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708 UMA
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オーバーウェルミングを放った途端に姿を現し、地面に倒れる狒々のような無数の生物。
見渡す限りの夥しい数が地面に転がっており、ざっと見ただけでも1000や2000じゃきかないくらいの個体数が確認出来る。
何故か察知スキルも、警戒中の俺とヴァルゴの五感も、ティムルの熱視すら潜り抜けて俺達を包囲しており、あと1歩のところで俺達は皆殺しにされるところだった。
これら全てを突破する事が可能だなんて信じられないし、俺を通り過ぎて包囲を優先した理由も良く分からない。
良く分からないことだらけだけど、ティムルは何かに気付いていた様子だった。彼女に話を聞いてみよう。
「……ティムル、説明してくれる? どうしてこんな数の敵に誰も気付かなくて、ティムルはどうやって気付いたのかを」
「勿論説明するけど、先にトドメを刺しましょう。萎縮から回復されたら厄介すぎるから」
俺の問いかけには答えず、両手のオリハルコンダガーで片っ端から狒々の喉を裂いて回っているティムル。
その表情には焦りが浮かんでいて、未だに危機的状況を脱していないことが嫌というほど伝わってくる。
どうやら萎縮状態なら生体察知で感知できるらしいな。これなら殺して回るのは簡単だ。
「それじゃ全員手分けしてコイツらにトドメを刺して回ろう! 討ち漏らしがないように確実にトドメを刺して!」
「私からもお願い。コイツについての説明はトドメを刺しながらさせてもらうからみんなも協力してちょうだい。それとダンは定期的にオーバーウェルミングを放って。萎縮させられなかった個体が居ないとも限らないから」
「了解。それじゃ直ぐに行動して! ガブリエッタさんとルーロさんも近場に居るのから早くっ!」
「はっ、はいぃっ……! りょ、了解しましたぁ……!」
全員で手分けして作業を開始する。
戦闘可能なメンバーは片っ端から喉を裂いたり胸を突いたりして手当たり次第に狒々を殺していき、キュール、シャロ、そしてチャールとシーズの4名は死体を集めたり触心を試したりしている。
不可視の敵が潜んでいる可能性があるため、2~3分毎に全力のオーバーウェルミングを放ちつつ作業を進める。
「……ダメだ。触心で得られる情報は無さそうだ」
何体かに触心を試してみたキュールだったけど、死体生体問わず狒々から情報を抜き取ることは出来なかったようだ。
悔しそうに死体の運搬に加わりながら、触心出来ない理由に言及するキュール。
「祝福の力を持たない野生動物相手には、触心はちょっと相性が悪いんだよねぇ……。触心は対象者の魔力を読み取る能力だからさ」
「祝福の力を持たないはずの野生動物がフレイムランスやヘイルストームを使ってきてるのは、頭を抱えたくなる大問題だね……」
職業の祝福を得られない野生動物は本来魔物に対する攻撃手段を持たず、魔物から逃げ回っている存在だった。
けれど野生動物がもしも魔法が使えるようになったのならば、魔物を殲滅した野生動物達が爆発的に繁殖する可能性もありそうだ。
「ティムル。そろそろ教えてくれる? 作業しながらでいいから」
危険な生物だからこそ、しっかりと生態を把握しておかなければいけないだろう。
地面に転がっているのが全てだとも限らないし、同じ轍を踏むわけにはいかないのだから。
俺の問いかけにティムルは少し思案して、そして覚悟を決めるように小さく頷いた。
「……そうね。まだ私にも分からないことだらけではあるけど、仮説だと思って話半分で聞いて頂戴。さっきダンに聞かれたことから答えていくわ」
……随分と慎重な物言いだな? ティムル自身もまだ半信半疑ってことなんだろうか?
ティムルの態度をいぶかしんでいる俺だったが、訥々と話し始めたティムルの仮説に凍り付いてしまう。
「まず、どうして誰も接近に気付けなかったかって話なんだけど……。多分こいつら、気配遮断スキルを使えるのよ」
「…………は?」
ティムルの言っている意味が飲み込めなくて、一瞬思考が停止する。
さっ、流石にそれはおかしいでしょ? だって、気配遮断って暗殺者の職業スキルなんだよ……?
そしてたった今キュールが触心で、祝福の力を持たない野生動物って……。
「信じられないのは私も一緒だけど、そうと考えれば色々と辻褄が合ってくるの。コイツらは気配遮断を使って私たちに近づいてきたとしか思えないわ」
「いやいやいや!? ちょっと待ってよ!? 100歩譲って気配遮断スキルが使えたとしても、警戒中の俺とヴァルゴも気付かず、熱視を発動していたお姉さんの目も欺くなんてできっこないでしょ!?」
……攻撃魔法を使用してきた相手だ。
そう考えれば、職業スキルを使ってきてもおかしくないのかもしれない。
けれど気配遮断スキルで隠せるのは、感知スキルの反応とパーティメンバーの姿だけのはずだ!
これほど大勢の野生動物の足音や呼吸音に気付けないとは思えないし、そもそも気配遮断では熱視を欺くことは出来ないはずでしょ!?
「確かにダンの言う通りよ。気配遮断スキルだけで私たち全員を欺くのは不可能だと思う。気配遮断スキル、だけならね……?」
「…………は?」
ティムルの不穏な物言いに、心臓がドクドクと波打っている。
気配遮断が使えるのも異常なのに、気配遮断だけでは到底説明がつかない状況に混乱する俺に、ティムルは更に衝撃的な事を告げてくる。
「恐らくコイツらは精霊魔法も使ってたのよ。それで動作音を消して、更に熱視を欺く為に自然な魔力の流れも生み出していたんだと思うわ……」
「魔法やスキルだけじゃなく、エルフ族の種族特性である精霊魔法まで使えるって言うの!? ってか熱視を欺く為って、熱視の存在も認識してるってことになるじゃないかっ……!」
「私だって信じがたいけど、そう考えれば説明がつくのよ。野生動物が魔法やスキル、種族特性を扱える事に説明はつかないけどね……」
忌々しげに吐き捨てながら、残っている狒々にトドメを刺していくティムル。
この狒々共がどうしてそんなスペックを持ち合わせているのか、本当にそんなスペックを持ち合わせているのかは分からないけれど、俺達全員を欺くにはティムルが挙げたスペックが必要って話か……。
普段自分たちが使っている気配遮断と精霊魔法のコンボ使用は、敵に使われるとこんなにも厄介なものだったんだな。
「ねぇティムル。なんでコイツらはダンとヴァルゴをスルーして包囲を優先したのかな?」
ティムルが語った敵の能力に慄いていると、高速で狒々を切り裂き続けているニーナが緊張した様子でティムルに問いかける。
「私たちに気付かれずに全員を1撃で仕留めるって、今回失敗しちゃったみたいに結構リスクが高いと思うの。それなら先頭を歩く2人から順番に襲っても良かったんじゃないかな?」
「……悔しいですが、確かに私も旦那様も敵の存在には気付いておりませんでした。あの状態で奇襲されればひとたまりもなかったかもしれません。各個撃破よりも全滅を優先したのは、自分たちの潜伏能力によほど自信があったのでしょうか?」
「だけどコイツら、ダンに向かって1度フレイムランスを放っているよね? 折角潜伏していたのにどうしてぼくたちの警戒心を煽るようなことをしたんだろう……?」
ニーナが抱いた疑問に、ヴァルゴとリーチェも揃って首を傾げてしまう。
確かにあの時のフレイムランスの意味が分からないな? あれが無ければ俺達は敵の存在に気付くことも無かったっていうのに……。
「困惑する妾たちを見て哂っておった……? しかしかなり狡猾に思える此奴らが、遊びで危険を冒すとは考え難いのじゃ。きっと何か理由があるはず……」
「俺達の戦力を確認したかった? もしくは前方に注意を向けさせて、既に周囲されつつあることから意識を逸らした? ……ダメだ。分かんないや」
「……もしかしたらだけど、私たちを追い返そうとしたんじゃないかな?」
仕合わせの暴君メンバーが狒々たちの不可解な行動に頭を悩ませていると、狒々の死体をミスリル製のナイフで掻っ捌いて内部を検分しているキュールが自信なさげに呟いた。
ってかいつのまに解剖なんてしてたんだっ!? 躊躇無いね!?
しかしキュールは突然の解剖にビックリする俺を無視して、ガブリエッタさんとルーロさんに確認口調で話しかける。
「ここにはお2人の転移で案内されたから正確な位置は分からないんだけど、この近くに人は住んでいないのかな?」
「あ、はい……。ここはエルドパスタムやフォアーク神殿よりもグルトヴェーダに食い込んだ場所なので、当然街もありませんし、周囲に人が住んでいた形跡は全くありませんでした」
「旧本部施設の場所など、ダンさんからの調査依頼が無ければ誰も知りませんでしたからね。教会の関係者も一切近付いていなかったはずです」
「なら恐らく、この子たちは人を見たことがなかったんじゃないかな? だけど自分たちの住処、縄張りを守ろうとして教会兵たちを退けたんだと思う」
む……。教会兵の人たちが問答無用で掃討作戦をしたとも思えないんだけど……。
いやでも狒々たちからしたら未知の生物が集団で自分たちの住処に近付いてきた事になるのだから、一方的に迎撃態勢を取っても不思議ではないのか……?
「だけど教会兵を退けたのに、今度また別の人間が送り込まれてきてさ。この子たちも対応に困ったんじゃないかな? かなり頭も良さそうだしね」
「対応に困った……ということは、始めから私たちを殺そうと思っていたわけじゃないかもしれないと?」
「流石だねシャロさん。かもしれないとしか言いようのない、可能性の域を出ない話だけど」
つまり最初のフライムランスは威嚇だった?
それでも俺達が引く素振りを見せなかったから殲滅に移行した?
「いやちょっと待って。フレイムランスが放たれた後、俺たちは足を止めていたはずだ。あのフレイムランスが威嚇だったとしたら包囲行動を取るのが早すぎないか?」
「新たな刺客である私たちを逃がさず確実に仕留めたかったから包囲したのかしら……? 少なくともフレイムランスは防いでみせたのだから、私たちが戦えることは分かっていたでしょうし」
「新たな刺客……。逃がしたくなかった……。ひょっとしてガブリエッタさんがポータルを使ったのを見て、新たな援軍が送り込まれてくるんじゃないかと判断したのか……?」
前回の調査の際に戦闘に及んだ教会兵たちには死者は出なかったと言うし、恐らくコイツらの目の前でポータルを使用して撤退したんだろう。
スキルや魔法、種族特性にまで精通している奴らがポータルを知らないとは思えない。
自分たちの住処に直接転移できる相手なんて少なければ少ない方がいいからと、俺達を包囲し一網打尽にする気だった?
しかし自分が発動したポータルのせいで全滅しかけてしまったと聞いたガブリエッタさんは、顔面蒼白になって慌ててしまった。
「わわわっ、私のポータルが引き金に……!? 私のせいでもう少しで全員……!」
「ガブリエッタさんのせいじゃない。あくまで可能性の話だし、どちらにしても戦闘は避けられなかっただろうから気にしないで。あの状況で咄嗟に退路を確保したガブリエッタさんの判断は適切で妥当なものだったと思うよ」
「そうね。特にガブリエッタさんとルーロさんは1度敗北を喫しているのだから慎重になるのは当然よ。むしろそのおかげでコイツらに気付くことが出来たと言ってもいいわ」
「あ、そうだよ。ティムルはどうやってコイツらの存在に気付いたの? そろそろ教えてくれる?」
話の流れ的に、ガブリエッタさんのポータルをきっかけにコイツらの存在に気付いたみたいだけど、俺にはなにも違和感は感じられなかったんだよな。
お姉さんはどうやって間近に迫った命の危険に気付くことが出来たんだろう?
だけどお姉さんは肩を竦めながら苦笑し、力無く首を横に振ってみせる。
「残念だけど私も気付けたわけじゃないの。ダンにオーバーウェルミングをお願いしたのは何かに気付いたんじゃなくて、連想に連想を重ねた結果、周囲にて気がいる可能性に思い当たっただけなの」
「うえぇ……。お姉さんも敵に気付いていたわけじゃなかったんだ……。でも連想って?」
「んっと、何も無い空間からフレイムランスが放たれたことで、私は敵が気配遮断スキルを持っている可能性には直ぐに思い当たったの。だけど熱視にも何も見えなかったから、敵が居るのかどうか確信が持てなかったわ」
「うんうん。俺もまさにそんな感じだったよ。恐らくどこかから狙い撃たれたんだろうなって」
「そこでガブリエッタさんがポータルを使ったのを見て、気配遮断スキルを発動しながら転移したことが私たちにもあった事を思い出してね。そう思った瞬間、もう既に敵は近くに居るんじゃないかって思い当たってしまったのよ」
ティムルの熱視を持ってしても、コイツらの隠密能力は見破れなかったようだ。
攻撃を受けたことで咄嗟に退路を確保しようとしたガブリエッタさんに移動魔法を見て、気配遮断スキルと移動魔法の凶悪コンボを思い出し、そこから不可視の敵が既に近くまで迫っているのではないかと連想してくれたようだ。
本当に首の皮1枚、紙一重で助かったって感じだったんだな……。
「……ティムルさんの機転とダンさんのスキルで何とか事無きを得ましたけど、これからどうなさるんですか?」
未だに青い顔をして恐怖の表情を浮かべているラトリアが、恐る恐る問いかけてくる。
俺やヴァルゴもそうだけど、五感や直感に自信があるラトリアも狒々には強い恐怖を抱いてしまっているようだ。
「ティムルさんの話をまとめると、仕合わせの暴君の皆さんでもこの生物の気配には気付けないってことですよね……!? これから屋内に入ればオーバーウェルミングの効果も減衰されるかもしれませんし、どうやって安全を確保すればいいんでしょう……!?」
「大丈夫。タネさえ分かれば対処できるよ。これ以上好きにはさせないさ」
怯えるラトリアを安心させたいので、出来ると言い切り笑ってみせる。
ほんとですかぁ……? と不安げに俺の様子を窺うラトリアを思いっきり抱きしめてあげたいけど、今は実際に心配ないことを見せてやるべきだろう。
この世界の人間の殆どが知りもしない気配遮断まで使えるのは恐れ入ったけど、ちゃんと対抗手段は考えてあるんだよ。
もしかしたら住処を守っているだけの狒々たちには申し訳無いけど、1匹残らず根絶やしにさせてもらうからなぁ?
見渡す限りの夥しい数が地面に転がっており、ざっと見ただけでも1000や2000じゃきかないくらいの個体数が確認出来る。
何故か察知スキルも、警戒中の俺とヴァルゴの五感も、ティムルの熱視すら潜り抜けて俺達を包囲しており、あと1歩のところで俺達は皆殺しにされるところだった。
これら全てを突破する事が可能だなんて信じられないし、俺を通り過ぎて包囲を優先した理由も良く分からない。
良く分からないことだらけだけど、ティムルは何かに気付いていた様子だった。彼女に話を聞いてみよう。
「……ティムル、説明してくれる? どうしてこんな数の敵に誰も気付かなくて、ティムルはどうやって気付いたのかを」
「勿論説明するけど、先にトドメを刺しましょう。萎縮から回復されたら厄介すぎるから」
俺の問いかけには答えず、両手のオリハルコンダガーで片っ端から狒々の喉を裂いて回っているティムル。
その表情には焦りが浮かんでいて、未だに危機的状況を脱していないことが嫌というほど伝わってくる。
どうやら萎縮状態なら生体察知で感知できるらしいな。これなら殺して回るのは簡単だ。
「それじゃ全員手分けしてコイツらにトドメを刺して回ろう! 討ち漏らしがないように確実にトドメを刺して!」
「私からもお願い。コイツについての説明はトドメを刺しながらさせてもらうからみんなも協力してちょうだい。それとダンは定期的にオーバーウェルミングを放って。萎縮させられなかった個体が居ないとも限らないから」
「了解。それじゃ直ぐに行動して! ガブリエッタさんとルーロさんも近場に居るのから早くっ!」
「はっ、はいぃっ……! りょ、了解しましたぁ……!」
全員で手分けして作業を開始する。
戦闘可能なメンバーは片っ端から喉を裂いたり胸を突いたりして手当たり次第に狒々を殺していき、キュール、シャロ、そしてチャールとシーズの4名は死体を集めたり触心を試したりしている。
不可視の敵が潜んでいる可能性があるため、2~3分毎に全力のオーバーウェルミングを放ちつつ作業を進める。
「……ダメだ。触心で得られる情報は無さそうだ」
何体かに触心を試してみたキュールだったけど、死体生体問わず狒々から情報を抜き取ることは出来なかったようだ。
悔しそうに死体の運搬に加わりながら、触心出来ない理由に言及するキュール。
「祝福の力を持たない野生動物相手には、触心はちょっと相性が悪いんだよねぇ……。触心は対象者の魔力を読み取る能力だからさ」
「祝福の力を持たないはずの野生動物がフレイムランスやヘイルストームを使ってきてるのは、頭を抱えたくなる大問題だね……」
職業の祝福を得られない野生動物は本来魔物に対する攻撃手段を持たず、魔物から逃げ回っている存在だった。
けれど野生動物がもしも魔法が使えるようになったのならば、魔物を殲滅した野生動物達が爆発的に繁殖する可能性もありそうだ。
「ティムル。そろそろ教えてくれる? 作業しながらでいいから」
危険な生物だからこそ、しっかりと生態を把握しておかなければいけないだろう。
地面に転がっているのが全てだとも限らないし、同じ轍を踏むわけにはいかないのだから。
俺の問いかけにティムルは少し思案して、そして覚悟を決めるように小さく頷いた。
「……そうね。まだ私にも分からないことだらけではあるけど、仮説だと思って話半分で聞いて頂戴。さっきダンに聞かれたことから答えていくわ」
……随分と慎重な物言いだな? ティムル自身もまだ半信半疑ってことなんだろうか?
ティムルの態度をいぶかしんでいる俺だったが、訥々と話し始めたティムルの仮説に凍り付いてしまう。
「まず、どうして誰も接近に気付けなかったかって話なんだけど……。多分こいつら、気配遮断スキルを使えるのよ」
「…………は?」
ティムルの言っている意味が飲み込めなくて、一瞬思考が停止する。
さっ、流石にそれはおかしいでしょ? だって、気配遮断って暗殺者の職業スキルなんだよ……?
そしてたった今キュールが触心で、祝福の力を持たない野生動物って……。
「信じられないのは私も一緒だけど、そうと考えれば色々と辻褄が合ってくるの。コイツらは気配遮断を使って私たちに近づいてきたとしか思えないわ」
「いやいやいや!? ちょっと待ってよ!? 100歩譲って気配遮断スキルが使えたとしても、警戒中の俺とヴァルゴも気付かず、熱視を発動していたお姉さんの目も欺くなんてできっこないでしょ!?」
……攻撃魔法を使用してきた相手だ。
そう考えれば、職業スキルを使ってきてもおかしくないのかもしれない。
けれど気配遮断スキルで隠せるのは、感知スキルの反応とパーティメンバーの姿だけのはずだ!
これほど大勢の野生動物の足音や呼吸音に気付けないとは思えないし、そもそも気配遮断では熱視を欺くことは出来ないはずでしょ!?
「確かにダンの言う通りよ。気配遮断スキルだけで私たち全員を欺くのは不可能だと思う。気配遮断スキル、だけならね……?」
「…………は?」
ティムルの不穏な物言いに、心臓がドクドクと波打っている。
気配遮断が使えるのも異常なのに、気配遮断だけでは到底説明がつかない状況に混乱する俺に、ティムルは更に衝撃的な事を告げてくる。
「恐らくコイツらは精霊魔法も使ってたのよ。それで動作音を消して、更に熱視を欺く為に自然な魔力の流れも生み出していたんだと思うわ……」
「魔法やスキルだけじゃなく、エルフ族の種族特性である精霊魔法まで使えるって言うの!? ってか熱視を欺く為って、熱視の存在も認識してるってことになるじゃないかっ……!」
「私だって信じがたいけど、そう考えれば説明がつくのよ。野生動物が魔法やスキル、種族特性を扱える事に説明はつかないけどね……」
忌々しげに吐き捨てながら、残っている狒々にトドメを刺していくティムル。
この狒々共がどうしてそんなスペックを持ち合わせているのか、本当にそんなスペックを持ち合わせているのかは分からないけれど、俺達全員を欺くにはティムルが挙げたスペックが必要って話か……。
普段自分たちが使っている気配遮断と精霊魔法のコンボ使用は、敵に使われるとこんなにも厄介なものだったんだな。
「ねぇティムル。なんでコイツらはダンとヴァルゴをスルーして包囲を優先したのかな?」
ティムルが語った敵の能力に慄いていると、高速で狒々を切り裂き続けているニーナが緊張した様子でティムルに問いかける。
「私たちに気付かれずに全員を1撃で仕留めるって、今回失敗しちゃったみたいに結構リスクが高いと思うの。それなら先頭を歩く2人から順番に襲っても良かったんじゃないかな?」
「……悔しいですが、確かに私も旦那様も敵の存在には気付いておりませんでした。あの状態で奇襲されればひとたまりもなかったかもしれません。各個撃破よりも全滅を優先したのは、自分たちの潜伏能力によほど自信があったのでしょうか?」
「だけどコイツら、ダンに向かって1度フレイムランスを放っているよね? 折角潜伏していたのにどうしてぼくたちの警戒心を煽るようなことをしたんだろう……?」
ニーナが抱いた疑問に、ヴァルゴとリーチェも揃って首を傾げてしまう。
確かにあの時のフレイムランスの意味が分からないな? あれが無ければ俺達は敵の存在に気付くことも無かったっていうのに……。
「困惑する妾たちを見て哂っておった……? しかしかなり狡猾に思える此奴らが、遊びで危険を冒すとは考え難いのじゃ。きっと何か理由があるはず……」
「俺達の戦力を確認したかった? もしくは前方に注意を向けさせて、既に周囲されつつあることから意識を逸らした? ……ダメだ。分かんないや」
「……もしかしたらだけど、私たちを追い返そうとしたんじゃないかな?」
仕合わせの暴君メンバーが狒々たちの不可解な行動に頭を悩ませていると、狒々の死体をミスリル製のナイフで掻っ捌いて内部を検分しているキュールが自信なさげに呟いた。
ってかいつのまに解剖なんてしてたんだっ!? 躊躇無いね!?
しかしキュールは突然の解剖にビックリする俺を無視して、ガブリエッタさんとルーロさんに確認口調で話しかける。
「ここにはお2人の転移で案内されたから正確な位置は分からないんだけど、この近くに人は住んでいないのかな?」
「あ、はい……。ここはエルドパスタムやフォアーク神殿よりもグルトヴェーダに食い込んだ場所なので、当然街もありませんし、周囲に人が住んでいた形跡は全くありませんでした」
「旧本部施設の場所など、ダンさんからの調査依頼が無ければ誰も知りませんでしたからね。教会の関係者も一切近付いていなかったはずです」
「なら恐らく、この子たちは人を見たことがなかったんじゃないかな? だけど自分たちの住処、縄張りを守ろうとして教会兵たちを退けたんだと思う」
む……。教会兵の人たちが問答無用で掃討作戦をしたとも思えないんだけど……。
いやでも狒々たちからしたら未知の生物が集団で自分たちの住処に近付いてきた事になるのだから、一方的に迎撃態勢を取っても不思議ではないのか……?
「だけど教会兵を退けたのに、今度また別の人間が送り込まれてきてさ。この子たちも対応に困ったんじゃないかな? かなり頭も良さそうだしね」
「対応に困った……ということは、始めから私たちを殺そうと思っていたわけじゃないかもしれないと?」
「流石だねシャロさん。かもしれないとしか言いようのない、可能性の域を出ない話だけど」
つまり最初のフライムランスは威嚇だった?
それでも俺達が引く素振りを見せなかったから殲滅に移行した?
「いやちょっと待って。フレイムランスが放たれた後、俺たちは足を止めていたはずだ。あのフレイムランスが威嚇だったとしたら包囲行動を取るのが早すぎないか?」
「新たな刺客である私たちを逃がさず確実に仕留めたかったから包囲したのかしら……? 少なくともフレイムランスは防いでみせたのだから、私たちが戦えることは分かっていたでしょうし」
「新たな刺客……。逃がしたくなかった……。ひょっとしてガブリエッタさんがポータルを使ったのを見て、新たな援軍が送り込まれてくるんじゃないかと判断したのか……?」
前回の調査の際に戦闘に及んだ教会兵たちには死者は出なかったと言うし、恐らくコイツらの目の前でポータルを使用して撤退したんだろう。
スキルや魔法、種族特性にまで精通している奴らがポータルを知らないとは思えない。
自分たちの住処に直接転移できる相手なんて少なければ少ない方がいいからと、俺達を包囲し一網打尽にする気だった?
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「わわわっ、私のポータルが引き金に……!? 私のせいでもう少しで全員……!」
「ガブリエッタさんのせいじゃない。あくまで可能性の話だし、どちらにしても戦闘は避けられなかっただろうから気にしないで。あの状況で咄嗟に退路を確保したガブリエッタさんの判断は適切で妥当なものだったと思うよ」
「そうね。特にガブリエッタさんとルーロさんは1度敗北を喫しているのだから慎重になるのは当然よ。むしろそのおかげでコイツらに気付くことが出来たと言ってもいいわ」
「あ、そうだよ。ティムルはどうやってコイツらの存在に気付いたの? そろそろ教えてくれる?」
話の流れ的に、ガブリエッタさんのポータルをきっかけにコイツらの存在に気付いたみたいだけど、俺にはなにも違和感は感じられなかったんだよな。
お姉さんはどうやって間近に迫った命の危険に気付くことが出来たんだろう?
だけどお姉さんは肩を竦めながら苦笑し、力無く首を横に振ってみせる。
「残念だけど私も気付けたわけじゃないの。ダンにオーバーウェルミングをお願いしたのは何かに気付いたんじゃなくて、連想に連想を重ねた結果、周囲にて気がいる可能性に思い当たっただけなの」
「うえぇ……。お姉さんも敵に気付いていたわけじゃなかったんだ……。でも連想って?」
「んっと、何も無い空間からフレイムランスが放たれたことで、私は敵が気配遮断スキルを持っている可能性には直ぐに思い当たったの。だけど熱視にも何も見えなかったから、敵が居るのかどうか確信が持てなかったわ」
「うんうん。俺もまさにそんな感じだったよ。恐らくどこかから狙い撃たれたんだろうなって」
「そこでガブリエッタさんがポータルを使ったのを見て、気配遮断スキルを発動しながら転移したことが私たちにもあった事を思い出してね。そう思った瞬間、もう既に敵は近くに居るんじゃないかって思い当たってしまったのよ」
ティムルの熱視を持ってしても、コイツらの隠密能力は見破れなかったようだ。
攻撃を受けたことで咄嗟に退路を確保しようとしたガブリエッタさんに移動魔法を見て、気配遮断スキルと移動魔法の凶悪コンボを思い出し、そこから不可視の敵が既に近くまで迫っているのではないかと連想してくれたようだ。
本当に首の皮1枚、紙一重で助かったって感じだったんだな……。
「……ティムルさんの機転とダンさんのスキルで何とか事無きを得ましたけど、これからどうなさるんですか?」
未だに青い顔をして恐怖の表情を浮かべているラトリアが、恐る恐る問いかけてくる。
俺やヴァルゴもそうだけど、五感や直感に自信があるラトリアも狒々には強い恐怖を抱いてしまっているようだ。
「ティムルさんの話をまとめると、仕合わせの暴君の皆さんでもこの生物の気配には気付けないってことですよね……!? これから屋内に入ればオーバーウェルミングの効果も減衰されるかもしれませんし、どうやって安全を確保すればいいんでしょう……!?」
「大丈夫。タネさえ分かれば対処できるよ。これ以上好きにはさせないさ」
怯えるラトリアを安心させたいので、出来ると言い切り笑ってみせる。
ほんとですかぁ……? と不安げに俺の様子を窺うラトリアを思いっきり抱きしめてあげたいけど、今は実際に心配ないことを見せてやるべきだろう。
この世界の人間の殆どが知りもしない気配遮断まで使えるのは恐れ入ったけど、ちゃんと対抗手段は考えてあるんだよ。
もしかしたら住処を守っているだけの狒々たちには申し訳無いけど、1匹残らず根絶やしにさせてもらうからなぁ?
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現在、第三章フェレスト王国エルフ編

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neru
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Hしてレベルアップ ~可愛い女の子とHして強くなれるなんて、この世は最高じゃないか~
トモ治太郎
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孤児院で育った少年ユキャール、この孤児院では15歳になると1人立ちしなければいけない。
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