言うにはピクリとも動いてくれなかったようだ。

 あまりにも微動だにしないので、エマは扉ではなく壁なんじゃないかと疑ってしまっている。


 たけど仮に壁にしたって、狒々に守らせているなら秘密があるはずだ。


「この施設を放棄したのは偶発的で突然だったはずだから、秘密を守る為に封鎖するような時間は無かったと思うんだよ。だからマジックアイテムに守らせるような秘密がこの先にまだ残ってると思うんだけど、進み方が分からないね……」


 壊していいなら進みようもあるけど、キュールが居なくても教会の施設を気軽に破壊するのは避けたいよな。

 それに破壊行為の余波で扉の向こうに影響が出る可能性だったあるわけだし。


 本部施設の最奥の情報なんて教会の記録に残っているとは思えないけど、1度戻って教会資料を洗い直してくるべきだろうか?


「扉を開ける方法かぁ。何かいい方法は……って、あっ」

「ニーナ? 何かいい方法を思いついたの?」


 消耗した竜人族の3人を抱きしめていると、はっとした様子でニーナがとてとてと扉の前に向かっていった。

 そのまま両手を扉に当てて、扉の感触を確かめている。


「いい方法って言うか、もしかしてって思っただけなんだけど……。『阻む障壁。守るは門扉。堅き岩戸を抉じ開けて、異界に曝すは狭間の宝殿。無形の解にて万事を払え。オープン』」

「え、なんで今探索魔法を……って、ええええっ!?」


 ニーナが探索魔法オープンを唱え終わると、目の前の扉がスゥッと薄くなって消えていき、始めから何も無かったかのようになんの痕跡も無く目の前が開放されてしまった。

 開ける度に扉が消えちゃってたら、むしろ閉められなくて不便じゃない……? ってそうじゃなくって!


「なんで!? なんでアウターの魔法扉を開くオープンで普通の扉が開くんだ……!?」

「違うわダン! 逆よ! オープンで開けるのであれば、アウターの外に魔法扉が設置してあったと考えるのが妥当だわ……!」

「どっちにしろなんでだよっ!? 職業の祝福を人々に齎したり、トライラム教会って、トライラム様っていったい何者なんだ!?」


 折角扉が開け放たれたというのに、理解不能な事態のせいで混乱に陥る俺達。

 そんな混乱の中、扉を開けてしまった本人であるニーナだけが、まさか開くとは~、なんて暢気に感心しながら俺達の様子を眺めているのだった。
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